8月13日(実相に超入すべし)
『正法眼蔵』三昧王三昧の巻「結跏趺坐」
驀然として 尽界を超越して 佛祖の屋裏に 太尊貴生なるは 結跏趺坐なり。まさにしるべし 坐の尽界と余の尽界と はるかにことなり。この道理をあきらめて 佛祖の發心・修行・菩提・涅槃を辨見するなり。正当坐時は 尽界それ経なるか 横なるかと参究すべし。正当坐時 その坐いかん。
(谷口清超先生著『正法眼蔵を読む』下巻P488)
「神の生命の奥殿に坐する祈り」
われは今 しずかに 神の生命の奥殿に 坐するのである。そこよりして われを生かす神の生命は きたるのである。 われは今 しずかに 神の智慧の奥殿に 坐するのである。そこよりして われを生かす 神の智慧は 流れ入るのである。 われは今 しずかに 神の愛の奥殿に 坐するのである。 そこよりして すべてを生かす愛は 湧き出てくるのである。(谷口雅春先生著『眞理の吟唱』P61)
朝朝の教化部に於ける 「神想観」 ここに人間神の子の実相がある。完全円満の神の国の実相がある。現象不完全の相を超えて 大調和の眞理現成の世界を観る。偉大なる「生長の家」 この眞理を世界全体に現成するのである。汝 何を欲するか 財か 地位か はたまた 此世の名誉か 汝は そのようなものを超えて 無限絶対・金剛不壊の 神の国に入るのだ。
