1月19日(峯夫の日記 震災の翌々日 1月19日の日記 有難いことあり)
峯夫の日記(震災の翌々日 1月19日の日記)木 晴
昨夜はよく眠った。気分よし。部屋の掃除等をして、幹子と二人で住吉中学に水をもらいに行った。ヤカン一ぱいに水をもらった。神戸市のはからいで何処かの川の水を溝に流してゐるが、この水は飲料には使へないが、水洗トイレの流し水になる。これは大いに有難い。これを今日は二回運んだ。これで吾が家で便所が自由に使へる。然も直ぐ近くにあるのだから有難い。家へ帰ってみたら、講師会長の高野三郎氏が、留守中に救援物資・水を多量と、食料を置いてくれてゐた。
高野三郎氏のメモ「合掌 ありがとうございます。お見舞申し上げます。少しですがお役に立てて下さい。明日も又神戸に出て参ります。何んなりと申し付け下さい。1/19PM12:07、高野三郎拝」
これは有難い。「地獄に佛」とはこのことである。水を入れるタンクをもらったことは 一層有難いことである。
幹子さんセッセと働いてゐる。夕刻、僕は住吉川の方へ見聞に行った。住吉川には清流が流れてゐて、ここで洗濯する人あり、食器を洗ってゐる人あり、また、トイレ用の水をポリバケツに汲んで、それを自動車のトランクに入れて持ち去る人あり、こんなに有難いのが住吉川である。住吉川のホトリで自衛隊が給水をしてゐた。これも有難い。
理事長黒河内先生の自宅に電話し、報告をした。今日、本部の救援隊の第一陣が教化部に到着。毛布九00枚、早速神戸市の救援本部に持参してくれた。有り難うございます。ハワイの達子が心配して安否を照子おばちゃんに電話をしてくれたらしい、有難うございます。藤井典子も幹子に電話してくれた。有難いことである。
嬉しいことはパソコン通信が出来たこと。「箸は折れなかった」を五通同時に教化部長談話室にUPした。これで胸がせいせいした。今夜も吾が家に寝る。ビリビリ、ゴロゴロと地球が動いてゐるのがわかる。神さま 有難うございます。
