2月19日(子供の頃の想い出 自然と一体)
僕は九州は宮崎県の田舎に生まれ育ったのだが、小学校3年生くらい迄の子供の頃の僕は、山コブ(蜘蛛)や、ヤンマ(蜻蛉)と遊ぶのが好きだった。また山奥に行っては目白を捕って夢中になって遊んだものだ。目白を籠に入れて鳴かせるのが得意だった。目白の鳴き声は「チュー・チュー」と柔らかく鳴くのは雌鳥、「チヨチー・チヨチー」と力強く鳴くのは雄鳥で、その雄鳥を捕るのが面白かった。
目白捕りは、目白の好きな椿の花等の咲いている木の枝に、ねばねばの「山モチ」を貼り付けて、其処によく鳴くメジロを目白籠に入れておくと、その鳴き声を聞いた目白が山奥からやって来て、「山モチ」に足を取られて、ぶら下がるのである。それを見た僕が走り寄って、目白を捕まえるのであった。
小学校4年生頃から旧制中学3年生くらいまでは、父が底の平らな川船を買ってくれたので、川魚(ハゼ・エビ・鮒・ボラ・ウナギ等)をよく釣った。潮入りの大きな広戸川を、川船を自由自在に櫓(ろ)で漕ぎ、また竹竿で操って釣りをしたものだ。専門の川魚漁師並みの腕前だった。
櫓漕ぎは簡単に覚えられるが、竹竿での船漕ぎは簡単ではない。川船の後部に立って、一本の長い竹竿を持って、川底を突きながら、船を真っ直ぐ前に進めるような技術を身につけるには相当の訓練を要する。経験を積まねばならぬ。簡単には出来ないものだ。僕は出来るようになっていた。一人前の川魚の漁師になっていた。
近頃は上記のような風景は吾々の住んでいる近くでは見ることもやることも出来なくなってしまった。寂しいことである。自然が自然でなくなって来た。川は汚れて川魚は居なくなった。残念なことだ。山には目白が居るだろうか。
近頃、本当に「自然をだいじにしよう」としみじみ思う。自然と人間は一体であるのではないかと思う。この地球上の美しい自然をだいじにしたいと思う。
