響 ヒロ
小夜子は少し前から壁際に立つ、その人物に気がついていた。
少し濃い目のグレイのロングコートを身に纏ったシルエットが綺麗だ。
その立ち居姿も様になっている。
けれど、いつもだったら穏やかで暖かい空気を纏っている彼が、今日は何度も何度も腕の時計を見つめては溜息をついている。その憂えた表情は、そうでなくとも人目を引く容姿を更に目を離させ難くさせていた。
こんな表情をしていたら、誰しもが庇護欲をかき立てられてしまうだろう。あるいは、「自分もあんな顔で心配されてみたい」と思う。そんな顔だ。
先刻から遠目に見ているだけでも通りすがる人々の目が彼を見つめ、振り返り、追っては名残惜しそうに離れていく様が見て取れる。中には、あからさまな視線で見つめる不遜な輩も少なくない。
―――その2つ年下の後輩の名を有栖川有栖という。
本人は母親がつけたというこの名を気にしているようだが、彼ほどしっくりとくる人物は2人といないだろうと小夜子は思う。優しくて可愛くて。けれど凛として清々しくて。まるで彼そのもののようではないか。
小夜子ははじめて会った時から彼が気にかかって仕方なかった。おそらく誰もがそう思うのだろうが小夜子の場合、異性としてより弟のように可愛くて可愛くて仕方がないといったところか。
あの様子では、「大切な人」を待っているのだということは一目瞭然。
彼の相方というのは大学時代からのつき合いで、今では母校の助教授をしているという男だ。名を、火村英生という。小夜子も何度か一緒に酒の席を共にしたことがある。これがまたすこぶるつきの好い男であるのだが、如何せん無口で無愛想でいつも不機嫌そうな顔ときている。けれど、アリスにだけは軽口も叩くし、見惚れるほどの好い顔で笑ってみせる。そんな時のアリスの笑顔というのがまた絶品なのだ。それが自分に向けられたものでないというのがまったくもって悔しい。
火村のような「男前」というのは探せば案外いるものだが、アリスのように30を過ぎて、「美しい」という形容がこれほどまでに似合う綺麗な男はそうはいない。
その綺麗な男が憂いを湛えて溜息をついている。見惚れないわけがないではないか。
―――あ、ほらまた。あの、エロ親父!
小夜子はついに耐え切れず、早足でアリスに向かって名前を呼んだ。
「アリス!」
人待ち顔でそこにずっと佇んでいた男に声をかけたことで周囲の視線は痛かったが、それすら今は快感だ。名を呼んだ自分に気が付いた時に向けられる微笑み。まったく、あの無愛想な助教授の気持ちがよく分かる。
実際、小夜子自身も中身を伴った絶世の、とは言わないまでもかなり上等の部類に入る好い女で、アリスと並んだ姿は美男美女といって憚りないのだが、顔見知りの感想は、どう見ても仲の良い「姉と弟」らしい。小夜子にしてみれば、なにより嬉しい評価なのだが。そう見られがちなのは、アリスの雰囲気が男男していないからだろう。アリスにしてみれば誠に不本意なことであろうが。
「なんやアリス、火村センセに待ちぼうけか?」
からかいを込めて訊くと、アリスは思わずキスしたくなるような唇を小さくへの字に曲げて、いつもは耳に心地よいテノールを意気込ませて答えた。
「そうなんです! 約束の時間からもうかれこれ1時間なんですよ!」
小夜子は心の中で口笛を吹いた。
この寒空の中、1時間! 暖かい季節であってもなかなか待てる時間ではないのに、それもイラチと言われる大阪人のアリスが!
―――しっかりきっぱり当てられてもうた。
声をかけたのは失敗だったかと早くも後悔が押し寄せた。
「って、なんで分かりました?」
まったく、これだ。
「分からいでか。そんな心配そうな顔しとったら、そう言うてるんも同じやないの」
「しっ 心配なんやしとりません! 俺は怒っとるんです!」
「はいはい」
「研究室にかけても繋がらへんし、携帯にかけても電波が届かん言うし。また電源切ったまま炬燵の上にでも置いてったに決まっとる。あいつ、アホちゃうか!」
そんなこと言ってはいても愛情によるものにしか聞こえないではないか。
まともに取り合っていたら、あほらしくて仕方がない。
「そうやね。センセはアリスに甘え過ぎとると思うわ」
「朝井さんもそう思います? まったくあいつときたら。この間やって……」
ほっといたらいつまでも惚気を聞かされそうだ。
「男は一端甘やかすとつけ上がるもんなんよ」
「朝井さん、その言い方って……俺も男なんですけど」
「アリスはええの」
「なんでです?」
ここで思っている通りに答えてアリスのご機嫌を損ねてしまっては敵わない。
こうして立って話している間も、人が脇を通ろうとすると、さりげなく体で庇ってくれる。まったく好い男ではないか。
「ほら、あんたはちゃんと弁えるっちゅうことを知っとるやろ。せやからええねん」
理屈が通ってるんだか通ってないんだか分からないような回答だが、この際どうでもいい。
「ま、あれやな。ここらで一辺、センセを締めたらなあかんな」
「締めるって、どうやって……?」
言って、アリスはくしっとクシャミをした。
「あー、やっぱり京都は寒いですね」
その一言で、閃いた。
「な、アリス、耳貸し」
別に耳打ちする必要はないのだが、なんとなく秘密っぽい雰囲気が気に入って小夜子はいたずらっぽい笑みを浮かべて言った。居酒屋で小夜子がいるにも関わらず、アリスと火村が2人で囁き合っては楽しそうに笑うのを何度も見せられて、自分もやってみたくなったのかもしれない。もう、ここが公衆の面前だということはどうでもよかった。まったく、あの助教授をどうこう言えない。
アリスが素直に上体を傾けると絹糸のような髪がさらりと零れ、頬をかすめた。思わず触れたくなるのを堪えて小夜子は囁いた。
「―――な、こんなんどうやろ?」
「え、せやかて俺……」
思いもかけなかった言葉にアリスの鳶色の瞳が瞬きながら小夜子を見つめる。
「あんた器用やから問題ない。お姉さんに任しとき! 手取り足取り親切に教えたるわ」
「いや、別に足はいらんと思いますけど……」
アリスの戸惑いもなんのその。小夜子は構わず押しまくった。
「な、アリスはどんなの作りたい?」
「え、ええっと……色はやっぱり黒がええかなぁ。あいつ黒似合うし。意趣返し言うたらおちゃぴーなんもええけど、せっかくやったら着てほしいし〜」
意地悪をしてやろうと言いつつ、こういうところがアリスの可愛いところだ。
この可愛い弟分のアリスをこんな寒い所に1時間も立たせていたのだ。いわんや、傍若無人な視線にこんなに晒させて。これは、ちょっとくらい意地悪をしても許されるだろう。
勿論、矛先はここにいない男前の助教授殿。
本来、槍玉に挙げられている助教授こそ、アリスをそんな目に合わせることには我慢がならない男であって、この状況は不本意もいいところだろう。しかし哀しいかな。その火村はここにはいない。
―――まぁ実のところ、小夜子はこの2人で遊んでみたいだけなのだ。
「な、アリス。こんなんどうやろ」
「せやったら、こんなんは?」
小夜子の提案にアリスが返す。
「あ、それいい、それ!」
「ええですよね!」
「そうと決まれば、毛糸屋さんへ直行や!」
困惑していたはずのアリスもいつの間にかやる気満々。まぁ、これがこの2人のノリというものだ。
「うっしゃあ、やったる! 見とれよ火村ぁ!」
「そのいきやアリス!」
「お礼に、今日あいつと行く予定やったレストランで食事おごりますわ」
「ほんま? さっすがアリス様やわぁ。で、それ何処?」
「ほら、この間できたばっかりの―――」
「うわ、ラッキー! それやったら、うちもいろいろサービスしたる」
―――そして10日後、愛の詰まったピンクの相合い傘セーターは、火村の元へ届けられることになった。End/2001.02.04
うっきゃあぁぁぁ〜!! スーパーかっちょええアリスの第2段ですッvvv あ〜ん、もうアリスってばかわいくて、カッチョ良すぎッq(≧▽≦)p そんなアリスを待たせる火村なんて、火村なんて、火村なんて…。一体なにをやっているんだ、君はッ(○`ε´○) でも火村を締めてやるというこの作戦。どう見ても、火村にはラブラブラッピーな結果にしか終わってないような気が…。だって、アリスの手編みのセーター貰ってるんですぜ。くっそぉー、この幸せ者ッ!! あっ、ちなみにこの背景と文字色は、アリスが編んだセーターの色合いに合わせてみました☆ 今回みどりばが超羨ましかったのは、朝井さん!! いいですよねぇ、朝井さん。こんなにアリスと仲良しさんで…。惚気られてもいい、アリスのそばにさえいられるならばッ(i^i)g それに、ある意味火村も朝井さんのことは黙認してるし---。もう羨ましくて羨ましくて、私は朝井さんになりたぁーいッ!! そしてアリスと一緒に食事に行くんだ。あぁ、思い描いただけで---うっとり…(#^〜^#) |
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