夢でkiss、kiss、kiss
ふとラジオから流れてきた電気グルーブのシャングリ・ラ。変な印象かもしれないけど、なんだかいさぎのよい、曲だと思う。
あんまりタイムリーだったので思わず手にもっていたはがきを取り落とすところだった。
さっき帰宅したとき、郵便受けの中にダイレクトメールや明細書と一緒に入っていた一枚のはがき。その筆跡にはわずかな見覚えがあった。
彼女とはもう何年あってないだろう。
会わなかった年月がまるで重くない、そんな距離感の彼女からの突然のはがきだった。
裏を返すと、几帳面そうな文字の中から、結婚、という単語が浮き出すように目に入った。
軽いショックがあった。自分でも意外な感情だった。
着替えて、ビールの缶を開けてクッションの効いた椅子に座り、ラジオをつけて、やっとそのはがきを手に取り直した。
なんていうこともない文面。お元気ですか、お久しぶりです。少し暖かくなりましたね。どうしていますか。そんな文章がしばらく続き、やや唐突に、来月結婚することになりました、という文がある。その後は、ごく一般的な言葉で結んであった。
もう一度最初から読み直してみると、あの意外なショックは訪れなかった。
何年かの空白を経て唐突に来たはがき。
それでも受け取り手の自分はそのはがきが来たことに納得している。そして、彼女も彼がそう納得してくれるであろうことを予測しているのだろう、と勝手に想像する。
彼女とのあいだに恋愛感情がなかったのは、それは確かだと思う。
それでも彼女は、ずっと、自分の中に、居た、らしい。
自分の中に、ガラスのつぼがある。そのつぼの半分に満たないくらいまで、ビーだまがはいっている。
大きさもまちまちだし、きれいにすきとおったもの、マーブルのもの、真っ黒で不透明なもの、燃えるような赤い色のものまでさまざまである。
ビーだまの数は、ゆっくりと増えてくるようだ。彼女に出会ったころより、幾分かは増えた。
一方で気づかぬうちにふっと消えてしまうビーだまがあることも、自分は知っている。
そして、よく見ると、ひとつひとつのビーだまはわずかずつ色や輝きを変えていく。
今、ひとつのビーだまがきらりと光って、いい感じのブルーグレイに変化した。
これは、彼女。
自分の中の、今は会えない人たちの思い出のストック。印象の結晶。
自分の重ねてきた時間が贈ってくれた大切な宝物に近い逃げ場である。
だから、彼女に返事は出さない。
ただ、きれいに仕上がったブルーグレイのビーだまに夢の中で軽いキスをして、そしてまたそっとつぼの中に戻しておくことにしよう。
・・・・からん、とビーだまは軽い音を立てて弾み、きれいに輝いて見せるだろうから。