こんな、恋の、はなし。

 

もう疲れていた。

休日出勤が長引いて、せっかくの日曜日が完全につぶれた。
テレホまで起きているのすら面倒くさい。メールだけチェックして、寝るつもりだった。

コマーシャルメールと、購読してるメルマガがいくつか。友人からのメールが二つ。
ふと、受信トレイを見ながら軽く落胆している自分に気がつく。

メールなんて来るわけないのに。出してもいないのに。

彼女とであったのは半年くらい前のあるHPのチャットルーム。
結構活気のある常連たちのおしゃべりの中で、まだそのサイトになれてなくて上手く中に入れなかったぼくに、ささやきかけてくれたのが常連の一人だった彼女だった。
平気だよ、みんないい人だから話してごらんよ。
それがはじまりだった。

ネットのお友達のお決まりのコース。
ICQ番号、OdigoID、メアド。
ぼくは結構仕事が忙しくて、そうそう深夜チャットにはいけなかったから、チャットのほかのメンバーとはだんだん疎遠になったけど、彼女とだけは、数日に一度は何らかのやりとりをしていた。

そして、彼女のコンピュータがトラブったとき、はじめて電話で声を聞いた。

思ったより落ち着いた声だった。
ネットなら言いたい放題のことを言える仲になっていたと思ってたのに、なぜか直接話すと言葉が出てこない。彼女が聞いてきたちょっとしたトラブルに答えるだけで、電話を切った。

コンピュータが直って、ネット上に出てきた彼女はぼくに、なんか感じ違うね、別のヒトみたいだね、と言って思いっきり笑っていた。

あったのは一度きり。これもネットのお決まり、大人数のオフで。
彼女は人懐こくいろんな人たちと話していて、でも、ぼくの目にはたまらなく可愛く見えて。そう見えるとなんとなく近づきにくくて。あんなにあうのを楽しみにしてたのに、ぼくはほとんど彼女とは話せなかった。

オフのあと、彼女に言われた。
あんまり話せなかったね。
ぼくは、やきもちを隠し切れなくて、だって他の人と楽しそうに話してたからさ、と答えた。
でも、あなた、いっつも後ろ向いてるんだもん、こっち見てくれないんだもん。

この彼女の言葉を聞いたとき、自分がどれだけ彼女が好きかわかった。
でも、そんなこと、いえなかった。
ろくにあってもいない、電話も一度きり、あとはネット上で文字のやり取りをしているだけの間柄で、好きだよなんて言ってもうそ臭そうな気がしたのだ。
結局のところぼくは、なにやらおちゃらけを言っただけだったような気がする。

それから彼女はぼくのモニターの中に入ってこなくなった。
共通の友人が言うには、ネットにはいるとのことで。
ぼくは嫌われたらしい。

メールをざっと見て、機械を落とそうとしたとき、自動接続で立ち上がっていたICQにメッセージが入った。タスクバーに入ってるから誰からかわからない。とりあえずクリックすると、メッセージは彼女からだった。

いま、いい?
いいよ、なに?
プロポーズ、されちゃった、今日。

ぼくの手が止まった。なんか背中を這い登るようなショックがある。しばらくキーボードの上をさまよっていた指が打ち込んだのは、しかし、そんな気配すら見えない文だった。

へぇ、よかったな。
そう、かな。
そう、でしょ。

ぼくは、タバコを取り出して、火をつけた。少しの間があって、彼女のメッセージが入る。

会いたいな。
こないだ会ったじゃない?

なんでこんな答えしか返せないんだろう?ぼくは。さっきからタバコの先っぽが震えてるのに。

そうだけど。
遠いんだからそうそうあえないよ、仕方ないでしょ。
そうだね。うん。そろそろ寝る。ごめんね、邪魔して。

あっと思ってボードを表示させたが、もう彼女はいない。タバコの灰が、キーボードの上に落ちる。ぼくの頭はホワイトアウトした。パソコンを消し、机の上に放り出してあったキーホルダーと財布を引っつかむ。アパートを飛び出して、駐車場に降り、クルマに乗り込んでイグニッションにかぎを突っ込む。

今11時ちょっと前。朝まで走れば彼女のところにいけるだろう。仕事なんてどうでもいい。彼女に会いたい。会って、ちゃんと伝えたい、どうしても、伝えたい。

何を…?

イグニッションをまわしても、エンジンはプスンというだけでかからなかった。このぼろ車、たまにこうやってストライキを起こす。もう一度、スタートかけようとしてぼくは手を止めた。

何を…?

ぼくはいきなりおかしくなった。思わず声を立てて笑ってしまうほど、おかしかった。
自分がぽすぺのももちゃんに恋していたような、そんな気がしていた。
ぼくは彼女のことをほとんど知らないのに。なぜこんなに夢中になってたんだろう。

タバコ一本灰にしてから、ゆっくりイグニッションをまわすと、クルマは軽い唸りを立てて始動した。

あ、明日の通勤は大丈夫だ。

ぼくはそう思うと、ゆっくりエンジンを切った。

 

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