ゆめ・ふたつ
Reflections of features of the two


マサヤ

高校の教室だった。
おれは詰襟をだらしなく着て、これまただらしなく教室の自分の席に座っている。ポケットの中にはタバコのパッケージが忍ばせてあって…。

夢を見ているんだということはすぐにわかった。
夢なら夢でもう少し代わり映えのある世界をみせてくれればいいものを、数年前までの生活そのままが再現されている。

周りの連中の顔はあまりはっきりとはわからないが、一人だけくっきり認識できる相手がいる。
その彼女が笑いながらおれのところにやってきた。
「あ〜、なんや、マサヤ山ほどもろてるんやん」
いわれて机の上を見ると、たくさんのクッキーがおいてある。
さまざまにラッピングされたそれは、前の授業の家庭科で焼いたクッキーで、女の子たちが何気に配っているものだった。何らかの基準が在るのかないのかはわからないが、少なくともおれの机の上に置いてあるクッキーの数は、周りの男どもが与えられているよりもかなり多い。
おれは基本的にモテるのだ。

こういう概念がふと浮かぶのは少々腹立たしいが、背だって人並み以上にあるし、顔だってすてたもんじゃない。気の利いた会話だってできるし、少々斜に構えちゃいるが、それでもにじみ出るやさしい雰囲気は、女の子を振り向かせないはずがない。

夢の中でなにを力入れてるんだろう、おれは・・・。

彼女はおれの机のクッキーの山のてっぺんに自分の作ったクッキーを乗せた。
サランラップで包んでちょっとリボンをかけたそれは、おれにはほかのクッキーとは別のものに見えた。
彼女がおれにとって特別だったから。
そして、彼女もおれのことを特別に思ってくれ始めてる、と感じてたから。

赤いリボンに目を留めていたおれの視野のはじに、彼女のスカートが翻るのがうつった。
そして。

「あ、ねぇねぇ、これあたしやいたんや、たべへん?」

彼女が別の男に言ってるのが聞こえた。

とたんに、リボンの赤が色あせた。
クッキーはいくつ焼いたのだろう。きっとたくさんあるのだろう。それのいくつにあんなラッピングをしたのだろう。そして、誰たちにそれを配るのだろう。

おれには、知ったことじゃないんだろう。

みんなおんなじに見えるようになったクッキーの山を前に、おれはそれでも全部食べたらなならんな、と考えている。
甘いものは得意じゃないんだけど。
でも食べなきゃならない。

おれは人気もんなんやから。

 

ふと、目がさめた。つけっぱなしになっていたテレビがまだなにやら深夜放送をやっている。
何であんなこと夢に見たんだろう。
しかしそれにしても、おれらしくない夢や・・・

そう思うとひとつ寝返りを打ってふとんを引きずりあげ、マサヤはテレビもつけっぱなしのまま、またあっという間に眠りに落ちていった。


コウジ

砂浜は寒かった。
どうせ夢に見るなら、明るくて歓声の響く夏の海ならよかったのに、灰色の空を移した冬の海が目の前に広がっている。

冷たい波の寄せる波打ち際を避けて砂浜を歩くと、驚くほどやわい砂の地面が足の下でもろく崩れていくような感触がある。
最近の精神状態が見事に出てる夢だな、と、夢の中の自分を第三者のように観察しているもうひとりの自分が思った。
歩くとよろけるから立ち止まった。
立っていると寒いからしゃがみこんだ。

しゃがみこんだら、目の前の砂に触れたくなった。

指で触れると、砂はきめ細かく、ちょっとのくぼみもさらさらと移動してならしてしまう。
こぶしを突っ込んでも、抜くと同時に、砂はすぐに流れ込み、何事もなかったかのように平らにしてしまう。

しゃがんだまま振り返ると、自分の歩いてきた足跡さえもすでに砂は隠してしまい、ここに自分がやってきたその痕跡がない。
立ち上がって一歩進めば、今しゃがんでいるその痕跡すら、あっさりと砂は消してしまうのだろう。

それもまた、気持ちいいかな。

ふと、両手で砂をすくってみた。
細かな砂は、指の隙間からさらさらとこぼれ落ちていく。
灰色の力のない太陽の光を受けて、それでもその砂はきれいにきらめいていた。

指の隙間から落ちていくこれは、本当は何なのだろう。

このきらめく流れを見ているだけしか、自分には何もやりようはないのだろうか。

手のひらいっぱいにすくった砂が、もうあとわずか、というとき、突然の焦燥感が手を握らせた。
そして立ち上がる。

後ろにも前にも、どこにも何の痕跡もない一面の砂浜を、足を取られながらもまた歩き出す。

そしてその手のひらの中には、ほんのわずかだけ捕らえることのできたきらめく流れのかけらのざらついた感触が残っている。

 

はっと目をあいて、暗闇を見つめ、同時に自分が右手を握り締めていることに気づいて、思わず苦笑いした。
スタンドもつけずに起き上がり、脇に置いてあったタバコを左手で探って取り出してくわえ、これもまた左手で火をつけて、一度煙を吸い込んでから、やっと、右手をゆっくりと開いた。
夢で捕らえたものは見えなかった。

今夜はもう眠れないな。
静かな冷たい闇の中で煙を吹き上げながら、コウジはひとつため息をついた。


[HOME] [おはなしトップ]  [Waiting Bar]