ある日の日常


§3 舞台はより危険に

 そして今。
「はぁーー」
 バルコニーの手すりに腰掛け、シェーラ(人間)はアンニュイな表情でフリスタ
リカの景色を眺めていた。
「どうしたのシェーラ? 元気ないわね」
「ああ、菜々美か」
 シェーラは菜々美の方へ振り返る。菜々美は胸に何か抱えていた。
「何だよ。何か用かよ?」
「そんなブルーな顔してないで、ちょっとつきあってくんない?」
「とてもそんな気分じゃねえよ」
「猫になったことがそんなにショック?」
「……自分がそうなった時を想像してみやがれ…」
「…まあ、ショックよね。でも、まこっちゃんが元に戻る方法をみつけてくれるわ
よ。それにまこっちゃんも女になっちゃったし、いいんじゃないの?」
「全然よくねえよ」
「ウーラに追いかけられたこと?」
「それを言うなよ。あの後ファトラたちに散々からかわれたんだからな」
 シェーラは苦々しい表情をしながら毒つく。
「でも、妊娠しなくてよかったじゃない……ぁ、そ、その…」
 シェーラの目つきが鋭くなったので、菜々美は言葉の途中で口ごもってしまった。
この話題を続けると、自分の身が危険にさらされそうなので、話題を変える。
「まこっちゃん、女になっちゃって大変よね」
「人間の姿でいられるだけマシだと思うぞ」
 シェーラはつまらなそうに答える。
「あ…、その…。----私、たとえまこっちゃんの呪いがこのまま解けなくても、ま
こっちゃんを愛し続けてみせるわ」
 やや強い声音で菜々美。
「誠の呪いが解けなかったら、あたいの呪いも解けないってことなんだけどな」
 頬杖を突きながら答えるシェーラ。
「あ……、いえっ…。その…。シェーラだって、まこっちゃんがたとえどうなって
も、まこっちゃんを愛し続けるわよね?」
「…恥ずかしいこと訊くなよ」
「愛すわよね?」
 菜々美は笑顔で訊く。
「イフリータがいるだろ?」
「うっ、ううぅ……。----わ、私、たとえまこっちゃんがどんなど変態に成り下が
ろうとも、まこっちゃんを愛し続けてみせるわ!」
 菜々美はガッツポーズをとってみせた。
「あたいだって……あたいだってな……誠が好きなのは変わらねえよ」
「そうよ! その意気よ! まこっちゃんがどんなど変態に成り下がろうとも、私
たちは一歩も退かないわ!」
「ど変態ねえ……」
「それでね、手始めにちょっとつきあって欲しいことがあるんだけど…」
「つきあって欲しいこと…?」
「うん。ちょっと来て」
「あ、おい! ちょ、ちょっと!」
 菜々美はシェーラの腕を掴むと、問答無用で引っ張っていった。

◇  ◆  ◇  ◆  ◇


 ロシュタリア王宮の外れ。地上にある庭の奥の方。庭というよりは、手付かずの
自然といった感のある場所。ある意味、忘れ去られた場所だ。この向こうは森林が
広がっている。このあたりには道もない。以前はあったのだが、整備されないため、
荒れて消えてしまったのだ。
 このあたりには物見小屋が一つあった。その小屋は警備のためのものだったが、
今は別の場所に番兵の詰め所があるため、今は使われていない。従って、この小屋
も荒れ果てていた。
 そして----今、小屋の扉に手をかけようとしている人間がいた。
 彼(女)は小屋の中に入ると、ため息を一つついた。
 小屋の中には紙類やら本やら金物類が散乱している。
「はあー、なしてこないな所で作業せなあかんのやろ…。と言っても、ストレルバ
ウ博士がジャマするんだもんなあ…」
 彼----誠は再びため息をつくと、持ってきた文献をかび臭いテーブルの上に無造
作に放った。
 ここはストレルバウの邪魔から逃れるために誠が用意した秘密の作業場だった。
部屋の中には必要な資機材が一通り置いてある。ここならば、ストレルバウの邪魔
が入らないので、ゆっくり水の解析ができるというわけだ。
「さ。さっさと始めよ」
 誠は王宮から持ってきた座布団の上に座ると、水の解析を始めた。と、
「あ、しまった。忘れ物」
 誠は忘れ物を取りに王宮へ戻っていった。

 王宮。研究室の近く。
 誠は見つからないように身を隠しながら、研究室のあたりの様子をうかがってい
た。どうやら、あたりに人はいないようだ。
 誠は走っては身を隠し、走っては身を隠しを繰り返しながら、研究室に近づいて
いく。もっとも、そうやってへんなそぶりを見せる方がよっぽど目立つということ
に彼は気づいていなかったが。
「ふう。どうやら誰もいないようやな」
 誠は研究室のドアを開けようとする。が、突然後ろから声をかけられた。
「ああ、まこっちゃん。そこにいたの。探したんだから」
「な、菜々美ちゃん!」
 びっくりして、誠はドアに背を向け、張り付く。
「ど、どうしたの?」
「うん。ちょっとつきあって欲しいんだけど…」
 菜々美は愛想のよい笑顔を振りまきながら言う。
「つきあって欲しいって…?」
「へへ。ちょっとね…」
「あ、菜々美ちゃん!」
 菜々美は誠の手を引っ掴むと、問答無用で引っ張っていった。

「な、菜々美ちゃんっ! これは一体何なんや!?」
 誠は半ば飽きれ、半ば驚きをこめながら言った。
「何って、ちょこーっとアルバイトしてもらうだけよ」
 対して、菜々美はそっけなく答える。
「ちょこーっとって、これがちょこーっとかいな?」
「そうよ。ちょこーっと。シェーラも藤沢先生もいるわよ」
「……菜々美ちゃん、こういうのはちょこーっととは言わないんやよ…」
 誠は目を閉じて、額に手を当てながら言った。
「なによ。いいじゃない。使えるものは有効に使わないと、バチが当たるわよ」
「せやかて僕やシェーラさんたちがこないなことするいわれはないで!」
「あーん、もう。固いこと言いっこなしぃ」
「だめやて! まじめな話、なんでこないなことせなあかんのや!?」
 誠の強い語勢に、菜々美は一瞬たじろいだような顔をした。が、菜々美は両手を
胸に当てると、いやいやをするような仕草を見せながら、反論する。
「だ、だって…。だってだって、こんな儲かりそうなもの放っておくなんて、商売
人としてのあたしのプライドが許さないんだもの! というわけで、さっそくお願
いね、まこっちゃん……」
 菜々美は誠に向かってにっこりと微笑んだ。派手な衣装に身を包み、これまた派
手な装飾が施されたメガホンを持ちながら。
 それからも誠と菜々美の押し問答が続いたのだが、誠は結局菜々美に押し切られ、
アルバイトを引き受けることとなったのだった。

「れでぃーすあぁんどじぇんとるめん! みなさまようこそお出で下さいましたぁ!
ただいまより、世紀のスペクタクルスーパーショーをご覧にいれます! ----題し
て、『奇跡か呪いか!? 世界びっくりどっきり人間すぅぱぁショー!』」
 菜々美がメガホンで大声を張り上げ、場の雰囲気を盛り上げる。
 ここはフリスタリカのとある遊戯場----といっても巨大なテントが張ってあるだ
けである。菜々美はここを借りて、即興のショーを行っていた。
「さあ、ではでは。さっそくびっくりどっきり人間の方たちに登場してもらいまし
ょう。----さあ、どぅーぞー!」
 菜々美が楽屋の方へ向かって手をやる。が、何も反応はない。
「………あ、ちょっとお待ちください」
 菜々美は楽屋の方へ入っていった。

「ちょっとあんたたち! 打ち合わせした通りにやんないとだめでしょうが!」
「んなこと言ったって、恥ずかしいやんか」
「なぁーに言ってんのよ! この程度のことで恥ずかしがっているようで、お金儲
けなんかできるわけないでしょ! この仕事が終わったら、ちゃんとあんたたちに
もお給料払ってあげるから、しっかりやんなさい!」
「ちゃんと払ってくれるんどすな?」
「もちろんよ。それが正しい経営者の姿というものよ」
 菜々美はどんと胸を張って答える。
「というわけで、私向こうにいるから、合図したら出てきなさい」
 そう言うと、彼女は舞台の方に出ていった。

「さーあ、改めて参ります! ----さあ、どーぞー!」
 再び楽屋へ向けて手をやる。
 と、ぞろぞろと数人の男女がいかにもやる気なさそうに出てきた。ちなみに、誠
(男)、藤沢(人間)、シェーラ(人間)、アフラである。
「しっかし、なんでこんなことやらなきゃなんねえんだよ」
「仕方ないでおっしゃろ。暇そうなそぶりを見せていたら、ミーズの姉はんに笹採
りにつきあわされる所だったんどすから」
「だよなあ…。笹採りにつきあわされるくらいなら、こっちの方がマシか」
「えっ、ミーズさんって、そんなことしてるんですか?」
「そうどす。藤沢はんのために笹を採ってくるて言うて、朝から出かけておっしゃ
ります」
「ふーん。大変ですねえ…」
「俺は別にそんなことして欲しくはないんだがなあ…」
 まあそういうわけで、誠たちは舞台の中央に立った。
「さあ、それでは自己紹介をお願いします」
 菜々美が誠たちに順番にメガホンを渡していく。
「えーと、コトマックです」
「シェラシェムです」
「トザキチです」
「アフロマーナです」
 営業スマイルを浮かべつつ、菜々美が決めた芸名で四人はそれぞれ自己紹介をす
る。心成しかスマイルがいびつであるが、それはご愛敬。
「というわけで、これからこのみなさんにとっておきの芸を披露してもらいまーす!」
 かくして、誠たちの芸が始まった。

 まずは簡単な手品から。
 露出度の高い派手な衣装を着たアフラが、ピエロみたいな格好をした誠(男)と
一緒に登場し、ギャラリーに向かって挨拶する。
 まず、人が入れるほどの大きさの箱に誠が入る。
「やり方はさっき練習した通りどす。うまいことやっておくんなはれ」
「はい。分かりました」
 誠とアフラは小声で会話する。誠の顔は心持ち赤くなり、アフラから目をそらし
ていた。
「そんなふうに赤くならんといておくれやす。うちだって恥ずかしいのを我慢して
やっているのに、余計恥ずかしくなりますがな」
「あ、ああ。すみません」
 アフラは赤くなって、服の太股の部分のスリットを隠す。が、それがかえって余
計色っぽく見えるのだった。

 かくして誠(男)は箱の中に入った。アフラは何も仕掛けがないことを証明する
べく、箱を回転させてみせる。もちろん、仕掛けなどありはしない。
「さぁー、コトマックが箱の中に入りました! みなさん、目をかっぽじってよく
見ていて下さいね」
 アフラは方術で風を起こすと、ステッキで箱を2〜3回叩く。
 刹那----
 ばああぁぁ〜〜〜ん!!
 箱が開いて、中身が飛び出してきた。ただし、飛び出してきたのは男ではなく、
女である。露出度の高い衣装を着、髪は黒のロングだ。
 女は床の上に立つと、ギャラリーへ向かって優雅にお辞儀する。
「はあーーい! 少年がみんごと美しい女性と成り代わりましたぁ! みなさん、
盛大な拍手をお願いしまぁーす!」
 ぱちぱちぱちぱちぱちぃ〜〜〜。
 盛大な拍手を受けて、ちょっと照れる誠であった。
 アフラの方はというと、少しばかり表情を引きつらせていた。

 続けて次の芸。
 シェーラとアフラが登場し、アフラがシェーラに全身すっぽりと布を被せる。
「さぁー、よく見ていて下さいよお! いいですかぁー? ワン、ツー、あ、ワン、
ツー、さん、しー----」
 アフラがステッキでシェーラの頭を2〜3回小突く。と、
 布が支えを失ったかのように、ばっさりと床に落ちた。シェーラが消えたのだ。
 そこで誠(女)が登場し、布をめくると、中から赤毛の猫が出てくる。
「さあ、おみごとぉー!」
 誠は猫を胸に抱いて、ギャラリーの前にさしだしてみせた。
 ギャラリーからは歓声が上がる。
 シェーラはちょっと嬉しかった。

「さぁー、続きましては、より高度な芸を披露していきたいと思います」
 菜々美は観客に向かって大声で叫ぶ。
「菜々美ちゃん、菜々美ちゃん」
 シェーラ(猫)を胸に抱きつつ、誠が菜々美に小声で話し掛けた。
「なに、コトマック?」
「その芸っていうのやめてくれへんか? 僕ら芸人やないんやから」
「なぁーに言ってんのよ! そんなことじゃ立派な芸人にはなれないわよ!」
「せやから僕ら芸人やないんやってば!」
「いーえ! 芸人でなくても、今は芸人よ! 誇りを持ちなさい!」
「持てるわけないやんかぁ!」
 誠が絶望的な叫びをあげる。が、それは到底受け入れられそうにはなかった。
「おい、菜々美!」
「なーに、シェラシェム?」
「あたいたちにいつまでこんなことさせるつもりだよ!?」
「うーんとね、あんたたちが元の体に戻るまでよ。ちゃんとお給料も払ってあげる
からぁ」
 菜々美は人差し指を顎の所に当てながら言う。
「てんめえー、喧嘩売ってんのかよ!?」
「やぁーねぇー。まこっちゃんに抱いてもらっちゃって、何言ってんのよ」
「なっ…!」
 赤くなって絶句するシェーラ。そこで経営者と従業員との論争は終わった。

「続きまして、究極奥義、火の玉サッカー!!」
 シェーラとアフラがボールの替わりに火の玉を使ってサッカーをする。
「火の玉投げー!」
「火の玉テニスー!」
 シェーラが打ち返した火の玉の火がアフラの服に燃え移った。
「あちちちちちち!!」
 アフラは飛び上がると、テントの天井を突き破って、テントのそばにあったため
池に飛び込んだ。
「あー、もう! テントの修理費は給料から引いとくかんね」
「おいっ! 菜々美!」
 シェーラ(人間)が菜々美を怒鳴りつける。
「なーに、シェラシェム?」
「こんな危険な芸やってられっかよ!」
「炎の大神官のくせに、何言ってんのよぉー」
「そういう問題じゃねえだろ!」
 が、今回の言い合いも菜々美の勝ちだった。

◇  ◆  ◇  ◆  ◇


「うおおのれー。水原誠。私をこのような目に遭わせるとは、何という卑劣な奴。
ここはなんとしてもあやつをひっ捕らえ、この忌まわしい呪いを解く手段を吐かせ
なければ!」
 というわけで、陣内(人間)はカツオ(変装させている)一匹だけを引き連れて、
フリスタリカに潜入していた。今、彼は菜々美がサーカスをやっているテントの前
に立っている。誠がこの中にいるということは調査済みだ。
「では、ゆくぞ」
 陣内とカツオは客を装って、テントの中に入っていった。

◇  ◆  ◇  ◆  ◇


 その頃。
 世にも危険な曲芸は依然続けられており、藤沢(パンダ)は毛皮を焦がされ、シ
ェーラ(猫)は誠(女)の胸に抱かれて幸せな気分になり、アフラは火傷した腹い
せにシェーラ(猫)をいたぶったのだった。
 そして----。いよいよクライマックス。最後の大がかりな出し物を行う段階とな
った。
 芸の内容は即席で作った掘っ立て小屋に誠(女)が入り、それに火をかけ、藤沢
(パンダ)とシェーラ(猫)がそれを救出するというものである。ポイントは動物
が人間を助けるということだ。実際には、シェーラたちは途中の段階でうまいこと
人間に戻り、シェーラの能力でもって火をコントロールしつつ、誠が逃げ出すとい
うことになっている。

 誠(女)は極めて粗雑な作りの掘っ立て小屋に入り、アフラは小屋の入り口を釘
で打ち付けて開かなくする。
「本当に大丈夫か僕物凄く不安やなあ…」
「うちもどす。まあ、シェーラがいるからまず大丈夫とは思いますけど」
「そうですね…」
 シェーラ(猫)と藤沢(パンダ)が位置について、準備完了した。アフラは火矢
を弓につがえると、菜々美の指示を待つ。
「さぁー、いよいよクライマックス! 寄ってらっさい見てらっさい! 驚異の脱
出劇だよぉ! 花も可憐な美少女に紅蓮の炎が襲いかかる! そしてそれを救出す
るは人間ではなく動物たちときたあ! さあさあどうなることやら!? もっとも
----万が一の時のことを考えて消火用の水はちゃぁんと用意してありますけどね」
 菜々美が派手にまくしたてる。実際、小屋のそばには水の入ったバケツがいくつか
置いてあった。実はこのバケツの内、印のついているバケツの水は湯で、シェーラと
藤沢はこのバケツにつまずいたふりをして、人間に戻る予定なのだ。観客には煙のせ
いでその様子は見えない。煙が晴れた頃にはシェーラと藤沢は水の入っているバケツ
で再び動物の姿に戻っている。
 小屋の窓から覗く誠の不安げな表情を確認すると、菜々美はアフラに向かって目配
せした。それを合図に、アフラが小屋に向かって矢を放つ。
 矢は小屋に見事命中した。小屋に燃え移った火は景気よく燃えだす。
「あちゃ〜〜。思ったよりよく燃えるわね」
 火はあっという間に小屋全体に燃え移ってしまった。
「お、おい! 大丈夫なのかよあれ!?」
「ちょっとやばいかもしれへんどすな。ま、あんさんがおるから大丈夫でっしゃろ。
菜々美はんが合図するのを待ちまひょ」
 胸に抱いているシェーラ(猫)に向かって言うアフラ。小屋の窓から誠の様子を
うかがいしることはできない。どうやら誠は火の勢いにびびってしゃがんでいるら
しい。
 菜々美は頃合を見計らうと、シェーラたちに向かって合図を出した。
 アフラはシェーラ(猫)を放してやり、彼女は藤沢と一緒に走り出す。
「急ぐぞ藤沢!」
「おうっ!」
 人間の姿に戻るべく、湯の入ったバケツに突進するシェーラと藤沢。
 と----
 バシャアアァンッ!!
「ああっ!?」
 突如として何者かが現れ、バケツをことごとく蹴飛ばしてしまった。むき出しの
地面に湯気が踊る。
「ふひゃはははははははははははぁぁーーーっっ!! どぉーだ水原誠! 貴様の
計画など、この陣内様にはお見通しだ! バケツに湯が入っておることはちゃーん
と分かっておったわ!」
 陣内(人間)は両手を腰にあて、高笑いをあげる。
「あっ! てめえはバグロムの親玉!」
「ぱふぉ!?」
「おっ、お兄ちゃん!?」
「てめえ、なんてことしやがるんだよ!? 元に戻れねえじゃねえかよ!」
「ふははははははっ! これで誠を助けだすことはできまい! さぁーて、誠が丸
焼きになる様子でもとくと拝ませてもらおうかな」
 勝利の高笑いをあげる陣内。シェーラたちの方はというと、動物の姿をしており、
対抗する手段がない以上、陣内を睨みつけるくらいしかできることはなかった。
 ギャラリーの方はというと、何がなんだかわけが分からない様子であったが、出
し物の一部であるように取っているようだ。
「もうお兄ちゃん! いきなり沸いて出て何してくれんのよ!?」
「ええーい、うるさい! 誠を倒すチャンスである以上、私は誠を討ち滅ぼすのだ
あ! 見ぃーろ! もうすでに小屋は火の海だ! うひゃはははははははぁぁっ!」
 陣内は小屋を指差す。確かに小屋はすでに火に包まれていた。
「な、菜々美ちゃん! 陣内、何てことするんや!」
 小屋の窓から誠(女)が顔を出して叫んでいる様子が見える。
「ふひゃはははははははっ! さぁー、水原誠! 今こそ貴様の息の根が止まる時
だ! 紅蓮の炎が貴様の曲がった根性までをも焼き尽くしてくれることであろう!
きっちり死ぬがいい!! ふははははははははっ!」
「ま、誠ぉ! くそぉ、早く助けねえと…」
 シェーラは歯ぎしりする。本来ならば人間の姿に戻っていて、その方術でもって
誠を助け出しているはずなのに、思わぬ邪魔が入ったせいで、彼女は何もできなく
なってしまったのだ。
「お兄ちゃん! まこっちゃんがいないと、お兄ちゃんだって元に戻れなくなっち
ゃうわよ!」
「むっ! むっ! むむううぅぅーーーっ……! い、いいのだ! 水原誠さえ亡
き者にできれば、この程度のこと、どうということない!」
 陣内はいったんは狼狽したが、すぐに気を取り直した。
「バカ言ってんじゃねえよ!」
「まこっちゃん! 今助けるわ!」
 菜々美は楽屋の方に入っていくと、水の入ったバケツを持って出てきた。
「ええーーーいっ!」
 小屋に向かって水をかけようとする菜々美。
「そうはさせんぞ!」
 それを陣内が阻止しようとする。
 結果----
 ばっしゃああぁぁっ!
「ぷぎっ! ぷぎっ! ぷぎっ!」
 黒豚になった陣内は逃げていった。陣内が水をかぶったせいで小屋には水はかか
っていない。
「もう、お兄ちゃんたら! もう一度水くんでこないと」
 菜々美は再び楽屋に戻っていった。
 その間にも小屋は燃え続けている。ついには屋根が崩れ始めた。
「誠はん! は、早く助けないと!」
 が、アフラにできることといえば、菜々美と同じく、水をくみにいく程度のこと
だ。
「誠ぉ!」
 その中で、シェーラは小屋の方へ向かって駆けていく。
「シェーラ! その体じゃ危ないどすえ!」
 シェーラの様子を見たアフラが彼女を制止する。が、彼女は聴かない。

◇  ◆  ◇  ◆  ◇


 小屋の中で、誠は始めの内は窓から外の様子を見ていたが、炎が激しくなってく
るとそれもできなくなり、小屋の中央でしゃがんで小さくなっていた。
 が、それもしばらく経つと、小屋そのものが崩れ始めてくる。
 酸欠でか、それと共に誠の意識も薄れてきた。

◇  ◆  ◇  ◆  ◇


「ん、ううん……」
 体の感覚が徐々に戻ってきた。が、まだ目は開けていない。指を少し動かして、
反応が戻ってくるのを確認する。
「気がついたか?」
 耳に女性の声が響く。明らかに心配していると分かる声。
「うん…?」
 うっすらと目を開ける。心配げな表情が視界に写る。
「大丈夫か? どこか痛い所はねえか?」
「……ん…」
 片腕をそちらへ向ける。彼女はそれを取ると、両手で挟んだ。
 徐々に意識がはっきりとしてくる。
「あ、シェーラさん」
 それを聴いて、彼女の顔がぱっと明るくなった。
「やっと気づいたのか。気分はいいか、誠?」
 誠はベッドから起きあがろうとするが、シェーラがじっとしているように言う。
「あ、すみません。大丈夫です。あれからどうなったんですか?」
「あれからまあ、なんとかおめえを助けることには成功して、バグロムの親玉共は
逃げてった。んで、菜々美は後始末が忙しくて、まだテントにいる。他の連中はも
う帰ってる。で、あたいはこうしておめえの面倒を見てた」
 水差しからコップに水をくみ、それを飲みつつシェーラ。
「はあ、そうなんですか。ありがとうございます」
「別にいいよ。ま、あちこち火傷してるから、今日明日くらいはゆっくりしてるん
だな」
「はい。そうします。あ、シェーラさんもけがしてるじゃないですか」
 シェーラの腕には包帯が巻かれていた。
「あん? ああ、これか。いいんだよ。大したことない」
 彼女は笑ってごまかす。
「大丈夫なんですか? シェーラさんも休んだ方がいいんじゃないですか?」
「大丈夫だよ。それよりおめえの方が火傷がひどいんだから、ゆっくりしてなって」
「はあ…」
 結局、誠はシェーラの言われるがままに、ベッドで寝ていることにした。
 シェーラは誠に別れを言うと、部屋を出る。

 日が暮れた頃。
 誠が目を覚ました時、再びシェーラがいた。
 彼女はベッドの脇の椅子でうつらうつらと眠っている。
 誠は毛布を彼女の肩にかけてやった。

◇  ◆  ◇  ◆  ◇


 次の日の朝早く。
「いやー、後始末が引いちゃって、参ったもんよねー。ま。まこっちゃんが助かっ
たんだからいっかあ」
 ようやく後始末を全て終えた菜々美が帰ってきた。
「やっほー。まこっちゃん。起きてるー? 昨日は大変だったわよねえ」
 気楽な声をあげながら、菜々美は誠の部屋の扉を開ける。
 刹那----
「あーーーっ!! まこっちゃん! 何やってんのよぉ!? それにシェーラも!」
 菜々美が大声をあげる。シェーラが誠のベッドに突っ伏すようにして、眠ってい
たのだ。もちろん誠も一緒に眠っている。
「ん? あ、菜々美じゃねえか」
 菜々美の声に目を覚ましたシェーラが、寝ぼけまなこで彼女を見る。
「ああ、菜々美ちゃん。おはよう」
「おはようじゃないわよ! 二人して何やってんのよ!?」
「ん、何って…。----ああっ!!」
 ようやく自分の状態を認識したシェーラが飛び上がる。
「い、いやな菜々美ちゃん。別にやましいことなんて何もないんやで!」
 しどろもどろになりながら弁解する誠。
 シェーラは顔を真っ赤にして縮こまっている。
「やましいことって何よ!? 人が一生懸命徹夜で後始末してたってのに、あんた
たち何てことやってんのよぉ!! 不潔よ! 不潔だわぁ!!」
 体をねじりつつ、一人絶叫する菜々美。
「な、なに言ってんのや菜々美ちゃん!?」
「あぁーーっ、もう! まこっちゃんなんて知らなぁい!」
 激昂した菜々美は手近な所にあった水差しを取ると、それを誠に向かって投げつ
けた。
 ごいんっ!
 中身の水が誠とシェーラにかかる。水差しは誠の頭を直撃した。
「あっ!」
 が、シェーラは猫にはならなかった。
「あ、あれ…? 変身しねえや…」
「あ、僕もや」
 誠も女にはならなかった。頭をさすりながら、信じられない顔をする。
「ひょ、ひょっとして呪いが解けたの?」
「どうやらそうみたいやね…。時間が経つと自然に解けるみたいや…」
 頭をさすりつつ、はにかむ誠。
 菜々美はしばらくぼうぜんとしていたが、やがてその目が潤み始める。
「……あ…。よ…よかったぁ…!」
 菜々美は誠の首に飛びついた。
「な、菜々美ちゃん!」
「おい菜々美! なにやってんだよ!?」
 が、シェーラの制止など無視する。
「よかったー、まこっちゃん。私、もしまこっちゃんがこのままずっと元に戻らな
かったら、どうしようかと思ってたのよ。本当によかったー」
「な、菜々美ちゃん。恥ずかしいから離れてよ…」
 が、結局菜々美はシェーラに無理矢理引っぺがされるまで誠から離れなかった。
 こうして誠たちは無事元の体に戻ることができたのだった。

「むう、おしいのう…。まだ実験したりなかったのに…」
「わらわも、もっと遊んでおくんだった」
「本当に残念ですねえ…」
「着て見せて欲しい服はまだたくさんありましたのに…」


   終わり


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