第1話 初級編  『誕生』

 その日、ストレルバウは夜遅くまで作業していた。
「もう少し。もう少しじゃ。もう少しで完成する…」
 ストレルバウは手元を発光植物でかざし、必死に作業している。もう何日も徹夜していた。意識は朦朧とし、手先が狂う。しかし、完成した時を想像することを励みとして、必死に作業していた。

◇  ◆  ◇  ◆  ◇


 次の日。菜々美はいつものように東雲屋の切り盛りをしていた。エルハザードでの商店経営にもすっかり慣れて、その愛らしい容姿とうまい料理でお客をがっちり集めている。
 今、菜々美は厨房を一生懸命こなしていた。
 と――
 不意に、外が騒がしくなる。それに伴なって、店の客たちも外の様子を見始めた。
「あら、何かしら?」
 厨房からは外が見えない。菜々美は手を休めることなく、視線だけを客の方へやる。
 客たちは初めは物珍しそうな顔をしていたが、やがてその顔に恐怖の色が宿り始め、ついには次々と店から逃げ出し始めた。
 驚いたのは菜々美である。
「ちょ、ちょっと!! お勘定がまだよ!!」
 調理の仕事を放り出すと、菜々美は客を引き止めるべく厨房を飛び出した。店の出口に仁王立ちになり、客が逃げるのを妨害する。
「あんたたち、お店を出るんだったら、払うもん払ってから出て行きなさい!!」
 普段の営業スマイルとは打って変わり、悪鬼羅刹のごとき表情で客を睨みつける菜々美。が、客たちはそんな菜々美をも振り切り、なおも逃げようとする。
「あぁー、こらっ! 待ちなさい!」
 店の外に出た客を追おうとする菜々美。が、そこになって初めて客が逃げ出す原因を知った。
「きゃあああぁぁっっ!! な、なにぃ!?」
 彼方にはバグロムの大軍が見えた。しかもこちらに近づいてきている。客たちはこれを見て逃げ出していたのだ。
「え、えぇーーいっ! バグロムだろうがなんだろうが、お勘定は払ってもらうわ! お客さんたち、回れ右! 店の中に戻んなさい!!」
 大声で叫ぶ菜々美。しかし時すでに遅く、店の中は空になっていた。店員のクァウールとパルナスを除いて…。
「菜々美さん、みんな逃げちゃいましたね」
 状況を理解していないクァウールがのんきな口調で喋る。
「今日はもうお開きですね」
「だぁ〜〜れがお開きって言ったのよ! さあ、二人とも食い逃げした連中を連れ戻してきなさい!」
「「は、はぁ〜〜ぃ」」
 菜々美の剣幕に気圧されて、二人は客を捕まえにとろとろと店を出た。菜々美も全速力で食い逃げを追う。
 そうしている間にもバグロムの大軍は刻一刻と近づいてくる。菜々美は食い逃げした連中の何人かを見事に引っ捕らえて、迷惑料込みで金をきっちり払わせる。
 菜々美が店に戻ってきても、クァウールとパルナスはちっとも戻ってこない。そうこうしているうちにバグロムが攻撃を開始する。
 バグロムは投石器を使って家屋を打ち壊し始めた。
 初めはそれをぼうっと眺めていた菜々美だったが、やがてそれが自分の店の方に近づいてきたのを見て、菜々美は慌てた。
「いっ、いけないわ!! このままでは私の大切なお店が…!! ――クァウール、クァウールはいないの!? アフラさんでもシェーラでもファトラさんでもいいから、腕力か暴力の使える人を!!」
 おろおろとあたりを見回す菜々美。菜々美がいるあたりはもうすでにみんな逃げてしまったらしく、人っ子一人見当たらなかった。
 やがてバグロムの飛行艇が菜々美の店の真上にまできた。
「いやああぁぁっ! やめて! 私のお店を壊さないでぇ!!」

 それから数十分ほど経った頃。
 クァウールとパルナスが帰ってくると、菜々美が泣いていた。屋根に大穴の空いた東雲屋の前で……。
「うう……。ひっく……ひっく………」
「菜々美さん、どうなされたんですか?」
 クァウールが菜々美にそっと寄り添う。
「どうしたもこうしたもないわよ! 私のお店が!! 私のお店がぁっ!! うわぁーーんっ!!」
「菜々美さん、おかわいそうに」
「あんたたちがすぐに戻ってきてりゃ、こんなことにはならなかったわよ! で、食い逃げは捕まえたの?」
「はあ、それが、みんな散り散りになっちゃって、捕まえられませんでした」
「一人も?」
「……すみません…」
 菜々美に向かってぺこりと頭を下げるクァウール。
 菜々美は始めの内、訳の分からない顔をしていたが、それがおかしみに変わり、悲しみに変わり、最後に行き着いたのは怒りだった。
「一人もぉ!? 一人も捕まえられなかったのぉっ!?」
「申し訳ありません」
「菜々美お姉様、クァウール様を責めないで下さい。クァウール様はこれでも精一杯頑張ったんですぅ」
 パルナスが涙ながらにクァウールを弁明する。
「あー、もう、分かったわよ。あんたたちに期待した私がバカだったわ。……くすん…」
 しばらくべそをかいていた菜々美だったが、やがてすっくと立ち上がった。そしてロシュタリア王宮の方へと歩いていく。
「菜々美さん、どちらへ行かれるんですか?」
「みんなから見舞金を集めてこようと思って」
「菜々美さん、たくましいですね。じゃあ私たちは…」
「もう帰っていいわよ」
「分かりました。――それでは…」
 クァウールは菜々美にぺこりとお辞儀をすると、パルナスと一緒にどこかに行ってしまった。
 菜々美は見舞金をせしめるべく、ロシュタリア王宮へと向かった。

 ルーンに事情を話すと、みんな被害に遭っているのに菜々美だけ特別扱いはできないと、見舞金を出すのは断られてしまった。ファトラに事情を話すと、金の代わりに愛をやろうというので、菜々美はさっさと逃げた。ロンズに事情を話すと、彼はお悔やみの言葉を述べるだけで1円もくれなかった。アフラに事情を話すと、彼女はすました顔をしているだけだった。シェーラには――金なんか持ってなさそうなので、初めから当たっていない。誠に事情を話すと、彼はなけなしの見舞金を出してくれた。
「ふぅー。けっきょく、お金出してくれたのは誠ちゃんだけか……」
「菜々美君」
 廊下を歩いている菜々美の前に、突然何者かが現われた。
「わっ! ストレルバウ博士。脅かさないでよ」
「菜々美君、話は聞いたよ」
「ええっ! じゃあストレルバウ博士は見舞金くれるの?」
 目をきらきらと輝かせる菜々美。
「いや。わしは金などやらんよ」
「なんだ。じゃあ何しにきたの?」
 菜々美は心底落胆したような顔で、だれきった視線をストレルバウに向ける。
「ほっほっほっ。わしはこれを菜々美君にやろうと思ってな」
 と言って、ストレルバウが取り出したものは一つのお玉だった。
「なにこれ?」
 お玉を受け取り、それを眺め回す菜々美。普通のお玉と比べてかなり重く、あまり実用的ではないように思われた。
「ほっほっほっ。今度バグロムが攻めてきたら、それを掲げて、『変身っ!』と叫ぶのだよ」
「ふーん…。じゃ、貰っとくわ」
「大切にしてくれよ」
 こうして菜々美はストレルバウから謎のお玉を貰ったのだった。

◇  ◆  ◇  ◆  ◇


 数日後。再建した東雲屋に、再びバグロムの魔の手が迫ってきた。
「あぁーっ! またバグロムだわ!! 私のお店! お店がぁ!!」
「菜々美君、この前渡したお玉を使うのじゃ!」
「ああっ! ストレルバウ博士、いつの間に!?」
 突如として、ストレルバウが出現した。
「わ、分かったわ。何なのか分かんないけど、とりあえず、変身っ!!」
 菜々美はお玉を掲げて、叫んだ。
 瞬間、お玉から目映い光が照射され、視界が途絶える。
 再び視界が開けた時――なんだか異様に体がすうすうした。特に背中やお尻のあたりがやたら涼しい。服装は何やらウエイトレスのようなものに変わっているが、見える範囲では特におかしな所はない。
 とにかく、細かいことに構っている場合ではなかった。バグロムの攻撃を早く阻止しなければ、せっかく再建した店がまた破壊されてしまう。
「ストレルバウ博士、どうすればいいの?」
「今の君は神官の使うのと同じような方術を使うことができる。それを使って戦うのじゃ!」
 やたら興奮した様子のストレルバウ。
「分かったわ!」
 菜々美はバグロムの飛行艇へと向かって走り出した。
 ストレルバウのサポートもあり、見よう見まねでも方術を使うことはできた。初めから菜々美用に作られていたのだ。
 光線を打ちまくり、飛行艇を墜落させる。
 やがてバグロムたちは自分たちが不利であると知り、撤退を始めた。
「やったわ! 追い払った! お店を守ったのよ!!」
 菜々美の店は無事だった。ただし、墜落した飛行艇により、多数の家屋が被害を受けていたが…。
『よくやった菜々美君!』
 ストレルバウの声が無線で聞こえる。
「ありがとうストレルバウ博士!」
『いやあ、これを君に使って貰えるなんてわしゃほんとに嬉しいよ』
「博士、それにしてもこの服、後ろがずいぶんすうすうしますね」
『ほっほっほっ。それがその服の特徴じゃて』
「ふぅーん。まあいいわ。お店が無事だったんだもんね」
 にっこりする菜々美。
 と、そこへクァウールとパルナスがやってきた。
「菜々美さん、無事だったんですか。……――きゃあっ! 菜々美さん、なんて格好!?」
 クァウールは菜々美の格好を見て顔を真っ赤にした。
「わあっ、菜々美お姉様、素敵な格好ですね」
 パルナスは歓喜の声をあげる。
「えっ?」
 菜々美はわけが分からない。
「菜々美さん、その服、前半分しかないですよ」
「ええっ!?」
 必死に自分の後ろを見ようとする菜々美。よく見えないので手で触れてみると、背中やお尻に直接触れることができる。布らしき感触はない。極細い帯があるだけだ。後ろはほとんど裸の状態になっているらしい。
「ひっ! ひえぇっ!! いやあああぁぁっ!!」
 次の瞬間――あたりは消し飛んだ。菜々美の方術が暴走したのである。

「うわぁーーーんっ!! あんな格好で外を走り回ってたなんてぇっ!! あんまりよぉ! 酷すぎるわあぁっ!! うぇーーんっ!!」
 菜々美はわんわん泣いていた。
「菜々美さん、知らずに着ていたんですか」
「僕はとっても素敵な格好だと思いますぅ」
 クァウールとパルナスは爆心地にいたわりにはぴんぴんしている。
「やっぱりストレルバウ博士に貰ったものを使ったのが間違いだったわ。今度から気をつけなきゃ」
 決してくじけない菜々美だった。


  第1話終わり



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