第2話 中級編  『成長』

 数日後。フリスタリカの街は突如として現われた謎の少女のことで持ち切りだった。噂ではその少女は東雲屋の店長だという話だったが、真相のほどは定かではない。少なくとも言えることは、バグロムによる被害より、その少女による被害の方が大きかったということだった。一部では損害賠償を求めようという動きも出ている。
 全くの無傷だった菜々美の店は、今日もいつも通り繁盛していた。客たちの話題はもっぱら謎の少女の話である。
「菜々美さん、有名人になっちゃいましたね」
「その話はやめてよ。思い出したくもないわ」
 菜々美にしてみれば、あんな恥ずかしい格好で外を走り回った上、正体がばれれば賠償金を払わされかねないとくれば、何がなんでも正体は伏せておかねばならなかった。

 菜々美は何としても謎の少女の正体を伏せておきたかった。――伏せておきたがったが――運命はあまりにも無情だった。
 またもやバグロムが攻めてきた。
「ああぁ、バグロムが攻めてきた! バグロムが攻めてきたわ!! どうしよう!? 私のお店! お店が!!」
 右往左往する菜々美。
「菜々美君、変身するんだ!」
 突如としてストレルバウが現われた。
「あーっ、ストレルバウ博士! 私はもう2度とあんな恥ずかしい格好にはならないわよ! あれあんたの趣味でしょ!!」
「ぎゃふん!」
 菜々美はストレルバウをはたき倒した。
「クァウール!」
「はいっ!」
 突然の菜々美の呼びかけに、クァウールは小気味よい返事を返す。
「さあクァウール、バグロムを追っ払ってきなさい!」
「ええっ!?」
 クァウールの顔が驚愕に歪む。
「あんた大神官なんでしょ!? だったら戦いなさい!」
「だ、だって私、実戦なんか経験したことが…」
「いいから行きなさい!」
「そんなあっ!」
「菜々美お姉様、クァウール様はデリケートなんです。そんなことさせたらケガしちゃいますぅ!」
 パルナスが涙ながらにクァウールをかばう。
「じゃあ私のこのお玉を貸してあげるわ。掲げて、『変身っ!』と叫ぶのよ」
「い、嫌です! 私あんな恥ずかしい格好できません!!」
「私だってしたんだから、あんただってしなさい!」
「私あんな恥ずかしい格好するくらいなら、死んだ方がましですぅ!」
 半泣きになりながら拒否するクァウール。
「なんですってえ! じゃあお給料払わないわよ!」
「結構ですぅ!」
「えーーい! 何がなんでも戦わないつもりね!」
「戦えませぇん!」
「ああもう! じゃあ誰か戦ってくれる人を探してきなさい!」
「分かりましたぁ!」
 そう言うと、クァウールはパルナスと共にぱたぱたと走り去っていった。
「……ああは言ったけど、本当にきちんと探してくるか凄く疑問だわ…」
 きっと間に合わないだろうという予感で菜々美の胸は一杯だった。

 そうこうしている内にもバグロムの魔の手が迫ってくる。クァウールはちっとも戻ってこない。
「あああっ!! 私のお店! お店が!」
 バグロムの飛行艇がいよいよ東雲屋の間近まで迫ってきた。
「ああ……こうなったら……こうなったらもう………」
 顔に手を当て、苦悩する菜々美。
「菜々美君、変身じゃ!」
 突如として、ストレルバウが復活した。
「ストレルバウ博士! ……仕方ないから変身するけど、あの格好なんとかならないの?」
「残念ながらどうにもならん」
 きっぱりと断言するストレルバウ。
「あーもう…。分かったわよ。………じゃあ、気が乗らないけど……お店にはかえられないということで…………変身っ!」
 お玉を掲げ、変身の言葉を唱える菜々美。――しかし何も起こらない。
「だめじゃ菜々美君」
「なに?」
「君はもう初級を卒業したから、今は中級じゃ。中級の変身言葉は『呪法のウエイトレス ビューティー菜々美、メイクアップ!』じゃ」
「勝手に級をあげないでよ!! 初級に戻しなさい! 初級に!」
 ストレルバウの胸倉を掴み上げる菜々美。
「中級と言ったら中級じゃ! 初級には戻せん!」
「なぁんですってえ! ただでさえ恥ずかしいのに、私にこれ以上どうしろと言うのっ!?」
「ぐえええぇぇっ……」
 菜々美はストレルバウをがしがし揺さぶる。ストレルバウの口から泡が出てきた。そうしている間にもバグロムが接近してくる。
「ええい! 背に腹はかえられないわ! 呪法のウエイトレス ビューティー菜々美、メイクアップ!!」
 ストレルバウを適当に放り捨てると、菜々美はヤケクソになりながら変身の言葉を叫んだ。
 瞬間、菜々美の体が光に包まれる。光が消えると、そこには前半分だけウエイトレス姿で、後ろ半分は裸という状態の菜々美がいた。
「あーん、お尻が丸見えじゃない! 恥ずかしーーっ!! 悪趣味すぎるわ!!」
 お尻には一応紐水着のようなものが装着されていた。
「ええい! とにかくバグロムを追っ払うのよ!」
 羞恥心を必死にこらえ、菜々美はバグロムの飛行艇へと向けて駆け出した。
 この前と同じように、光線を打ちまくり、飛行艇を墜落させる。さらには自分の恥ずかしい姿を見られないよう、付近の人間も片っ端から昏倒させていった。
 が、バグロムもそれを予想してか、対菜々美用の装備を持ち出してきた。
 突如、バグロムの飛行艇から硬貨がばらまかれる。
「きゃあああぁぁっ!! お金! お金がああぁぁっ!!」
 歓喜の悲鳴を上げ、必死に硬貨を拾い始める菜々美。
『菜々美君、何をやっておるのかね!?』
 ストレルバウの声が無線で聞こえる。
「何って、見りゃ分かるでしょ! 拾ってんのよ!」
『今はそんなことしておる時ではないぞ!!』
「今もなにも、今拾わなきゃ他の人にとられちゃうじゃない!!」
『今戦わなければまた君の店が破壊されてしまうぞ!!』
「はっ! そ、そうだったわ! お店を守らないと!」
 ようやく我に返った菜々美は再び攻撃に入った。飛行艇はまだ硬貨をばらまいている。
「そうだわ! あの飛行艇にはまだお金が積まれているはず! あの飛行艇を落とせば!!」
『よしっ! 菜々美君、必殺技を使うのじゃ!』
「必殺技?」
『そうじゃ! 支援システムじゃ!』
 ストレルバウのその声と共に小型の飛行機のようなものが現われ、地上10メートル程で静止した。
『これこそはわしが菜々美君のために開発した、呪法少女支援機じゃ! 各種火器を搭載し、菜々美君を支援してくれる! しかも、支援機自らが菜々美君の盾となり、菜々美君のお肌を直射日光から守ってくれるんじゃよ! さあ、菜々美君、攻撃じゃ!!』
 いきなり、支援機から真下に向けて怪光線が発射された。
「ひええっ!! 危ないじゃない!」
 それは菜々美のそばぎりぎりをかすめ、地面にクレーターを作った。菜々美はむき出しのお尻で尻餅をついてしまう。
『菜々美君、その光線は人間などイチコロじゃ! 注意するんじゃ!』
「あんたがやったんでしょうがあんたが!!」
 わめき立てる菜々美。光線は発射されっぱなしで、クレーターをどんどん深くしている。
『さあ、お玉についているレーザー反射鏡を使ってその光線を反射させ、攻撃するんじゃ!』
「だったら、直接当てればいいじゃない!」
『それでは呪法少女の必殺技にならんじゃろうが』
「ええいもう! とにかくあのお金が積まれている飛行艇を落とすのよ!!」
 菜々美は恐る恐るお玉を光線に接触させる。すると光線はお玉に反射して、付近にあった建物を吹き飛ばした。
「ひええ、凄い破壊力…」
『菜々美君、しっかり狙うのじゃ!』
「こんなもんそんな簡単に狙えるわけないじゃない!」
『菜々美君、あの飛行艇に当てれば、積んである金が降ってくるぞ!』
「死力を尽くして当てるわ!!」
 苦心の末、ついに菜々美は飛行艇に光線を当てることに成功した。
 飛行艇は墜落し、積んであった金があたりに散乱する。
「やったわ!! どうせバグロムの物なんだから、拾った私の物にしても問題ないわよね。(ハァト)」
 菜々美は必死に金をかき集め始めた。
「菜々美さん、戦ってくれる人が見つかりましたよ! ――きゃあっ! 菜々美さん、またその格好してるんですか!?」
 そこへクァウールとパルナスがやってきた。
「クァウール、パルナス、死んででもここにあるお金を1枚残らず拾い集めるのよ!!」
「は、はいっ!」
 菜々美の剣幕におされて、クァウールとパルナスも金を拾い集め始めた。
 こうして菜々美は無事東雲屋を守り、さらには金まで儲け、フリスタリカの街の一部を破壊したのだった。


  第2話終わり



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