前回までのお話

 エルハザード学園へと転校してきたクァウール。しかし、エルハザード学園のそのあまりに過酷な生活環境から、彼女は転校1日目にして瀕死の重傷を負ってしまう。水原誠はクァウールを保護し、彼女を外科手術同好会や戦争クラブなどからの魔手から守るため、彼女を強化人間とするのであった。


2日目

 エルハザード学園では、来るべき体育祭へと向けてその準備が着々と進められていた。
 クァウールは周囲の様子を警戒しながら、エルハザード学園へと登校してきていた。昨日のことを思い出してみるが、何がなんだったのかいまだによく分からない。ただ、水が噴射した指輪は今でも指についていた。こんな指輪をつけていた覚えはない。それに、この指輪はどんなに外そうとしても決して外れなかった。
 彼女は第1校舎玄関までやってくる。すると案の定、彼女を待ち構えていたと思しき生徒の集団がいた。
 彼らはクァウールの姿を見つけるなり、大挙して押し寄せてくる。
「どうか第3美術部に入って下さい!」
「地下演劇部です! 私たちは意欲あるあなたを待っている!!」
 生徒たちは口々に勝手なことをわめきちらし、クァウールを捕まえようとする。
「ちょ、ちょっと待って下さぁ〜いっ!! ――きゃあっ!」
 生徒の一人がクァウールの腕を掴む。
「いやああぁっ!!」
 恐怖と嫌悪の入り交じった声でクァウールが叫ぶ。
 無意識のうちに――クァウールは腕を掴んだ生徒を投げ飛ばし、指輪からの水流であたりにいた生徒を下駄箱ごと跳ね飛ばした。

「放送部です。今朝、第1校舎玄関でテロがあった模様です。あたりは水びたしで、下駄箱が破壊され、被害者と思しき生徒数名が失神していました。犯人の意図は不明です。犯行声明等は現在出ておりません」

 クァウールは何か手がかりはないかと、誠に会うことを思いついた。すぐに昨日誠と会った科学部部室へと向かう。
「やあ。クァウールさんやないか。おはよう」
「おはようございます、誠さん」
 果たして、誠はそこにいた。クァウールは昨日のことについて誠に聞きたいものの、どうやって切り出したらいいものか途方に暮れてしまう。
「その……誠さん。昨日のことなんですが…」
「はい。昨日のことですか?」
 愛想よく答える誠。
「誠さん…。誠さんはその……私に何かなさいましたか?」
 可能な限り平静を装いながら訊く。
「クァウールさん、とてもきれいな人や」
 真面目腐った顔で言う誠。
「は、はぁ…?」
 クァウールはどんな反応をすればよいか分からず、間の抜けた返事を返した。
「この学園は奇麗な人は特に狙われやすいさかい、注意せなあかんで。外科手術同好会とか、瓦礫倶楽部とか、人を捕まえてきては好き放題する連中もいるさかいな」
「はあ…。で、その…私に何かなさったんでしょうか?」
「クァウールさんがこの学園でも立派にやっていけるようにと思ってな。ちょっと身体強化を――」
 ごぶしゅっ! ガチャァン! ひゅーーっ……グシャアッ!!
 クァウールの高圧水流により、誠が跳ね飛ばされる音と、窓ガラスを突き破る音と、校舎4階から落ちていく音。
「酷いっ! 酷いわっ!!」
 クァウールは半泣きになりながら科学部部室を飛び出した。

「放送部です。科学部の水原誠、2年生が4階科学部部室からノーロープバンジージャンプをかましました。本人は辛うじて生きている模様です。学園当局はこれを過激な部員勧誘とみて、水原誠を厳重注意に処しました」

 昼。
 昼食の時間ではあるが、クァウールは昨日のことで頭が一杯で、弁当を作ってこなかった。仕方がないので購買部へ行く。
 購買部へ来てみると、そこは戦場と化していた。大勢の生徒が壮絶な戦いを演じている。
「まあ。これではとてもじゃないけど買えませんね。どうしましょう……」
 戦場へ赴くだけの気力は湧かず、クァウールは空腹感を覚えながらも、購買部を後にする。
 渡り廊下を歩いていると、威勢のよい声が聞こえてきた。
「えー、お弁当。お弁当。お弁当はいかがですかあ?」
 見ると、茶髪にショートヘアの女生徒が弁当を売り歩いている。クァウールはこれで昼食にありつけると、そちらへ向かった。
「すみません。1つ下さい」
「まいどっ! 800円になります」
 女生徒はかごの中から包みを一つ取り出すと、クァウールに渡した。クァウールは財布から千円札を1枚取り出すと、包みと引き換える。
「あなた、見かけない顔ね。転校生?」
 女生徒は100円玉2枚をクァウールに渡しながら言う。
「え? はい。――なんかこの学園は慣れるのにかなり時間がかかりそうですね」
「そうね。神経が太くなくちゃやっていけないことは確かだわ。ところで、転校生ならまだどのクラブに入るか決めてないんでしょ? 料理研究会に入らない?」
「はあ、料理研究会ですか。それもよさそうですね」
 クラブと聞くと、昨日と今日の記憶からあまりいい印象を受けない。しかし、目の前の女生徒の人当たりのいい雰囲気から、今までの中では1番まともそうだと思った。
「そうよ。料理研究会に入れば、こうやってお弁当やお菓子を売って、お金儲けまでできちゃうんだから」
「はあ、そうですね」
「じゃあ、入る気があるんなら放課後調理室に来てよ。待ってるわ。私は陣内菜々美よ。よろしくね」
「私はクァウール・タウラスと申します。料理研究会のことは考えさせて下さい」
 さすがにすぐにはうんと言わない。
「分かったわ。じゃあね」
 菜々美は手を振ると、クァウールの元から去っていった。

 放課後。
 クァウールが調理室に向かおうとしていると、階段の踊り場で何やら演説している男子生徒を見かけた。髪をきっちりとした七三分けにし、目をギラギラさせた異様な雰囲気の男だ。
「諸君! 今や日本は民主主義という名の病に冒されている! 人間の真の幸福! そして平和! 豊かな生活! それらを実現するためには、この陣内克彦が世界の王となることこそが最良なのだ! ――そこでまずは、このエルハザード学園を我が物としたいと思う! 諸君! この陣内克彦の後に続け! 私のために生きろ! 私のために死ね! 世界は私のモノなのだ!」
 男は渾身の力を込めて叫んでいる。そのためだけにこの世に存在していると言わんばかりに。
 彼の頭の中にはさぞかしきらびやかな世界が広がっていることだろう。そして、彼の口から紡ぎ出される言葉は、そのきらびやかな世界への招待状なのだ。そのあまりの神々しさに、道行く人は見て見ぬふりをして通り過ぎ、そしてまたある人は公安委員会に通報に向かう。
 あまりに現実離れしたその演説に、クァウールは放心状態となってしまった。皆が皆通り過ぎていく中で、クァウール一人だけは陣内の前で静止している。
「おおっ! 君は私の言うことが分かるのか! 素晴らしい!! この学園の生徒たちは愚鈍な連中ばかりだと思っていたが、君のような才媛もいるとは!」
 陣内はクァウールの前に走り寄ると、彼女の手を取った。
「どうか私の手駒となって戦って欲しい!」
 陣内は非常に感動したらしく、涙まで流している。
「え…その……私……」
 目の前の男の強烈な気迫に気圧され、クァウールは二の句が継げない。
 クァウールは招待状を受け取ってしまったのだ。

 保健室。
 ベッドには人の形をしたものが横たえられていた。包帯がぐるぐる巻きになっているため、中身が人間なのかただの人形なのか分からない。
 不意に、保健室に女生徒が入ってきた。菜々美だ。
「誠ちゃん、生きてる?」
 菜々美は人の形をしたものに向かって話しかける。
「なんとか生きとるで」
 人の形をしたものは喋った。
「そう。よかったわ。お弁当持ってきたけど、食べる?」
「おおきに菜々美ちゃん。食べさせてもらうで」
「じゃあ食べさせてあげるわ。誠ちゃん、その状態じゃ自力で食べられないでしょ?」
「すまんなあ菜々美ちゃん」
 菜々美はベットのわきに置いてある椅子に腰かけると、弁当の包みを開く。
「それにしても、なんでノーロープバンジージャンプなんかしたの? そんなことしなくても部員の勧誘はできると思うんだけど?」
 誠の口に卵焼きを放りこみながら訊く菜々美。
「んー、それがな…。話せば長くなるんやけど……」
 と、その時。保健室の扉が開かれた。そちらを向くと、蒼い髪をした少女がいる。何やら非常に思い詰めた顔をしていた。
「あ、クァウールじゃない」
「クァウールさんやないか」
 誠と菜々美揃ってその女生徒の名を呼ぶ。
「誠ちゃん、クァウールのこと知ってるの?」
「菜々美ちゃんこそ知ってるんか」
「知ってるわ。転校生の子よ。――クァウール、何しに来たの?」
 菜々美はクァウールに見かって話しかける。
「それがその……水原誠さんに用があるのですが…」
「ああ、何の用や?」
「はい。一緒に来て欲しいんですが…」
 心苦しそうに喋るクァウール。
「何言ってんのよ。誠ちゃんはケガしてんのよ。そんなことできるわけないじゃない」
「はあ。そうですか…。…そうですよね…。そうに決まってますよね…。――すみません。おじゃましました」
 クァウールはすごすごと立ち去ろうとする。誠と菜々美は訳が分からず、ただその背中を見送っていた。
 と、再びクァウールが入ってきた。見ると、男子生徒が一人新しくついている。どうやらクァウールはその男子生徒に連れてこられたらしい。
「陣内やないか。何しに来たんや」
「ふっ。水原誠。今日は私はお前に引導を渡しにきたのだ」
 陣内は目を閉じ、片手を頭に当てるようなポーズを取っている。
「お兄ちゃん! 誠ちゃんに変なことしたら許さないからね!」
「ふっ。残念ながら、今日は私は手は出さん。手を出すのは……彼女だ。――さあ! クァウール、やれ!」
 陣内はクァウールに向かって号令を下す。クァウールは困った顔をしているばかりだ。
「えい! やれ! やるのだクァウール!!」
「クァウール、なんだか知らないけど、お兄ちゃんの言うことなんて聞かなくていいわよ」
 菜々美は呆れた様子で言う。
「我が不肖の妹菜々美よ! 奸計を用いてクァウールを陥れようとしても無駄だ! なぜならクァウールは私の忠実なしもべなのだ!」
「なに言ってんの! さっさとどっか行かないと公安委員会に通報するわよ!」
 菜々美は保健室のインターホンを指差しながら叫ぶ。
「クァウールよ! さっさと誠を仕留めるのだ!」
「で、でも私……」
 クァウールはどうしていいか分からず、もじもじしている。
「ええい! さっさとせんか! 何をためらっておる!」
「で、でも私……私……。ああっ! 私は一体どうしたらあっ!?」
 大声を出しながら屈み込み、頭を抱えるクァウール。その途端、彼女の指輪から水流があふれ出した。
「あかん! クァウールさんの水の方術は感情が昂ぶるだけでも発動してしまうんや!」
 誠が叫ぶ。水流はあたりの備品を蹴散らしていく。
「ふわぁーっはっはっはっはっはっ!! 恐れ入ったか水原誠よ! 今ならまだ許してやらんでもないぞ! さあ! 私の靴を舐めるのだ! ――ぎゃん!!」
 菜々美が陣内の脳天に薬瓶で一撃を食らわせた。
「まったくもう! 少しは周りの人の迷惑を考えなさい!」
「ええい、黙れ!! クァウール! まずはこいつから仕留めるのだ!」
 陣内がクァウールの肩に触れようとする。
「あかん! 陣内、触れたら危険や!!」
「何を訳の分からんことを」
 陣内は手を止めない。陣内の手がクァウールの肩に触れた。
「いやああぁっ!!」
「ぎゃふん!!」
 瞬間――クァウールによって陣内の体は天井に打ちつけられ、水流によって保健室の外に流れ出していった。
「誠ちゃん、クァウールがなんで危険なの?」
「それがな。話せば長くなるんやけど…」
 誠は事の次第をクァウールに説明し始める。
「えーーっ! そんなことを! 誠ちゃん、若い女の子になんてことするのよ!!」
「いやあ、クァウールさんがエルハザード学園で生きていくにはそれしかないと思ってな」
 へらへらと愛想笑いする誠。
 そこへ騒ぎを聞きつけた公安委員会がやってきた。
「なんだこの騒ぎはァ! 首謀者は誰だ!? 器物損壊の現行犯だぞ!」
 公安委員たちはあたりの惨状に目を見張る。
「いやあ、これはほんの事故なんですよ」
 誠は苦笑しながら答える。
「なんだとォ! 貴様が犯人か!?」
 公安委員は目を剥き、誠の方に向き直る。彼らは警棒とスタンガンで武装していた。
「いえ、不慮の事故ですから、犯人はいません」
「では事故の原因は何だ!?」
「はい。クァウールさんの水の方術が暴走したからです」
 クァウールを指差す誠。
「何ィ! ではクァウールが犯人か!」
「いえ。安全装置の設計が悪かったようで…」
「では安全装置を設計したのは誰だ!?」
「はい。僕です」
「何ィ!? ではクァウールと貴様を器物損壊の現行犯で逮捕する!」
「ええっ!? そんな無茶な!」
「文句なら学園当局に言うんだな!」
「そんなあ!」
 公安委員たちは誠とクァウールを問答無用でしょっ引いていった。

「放送部です。2年生の水原誠とクァウール・タウラスが公安委員会に逮捕されました。罪状は保健室における器物損壊です」


  2日目終わり



簡易感想書き込みフォーム

 感想があるけれど、メールを出すほどじゃないという人は、このフォームを使って感想を書いて下さいね。できればメールで出して欲しいですけど…。(笑) メールで出したという人もどうぞ。

おもしろかったですか?
   とてもおもしろい   おもしろい   少しおもしろい   ふつう
少しつまらない   つまらない   とてもつまらない

どのキャラがよかったですか?(複数選択可)
   クァウール   誠   菜々美
陣内  公安委員  

どのキャラがよくなかったですか?(複数選択可)
   クァウール   誠   菜々美
陣内  公安委員  

よろしければ何か書いて下さい。(書かなくても構いません)
   

 



説明へ戻ります