3日目

 誠とクァウールは手錠をはめられて、下りのエレベーターに乗せられていた。
「誠さん。私たちはどこへ連れていかれるのでしょうか?」
「ああ。エルハザード学園の地下100メートルにある、地下教室や」
「それは一体どういう所なのですか?」
「それはな、学園において罪を犯した人間に対し、強制補習授業を行わせるための施設なんや。僕が4週間で、クァウールさんが1週間を言い渡されているさかい、その間はずっとそこで生活せなあかん」
「ええっ!? ずっとって、外に出られないんですか!?」
「軟禁状態になるさかい、24時間一歩も外に出ることはできんらしいで」
「そ、そんなあっ!」
「まあそう気を落とさんと」
「ムチャ言わないで下さい!」
 そうこうしている内にエレベーターは地下100メートルの地点に到着した。
 エレベーターの扉が開くと、扉の向こうからむっとした熱気が流れてくる。じめじめしていて、暑い上に湿度がかなり高いらしいことが分かる。
「わ、私こんな所で生活できませーん!」
 いやいやをするクァウール。見ると、壁にはムカデのような生物が這っている。
「いやああぁっ!! 虫ぃ!」
 クァウールは発作的に誠の体を引っ掴み、ムカデに向かって投げつけた。
「うぎゃああっ!!」
 誠の悲鳴。
 クァウールは警備員をなぎ倒すと、誠をほっぽって逃げ出した。

 地上に出ると、お昼ごろだった。地下教室の陰鬱な雰囲気とは打って変わって、すがすがしい雰囲気がある。
 クァウールは追っ手がないことを確認すると、安堵に胸をなで下ろした。昨日から何も食べていないことを思い出す。ついでに、勉強道具を持ってないことと、昨日料理研究会に顔を出さなかったことも。
 財布を確認すると、昨日菜々美に会った場所に向かう。おそらく彼女はいるだろう。
 食堂近くに、菜々美はいた。昨日と同じように菜々美が弁当を売り歩いている。
「菜々美さん、お弁当を1つ下さい」
「あら。クァウールじゃない。公安委員会に捕まったんじゃなかったの?」
 クァウールに弁当を渡す菜々美。
「え…その…。事情を話したら、許してくれたんです」
「ふーん。ま、いいけど。で、結局、料理研究会には入るの?」
「あ、はい。入らせて下さい」
 一刻も早くまともな人間と仲良くなることが生きるための近道だとクァウールは思った。
「じゃあ、放課後家庭科室に来てね」
「分かりました」
 そう言うと、クァウールは菜々美と別れた。
 弁当を食べるのに適当な場所はないかと、クァウールはあたりを歩く。すると、見覚えのある女生徒を見つけた。青緑の髪、薄紫の瞳、やや小柄で華奢な体格…。
「あーーーっ!!」
 思わずクァウールは叫んでいた。間違いなく、毒入り飴を飲ませてきた女生徒だ。
 クァウールの大声に女生徒が気づく。彼女もこちらが分かったのか、微笑み返してきた。
「やあ。やっぱり生きてたんですか。あの薬はやっぱり失敗だったんですね」
「あ、あなた、やっぱり何か薬を盛ったんですか?」
「はい。新しい薬を開発したんですが、ちょうど人体実験しやすそうな人が歩いていましたから…」
「…………」
 身も蓋もない返事に、クァウールは返す言葉もない。
 女生徒はポケットを探ると、何かチケットのようなものを取り出した。
「おわびということで、降霊会のチケットをあげます。売るなり、あなたが使うなり、ご自由にどうぞ」
 女生徒はクァウールの手にチケットを握らせると、去っていった。

 放課後。
 クァウールは家庭科室へ足を運んだ。
「あら。クァウールじゃない。今日は無事に来れたのね」
 家庭科室ではすでに菜々美が何か作っている。
「はい。料理研究会に入れて下さい」
「分かったわ。よろしくね。――じゃあそういうわけで、さっそく手伝ってちょうだい」
「分かりました。あ、あと、ちょっと聞きたいことがあるんですが、よろしいでしょうか?」
「なに?」
 クァウールはさっき女生徒から貰ったチケットを取り出すと、菜々美に見せる。
「ある人からこれを貰ったんですが、行っても安全でしょうか?」
 菜々美はチケットを受け取ると、しげしげとそれを眺めた。
「うーん……降霊会か…。主催は呪術研究会ね。まあ、行ってもいいんじゃない? ギャラリーとして参加するだけなら、危険はないと思うわ」
「そうですか」
「このチケット、今日のやつよ。今行かないと間に合わないわ。ここはいいから、行ってきたらどう?」
「そうですか。じゃあ、行ってもよろしいでしょうか? できれば一緒についてきて欲しいんですが…」
「でも、チケットが一人分しかないじゃない。いいからあなた一人で行ってきなさい」
「そうですか。……じゃあ、行ってきます」
「ここは明日からでいいからね」
「はあ…」
 こうしてクァウールは菜々美に送り出され、一人降霊会へと向かうのだった。

 呪術研究会の部室は思ったより広かった。薄暗い部屋の中に安っぽい作りではあるがステージのようなものが設置され、その周囲を囲むようにしてパイプ椅子が並べてある。
 クァウールはチケットに示されている通りの番号の、おそらくは一番安いらしい椅子に腰かけ、開演を待った。ふと見ると、客はなにやら変な雰囲気の人間が多いことに気づく。少なくとも、一般生徒とは違う種類の人間たちだ。クァウールはエルハザード学園に入って以来身につけた自己防衛本能によってそれを悟った。
 しばらくすると、黒ローブ姿の女生徒がステージ上に現れる。クァウールにチケットを渡した女生徒だ。彼女はマイク片手に挨拶を始めた。別にマイクが必要となるほど広い部屋ではなかったが。
「みなさん、本日はお集まり頂きありがとうございます。当呪術研究会では、みなさんに、通常では味わうことのできない体験をして頂くためにこの降霊会を企画した次第です。みなさん、めったにできない体験をご存分にお楽しみ下さい」
 そう言うと、女生徒は下がる。そして妖しげな雰囲気の音楽がかかる。
 今度は、数人の生徒が台車のようなものを押しながら出てきた。台車は人を寝かせて運ぶことができる程の大きさで、黒い布が被せられている。どうやら何か載せてあって、それを隠しているらしい。
 再度さっきの女生徒がマイクを取った。
「降霊会などと言うとインチキじゃないかと仰る方がおられるかもしれません。実際、その多くはただの物まねか、それよりいくらかマシ程度のものでしょう。しかし、本日お届けするものは正真正銘のものです。それは観れば分かります」
 クァウールは自分の降霊会に関する知識を一通り思い出してみる。確か、霊能者が自分自身に死んだ人間の魂を憑依させるとかいうものだ。これによって、死んだ人間と話をすることができるらしい。まあ、眉唾物だとは思っていたが。
「みなさんは陣内菜々美という人物をご存じですか? この学園の生徒の方ならば、名前くらいはご存じだと思います。かの陣内克彦の妹にして、守銭奴の陣内菜々美です。今回は彼女の霊を降霊してみたいと思います」
 クァウールの脳裏に疑問符が浮かぶ。生きている人間の降霊なんて、聞いたことがない。
「生きている人間の降霊など不可能じゃないかとお思いでしょう。しかし、我が呪術研究会が研究のすえ編み出した方法を以ってすれば可能なのです。――では、張り切ってまいりましょう! 陣内菜々美の霊を――」
 そこで、女生徒は台車の上の布を取り去る。そこには人間が一人寝かされていた。気絶しているらしい。その脇にはタコメータのようなものが置いてあった。
「――この、水原誠の体に降霊させてみたいと思います!」
 そう言うと、ステージ上の生徒たちは誠を取り囲み、一斉に呪文を唱え始める。タコメータの目盛が上昇し始めた。
 クァウールはこういう場合どうすればいいのかしばらく考えたが、どうすればいいか分からないのでそのまま傍観することにした。地下教室に軟禁されているはずの誠がなんでこんな所にいるのかはかなり謎ではあったが。
 ステージ上では呪文の詠唱が続けられている。何人もの声は部屋の中に複雑に反響し、何を言っているのかはおろか、それが人間の声であるということも分からなくなっていく。そして、タコメータの目盛は最大に達した。

 その頃、菜々美は家庭科室で料理を作っていた。ボウルに小麦粉をあけ、水を入れてこねている。
 不意に――きゅぽんという音が、菜々美には聞こえたような気がした。

 ステージ上では、呪文の詠唱は既に終わっていた。タコメータも最低になっている。司会の女生徒は再びマイクを取った。
「成功です! 陣内菜々美の霊は、今、この水原誠の体に憑きました!」
 やや興奮した面持ちで口走る女生徒。
 一方、誠の方は今まさに目を覚ましつつあった。うっすらと目を開き、体を起こす。その物腰はどことなく女性的で、男子生徒の制服を着ているにも関らず女装しているような印象を受ける。
 彼は――何やら右手をふにゃふにゃ動かすようなことをしていたが、すぐに状態がおかしいことに気づく。
「きっ――きゃあああぁぁっ!! な、何い!? 何なのお!?」
 あたりの光景が一変していることに悲鳴をあげた。
「ご覧下さい、この動揺! さあ、あなたは誰ですか!?」
 司会は彼に悠々とマイクを向ける。
「ちょっと、これは一体!?」
 彼はマイクを向けてきた女生徒を押しのけると、あたりの様子を確認する。まるで瞬間移動したようだった。薄暗い部屋。ステージのような場所。明らかに一般の生徒とは違う人間たち。そしてその中に、クァウールがいるのを発見する。
「ちょっとクァウール! どうなってんの!?」
 ステージを降りて、クァウールの元に走り寄る。
「あなた、菜々美さんなんですか?」
 クァウールは目をぱちくりとさせ、驚いたような顔をしている。
「そうよ! 菜々美よ!」
「へえ。降霊は成功したんですか。凄いですね」
 気楽に言うクァウール。
「何のことよ!?」
「ですから、菜々美さんの霊を誠さんの体に憑かせたんですよ。最近の技術って凄いですね」
「霊を憑かせたぁ!?」
「はい」
 菜々美は自分の体を探ってみる。非常な違和感があった。手で触れてみると形が違う。多少華奢ではあるが、男の体だ。間違いなく、自分本来の体ではない。
「いやあぁぁっ!!」
 あまりのことに精神が錯乱し、逃げ出す菜々美。
「あ、待って下さい!」
 クァウールも後を追う。
 後では、見事降霊を成功させた呪術研究会の人間たちが喝采を浴びていた。

 誠の体に勝手に入れられた菜々美は必死に逃走を続け、家庭科室にやってきた。
 息を切らせながらあたりを見ると、人が倒れている。見紛うはずもない、菜々美の体だ。
 菜々美は体に駆け寄るとそれを抱き起こす。息はあるし、温かい。ただ、それは恐ろしく柔らかで、まるで魂が入っていないみたいだった。
「菜々美さん、どうしたんですか?」
 遅れて、クァウールもやってくる。
「どうしたもこうしたもないわよ! これは一体どうなってんのよ! これは夢なの!?」
 菜々美は体をクァウールに指し示し、半泣きになりながら叫ぶ。
「はい。きっと現実だと思います」
 軽薄な仕草で答えるクァウール。
「現実にこんなことが起こりうるわけ!?」
「そうですね。ひょっとしたら、違うのかもしれません」
「違うって、何が?」
「ですから、あなたは本当は誠さんで、自分が菜々美さんだと思うように催眠術をかけられているだけなのかもしれません」
「じゃあ、こっちの私の体の方が目を覚ましたら、こっちの方が陣内菜々美だって言うわけ?」
「その可能性もありますね」
 クァウールははきはきとあっさりと言う。
「じゃあ、今の、自分が陣内菜々美だと思っている私は何なのよ?」
「催眠術によって作り出された幻なんですよ」
「…………」
 クァウールの意見に何だか怖くなって、菜々美は抱いていた体を家庭科室のテーブルの上に置いた。そっと寝かせる。
 ――この、菜々美本来の体が目を覚ますことはあるのか。もし目を覚ました場合、その精神が何であるのか。仮に菜々美の精神だとしたら、今の自分は何なのか。
 そんなことを考えていると、無性に怖くなる。早く元の体に戻りたい。しかし、一体どうすれば元の体に戻れるのか。
「わ、私には陣内菜々美の子供の時から今までの記憶がちゃんとあるわ。その……降霊だっけ…? それを使ったのよ…。きっと……。――ねえ。その降霊会のことを詳しく聞かせてよ」
「記憶の複写かもしれませんけど…。まあ、分かりました。降霊会のことを話します」
 クァウールは菜々美に降霊会の時のことを話してやった。
「ちょっと! じゃあ、あんたは誠ちゃんの体に私の霊を降霊する所を黙って見ていたわけ!?」
 クァウールの話に菜々美が怒る。
「はい。私の身に危険が及ぶことはなさそうだったので、黙って見てました」
 飄々と喋るクァウール。
「じゃあ今危険を及ぼしてあげましょうか?」
 引きつった声で唸る菜々美。
「そんな。結構です」
「……まあいいわ。あんたはまだ転校してきたばかりだしね。とにかく、現状を何とかしないと」
 菜々美は、自分の体が誠のものになっていることを再度確認した。鏡を見ると、そこには誠の顔が写っている。体に触れてみると、女にはないはずのものがついている。そして何より、目の前に本来の自分の体が横たわっている。
 そこでふと気づいた。
「トイレどうしよう…」
「は?」
 菜々美のつぶやきに、クァウールが間の抜けた声をあげる。
「だからね…。今誠ちゃんの体になってるじゃない。トイレとかどうしよう…」
「普通にすればいいじゃないですか」
「普通って……そうだけど……でもねえ……。あ、そう思ってたら、何だかしたくなってきた…」
 ぶるると震える菜々美。
「クァウール、なんとかして」
「そんな! どうしろと言うんですか!?」
「こうなったのも、半分はあんたのせいでしょうが! 責任とんなさい!」
「半分は私のせいでも、もう半分は私のせいじゃないです!」
「何でもいいから何とかしなさい!」
「無茶です!」
 言い合いは延々と続く。
 結局、この問題はゴム手袋と金挟みを使うことで解決されたそうである。

  3日目終わり



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