東雲学園

Shinonome Educational Institution

サブタイトル 『少年と女装と水着』


 ここは東雲学園。多くの生徒を擁する巨大学園であった。
 ある日の朝。生徒たちが登校してくる時間だ。
「おはよー」
「おはよー」
「あ、誠ちゃん、おはよう」
「ああ、菜々美ちゃん。おはよう」
 二人の女生徒があいさつを交わしている。否。一人は女装した男性だ。
「おお。おはよう。誠」
「ああ、おはようございます」
 彼女の名前はファトラ。学園でも有名な不良生徒だ。仲間のアレーレも連れてい
る。しかし不良でありながら、学園成績は常にトップクラスであった。教師たちに
は頭の痛い存在だ。さらには皆勤賞を目指しているなどという、なかなか奥の深い
女性である。
「うむ。誠。今日も美しいのう」
「いえ。やめて下さい。僕は男です」
「いーや、そなたは女じゃ。そんな格好をしていて何を言う?」
「うっ…」
 彼女、いや、彼が女装していることには訳があった。
「えー、おせんにキャラメル。ノートにカンペ、チョコレートに飴はいかがすか。
さらに水原誠の特製ブロマイドや生写真もあるよ」
 ももひきに腹巻姿の中年男性が首から篭をぶら下げて、生徒たち相手に商売をし
ている。売れ行きはなかなか好調なようだ。
「あ、父さん。変な物売るのはやめてくれへんか?」
 そう。この男性は誠の父親だった。妻に逃げられ、男手一つで誠を女として育て
てきた。ちなみにこの学園の用務員で、誠と一緒に学園内に住んでいる。
「何を言うか、誠。これも全てお前が性転換手術を受けるためであろうが。父は不
幸にも男に産れてきてしまったお前が一日も早く本物の女になれるようにと努力し
ているのだぞ」
「あー、だから僕は男のままでいいって言ってるやろうが」
「何を言う。そなたは今でも立派に美しいぞ。どうじゃ。わらわと一緒に保健室に
行かんか?」
 保健室はファトラなどの百合系女子生徒、及びやおい系男子生徒の溜まり場であ
った。保健室には第1種危険地帯指定、特別教室の準備室などには第2種危険地帯
指定が公安委員会によってなされていた。
「結構です」
「残念じゃな」
 そう言いながら、ファトラは誠の父親が持っている募金箱に硬貨を一枚入れた。
「まいどー」
 募金箱には『誠女性化基金』と書かれている。早い話、手術のための費用を募金
でも集めているのだ。ちなみに募金額ナンバー1はファトラだ。
「あー、なんで僕が女にならないかんのや。この格好だって着る物が女物しかない
から仕方なく着てるんやで」
「ああ。分かっているとも。君は間違いなく男だ」
「そうですとも。あなたは男性です。僕たちが保証します」
「ああ、ガレスさんにナハト君。僕が男やって分かってくれるのはあんたらと菜々
美ちゃんとシェーラさんだけや」
 ガレスとナハト。ファトラとアレーレとはタイを張る不良だ。
「ああ。もちろんだとも。ところで保健室に行かないかい?」
「け、結構です」
「むうー。お前たちは誠女性化反対勢力ブラックリストナンバー1とナンバー2、
ガレスにナハト!」
「ほほう。これは誠君のお父様。御機嫌麗しゅう。誠君は男です。嘘はいけません
よ。女装も即刻やめさせなさい」
「何をー! お前とは今日という今日こそ決着をつけねばならんようだな」
「ふ。どうやらそのようですね。誠君のお父様ということで気は引けますが、致し
方ありません」
「誠の父君。わらわも加勢するぞ」
「おう。さすがファトラ君。頼もしい!」
「あ、ちょっと、やめてんか!」
「何を言う、誠。お前の幸せを邪魔するような奴は断じてこの父が許さん!」
「では、いきますよ!」
「おう! ぬををおおぉぉーーーっっ!! このわしの全力を尽くしてお前を倒す
ーーっっ!! 海が! 海が好きーーーっっ!!」
  どっぱ〜〜〜〜んっ!
 元浜茶屋、誠の父、気合いで海を呼び寄せた。
「だああぁぁっ!!」
「ぬおおぉぉ!!」
 それにも負けず、ガレスとナハトは攻撃を開始する。
 あっという間にあたりは戦場と化し、海水で水浸しとなった。登校中の他の生徒
たちもとばっちりを受けてケガ人が出ている。
「こちらは放送委員会です。ただ今、学園正面玄関前にて乱闘が始まりました。首
謀者はいつものように女装少年、水原誠君のお父さんと、誠女性化反対勢力ナンバ
ー1のガレス君のようです。あっと、誠君のお父さんがガレス君に向かって鉄拳を
撃ち込みました。負けじとガレス君もヘッドバッドをかましております!」
 瞬時に放送委員に化けた菜々美が状況を中継する。
「公安委員会だ! ただちに乱闘を中止せよ! さもなくば実力行使に出る!」
「おおっと、公安委員会です! 公安委員会が出動してきました! さあ、どうな
るのでしょうか! 見ものです!」
 誠の父やガレスたちは公安委員会の言うことを全く聞いていない。業を煮やした
公安委員会は実力行使に出るが、歯が立たなかった。

 乱闘は結局いつものように引き分けに終わった。公安委員会はいつの間にか撤退
してしまった。
「今日はプールの日ね」
「うん。そうやね」
「ところで、誠ちゃんは水着持ってる?」
「えっ、み、水着!? あー、そういえば…」
「持ってないの?」
「いや、それがな…」
「任せろ、誠! 見るのだ! お前のために父が用意したすくーるみじゅぎ! さ
あ、これを着るのだ、誠!」
「な、何言うてんのや! これ女物やないか! それにハイレグ…」
「当然だ! お前は女なのだからな」
「い、いやや。僕、こんなの絶対着いへんからな!」
「何いいーーっ! お前まさか男物を着るとでも言うのではなかろうな!?」
「そんなの僕の勝手やないか! もう!」
「おお、待て、誠!」

 誠は怒って屋上へ上がってきた。
「ああ、まったく。なんで女装なんかせなならんのやろうかなあ…」
「任せろ、誠君! 君のために男物の水着を持ってきてあげたよ!」
「ああっ、ガレスさん!」
「さあ、これをはいてくれ!」
「うっ、こ、これは…」
 それは男物ではあるが、ぱっつんぱっつんで超ハイレグTバックの水着だった。
「こんなんじゃはみ出てまうやないか!」
「何を言うんだ誠君! 君にはこれがぴったりなんだよ。さあ、はいてみせてくれ」
「い、いややーーっ!」
「ああっ、誠君!」
 誠はどこかへ行ってしまった。

「えー、本日、またもや乱闘騒ぎがありました。これに対し公安委員会は鎮圧に出
たのでありますが、歯が立ちませんでした。そこで私はより強力な保安部隊を結成
することを進言するものであります」
「陣内生徒会長、あなたの言うそれは一体何なのですか?」
「すなわち、生徒会直属の新しい保安部隊を結成するのです! 名付けて、生徒会
機動部隊! ちなみにこの部隊の統帥権は全て私に帰属します」
「しかし現在の予算ではそれは不可能かと…。それにそれではあなた個人の私設部
隊となってしまいますが…?」
「ええい、いいのだ! 私がやれと言ったら、お前たちは黙って従え! ただちに
本学園生徒の中から腕っぷしの強い奴を集めて、部隊結成だ!」
「なんと横暴な…」
「ええいっ! やれと言ったらやれ! ふはははははははっ!! うひゃはははは
ははははっっ!!! 見ておれよ、水原誠。これでお前も終わりだ!」

「あー、もう。プールどうしようかなあ…。仕方ないから女物の水着で入るか…。
でもあれハイレグやもんなあ…」
「誠…」
「ああ、ファトラさん。どうしたんですか?」
「何でも水着がないそうじゃな。貸してやろうか?」
「え、でも女物でしょう?」
「まあな。しかしまともな水着じゃぞ」
 ファトラは水着を出してみせた。
「はあ。あれよりはマシか…。じゃあ…」
 その時、声が響いた。
「待って。誠ちゃん」
「ああ、菜々美ちゃん。どうしたんや?」
「探したんだから。はい。水着」
 菜々美は誠に水着を渡した。
「ああ、男物やないか! これどうしたの?」
「えへへー。ないしょよ。これで水泳できるわね」
「うん。おおきに。菜々美ちゃん」
 こうして誠は無事水泳をすることができた。めでたしめでたし。

 放課後。陣内は生徒会機動部隊を結成していた。
「さあ、者どもよ。さっそく訓練だ。まずはこれ!」
 陣内はリュックサックを取り出してみせた。
「この中には爆薬が入っている。これをしょって、敵陣に潜り込み、自爆する訓練
だ! 名付けて、神風特攻!」
「そんな! 無茶ですよ!」
「ええい! やるのだ! お前たちの代わりなどいくらでもおるのだからな! う
ひゃははははははははっっ!!」
(うおのれー。なぜ私の水着がなくなっておったのだ!? これもきっと奴のしわ
ざに違いない! 見ておれよ、水原誠ーーっ!!)
 こうして陣内は誠粛清計画に精を出すのだった。


   終わり



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