ロシュタリアの聖日


 エルハザードの暦で2月14日。ロシュタリア王宮にて。
「さ、姉上、たんとお食べになって下さい。」
「まあ、これは一体どういうことなの?ファトラ。」
 妹に呼ばれ、バルコニーを訪れた第一王女ルーン・ヴェーナスは、テーブル一面を埋め尽くす菓子の山に驚かされた。そこにあるのは板チョコ、チョコパフェ、チョコケーキ、チョコもなか、ココア、etc.・・・。チョコ尽くしである。
「姉上はいつも政務に追われ、お疲れでしょう。菜々美から、疲れには甘いものがよいと聞きましたので、用意いたしました。」
 ルーンの妹、第二王女ファトラは少し照れくさそうに、はにかみながら言った。本当のところは、彼女が菜々美から聞いたのは、地球の「バレンタイン」という風習についてである。
「まあ、あなたがこんなにしてくれるなんて、何かあるのかしら?」
 ルーンはいたずらっぽく微笑みかける。
「ととと、とんでもございません姉上!私はその、姉上に少しでもその・・・」
 ファトラは次第に顔をうつむかせ、声は消え入りそうになる。傍らで、侍女アレーレがその様子を面白そうにニヤニヤしながら見ていた。
「まあ、ごめんなさいファトラ。せっかくあなたが用意してくれたんですものね。頂くわ。それに私、甘いもの大好きなの。」
「はいっ!姉上!」
 ファトラは顔を上げ、目を輝かせた。


 1時間後、テーブル一面を埋め尽くしていたチョコレート菓子は、ルーンによってあらかた平らげられていた。ルーンは最後のチョコレートパフェにいそいそと手を伸ばす。
 向いに座って、それを幸せそうに眺めているファトラは、目元も口元もだらしない程にゆるみきっていた。
「ファトラ、どうかしましたか?」
「えっ!?い、いえ!なな、なんでもございません姉上。」
 ファトラは顔を真っ赤にしながら手を振る。その横でアレーレがこらえきれないようにクスクス笑っている。
「あの・・・姉上、おいしいですか?」
「王女さま、そのチョコパフェはファトラ様がご自分でお作りになったんですよ。」
「アレーレ!」
 アレーレを怒鳴りつけてすぐ、ファトラはしまったと言った顔をし、不安そうにルーンの方を伺う。
「とっても美味しいわよファトラ。」
 ルーンはクリームのかたまりを口に運ぶと、美味しそうににっこり微笑んで言った。ファトラは今にも泣き出しそうな笑顔になった。
 アレーレはまた、忍び笑いを洩らし出した。


「ごちそうさま。とっても美味しかったわ。ありがとうね、ファトラ。」
「い、いえ。そんな、姉上。礼など・・・」
 ファトラは照れくさそうに顔を赤らめる。ふと、ルーンの口元にチョコの食べ残しが付いているのが目に映る。
「あ、姉上、口元に―――」
「チョコが付いてますよ。」
 言うが早いかアレーレは、ルーンの口元をペロリとなめ取っていた。
「!!!」
「まあ、アレーレったら。しょうのない子ね。」
 ルーンは頬を桜色に染めて苦笑する。
「えへへへぇ。」
 アレーレは舌をペロッと出しながら自分の頭をコツンと叩いてみせた。
「それでは私はこれで。本当にありがとうね、ファトラ。」
 もう一度、姉思いの妹に感謝の言葉を捧げると、ルーンは王女としての執務に戻るべく部屋を出ていった。
「良かったですね、ファトラ様。王女さまも喜んでらした―――!?」
 振り返ったアレーレの背筋を、とてつもない戦慄が走った。
 肩を怒らせうつむいたファトラの全身から、凄まじい殺気がみなぎっている。握り締められた拳はブルブルと震えていた。
「ファ、ファトラ様・・・?」
「ぅアレーレェェェッ!!!!」
 ファトラは凄まじい形相でアレーレに掴み掛かる。目からは涙が溢れていた。
「アレーレッ!!貴様よくもどさくさにまぎれて、わらわの姉上のくっ、くくっ、くっちっびっるっををを〜!!!」
「ひイいィィッ!ごっ、ごめんなさいファトラ様ぁ〜。」
 ファトラは泣きながらアレーレのほっぺたを思いきり捻ると、ぎゅうぎゅう引っ張り出した。
「この口かッ!?姉上の唇を奪ったのはこの口かあぁッ!?返せッ!!返さぬかああぁーッ!!!!」
「ふぁ、ふぁほらはま。おひふいふぇムグッ!?ムッ、ムウウウ〜〜〜〜〜」


 この日の、侍従長ロンズの日記には「ファトラ殿下御自ら厨房にお立ちになり、侍女のアレーレが窒息しかかった以外には特に何も無し」とだけ記されている。
 ロシュタリア王宮の、あるのどかな一日の、ちょっとした出来事である。



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