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料理の鉄人!! |
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「司会の赤木リツコです」
「同じく司会の伊吹マヤです」
「私の記憶が確かならば、今回は特別企画、NERV謹製、料理の鉄人です」
「では、鉄人に登場して頂きましょう」
「では、どうぞ!!」
(じゃ〜〜ん!!)
「カレーの鉄人、葛城ミサトです!!」
「やっほう!!」
「そして挑戦者!!」
「どうぞ!!」
(じゃ〜〜ん!!)
「惣流・アスカ・ラングレーです!!」
「ハロー!!」
「それでは今回のテーマを発表致します。今回のテーマは…」
「ずばり、サバです!!」
(じゃ〜〜ん!!)
音もなく床に穴が開いて、サバが現れた。
「では、始め!!」
ゴングと共に、料理バトルが開始された。ミサトとアスカは壇に上がってサバを
取りにかかる。
「では、ミサトさん、今回は何を作られますか?」
「決まってるじゃない。サバのカレーよ。62分で作ってみせるわ」
「あのー、制限時間は60分なんですが…」
「では、アスカさんは何を作られますか?」
「これまでにはない、斬新なメニューでいくわ」
「はあ、そうですか。なんだか甘い匂いがしますね」
ミサトは金属製のバケツをガス台にかけた。そしてその中に適当に切った野菜類
を放り込んでいく。それからホースで水を注水した。さらに一気に加熱していく。
「サバはまだ入れないんですか?」
「サバは風味が落ちないよう最後に入れるのよん。(ハアト)」
「はあ、ところでリツコさん、ミサトさんはなんで鍋ではなくバケツで調理するの
でしょうか?」
「あれはただのバケツじゃないわ。NERVがミサトさんの料理のために開発した
対化学変化処理済特殊チタン合金製バケツよ」
アスカは土鍋にゆで小豆とサバの切り身を入れる。さらに何かを入れた。
「あ、今入れたのは何ですか?」
「ふふん、これは隠し味よ。ずばり、メロンを裏ごしして作ったペーストよ」
「はあ、でも汁が緑色っぽくなっていますね」
ミサトは今度はバケツの中に何かのチューブを絞り込み始めた。
「ミサトさん、これはなんですか?」
「これは隠し味の食用ハミガキ粉よ。これによってピリッとした風味がつくうえ、
虫歯の予防になるのよ」
「はあ、でもそれ食べられるんですか?」
「食用だから人体に害はないはずよ。それに人はカレーによってのみ生きるにあら
ずよ。なりふり構ってられないわ」
ミサトはハミガキ粉のチューブ一本を全てバケツに入れた。そしてさらにエビチ
ュを入れ始める。
「ああ、ミサトさん、エビチュまで入れるんですか!?」
「そうよ。これによってコクが引き立つのよ」
「はあ、そうですか…。なんだか汁が濁ってきていますね」
アスカは今度はガスバーナーを取り出した。
「アスカさん、何をする気ですか?」
「ガスバーナーの高温でサバを一気に焼くのよ」
「はあ…」
ガスバーナーによって熱せられたサバはあっという間に炭になった。
「ところでミサトさんのこれまでの対戦結果なんですが、これまでに4人の挑戦者
と戦い、全て勝ち、11人の審査員を病院送りにし、内3人は再起不能になってい
ます」
40分が経過した。会場内には変な匂いがたちこめてきている。
「な、なんですか、この匂いは?」
「ミサトさんのバケツカレーが化学変化を起こしているのよ。それにアスカさんの
サバのお汁粉煮が発酵してるわ」
「も、もうだめです。私、耐えられません」
マヤはたまらず顔をそむけた。
あっという間に60分が経過。調理が完了した。会場内には激臭が充満している。
リツコとマヤは鼻にハンカチをあてている。
「ではそれぞれの料理を発表して頂きます。まずはミサトさんです」
『ミサト スペシャル カレー、サバ仕様。なんとサバが丸ごと一本ぶちこまれてお
ります。あまりにも壮絶な味です。これはもう、筆舌に尽くせません』
「次はアスカさんです」
『サバのお汁粉煮、納豆マヨネーズかけ。完全に煮崩れたサバの切り身と、お汁粉
にもかかわらず、緑色がかっている汁がポイントです』
「いよいよ試食に入ります」
「今回の被害者…もとい、審査員は、碇シンジ、碇ゲンドウ、冬月コウゾウの3名
です。ちなみにこの審査員はクジで決定されております」
「ではまず鉄人、ミサトさんの作品を試食します」
「ミサトさん自ら取り分けます」
「じゃあさっそく、ごはんの上にミサトスペシャルをどっぷぅあ〜とサービスしち
ゃうわよん。(ハアト)」
シンジ、ゲンドウ、冬月の前にカレーのような物が運ばれた。その物体は妖しげ
なオーラを発しているかのようである。
「シンジ、まずお前が食べろ」
「い、嫌だよ」
「では冬月、お前が食べてみろ。やはり年上からにしよう」
「い、いや。俺はカレーは苦手なんだ。それに若者から食べるのがいいだろう」
「あ、でも僕お腹の調子が…」
「構わん。どうせこれから壊すんだ(ニヤリ)」
「………」
「どうした、食べないのか? 早く食べろ」
「だったら、そう言う父さんが食べればいいじゃないか」
「私はだめだ」
「なんでだよ」
「やはり子供には腹一杯食わせてやらねば…。シンジ、私の分をやろう」
「え、遠慮しとくよ。冬月さん、食べてみてよ」
「いや。俺は猫舌なんだ。冷めてからにしよう。碇とシンジはさきに食べてくれ」
「では私は冬月と一緒に食べよう。シンジ、先に食べててくれ」
「う、ううん。やっぱり年上から食べるべきだよ」
その時、シンジの腕を誰かが掴んだ。
「あ、ミサトさん…」
「シンジ君、私の料理が食べられないの?」
「い、いえ…」
「だったら早く食べなさい」
「はあ…」
ミサトはシンジを睨んでいる。シンジはやむなくスプーンを手に取ると、皿の中
に突っ込んだ。ちなみにこのスプーンも対化学変化処理が施されている。
シンジはスプーンを口に近づける。そして意を決したように口の中に押し込んだ。
その瞬間、シンジの顔におおよそ人間の物ではない表情が浮かぶ。そして肩を震わ
せながら全身で味を表現した。そしてすぐにナプキンで口を拭く。ミサトはシンジ
が食べたと思って、満足気な表情を浮かべた。
「さ、碇指令と冬月副指令もどうぞ」
「う、うむ…」
ミサトは下がっていった。ゲンドウと冬月はのたのたと食べ始めた。シンジはさ
っきから一口食べるたびにナプキンで口を拭いている。しかしその表情には危機迫
る物があった。
「シンジ」
「なんだよ、父さん」
「お前さっきから食べたふりをしてナプキンに吐き出しているだろう」
「う…」
「きちんと食べるんだ」
そういうとゲンドウはまたスプーンを口に運んだ。しかしシンジの目にはその動
作は不自然に思われた。シンジははっと気がついた。そしてカッターナイフを取り
出すと、ゲンドウの腹のあたりをなぞった。刹那…ゲンドウの服の中からミサトス
ペシャルがなだれ落ちてきた。
「シ、シンジ、きさま…」
「この非常時に、親子の絆なんて関係ないよ」
ゲンドウは顔に青筋をたててシンジを睨んでいる。シンジはジト目でゲンドウを
見ている。しかしミサトが駆け寄ってきた。
「なにしてるんですか、碇指令。トリックを使っていたんですね。ちゃんと食べて
下さいよ」
「葛城君、いいことを教えてやろう。シンジは食べるふりをしてナプキンに吐き出
していたんだ」
「なんですって! シンジ君、本当なの?」
「と、父さん、酷いよ!」
「この非常時に、親子の絆など関係ない」
「………。じゃ、じゃあ冬月さんもトリックを使ってるんじゃないの?」
「そうだ。お前はどうなんだ?」
「え、いや、俺はそんなことはしてないぞ」
「調べさせてみろ」
ゲンドウは冬月の服の中を調べた。すると…やはりミサトスペシャルがなだれ落
ちてきた。ゲンドウと冬月は服の襟のあたりにつけた袋にミサトスペシャルを放り
込んでいたのだった。
「ああ、3人ともトリックを使っていたのね。信じられないわ。これじゃあ審査が
できないじゃない」
「い、いや。今日は腹の調子が悪いのだ」
「信用できません。では私が食べさせてさしあげますわ」
「い、いや、それには及ばん」
「だめです。まずは碇指令、椅子に座って下さい」
「最初はシンジがいいだろう」
「ひ、酷いよ。それでも人の親なの?」
「………」
「いいえ。ここは上司がお手本を示すべきです。さ、碇指令」
「う、うむ…」
「いいこと、私が碇指令に食べさせている間、二人とも逃げちゃだめよ」
ミサトはゲンドウをむりやり座らせると、ミサトスペシャルをスプーンに取り、
ゲンドウの口に押し込んだ。
「う、うぐう…! ぐわああぁぁ!!」
完全に口の中に入ってしまった。ゲンドウはそれをゆっくりと咀嚼する。そして
僅かにのどを動かして飲み下した。
『ああ、ユイ…。どうしてお前は私を残して逝ってしまったんだ…。私は今でもお
前の夢を見るぞ…』
「どうやら碇指令はあまりのおいしさに現実逃避モードに入ってしまわれたようで
すね」
「そのようですね」
しばらくするとゲンドウは正気に戻った。そして床にばったりと倒れ込む。
「ああ、碇指令、ダウンです。ではカウントをとります。ワン、ツー、スリー……」
「当キッチンスタジアムでは、審査員が倒れた場合カウントをとり、10カウント
までに立ち上がれなかった場合は、その審査員の負けとなります」
「……シックス、セブン… あ、碇指令、立ち上がろうとしています」
「凄い精神力ですね」
「はい。驚異的ですね」
ゲンドウはテーブルに手をつくと、目を血走らせ、肩で息をしながら、必死の形
相でよろよろと立ち上がろうとする。しかしまた倒れてしまった。
「ああーっと、碇指令、またダウンです。やはりミサトスペシャルの破壊力はあま
りにも大きかったようです」
「カウントをとります。ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ、シックス、セブ
ン、エイト、ナイン、テン!! テンカウント!! ああーっと、碇指令、立ち上
がれません!! 負けてしまいました!!」
「無様ね」
「では救護班を呼びます」
ナースルックのレイが出てきてゲンドウを介護する。ゲンドウは担架に乗せられ
ると、会場を後にした。
(綾波が看護してくれるのか…。でもミサトスペシャルを食べる気にはならないな
…)
シンジはナースルックのレイを見ながら一人妄想するのだった。しかしそれどこ
ろではない。シンジと冬月の顔は完全に血の気が引いていた。
「ふーむ、どうやら碇指令はあまりの感動的な味に卒倒してしまったようね。じゃ
あ次は冬月副指令ですね」
ミサトはにこにこしながら冬月を見た。冬月はどっきりとして後ずさる。
「あ、いや、俺は碇の様子を見てこないと…」
「それなら食べてからでもできますわ。さ、どうぞ」
「い、いや。だめだ。それはだめだ」
「子供みたいなこと言わないで下さい。さ、食べさせてさしあげます」
「いや、だめだ。だめなんだ」
「食べたくないんですか? カレーはお嫌いですか?」
「う、うむ。そうだ。そうなんだ。俺はカレーは嫌いなんだ」
「そうですか…。仕方ないですね…」
ミサトはカレーの器をさげた。冬月はそれを見てほっとする。しかしそれは甘す
ぎた。ミサトは別の器を取り出した。
「ではこちらをどうぞ」
「えっ?」
ミサトは今度は炭の塊を出した。
「デザートのサバの風味のケーキです。これを食べてみて下さい」
「ケ、ケーキ?」
「はい」
ミサトはナイフを持つと、炭の塊を切り始めた。すると中からは完全に生の生地
が流れ出てきた。焼く時の火が強すぎたため、内側は全く火が通っておらず、外側
は完全に焦げて炭化しているのだった。
「さ、口を開けて下さい」
ミサトは炭ケーキをフォークに刺すと、冬月の顔の前につきつけた。
「い、いや。だめだ。俺は甘い物は嫌いなんだ」
「これはそんなに甘くはありません。さあ、どうぞ」
「う、うぎゃあぁぁ!!」
冬月はミサトによってむりやり口に炭ケーキをねじこまれた。
「ぐぶう!!」
やはり冬月も床に倒れ込んだ。
「あーっと、冬月副指令もダウンです」
「ではカウントをとります。ワン、ツー、スリー……」
「どうやら完全に失神しているみたいですよ。カウントをとるだけ無駄でしょう」
冬月は床の上に倒れ込んだ状態で、白目をむきながら、口から泡をふいている。
「……エイト、ナイン、テン!! テンカウントです!! 冬月副指令も敗北です
!!」
「では救護班を呼びます」
「またまたやったわ。見なさい、この恍惚の表情を」
冬月は悶絶の表情で硬直していた。またナースルックのレイが出てきて冬月を介
護する。冬月は担架に乗せられて、会場を出ていった。シンジは顔面蒼白になって
いる。
「大波瀾の展開です! まだ挑戦者の料理が残っているのに、三人の審査員のうち
二人までもが負けてしまいました。残るはシンジ君だけです。はたして彼一人だけ
で大丈夫なのでしょうか!!」
「ではここでシンジ君にインタビューしてみましょう」
マヤはシンジのところに小走りで向かった。
「シンジ君、今のお気持ちをどうぞ」
「ぼ…僕は…」
「僕は?」
「僕はまだ死にたくないよ!!」
「ありがとうございました」
シンジは半泣きの状態で絶叫する。マヤは戻っていった。
「じゃあ、次はシンジ君ね」
「え、その…」
シンジは目にいっぱい涙をためて、今にも泣きそうな顔をしている。
「さ、シンジ君、椅子に腰掛けて」
「え、でも…」
「あ、ちょっとミサトさん」
「なーに、リツコ?」
「すみません。もしこれでシンジ君まで負けてしまうと、挑戦者であるアスカさん
の作品の試食ができないんです。ですからシンジ君にはさきにアスカさんの作品を
試食して頂きたいのですが…」
「えー、仕方ないわねえ。じゃあいいわ。そうして。シンジ君には後でたっぷり食
べさせてあげるわねん」
ミサトはシンジに向かってウインクした。シンジは一時の安堵にほっと胸をなで
おろしている。
「では挑戦者、アスカさんの作品を試食します」
「アスカさん自ら取り分けます」
「もう、なんで審査員がシンジ一人しかいないのよ。不公平よ」
アスカはぼやきながら、どんぶりに三人分のサバのお汁粉煮を入れた。謎の物体
がシンジの前に運ばれる。
「さ、シンジ、食べてごらんなさい」
「う…うう」
シンジは恨めしそうにアスカを見ている。
「なによ。早く食べなさい」
アスカがシンジを小突いた。
「ああ、何だか急にお腹が痛くなってきた。ごめん、食べられそうにないよ」
「シラを切るんじゃないわよ」
「………。だったらまずアスカが食べてみせてよ。そうしたら僕も食べるよ」
「だめよ。審査員が食べなくてどうするの? これはきちんとクジで決まったんだ
からね。さっさと食べなさい」
「い、いやだよ!!」
「なに、シンジ、その態度!」
「こんな物、人間の食べる物じゃないよ!!」
「なんですってぇ!! もう一度言ってごらんなさい!!」
「いくらクジで負けたからって、こんな物食べられるわけないじゃないか!!」
「なにを!! あんた殴られたいの?」
アスカはシンジの服の襟を掴むと、強引に持ち上げて揺さぶる。その時、リツコ
が駆け寄って来た。
「ちょっとすみません。ケンカしないで下さい」
「リツコからも言ってやってよ」
「シンジ君、これは規則なのよ。ね、食べてくれる?」
「いやです!」
「……仕方ないわね。では特別に補助器具の使用を許可するわ」
「何ですか? その補助器具って」
「これよ」
シンジはリツコの取り出した補助器具を装着された。ちなみに、目隠しと、鼻を
つまむためのクリップである。
「これで少しは大丈夫のはずよ」
「え、でもこれじゃ見えませんよ」
「大丈夫よ。問題ないわ」
リツコは自分の着ている白衣を脱ぐと、シンジの肩にかけた。そしてシンジの背
中から白衣の中に入り、二人羽織の体勢になる。
「さ、いくわよ」
「え、大丈夫なんでしょうか?」
「私を信じなさい」
リツコは大きなスプーンを掴むと、どんぶりの中に突っ込んだ。ちなみにリツコ
も前が見えないため、完全に手探りである。そしてお汁粉をすくいとった。中のサ
バは完全に煮崩れて、液状化している。
「シンジ君、口を開けなさい」
「はい」
「あ、右よ右。もっと上! 違うわ、左よ!」
シンジはおずおずと口を開けた。しかしリツコはどのあたりに口があるのか分か
らない。アスカのレクチャーを聞きながら、勘でスプーンを操作する。
「こ、このへんかしら?」
「もっと下よ!」
「このあたり?」
「違うわ、左よ」
「なかなかうまくいかないわね」
「あ、リツコさん…」
「どうかしたの?」
「いえ、なんでもないです」
リツコはスプーンの操作に熱中するあまり、シンジに近寄り過ぎていた。シンジ
の背中にリツコの胸の感触が伝わる。なまじ目隠しをされていて、シンジは視覚以
外の感覚が鋭くなっている。リツコが動くたびに感触の伝わり方が変化し、シンジ
は動揺した。
(あ、膨張してしまう…。やっぱり大人の女の人って…)
「シンジ、なに赤くなってんの?」
「い、いや、なんでもないんだ。あ、熱いです!」
「ああ、ごめんなさい。あなたが喋るからよ」
お汁粉はシンジのあごのあたりにかかり、胸の方へしたたり落ちていった。リツ
コはもう一度スプーンでお汁粉をすくうと、シンジの口へ運んだ。
「う、うう!」
「やったわ!」
今度は成功した。リツコは白衣の中から出てきた。シンジの肩がけいれんする。
完全に分解され、アミノ酸と化したサバのタンパク質は、シンジの舌をとらえ、ね
っとりと舌を包み込んだ。しかもリツコは大きなスプーンをいっぱいにしてシンジ
の口に入れた。従ってシンジの口の中は隠し味のメロンのためにヤケクソに苦くな
ったお汁粉であふれているのだった。
「う、うぐううぅぅ!!」
(ぐばあ!!)
シンジは涙を流しながら、緑色がかったお汁粉を吐き出すと、床にぶっ倒れた。
「ああっと、シンジ君、ダウンです!! カウントをとります!! ワン、ツー…
…」
「ふふん、どうやらシンジはあまりのおいしさに感動して意識を失ってしまったよ
うね。さすが私だわ!」
「……ファイブ、シックス……」
「シンジ君、立ちなさい! 立つのよ! このままではカウント負けしてしまうわ
!!」
「……ぅううぅぅ……」
「……ナイン、…… ああーーっと、シンジ君、立ち上がりました!!」
シンジは泣きながらも、よろよろと立ち上がってきた。しかしその足取りは夢遊
病者のようにおぼつかない。
「な、なんと、なんという精神力でしょうか!! さすがエヴァのパイロットであ
るだけのことはあります!! 素晴らしいです!! 感動的です!!」
「ええ、これは本当に凄いわ。きっちりとデータを取っておく必要があるわね」
「やったわ、シンジ君! 見事よ!」
「は、はい…」
シンジはミサトの肩に掴まっている。
「ではさっそくどんな味だったか聞いてみましょう」
マヤがシンジの所へ駆け寄っていった。
「さあ、シンジ君、一体どんな味でしたか?」
「は、はい…。天国の母さんに会って来ました…」
「いえ、どんな味だったか聞いているんです」
「はい、メチャクチャ甘苦かったです。う、うう…」
「あの、大丈夫ですか?」
「う、ぐわああぁぁ!!」
「ど、どうしたんです?」
シンジは突然苦しみ出すと、自分の首を両手で絞めながら、再び倒れた。
「ああっ、これはどうしたことでしょうか!? なぜかシンジ君が突然苦しみだし
ました!! シンジ君、ダウンです!!」
「カウントをとります!! ワン、ツー、スリー……」
「どうやらサバのお汁粉煮は遅効性のようね。おそらく胃の中に残っていた分が化
学変化を起こしたんだわ。これはサンプルを確保する必要があるわね」
シンジは全身を激しくけいれんさせ、さらに胃の中の物を逆流させていた。
「……エイト、ナイン、テン!! テンカウントです!! シンジ君、立ち上がれ
ません!! なんということでしょうか!! シンジ君も敗北です!! これで三
人の審査員全員が負けてしまいました!!」
「では救護班を呼びます」
またまたナースルックのレイが出てきてシンジを介護した。シンジは担架に乗せ
られて会場を後にする。
「ち、ちょっと、これじゃあ私達の勝敗がつかないじゃない!」
「そうよ! いったい勝負はどうなるの!?」
「はい、それなんですが、一番早く復活した審査員の方に決定して頂きます。……
あ、今連絡が入りました。碇指令と冬月副指令は入院し、胃の洗浄を受けているそ
うで、退院には数日かかるとのことです」
「おそらく審査はシンジ君一人でやってもらうことなるわね。たぶん彼が一番ダメ
ージが小さいはずよ。普段からミサトスペシャルを食べて、免疫ができているはず
だわ。ではシンジ君の気分が良くなるまで、いったん解散します」
シンジはレイに医務室に連れられてベッドで寝ていた。しばらく眠っていると、
だいぶ気分が良くなった。
「う、ううん、まだちょっと胃が変だな…」
「起きたの?」
気がつくとレイがすぐそこにいた。ややピンクがかった看護服を着ている。シン
ジの脳裏にあの包帯だらけのレイが思い出された。その二つに共通することはどち
らも消毒用のアルコールの匂いがすることだろうか。アルコールの匂いもレイから
漂ってくると、やや心地好い物に思われた。
「ああ、綾波、ありがとう」
「どうってことないわ。これが仕事だもの」
「う、うん。そうだね」
「気分はどう?」
「だいぶ良くなったよ」
「お腹の調子は?」
「それはまだちょっと悪いかな…」
シンジは肩をすくめてみせた。レイはやや興味深そうな顔をした。
「そう? でもあの料理ってどんな味がするの?」
「……世の中には知らない方が幸せなことがあるんだよ」
「どういうこと?」
レイはシンジのベッドの上にやや身を乗り出した。
「いや……だから……あの料理は……その……全然……すごくまずいんだよ」
「まずかったの?」
シンジはさっきの味を思い出して、顔をしかめる。レイはさらに身を乗り出した。
レイの重みでベッドのスプリングがきしむ。シンジの鼻腔を香水の匂いではなく、
アルコールの匂いがくすぐった。
「うん。あれは食べ物というよりただの劇薬だよ」
「そうなんだ…」
シンジはやや顔を赤らめている。レイの看護服はタイトにできており、身を乗り
出して引っ張られたため、体の線がはっきりと見えていた。
「碇君…」
「なに?」
「顔が赤いよ。熱があるんじゃない? やっぱり胃がおかしいんじゃ…」
「え、その…これは……。あっ」
レイは白くほっそりとした両手をベッドにつくと、体を引き起こして自分の額を
シンジの額に接触させた。近づきすぎてぼやけてしまっているが、シンジの目の前
にレイの顔がある。たまらず視線を下へ向けると、レイの喉のあたりから服の中が
見えた。わずかに下着が覗いている。
「あ、綾波…。(綾波みたいなのをトランジスタ・グラマーって言うのかな…。…
ちょっと古かったかな……)」
「熱はないみたいね。大丈夫?」
レイは額を離すと、再び椅子に腰掛けた。
「ん、あ、うん…。平気だよ」
「そう、なにか食べる?」
シンジはレイとリツコの胸を思い出して、それぞれを比較してみたりして、甘酸
っぱい気持ちにひたっている。いかにも思春期の少年らしい所豪だった。
(リツコさんみたいな大人の女性もいいけど、綾波もいいな…)
再び会場。
「しかし審査員が全員救護班のお世話になるとは思わなかったわねえ。それに私ま
だシンジ君に食べさせていないわよ」
「ホント。一体あいつら普段何食べてんのかしら」
ミサトとアスカは自分の料理はそっちのけで菓子を摘んでいた。
「あ、そうだ。リツコとマヤも私達の料理食べない?」
「え、私は遠慮しとくわ」
「私も結構です」
「そう? 残念ね」
「あ、シンジが戻って来たわ」
シンジがレイの肩に掴まりながら戻って来た。だいぶ顔色がよくなっている。
「ではシンジ君が戻って来たので、これから結果発表へ移りたいと思います」
シンジはリツコやマヤと壇の上にあがった。
「ではシンジ君、一体どちらの料理がおいしかったでしょうか? 発表して下さい
!!」
「は、はい…」
「さあ、どうぞ!!」
「おいしかったのは…」
「おいしかったのは…?」
「……の料理です」
「え? もう一度言って下さい」
「ですから、……の料理です」
「いえ、ですから聞こえないんですよ」
「じゃあ、ちょっと」
「はい」
シンジはマヤの耳元で何かささやいた。
「……の、……です」
「はあ、そうなんですか…」
マヤは以外な顔をした。
「なによ、早く発表しなさい」
「そうよ。なんでないしょ話なんかしてるの?」
「いえ、シンジ君は自分の口からは言えないので、代わりに私に言って欲しいそう
です。では発表します! 勝者は……綾波レイさんです!!」
(ぱんぱかぱ〜〜ん!!)
舞台袖で待機していたレイの上でくす玉が割れた。リツコがレイを壇上に引っ張
ってくる。
「ええーーっ!!」
「ちょっと、それどういうことよ!?」
「はい、シンジ君は医務室でレイさんが作ってくれた卵焼きが一番おいしかったそ
うです」
「卵焼き〜!?」
「はい」
「ちょっとシンジ、どういうことよ!?」
「いや、だからマヤさんに言ってもらった通りだよ」
「シンジ君、あなたは私のカレーがおいしくなかったの?」
「え、その…。それは…」
「ミサトさんにアスカさん、審査員を脅迫しないで下さい。シンジ君が怖がってい
るじゃないですか」
リツコがミサトとアスカを諭した。
「でもレイは料理審査には入ってなかったはずじゃない」
「いえ、要は審査員が選んだのであれば誰でもいいんです」
「なにそれ…。なんていい加減…」
アスカはあっけにとられた。リツコは司会を続ける。
「さらにシンジ君は見事審査員の中で勝ち残ったので、彼には審査の鉄人の座が与
えられます。そして料理審査で勝利したレイさんには賞品として、シンジ君自ら作
成した料理のレシピが。審査の鉄人になったシンジ君にはNERVが開発した謹製
胃腸薬がミサトスペシャルに換算して1年分渡されます」
「ではこれをもちまして、特別企画、NERV謹製、料理の鉄人を終了します。あ
りがとうございました」
「ありがとうございました」
リツコとマヤは深々と頭を下げた。レイはシンジのレシピを受け取って、赤くな
っている。シンジは再びミサトとアスカに詰め寄られていた。
「まったく、あんたバカァ!? いったい何考えてんのよ!?」
「いや、その…」
「そうよ、私のカレーをもっと食べてみなさい」
「いえ、その…。あ、綾波ぃ…」
シンジはレイがなんとか助け舟を出してくれないものかと、レイの方を見たが、
レイは壇の上で固まっており、それは期待できそうになかった。
そして解散後…。
「もう、なんでレイの卵焼きが勝つのかしら? シンジの味覚ってどうかしてるわ
!」
「そうね、なんとかしてこの味を分かってもらえないものかしら…。あっ、そうだ
わ。初号機に食べさせてみましょう」
「ああ、それがいいわね」
ミサトとアスカは料理を持ってケージに向かった。
その後……狂乱した初号機によりNERVは全壊したのだった。
終わり
