オーフェン小説

『俺がやったと思うなよ』


 それが起きたのは、昼間、彼にとってはもっとも似つかわしくないであろう場所でであった。
 トトカンタ銀行。彼がその前を通りがかった時、それは起きた。
 突然、ガラスの割れる音が響き渡ったかと思うと、銀行の窓から男が飛び出してくる。全身黒づくめの中肉中背の男だ。
 彼――オーフェンは、素早く体をねじると、ガラスの破片を絶妙のタイミングでよける。
そして、男はオーフェンに気づいた様子もなく、そのまま逃走していった。
 次の瞬間――
「強盗だ! 銀行強盗だ!!」
 銀行の建物の中から大声が響く。それでようやく、今のが銀行強盗であったと気づいた。銀行の出入り口から警備員らしき恰幅の男が出てくると、その体躯に似合わない機敏な動作であたりを見回す。
 そして――その視線は、オーフェンに合わせられると止まった。コンマ数秒ほどの間が空く。
 オーフェンが反応を示すより早く、その男は叫んだ。
「いたぞ! 犯人だ!」
「あんだと!?」
 叫ぶのと同時に飛び掛かってきた男をオーフェンはすんなりと躱す。しかし、男は警棒を振りかぶって再び突進してきた。
「俺は犯人じゃない! 犯人はあっちの方向に逃げていった!」
 警棒を流しつつ、オーフェンは叫んだ。さっきの男が逃げていった方向を指差すが、その方向にはすでに誰もいない。警備員はがんとした表情で再度の攻撃を試みる。
「とぼけるな! 貴様のツラはどう見ても犯罪者のツラだ!」
「顔だけで犯罪者と決めつけるな! それに、俺は金なんか持ってない」
 金を持っていないという発言の正確さを胸で噛み締めつつ、警備員の攻撃を今度は流さずに受け止めた。
「貴様、やりおるな」
「だから、俺は犯人じゃない!」
 気がつくと、さらに別の警備員がオーフェンに飛びかかってきていた。今の警備員に気を取られていたせいで、オーフェンは警棒の一撃を後頭部に食らってしまう。
 一瞬、体の力が抜けたところで間髪入れずに、二人の警備員にオーフェンは取り押さえられてしまった。
「俺じゃないと言ってるだろうが! くそ! 我は放つ光の白刃!!」
 瞬間、大量の光が発せられ、警備員の体が紙屑のように吹き飛ばされる。オーフェンはそれを確認するまでもなく、逃走を決め込んだ。

「くそっ! 何で俺が犯人にされなきゃならないんだよ!」
 いつもの宿屋に帰還を果たし、食堂の適当な椅子にどっかり腰を下ろすと、オーフェンは毒付いた。ついでに宿屋の少年に水をオーダーする。
「なにかあったんですか?」
 宿屋の少年――マジクはオーフェンに訊いた。
「なんでもくそもあるかよ。顔だけで俺を犯人扱いしやがって!」
 水をがぶ飲みしながら、オーフェンはさらに毒付く。
「一体何なんです? 順序立てて言ってくれないと分かりません」
「俺は別にお前に順序立てて話す義理はないんだが――」
 そこまで言って、言葉が止まる。
 言葉が止まったのは、食堂に新たな人間が現われたからだった。どことなく子供っぽい印象を与える、派遣警察官。
「オーフェーーン!! 大変よ! 大変なの! 私、あなたのこと信じてるわ!!」
「てめえ、また厄介ごとを押しつけに来やがったな!」
「何よ! 私たち、親友じゃない! 信じてるわ!」
 コギーはオーフェンに駆け寄ると、その手をはっしと握り締める。彼女は息も絶え絶えで、顔には汗がいくつも筋を作っていた。一目見て、ここまで走ってきてのだと知れる。それに、かなり興奮しているようだった。
「何なんだよ。信じてるって、何をだよ」
「だからね、信じてるの。そして、私たちは親友なの。もうそれ以外に、喋る必要なんてないの!!」
 コギーはオーフェンにさらに擦り寄ろうとする。汗で汚されそうで、オーフェンはコギーの体を押しのけた。コギーは構わずオーフェンに擦り寄ろうとして、はたき倒される。

「……で、何だって?」
「だからね、私は信じてるの」
 ようやくコギーが落ち着いたところで、3人は一つのテーブルを囲んでいた。コギーは多少落ち着いたものの、興奮がなかなか抑えられないようだった。
「だから何だよ」
「……あのね、さっきね、トトカンタ銀行が銀行強盗に襲われたの。10万ソケット盗まれちゃったの」
 コギーは自分自身にも言い聞かせるように、一言ずつ口に出す。
「それで?」
 異常なほどに嫌な予感が高まるが、オーフェンはそれを表に出さないよう努める。ここでこちらが動揺したら、それこそ取り返しのつかないことになるような気がした。
「それでね、警備員がその犯人の顔を見ていたの。それでね…」
「ほほう…」
 あまりの嫌な予感に、顔の筋肉が意思に反して収縮していく。気がつくと、手に握っていたコップが、きしむような音を立てていた。
「それでね、その警備員の証言から犯人の似顔絵が作られたんだけど――」
 コギーの顔がみるみる内に歓喜の色に染まっていく。対してオーフェンの方は、露骨に嫌な表情を作っている顔をどうにも止められないでいた。
「その似顔絵が、オーフェンにそっくりなの!!!」
 コギーはテーブルをばんと叩くと、椅子をはねとばして立ち上がった。
「てめえ! 俺を逮捕しに来やがったな!」
 オーフェンも椅子をはねとばして立ち上がる。ついでに臨戦態勢を取っていた。今さら違うと言ったところで、コギーは聞き入れはしないだろう。となれば、適当に重傷を負わせるしかない。
「ううん! 私はオーフェンのこと信じてるわ。だって親友なんだもん!」
 コギーは両手を組むと、目を閉じて祈るような仕草をする。
「じゃあ何しに来たんだよ。俺が疑われていることを知らせに来てくれたようでもないみたいだけど」
 ほんのわずかに警戒を解き、オーフェンは上げていた腕を下げる。コギーが何を考えているのかいまいち飲み込めず、困惑の表情が顔に出た。
「私とあなたって親友よね。何でも分かりあえる仲よね。そして、お互いに助け合える仲のはずだわ! 銀行から盗まれたのは10万ソケットなのよ!」
 コギーはきらきらと目を輝かせ、オーフェンを気持ち悪がらせる。
「だから何なんだよ。さっさと言え」
「私……わたし………5万ソケットでいいの。それ以上は望まないわ! 半分でいいだなんて、私ってなんていい人なのかしら! そうよ! 5万ソケットで、見逃してあげるわ!!」
「我は放つ光の白刃!!」
 腕を振り回しながら叫ぶコギーは、次の瞬間、床に転がる消し炭になっていた。

「あのクソ女、信じてるとか言って、ちっとも信じてねえじゃねえか! しかも言うに事欠いて、半分くれたら逃がしてやるなんて、何考えてやがるんだ!」
 毒付きながら、街路を歩く。コギーが宿屋にやってきた以上、宿屋に留まり続けているのは危険だった。おそらく、警官隊が宿屋に押し寄せてくるだろう。
 目下の所、もっとも重要な問題は、如何にして嫌疑を晴らすかだった。もちろん、街を出てしまえばひとまず安全だったが、かといって一生追跡され続けるわけにもいかない。
「どうしたもんか…。やっぱり、真犯人を捕まえるべきなのかな?」
 月並みな結論ながら、他に特によい案も思い浮かばない。少なくとも、警備員を魔術で
攻撃して逃げてきた以上、もはや十分にやっかいごととなっている。
 と、突然黒のタキシードが視界を塞ぐ。
「黒魔術士殿」
「おわっ、キースじゃねえか」
 すんでのところでぶつかりそうになりながら、オーフェンは立ち止まった。
「黒魔術士殿。どうやらお困りのようで」
「確かに困ってはいるけど、お前が関ってくると余計困ることになるから嫌だ」
「そんなことを仰しゃらずに。私は黒魔術士殿の親友ですよ」
 穏やかに言うキース。
 親友という言葉を聞いた瞬間、オーフェンの背筋が寒くなった。
「てめえ、まさか…」
「銀行強盗の件、災難でした。しかし、私はコギー様のような愚か者ではございません。親友である黒魔術士殿を疑うはずがないではありませんか」
「ほほう」
「わたくしことこのキース、3割で結構でございます」
「我は呼ぶ破裂の姉妹!!」

「ちくしょう! どいつもこいつもバカばっかりだ!」
 再び、毒付きながら街路を歩く。さっきは表通りを歩いていたが、今度は裏通りを歩いていた。
「くそう、犯人のやつめ、見つけたら腕の1本くらい折ってやらねえと」
「わっはっはっ! 黒魔術士! お前、とうとう盗人に成り下がったそうだな! まあ元より盗人同然というか、盗人そのものだったが、ついに正真正銘、盗人の看板をぶら下げたわけだ!」
「なんだ。福ダヌキか」
 目の前に現われた地人をまともに見ようともせず、オーフェンは顔に手を当てる。
「なんだとはなんだ!」
「で、お前は何割だ?」
「何割だと? この俺様がそんなケチなことを言うはずないだろうが!」
「ほほう」
「俺は全額頂く!」
 地人は中古の剣を抜くと、構えも何もなく突進してくる。
「我は招く冥府の像!」

 地面に無理矢理ねじこまれた状態の地人を見た所で、なんら地人に対する憐憫の情は湧いてこなかった。
 ふと見ると、目の前の建物の扉が開き、誰かが出てくる。どうやら、騒ぎを聞きつけて出てきたたしい。その建物はかなり荒れており、人は住んでいないようだった。
 出てきたのは、黒づくめの男だった。見た瞬間、オーフェンの脳裏で記憶の線がぱらぱらと繋がる。
「あーーっ!! てめえ、さっきの銀行強盗だな!!」
 銀行強盗と聞いて、相手はぴくりと反応した。懐から肉厚のナイフを素早く取り出すと、構えを取る。すぐに逃げ出さないのは、金を建物の中に置いているからだろう。
「へん。おもしれえ。ちょうどむしゃくしゃしてたんだ」
 口の端をつり上げて笑うと、オーフェンも軽く構えを取る。
 相手は無言で詰め寄ってきた。得物の大きさに物を言わせて、強引に肉を切り裂こうとしてくる。さほど練度は高くないと知れた。

 数分後。
 いい感じにぼろぼろにされて地面に倒れ伏している男と、オーフェンがいた。
「さてと。てめえのせいで散々な目に遭ったからな。きっちり責任取ってもらわないと」
 不意に、建物の中が気になった。
「……い、いや。それはやめておこう。俺は犯罪者じゃないはずだ。そうだ。そのはずだ」
 後ろ髪惹かれる思いを何とか振り払おうと、辺りをむやみに歩き回る。
 ふとすると、ぱたぱたという足音が聞こえてきた。
 歩き回っていた時間が長かったらしく、さっきの魔術の爆音を聞きつけた何者かがここまでやってきたらしい。
「ちっ。いけねえ。俺まで犯人にされちまう」
 オーフェンは手近な物陰に身を隠すと、何者が現われるか探ることにした。
 現われたのはコギーだった。いつも魔術に接しているだけあって、嗅ぎつけるのが速かったのだろう。
 彼女はあたりの様子を一瞥すると、倒れている男に近寄って膝を下ろした。
「おう、いい所にきたなコギー。ちょうどお前に用があったんだ」
 警戒を解いたオーフェンは、彼女の前にぶらりと現われる。
 コギーはオーフェンが突然現われたことに少々驚いた風だったが、すぐにオーフェンと地面に倒れている男とを交互に見始めた。見るのをやめると、彼女は口の端を引きつらせる。
「あんた!! またやったわね!」
 立ち上がりながら、彼女の発した第一声がそれだった。オーフェンは一瞬何がなんだか分からなかったが、誤解されていると理解すると、彼女から後ずさった。
「お、お前誤解してんな。俺はそいつが襲ってきたから抵抗したまでだ。それに、そいつが銀行強盗の犯人だよ」
 どうすれば分からせることができるか考えながら、オーフェンは言葉を選んで話した。
「なんですって!?」コギーが叫ぶ。「あなたが犯人じゃなかったら、私の5万ソケットはどうなるのよ!」
「てめえ! また戯言をぬかしやがるか! そいつが犯人なんだ! 俺じゃねえ!」オーフェンは倒れて失神している男に駆け寄ると、助け起こした。「ほら、聞いてみな。こいつが犯人だ」
「………」
 コギーは再び膝を下ろすと、男に質問する。
 男はしばらく訳の分からないことを口走っていたが、コギーが警官だと知ると、コギーに泣きついて自白した。
「い…いやあぁぁーーっ!!」
 コギーが泣き声をあげる。
「な、なんだよお前」
 訳が分からず、オーフェンが問いかける。
「オーフェンが犯人じゃなかっただなんて! 私の5万ソケットはどうなるのよ!」
「てめえ、まだ言うか!」
「だめよ!」コギーは立ち上がると、ポケットからダーツを抜いて構えを取る。「信じてたのに! 裏切られた女の悲しみがあなたに分かって!?」
「おい! 自分の身分をもうちょっと考えてから喋ったらどうなんだ?」
 コギーの放ったダーツをよけながら、オーフェンは叫んだ。
「なによ! いつもいつも役に立たないことばっかり! たまには役に立ったらどうなの!?」
「あんだと、こら!」
 コギーの隙を突いて、オーフェンは彼女の間合いに飛び込んだ。窮地に陥ったという程度のことは彼女にも理解できたようで、彼女の表情に戸惑いの色が出る。
 オーフェンはダーツを持っているコギーの腕の関節を極めると、そのまま彼女の体を建物の壁に押し当てた。
「なによ! 婦女暴行の現行犯で逮捕しちゃうんだから!」
「まったくもう…」
 オーフェンは彼女に足払いをかけた。軽い悲鳴を上げて倒れたコギーを尻目に、その場から駆け出す。
「ああっ! 待ちなさい!」
 地面に倒れた状態のまま、コギーが叫ぶ。
「そいつが犯人だ! 逮捕しておいてくれ!」
 オーフェンはそのまま逃げだした。

「ふう。なんだかんだとはいえ、ようやくこれで落ち着いただろ」
 また宿屋に戻ってきたオーフェンは、マジクに水を持ってきてくれるよう頼むと、椅子に腰を下ろした。
「オーフェンさん、逃げなくていいんですか?」
「俺は銀行強盗なんてやってねえよ」
 マジクが持ってきたポットとコップを奪うように受け取ると、オーフェンは水をがぶ飲みし始めた。
 ふと気になって、マジクに訊く。
「……そういえば、お前は俺が銀行強盗やったって信じてるのか?」
「ええと……まあ、オーフェンさんがやってないと言うなら、そうなんじゃないかと……」
 視線を逸らしながら、上の空といった感じでマジクは答えた。
「なんだよ。……まあ、俺の言うことを聞いてくれるだけ、他の奴よりはマシか」
 理解してくれる人間に巡り合えたことで、オーフェンの心中に安堵が宿る。
 そこへふと、別の声が混じってきた。
「オーフェンさまぁーーっ!!」
 声が耳に入った瞬間、猛烈に嫌な予感がオーフェンを襲う。彼はテーブルの上に上半身をうつ伏せにすると、死んだふりを決め込んだ。
「照れちゃって、嫌ですわオーフェン様。さ、お顔を上げて下さいまし」
 女の手がオーフェンの顔とテーブルの間に差し込まれると、その手はオーフェンの顔を持ち上げようとする。オーフェンは首の筋肉に力を込めると、それに対抗した。
「オーフェン様。照れないで下さいまし。あなたがなさったこと、私とあなたの愛の生活のためだということは、この私、しかと存じておりますわ」
 まくしたてながら、女の手はぐいぐいと力を込めてくる。
 オーフェンは顔を持ち上げられないように顔をテーブルに押さえつけ続ける。が、突然、首にロープのようなものが回される感触が走った。
「っ!!」
 彼の本能とも言える部分が急激に危険を察知し、オーフェンはエビのように体を曲げると、ロープから首を抜きながらテーブルから飛びのいた。その拍子に、それまで彼に話し続けていた女を跳ね飛ばす。
 次の瞬間、首にかけるように輪を作られたロープは、一気に天井へと上っていった。
「俺を絞殺する気か! いい度胸じゃねえか!」
「いえ。ちょっと死んでるのかと思いまして」
「ちょっと死んでるのかと思って、首つらせないでくれよな」
 声のする方を向くと、キースがいた。彼は何事もなかったかのようにすましており、その顔には小ぎれいな微笑が浮かんでいる。
「お、オーフェンさまぁ……」
 さっき跳ね飛ばされた女――ボニーがよろよろと起き上がりながら、か細い声をあげる。後頭部を強打したのか、その様子はかなり危なっかしかった。
「オーフェン様、私とあなたの愛の生活のためにあなたがなさったこと、私はよく分かっています。どうかご自分を攻めないで下さいまし」
「俺は銀行なんか襲ってねえんだよ」
「ええ。私、もうそのことは忘れることにしますわ。さあ、二人で新たな世界へ旅立ちましょう」
 ボニーは頬を赤く染めると、目を閉じて両手を頬に当てる。
「ちっとも忘れてねえじゃねえか!!」
 もはや説明する気も失せてくるが、オーフェンは力の続く限り否定し続けた。
 そこへ、また別の女の声が聞こえてくる。
「オーフェン!」
「むっ! その声は腐れ警官!」
 飛んできたダーツをよけながら、オーフェンが叫ぶ。
「逮捕よ!」
「俺の疑いは晴れただろうが!」
「そうよ! 信じてた私の純粋な心を踏みにじってね! もう、どうでもいいからとにかく逮捕よ!」
「罪状もなく逮捕するんじゃねえ!」
「ふっ、お姉様。私とオーフェン様との仲を割こうとはいえ、そんなみえみえの嘘をつかれるなんて、お見苦しいんじゃありませんこと?」
「ボニー、聞いてちょうだいよ! こいつ、さんざん期待を持たせておいて、裏切ったのよ!」
「お姉様など裏切られて当然ですわ! さあキース! この裏切られ女を簀巻きにしてしまいなさい!」
「御意!」
「きゃあああぁぁっ!!」
 キースはコギーに飛びつくと、ロープで彼女をぐるぐる巻きにしてしまった。
「さあオーフェン様! 明日に向かって二人で旅立ちましょう!」
 ボニーはオーフェンの腕を取ると、そのまま一緒に歩こうとする。
「だめよボニー! オーフェンは嘘をついているの! こんな嘘つきと駆け落ちなんかしたら、どっかに売られちゃうわよ!」
「てめえ! 好き勝手なことばかり言うんじゃない! だいたい、俺がいつ嘘ついたってんだよ!」
 オーフェンはボニーの腕を振り払うと、床に転がるコギーの頭を踏みつけた。
「お姉様…。そんな疑り深い心をお持ちだなんて、そんなことではいつまで経っても真実の愛にはたどりつけませんことよ。私はオーフェン様を信じています」
「私だってさっきまでは信じていたのよ! 期待もしていたわ! 偽っているのはオーフェンよ!」
「……コギー、俺がやってないって信じてくれたのは感謝するが、なんでそう、やっていたと信じたがるんだ?」
 うんざりしながら、オーフェンが訊く。
「だってだって、あんたが銀行強盗やったなんて言われれば、普通信じるじゃない。やるのに必要な要素は全て揃っているはずだし、説得力だって十分のはずよ」
 コギーが涙目で訴える。
「我は放つ光の白刃!」
「きっ!!」
 光熱波に、コギーは悲鳴をあげる間もなく黒こげになった。
「くそう…。俺をそんな目で見ていたなんて…」
 コギーの言葉にいらいらし、コギーの言葉を否定する要素がないことにさらにいらいらする。
「さあオーフェン様! 邪魔な女の始末も済んだことですし、二人の幸せな未来へ向かって旅立ちましょう!」
 ボニーはオーフェンの腕に自分の腕を絡みつけた。
「俺は銀行強盗なんてやってねえんだよ! コギーの話を聞いてなかったのか?」
「あのような戯言、聞いておりませんわ!」
「…………」
 はっきりと断言するボニーに、オーフェンは言葉も出なかった。
 オーフェンはボニーの腕をほどくと、彼女の両肩を両手で持ち、自分の前に向き直らせる。顔を赤らめる彼女は無視して、ゆっくりと喋りだした。
「ボニー、最後に一言だけ言うぞ。俺は、やってねえ。それは事実だ。嘘でもなんでもない、事実だ」
「まあ…」
 ボニーはオーフェンから視線を逸らすと、赤らんだ頬の片方に掌を当てる。一体どんな解釈をしたのか無性に不安になり、オーフェンは彼女の次の言葉を固唾を呑んで見守った。
「分かりましたわ。私と駆け落ちして下さるのなら、信じます」
「あああ……」
 思わず本当に駆け落ちしてしまいたくなってしまったが、すんでのところで思いとどまったオーフェンは、回れ右すると宿屋の出口へ向かって走り出した。
(なんだいなんだい! みんなで寄って集って俺をいじめやがって!)
 呼び止めようとするボニーは無視し、オーフェンは涙がこぼれてこないよう上を向きながら走った。

 街の公園。
 ベンチの中の1つでオーフェンがいじけていると、その肩をぽんと叩く手があった。
「オーフェンさん」
「なんだ。マジクか」
 振り返りもせず、オーフェンは声を吐き出した。
「オーフェンさん、元気出して下さいよ」
 オーフェンに言葉をかけながら、マジクは彼の隣に座る。
「なんだよ。家賃の催促か。利子つけて全額返せってか」
「違います。家賃の請求じゃありません」
「じゃあなんだよ」
 オーフェンの言葉にとげがこもる。マジクは言葉の調子に注意しながら答えた。
「僕、オーフェンさんが銀行強盗してないって思ってますよ」
 瞬間、オーフェンの肩がぴくりと動く。
「ほ、本当か!?」
 彼はマジクと真正面に向き直ると、彼の両肩を掴む。
「ええ。オーフェンさん、貧乏ですけど、そんなことする人じゃないですものね」
 照れ臭そうに答えるマジク。
「ああ……。マジク……。お前ってなんていい奴なんだ。うううぅぅ……」
 オーフェンの目に涙が浮かぶ。彼は押し寄せる感動を隠そうともせず、マジクにはっしと抱きついた。
「オーフェンさん、よっぽど悲しかったんですね」
 マジクはオーフェンをあやすように抱きすくめると、そのままで居続けた。


  終わり


あとがき

 この作品、ネタ自体はもう随分と前に思いついていた物でして、今回はそれを使いました。誰にもさっぱり信じてもらえないオーフェンですが、誰もがオーフェンがやったと信じ、むしろやってないということについて疑念に思うという、逆転した状態が悲壮を誘います。(笑) コギーとボニーの喧嘩なんか、どちらも動機が不純ですが、このへんは魔術でまとめてぶっとばしてしまうか結構迷いました。結局、今の形になりましたが、どんなもんでしょうか。



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