主な登場人物

      伏見さかえ(26)
      久屋室長(42)
      常務(51)
      居酒屋アルバイトの男(21)
      コンビニ男店員(22)
      古道具屋主人(68)
      古道具屋主人の妻(65)

●繁華街の居酒屋、やや大きめの宴会場。12月
      の午後9時。
      豪華料理が並ぶ
      座ぶとんに座る背広姿の男子社員達12
      名程度。
      女子社員8名程度。
      男子社員の何人かはすっかり、できあ
      がっている。
      鼻に箸をはさみながら、腹踊りをして
      いる男子社員。
      女の子にちょっかいを出す男子社員。
      作り笑いをする女性社員。
      おもむろに不機嫌な顔をして飲む女子
      社員。

      上機嫌な赤ら顔の専務の横に若干酔っ
      た感じの久屋室長。
      久屋室長の前に立っているさかえ。

さかえ「やかん?」、
室長  「(高圧的に)そうだ。店長に言って借
        りてこい」
さかえ、ちょっと納得行かない表情で、
さかえ「そんなもの、何に使うんですか」
室長  「これから、男女ペアで、クイズ対決
        ゲームをやる。負けた方がやかんで
        一気飲みだ」
不機嫌な表情をあらわにするさかえ。
室長  「なんだ、文句あるのか。文句あるな
        ら言ってみろ」
さかえ「あ、ありません」
室長  「じゃ、行ってこい。一分、いや一秒
        で借りてこい」
常務  「(笑顔で)さかえちゃ〜ん。頼むよ」

感情を押し殺し、場を離れるさかえ。

●居酒屋厨房の前、

ややけわしい表情でのさかえ。
アルバイト店員の向き合っている。

店員  「(そっけなく)今、店長が出かけてる
        んでわかりません」
さかえ「わかりません・・って、やかんぐら
        いそこらにあるでしょう。
店員  「わからないんです」
さかえ「(声を荒げながら)わかったわよ!」

●ネオン街、一人、とぼどぼ歩くさかえ。
さかえ「まったく、こんな夜に、繁華街で
        やかんなんて売ってないわよ」
コンビニの看板を見つける。

●コンビニ店内

レジの前。
さらに不機嫌な表情のさかえが立っている。
茶髪のコンビニ店員と向き合っている。
店員  「(ニヤニヤ笑いながら)コンビニに
        やかんなんてあるわけないっしょ。
        おばさん」
さかえ「お、おば・・!? わ、わかってるわよ
        聞いてみただけじゃないの!」
激怒しながら、出て行こうとするさかえ、
勢い余って自動ドアにぶつかる。
さかえ「いたっ」
笑ってみているコンビニ店員。立ち読みし
ていた女子高生、大きな声で笑いだす。
さかえ「も、もうっ」

●ネオン街、涙を流しながら、歩くさかえ。

さかえ「私、いったい何やってるのかしら」

とぼとぼ歩いていると、大きなビルの谷間に
古道具屋があるのを見つける。
涙を拭く、さかえ。

●古い建物の古道具屋、ガラス戸は閉まっている。
店内には売れそうにないような古道具が並ぶ。
夫婦が椅子にじっと座り、外を見ている。
、
ガラス戸をあけて中に入るさかえ。

主人  「おや、何かご用かね」
さかえ「あ、あの〜、やかん、ありませんか?」
主人  「う〜ん、今はないねぇ。すまんねぇ」
さかえ、古ぼけたストーブの上のやかんを見
て、
さかえ「すみません、このやかん、譲っても
        らえませんか」
妻    「すまんねぇ。それは売り物じゃない
        んですわ。うちの主人の父の大切な
        記念のやかんでして」
さかえ「(しょんぼりして)そ、そうですか」
主人  「いや、お売りしましょう」
妻    「あんた、いいの?」
主人  「なにやら、ずいぶん困っているみた
        いじゃないか。なぁに、たいしたや
        かんでもないよ」
妻に目くばせする主人。
妻、にこりと笑みをうかべる。
さかえ「どうも、ありがとうございます」
ぺこりとおじぎをする。

●ネオン街

やかんを持って歩くさかえ。もう泣いてはい
ないがやや暗い表情。
道行くカップルや酔っぱらいのサラリー
マンがそれを笑っている。

それをぼうっと見つめるさかえ。

目の前に噴水広場。傍らに水飲み場。
さかえ、水飲み場に行き、蛇口から水を出し、
顔を洗う。
ハンカチで顔を拭きながら、
さかえ「私、いったい何やってるのかしら」

●居酒屋、宴会場

どんちゃん騒ぎの宴会が続いている。
やかんを持ったさかえ入ってくる。

室長  「遅かったじゃないか。一分、いや、
        一秒で、借りてこいと言ったはず・・」
さかえ、室長に頭の上からやかんの水をかける。
ずぶぬれになる室長。驚く常務。
場内静まり返る。

室長  「ふ、伏見くん!キミは今なにをして
        るか、わ、わかっているのか!」

さかえ、黙ったまま、宴会場を出る。

●ネオン街

顔をこわばらせながら、空のやかんを抱えて
歩くさかえ。古道具屋の前まで歩いてくる。
シャッターを閉めようとしている主人、さか
えに気づく。

主人  「おや、さっきの・・」
さかえ、やかんを差し出し、
さかえ「これ、もういいんです。返します」
主人  「いったい、どうしたんだね。そんな
        顔して」
さかえ、その場で、たまらず大きな声をあげて
泣き出す。
主人  「おやおや・・・」
妻、びっくりして、店内から出てきて、さか
えを抱きかかえ、
妻    「まぁ、どうしたの。まぁまぁ、中へ
        入ってお茶でも飲みなさい」
店内に入っていく三人。

●翌日、オフィス

机の整理をしているさかえ。女社員数名が取
り巻いている。
ちょっと騒がしい。

女子社員2「伏見さん、私もあやまってあ
        げるから」
女子社員1 「そうよ、そうよ。さかえが悪
        いんじゃないわ」
さかえ「うん。でも、もういいの」

室長、入ってくる。静まり返るオフィス。
室長、さかえの席にやってくる。
毅然とした表情で、室長を見る女子社員達。
さかえ、立ち上がり、ポケットから、退職願
の封筒を出そうとする(室長からは見えない)。

室長、手を頭にやって、
室長  「いやぁ、昨日は本当にすまんかった」
驚く女子社員達と、さかえ。
室長  「いやぁ、昨日、あの後、妻と娘にこ
        っぴどく叱られてね。おかげで今日
        は、朝食抜きだ。酒の席とはいえ、
        本当にすまんかった。じゃ」
そそくさと立ち去り、席に座る室長。
あっけにとられる女子社員。
気が抜けて、ふらふらしながら、すわるさか
え。
女子社員1「よかったじゃないの。さかえ」
女子社員2「あの室長が謝るなんて、ちょっ
         と驚いたわね」

さかえ、思わず笑いだしてしまう。
女子社員1「どうしたの、さかえ」
さかえ「(笑顔で)私、いったい何やってるの
        かしら」

終