ロシア航海記(3,小樽滞在)

8月2日(木、10日目)
明後日出港出来るか?台風5号の進路が微妙・・・TVの気象情報をこまめに見なくては。台風も頭を悩ますが、
酷い二日酔いで頭がガンがんするし、酷い下痢状態。
30代40代の人と真剣勝負?で呑むもんじゃないネ、63歳と云う歳を実感。
昼食はとても食べれる状況に無く、豆乳や野菜ジュースで腹を誤魔化す。若い二人は元気良く、「リサ」の大瀧氏に借りた車で、
札幌へ遊びに行きました。
夕方、「リトル・ジョン」の南谷先生が下痢止めの薬「ロペミン」を下さったんで直ぐ飲む、これでOKかな?
19時、タクシー2台で、小樽の飲み屋街に有る花園町の居酒屋「聖徳太子」(рO134−32−4224)にリトル・ジョン南谷、堀川両氏、
西村(シーガルネット)ご夫妻と我々3人の7名で行く。皆さんとは2年振りの再会ですから、
懐かしく楽しい時間でした。
若い二人はここで無罪放免にして我々オジさん集団は
2次会は歩いて2〜3分のところに在るスナック「夢夢」
(рO134−32−4004)へ。
ここは西村氏の知っている店で、調子が出て乗りまくり久しぶりにカラオケをがんがん歌いました。
真夜中に船にたどり着いてみると、当然ですが若い二人は戻っていません。若いって良いなあ〜!私は明日も多分三日酔いでしょう。

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8月3日(金、11日目)
昼前に起きたら誰もいない。札幌へでも行ったんでしょう。台風は日本海より青森を通過し太平洋に出て熱帯低気圧になる模様、
私の勝手な希望的観測ですが。
保安庁から、明日の出港は見合わせたら、と勧告が有ったらしい?と人伝えに聞く。
神戸から、成さんの友人T、S両氏が高級酒等を手土産に激励にマリーナへ来られる。友人とは良いものです。
マリーナの前のウイングベイ小樽2階に在る、諏訪氏経営の「ラヴィータ」(рO134−21−7281)で壮行会。
その後、2次会に5人で「無無」へ行く。ロシアへヨットで行くと聞いた見ず知らずのお客のオバサン4人組が、花束を買ってきて
「気を付けて」と、我々にプレゼントして呉れました。
嬉しくて舞い上がり、結局は呑み過ぎてしまいました。
3次会は若い人同士でと断り一人船に帰って寝ました。

8月4日(土、12日目)
寺さんがマストに登り、割れて折れたレーダーリフレクターを交換してくれましたが、ついでに上から写真を撮ると云って、
写真を撮ってくれましたが「小さな親切、大きなお世話」私のカメラはマストから一直線に
デッキに落されました。
私は運が強いんです。当然カメラは壊れたが海に落ちずに済み、SDカードは無事で記録は保存されていました。
しかも勿体無くて、壊れるまで買えなかった最新型のカメラが買えました。災い転じて福と成す???

マリーナの給油所へ船をまわし、軽油を補充し今夜の出港に備える。「リサ」諏訪氏のお世話で出国手続きを終わり、
明日午前0時の出国予定を4艇オーナーの全員一致で決定。

「リサ」の大滝氏から今晩の夕食のお誘いを頂きましたが、連日の酒の呑みすぎで若い2人の体調を考え折角の申し出を
丁重にお断りしました。私は意地汚いのか?正直勿体無い感じが少々。

3人と堀川氏のお手伝いで、カメラと食料品の買出し後マリーナでシャワーを浴び夜食は酒抜きの寿司定食。
運が良く目の前で花火大会が行われ、又ラッキーな事に船の目の前で綺麗な花火がドンドン上がり最高の気分でした。
その後、早いのですが出港に備え、外出禁止、飲酒厳禁で2人に強制的に仮眠をとらせる。彼達は偉い、
十分に自分の立場を理解していますから、当然ですが不満も言わず、さっさと就寝です。
30,40歳代の大人に強制的な事や又、子供扱いは極力避けたいが、複数連日の夜間航行の経験の少ない彼達には多少は
安全の為にしょうがないでしょう、本人達は自分をベテランと思っていても、
(普通は本人の勘違いや、自惚れが多い様ですが)
デイセーリングで遅くなって暗くなりハーバーへ帰り着く、という様な夜間航行とは根本的に違いますから。
陸で飲んで騒いではお互い一級免許の船長でヨット仲間で友人ですが、船内に船長は一人で良いし複数は要らない、
昔から云う通り「船頭多くして 船 山に登る」名言です。ボヘミアンでは安全航行の為に厳格に徹底しています。
「指示する人一人、残り全員は従う人」以外の考えの人は乗船してはいけないし、乗船する資格が無いのです。
(普通のヨットの船検表を見ると、定員の欄には乗客は0、乗務員何人と表記、お客様はいないんです)
                                               遊びとは、安全有っての、楽しさだっ!!

洗濯好きの寺さんっ!得意そうな顔をどうぞ!(ナショナル電気バケツ