オペラなんてつまらない、と思ってた。
題名が違っているだけでどれもこれも、たいした筋もありゃしない。
大げさなせりふ、無理があり過ぎの筋立て。歌手の面子が違うからって、何程の違いが有るって言うんだ。
そもそも、舞台を生で見るって言うならともかく、CDで音だけ聴いたって面白くも何ともない。
へんっ、てなもんだ。
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反省、してます。
面白かったです。少なくとも、この曲、三文オペラに関しては。
聴いている間中、にやにや笑いを止めることが出来ませんでした。
最初にこの曲を聴いてから、何枚ものヴァイルのCDと、ついでにブレヒトの原作まで買い込みました。
ふうぅ、どれも素敵なものばかり....いや、素敵というのはちょっと違うか....何せ、筋が筋だし。
舞台は19世紀後半のロンドンはソーホー地区。主な登場人物はソーホー地区の乞食ユニオンのお頭、というより会社社長という雰囲気のビーチャムとその奥さん。ビーチャムの娘で一応堅気として教育を受けている娘のポリーはマックと恋仲になる。主人公のマック・ザ・ナイフなどという恐ろしげな看板を掲げてはいるが、どうも宣伝文句臭い(プロレスラーのあだ名みたいだ....)。警察署長のブラウンはマックの旧友で職業を越えた友情でつながれている(良いのか?)。後はマックが昔ヒモをしていた相手の娼婦ジェニーくらいかな?
主人公マックは様々な冒険の後、危うく絞首台にかけられるところを突然の特赦によって助かり、さらに多額のお金と地位を得る....(どうして?)
では、この曲のどこが面白いか?どこに興味を引かれたか?
ブレヒトの側から見てみると....
まず、芝居の地のせりふと歌や音楽の組み合わせ方に関するブレヒトのやり方には、無条件に賛成できる。
オペラの中で(ミュージカルだってタカラヅカだって同じだが)登場人物の普通の会話から流れるように歌の場面に入ってゆくのを見るのは、なかなかに気恥ずかしくも照れ臭い感じがするものである。第一不自然だし。
これはオペラを鑑賞するうえで、かなり上位に位置する嫌な点である。
ブレヒトは「三文オペラのための注」のなかで、上に書いたようなことと同じ内容をはっきりと書いている。台本のト書きにもちゃんと書いてある....歌が歌われる場面では事前にその曲のタイトルがスクリーンに映写され、照明も専用のスタイルのものが用意される。歌は登場人物の感情の高まりの結果としてではなく、筋書き上の必然として歌われる。おおむねにだが。
少なくとも、「何それー」というような展開は用意されていない。リアルである、とさえ言える。
もう一つ、三幕おのおののフィナーレでの、唐突でそれまでの雰囲気とがらり変わった大まじめな表情で歌われる歌、人間と食べ物とかねと幸せとの関係についての不道徳で切実な歌詞や、ラストの急転直下の無理やりなハッピーエンドに託されたブレヒトの意図を読み取ることも出来る。こんなハッピーエンドなんて実際にはないんだよ、というきつい皮肉を。
ヴァイルの側から見てみると....
とりあえずブレヒトの考えは抜きにして、どの歌も面白い。それも、にやにやする面白さ。
大体どれも有節歌曲で(一番、二番が有るのだ)、大変分かりやすく作ってある。ドイツ語なんかほとんどわからないけれど、何となく分かった気にさせてくれるほどだ。曲はブルース風、タンゴ風などバラエティに富む。オーケストラは酒場の安ピアノ風のピアノや、何と言ってもサックスとギターやバンジョーが効果的で、とんでもなく安っぽく俗っぽく響くように作ってある。
ヴァイルの作る曲の安っぽさとブレヒトの意図は緊密に結びついている。おのおのの曲が俗に響けば響くだけ、ブレヒトが三幕おのおのに用意した大まじめなフィナーレは異質に響き、皮肉が鋭く尖るのだ。
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あれ?最初はどの歌手の声が一番色っぽく崩れているか書こうと思っていたんだけれど....
今まで書いてきたような分析めいたことは置いておいても、この曲を楽しむことは出来ます。ヴァイルが書いた、俗で安っぽくて皮肉がこもっていて魅力的な歌の数々。特に女声のための歌。自分の持っている中ではヴァイルの妻であったロッテ・レーニャや、ウテ・レンパー、ミルバ、マリアンヌ・フェイスフルなどの声を聴くことが出来るのですが、どれも全く個性的で聴き飽きません。ポピュラー畑の人、クラシック畑の人、それぞれ解釈も声の質も全然違います。
人によって、こんなに違うんだあ....こんなに違うんだったら、まだまだ聴いてみたい....
やましたは***の経験値を得た!!
せいがくを覚えた!!
一つ、世界が広がった!!!!
クルト・ヴァイル(ワイル)
三文オペラ
ジョン・マウチェリー/RIASベルリン・シンフォニエッタ、ウテ・レンパー、ミルバほか
POCL-5259