葵祭り

霧流めぐむ 




 「なあ、君のトコには話、来んかったんか?」
 久しぶりに会ったというのに、開口一番、主語のはっきりしないそんな質問を浴びせられる。これで、人間の機微を言葉の綾に写し取る作家なんて仕事をしているのだから、世の編集者の偉大さには頭が下がる。まあ、世の中、こんな作家ばっかりではないだろうが。
「…一体、何の話だ?」
少し、不機嫌を装って言ってやる。お前、今日自分が遅刻してきているという自覚、ないだろう。
「…学生のバイトが集まらなかった話」
学生なら出来ないだろう俺の不機嫌のオーラを気付かなかったふり、という高等技術で無視して、アリスは言葉を続ける。長い付き合いというのも考え物だ。
「…時給が悪かったとか、そういう話なら年中だぞ」
学生なんて現金なもんだ。拘束時間と収入を考えて割に合わないバイトなんてそうそうするものか。
「ん〜。でも…葵祭りやで」
ああ、それか。やっと俺はアリスの話の趣旨を理解する。ここ、京都の夏の訪れを告げる葵祭り。京都のまちの祭りらしく時代行列があるのだが、今年はその行列に参加するバイトが見つからなかったという話だ。だが、何で今頃…ずいぶん前の話だぞ?
「って事は今回の原稿は随分とてこずったらしいな」
しかも、新聞も読めないほど時間に追い詰められて、というのが正解か。いつもなら、原稿から逃げて何かネタがないかと、新聞を読んでいるはずだからな。葵祭りのその時代行列の顛末は新聞記事になった筈だ。で、その記事を読んだから訊いて来たのだろう。
「ああ、うん。でも、ちゃんと渡してきたで」
渡して?と言う事は
「…宅配じゃ間に合わなかったのか?」
俺の言葉にへへへ、とテレ笑いをしていると言う事はどうやらそう言う事らしい。
「パソコンで送れるようにすりゃいいのに」
とは、アリスが原稿をパソコンで書くようになってから言っている事だ。なら、毎回毎回、お約束のように東京まで行ったり、編集者に来てもらったりしなくて好いだろうに。
「片桐さんもそう言うけどな、ホンマにぎりぎりまで書いててええんかって訊いたら笑ってた」
だろうな。パソコンで送って来られても確認の時間が取れないんじゃどうしようもないだろう。
「ま、いいさ。仕事は終わったんだな」
その俺の確認にアリスは頷く。まぁ、終わったんじゃなけりゃ、わざわざ京都までやって来ずに俺を大阪に呼びつけてるだろう。本人、呼びつけているという自覚はないだろうが。
「なら、夕食はセンセのおごりだな」
腕時計をさして、遅刻だ、と指摘して、俺はアリスが前から入りたがっていた和食の店に足を向けた。

 「で、何で葵祭りなんだ?」
その話を持ち出してきた状況は読めたが、何故それに興味を持ったのかが不明だ。まあ、いきなり、大晦日に『大文字やるんや』と来るような奴だ。しかも、翌朝起きるなり『お伊勢さん、いこ』だしな。まさか、アリスがあの有名なジンクスを知らないとは思わなかったが。俺も後で学生に言われて唖然としたが。
「あっ?あ、ああ…」
どうやら、ここの和食は口にあったらしい。顔全体に『満足』と書いてアリスが俺を見る。
「時代行列や」
おい、それが答えか?しばしの沈黙の後、俺はわざとらしく息を吐く。
「もし、俺の所に話が来たとしても、〆切缶詰中の作家のセンセは参加できないだろうが」
「けど、あれ、バイトやなんて知らんかったんや」
まあ、そうか。一応有名な祭りだしな。話を持ってこられた老人会で定員が一杯になるぐらいなんだから、関係者有志のボランティアぐらいに思ってたのだろう。
「老人会の方々はもう離さないだろうさ」
何せ、歴史ある祭りにこんな形で参加できるなんて、と感激していたらしいから。
「話のタネに一度やってみたいんや」
なるほどね。まあ、それなら納得できなくも無い。
「あの恰好で歩くのか?」
うーん、とアリスは首を傾げる。ほら、お猪口は下に置け。でないとテーブルにそのいい酒を飲ませるぞ。
「でも、やってみたいと思わん?」
はいはい、その好奇心が作家の作家たる由縁だったな。ほんのりとピンク色に染まった顔を見ながら俺は考える。ふーン。こいつならあれでも似合いそうだな。あれは写真撮影付きだったから……証拠も残るな。
「あの恰好がしたいだけなら、なんとかなるが…」
「ほんま?いつでもできるんか?」
予約制だが時間に制限がないんなら大丈夫な筈だ、と俺は請け負う。手配はしてやるから、その時間だけはなんとか捻出しろ、と。
「ありがとな」
にこにこ笑うアリスは上機嫌で支払を済ませた。が、店を出た途端に俺に懐いて、正体を無くす。下宿まで引きづって行きながら、俺は先程の計画を必ず実行に移してやる、と決心していた。


 女子学生が見ていた京都観光プラン。
『人力車、舞妓さんプラン』
舞妓のアリスとなら見なれた京都の町もまた違った姿に見えることだろう。


End/2001.06.26



『アリスへの愛も火村への愛もない』と断言する霧流さん(笑)。
エヘ☆ どうもありがとうvvvです(∩_∩)
いーの、別に愛なんてなくても…。それは、よぉーく判ってるからさ(爆)
私は、霧流さんのアリスが読めれば大満足なんだよ〜ん。だって、ファーピー振り回してる時から、好きなんだもんvvv
---というこで、苦情なんてとんでもごじゃらん。言いませんよ、そんなこと(笑) 霧流さんのアリスが読めるだけで、幸せっス(○^〜^○)
ところで、毎度毎度の時事ネタを読むたびに、良く拾ってくるなぁ…と感心してるんですが、葵祭りの時代行列ってバイトだったんですか。ちょっとびっくりした。
一度やってみたいっていう、アリスの気持ちは良く判るよ☆ だけど同じコスプレでも、舞子さんは時代行列とはちょっと違うと思うゾ、私…(笑)
アリスの舞妓さんは、見たいような見たくないような…(-_-;)
でも暑い盛りにあの恰好やったら、倒れるんじゃないか…と、ちょっと心配です。人力車に乗るのも何だか恥ずかしいような気もするけど、隣りにアリス付き(しかも舞妓さんのコスプレ)だったら、火村すっごい喜んじゃいそうで、嫌だわ(-ι-;;;




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