Perfect manner <後編>

鳴海璃生 




−4−

 京都駅から五番のバスに乗って、北白川別当町まで行く。所要時間三十分以上。だが烏丸通から四条通を通り、ついでに河原町参上を経由して行くバスなので、道が混んでいる時はとてつもなく時間が掛かる。
 普段なら絶対に使わないコースなのだが、今日は時間に追われているわけでもない。天気は良いし、風は心地良いし、久し振りに京都の街並みをのんびり眺めていくものいいか…なんて気分だった。京都駅に降り立っ途端、手に持ったピカチュウの袋を羨ましそうに見られるのも何となく気分が良くて、私のウキウキした気持ちに拍車をかける要因の一つになっていた。
 北白川別当町でバスを降り、通い慣れた道をテクテクと歩く。緩く上り坂になった国道三十号線を進み、狭い道を右に折れた。見捨てられたような小さな公園を通りすぎると、見慣れた瓦屋根の日本家屋が目に入る。
 その手前の空き地になったような場所には、ところどころ車体のへこんだベンツが、午後の柔らかな陽の光にアートな姿を晒していた。たぶん次の車検でお役ご免になるかもしれないベンツのボンネットを軽く叩き、私は古風な格子戸の前に立った。
 視線を上げると門の斜め横の二階の窓が開き、一階の黒い瓦屋根の上には煎餅のような蒲団が広げられていた。その上で茶トラの小さな身体が、気持ちよさそうに丸くなっている。
「何や、ウリはお昼寝中なんか。せっかくお土産買うて来てやったのに…」
 呟きながら、私は格子戸を開けた。カラカラと軽い音をたてて、古風な木の引き戸は開いた。数十センチおきに埋め込まれた丸い置き石を辿り、三メートルほど奥の玄関へと向かう。
「ごめん下さい。有栖川です」
 ガラス戸を開くと、廊下の奥の居間から婆ちゃんが姿を見せた。
「あらまぁ、久し振りやないの。元気してはりました?」
 耳に優しい京言葉に、家に帰ってきたんだなぁ…という気がして、私は頬を緩ませた。
「ええ。婆ちゃんこそ、お変わりありませんでしたか?」
「気候もよぉなって、ここんとこ調子よぉ過ごしてるんえ」
「ほんまですか。そりゃ、よかった。あっ、そや」
 私は左手に抱えたバッグの中から、がさごそと婆ちゃんへのお土産を取りだした。ピカチュウの人形焼きを買った時、一緒に婆ちゃんへのお土産にと、バウムクーヘンを買っておいたのだ。毎回毎回同じ物で、芸が無いことこの上ない。だが婆ちゃんの好物だから、きっとこれが土産物としては一番だろう。
「仕事で東京に行ってたんです。これ、いつも同じもんで申し訳ないけど、土産です」
「あらまぁ、いつもありがと。夕食の後にでも食べさせて貰うわ。有栖川さんは、今日は泊まっていくんやろ」
 火村の了解はとってないが、私自身はすっかりそのつもりだったので、緩く頭を上下させた。
「せやったら、夕食は下で食べてって。朝堀の筍を貰うたから、筍御飯にでもしようって思うてたんよ。二人やったらちょっと中途半端やったから、有栖川さんが来てくれはって、ちょうど良かったわ」
「ほんまですか。めっちゃ楽しみやな」
「火村さんにも言うとってね」
 にこにこと笑う婆ちゃんは、ニャアという呼び声に慌てて振り返った。
「あらまぁ、誰か帰ってきたみたいやね。上あがる前に、足拭いてやらんと…。ほな有栖川さん、あとでな」
 踵を返した婆ちゃんは、ぱたぱたと小走りに奥の居間に姿を消した。それを見送った後、私は靴を脱ぎ、慣れた調子で二階へと上がって行った。
「おーい、火村ぁ。いてるか?」
 言葉を言い終わらぬ内に、バタンと乱暴にドア開ける。部屋の主は一番奥の窓際の壁に寄りかかって、分厚い本を膝の上に広げていた。
「何だ、アリス。随分と久し振りじゃねぇか。ご機嫌は直ったのか?」
 視線を上げ、からかうような笑みを頬に張り付けた犯罪学者に、私は大袈裟に肩を竦めてみせた。
「君に対しての機嫌は半斜め向きやけど、取り敢えず全体的には直った。何せ君が約束を反故にしてくれたおかげで、俺はめちゃくちゃ優雅な締め切りを過ごせたんやからな。ほんま、捨てる神あれば拾う神あり。持つべきものは、やっぱ心優しき担当者やな」
「ああ? そういえば暫く居なかったみたいだが、どっか行ってたのか?」
「フッフッフ。聴いて驚けッ。東京に行ってたんや」
 自慢げに胸を張る私に、火村が冷めた視線を送る。
「何だ、缶詰めだったのか。情けねぇ奴だな」
「ちゃうわッ! 俺は東京で、めっちゃくちゃ優雅な生活を送っとったんや」
 私の言葉に、火村は胡散臭そうに眉を寄せた。あからさまに胡乱な眼差しに、私は立てた人差し指を火村の鼻先で左右に振った。
「ニューオータニに泊まって、桜見て、美味しい御飯食べて、古書店巡りして、のんびりゆっくり過ごしてたんや」
「それで原稿を落としたじゃ、洒落にもならねぇな」
「ドアホ、落としてへんわ。もし落としとったら、今頃ここにいてへんもん」
 全くもって失礼なことを言う奴だ。できるものならここ数日間の私の調子の良さを、この無礼千万な助教授に見せてやりたい。
「そりゃ珍しい事もあるもんだ。これでまた、有栖川有栖の後悔が一つ増えたわけだ」
 どういう意味やねん。---ああ言えばこう言う、口の減らない助教授を見つめ、私はどさりと乱暴な仕種で火村の前に腰を下ろした。
「まっ、ええわ。今日の俺は気分がええからな。君の無礼も心良ぉ許したるわ。でな---」
 私はバスの中でバッグにしまったピカチュウの袋を、勿体ぶったようにごそごそと取りだした。目の前にドンと並んで置かれた二つの黄色いビニール袋に、火村は訝しむような視線を投げつけた。
「何だ、こりゃ?」
 ビニールの袋についている耳の長い黄色いネズミ---と、アリスが喚いているから、ネズミなんだろう。とてもそうは見えないが---には、火村にも見覚えがあった。確かアリスが妙に気に入っている、ゲームだかアニメだかに出てくるやつだ。がしかし、それが描かれたビニール袋の意味が、火村には全く判らなかった。しかも、土産---? アリスと違って、自分はこんな物には全く興味がない。
「おい、アリス」
 火村の声に、私はふふんと胸を張った。
「俺みたいな友人を持ったことに、深く感謝せぇよ。君みたいな極悪非道、友人との約束を反故にしても屁とも思わないような奴に、わざわざ土産を買ってきてやるんやからな」
 アリスの言いたい事は良く判ったが、それにしても---。だから、何でこの妙なネズミが土産になるのかが良く判らない。どうせなら、キャメルワンカートンとかの方がずっと有り難い。
「お前が心優しい友人だって言い分は、良く判った。…で、これは一体なんだ?」
 嫌そうに眉を寄せ、ピカチュウのビニール袋を指差した火村に、私はやれやれというように頭を振った。これを見て何かが判らないなんて、臨床犯罪学者のくせに勘が悪すぎる。
「だから土産の---」
 私は恭しく、ビニール袋の中から黄色とピンクの包み紙を取りだした。それを両手に持ち、火村の眼前に突きつける。
「ジャジャーン。ピカチュウの人形焼きや。東京でしか買えん、有り難ぁーい土産やぞ」
 言った途端、火村ががっくりと肩を落とした。膝に肘をつき、頭痛を堪えるように右手でこめかみを押さえる。
 ---おい、何なんだ。その態度は。
 むっとした私の雰囲気を感じ取ったのか、火村はうんざりしたように視線を上げた。
「お前、幾つなんだよ。いくら新しもん好きだからって、こんなもんを嬉々として買ってくんなよ」
「なに言うてんねん。今や東京土産といえば、こういうキャラクター商品が主流なんやで。他にキティちゃんとかドラえもんとか、それに亀有の両さんまであったんや。俺なんか、どれにしようかと、店の前でゆうに十分は悩んだんや」
 威張って胸張りながら言うことか、それが…。心底呆れたというような仕種で、火村は溜め息を一つ吐いた。
 昔からこういう話題に行き着いた場合、アリスには常識とか年齢なんていう極々有り触れた事柄は、諫めの対象にはならなかった。何せアリスにとって大切なのは、自分の興味を引くか否かの、唯それだけなのだ。
 そしてそれが他人に渡す土産の判断基準にも色濃く現れているから、始末が悪いことこのうえない。自分が気に入った物であれば、相手がどう思うかなんてのは一切無視。言い方を変えれば、どうもアリスの中では、他人様への土産と自分への土産とがイコールで結ばれている節がある。まぁそれがごく一部の人間に対して---有り体に言えば、火村に対して---だけ行われるという事が、救いといえば救いなのだが---。
「そうかよ。全部買ってこなかったのは、誉めてやるよ」
「う〜ん…。俺も、ほんまは全部買いたかったんや。でもそれやったら、次の楽しみが無くなってしまうやろ。せやから、今回は涙を飲んでピカチュウだけにしたんや」
 おいおい、また東京土産にこんなもん買って来る気かよ。
 ---勘弁してくれ。
 火村は、うんざりしたように頭を左右に振る。だがピカチュウの箱に夢中な私は、そんな火村の様子に気付くことなく言葉を続けた。
「あつ、でも安心しとってな。両さんの人形焼きだけは、いくら俺でも絶対買うてこんからな。せやって、火村かて嫌やろ。両さんとキスすんのは」
 だから、何でたかが人形焼きでそういう話になるんだ。螺旋を描いて何重構造になっているのか、とんとん見当のつかないアリスの思考回路---いや、もしかしたら先はブラックホールにでも繋がっているのかもしれない---を訝しみつつ、火村はまた一つ溜め息を吐きだした。
 ---そういや、前にたこ焼き饅頭買ってきた時も、そんなふざけたこと言ってたな。
 あの時は確か、タコとキスするような気がする…とか何とか、訳の判らない事を口にしていた。まぁタコじゃないだけ進歩したような気もするが、それにしたって五十歩百歩。まともに取り合うことが虚しいという事実に、何ら変わりはない。
「でな、火村。早よ、食べようや」
 そう言いながら、私はバリバリと包み紙を破った。紙箱の蓋を取り、四個ずつ二列に並んだビニール袋の一つを開ける。そして、白いプラスチックの入れ物に並べられた人形焼きを一個取りだした。
「おおっ、まさしくピカチュウや。かわええなぁ…」
 どうせ余り可愛くはないだろう、と思っていた私の期待は、良い方にはずれていた。手の中にちょこんと収まっているピカチュウの人形焼きはまさにピカチュウそのもので、十二分に可愛いと思えるできばえだった。
「何かこんなに可愛いと、どっから食べるか迷ってしまうやんか。なぁ、火村…」
 同意を求めた私の視線の先で、火村がピカチュウの人形焼きにがぶりと囓りついていた。可愛いピカチュウの顔が、火村の歯形を残して半分に千切れていく。
「ああーッ!」
 大声を上げた私に、火村は驚いたような視線を向けた。
「何だよ、一体?」
「おまっ…。---お前は、何てことするんやッ! この人非人」
 悲鳴のような声を上げた私に、火村はわけが判らないというように首を傾げる。そして手の中に残っていたピカチュウの残骸を、ポイッと口の中に放り込んだ。
「なに騒いでんだよ、一体…。わけ判んねぇ奴だな」
 呆れたような口調の助教授の目の前に、私はぐいと手の中のピカチュウ人形焼きを近づけた。
「こんなに可愛いピカチュウに囓りつくやなんて、お前の神経はどうなっとんのやッ」
「はぁ…?」
 勢い込んで怒鳴った私に、気の抜けた返事が返ってきた。
「何すっ惚けたこと言ってんだよ。人形焼きなんだから、喰わなくてどうすんだよ」
「そんなこと言うてんのと、ちゃう。ええか、こういう可愛い人形焼きを食べるときには、それなりのルールってもんがあるんや」
「ルールぅ?」
 間の抜けた声で私の言葉を繰り返す火村に、私は大仰に頷いてやった。
 ---ったく、こんな大切な事も知らないなんて。これだから、頭の固い学者先生は困る。
 チッ、しょーがない。ここはひとつ博識の有栖川有栖先生が、正しい人形焼きの食べ方をご教授してやるか。
「そうや。ええか、火村。こういう可愛い人形焼きにはな、ちゃーんと古来から伝わる食べ方ゆうもんがあるんや」
 だからお前の言うその古来ってのは、一体いつのことだ。---と思ったが、火村は敢えてそれを口にしなかった。こういう風に調子に乗り始めているアリスに余計なひと言を加えると、話の先と終わりが見えないくらいに長くなる。
 それにどうせアリスの言う古来なんてのは、この人形焼きを見つけた数時間前か、さもなくばたった今思いついたことに違いないのだ。
 「へぇへぇ」と投げやりに頷く火村の白髪交じりの頭を、私はポコンと軽く叩いた。
「人がせっかく説明してやってんのやから、もっと有り難く聴けや」
「聴いてるから、続けてくれ」
 じろりと火村の様子をひと睨みしてから、私は『正しいピカチュウ人形焼きの食し方』を説明してやる。
「ええか。こうやってピカチュウを袋から出して、手に取るやろ。そしたらまず最初に両手で持って、可愛いなあ…ってその愛らしさを堪能するんや」
 ---だから、俺は可愛いなんて思えねえんだよ。
 火村の心の声は、もちろんアリスには届かない。
 人形焼きを両手に持った私は、正面からじっとピカチュウの顔を眺めた。見れば見る程、あまりの可愛さに思わず頬ずりしたくなるじゃないか。その衝動を抑え、私は次の段階の説明に取りかかった。
「で、こうやって心穏やかに見つめていたら、一体どこから食べようかっていう疑問が湧くやろ」
 ---湧かねぇよ。
 心の中で返事を返し、火村はいい加減な態度で一応頷いてやった。だがすっかり己の諸行に陶酔しきっているアリスは、火村のそんな態度にも気付く様子はない。
「そんでピカチュウの顔を眺めて十分考えたあと、この耳から食べるんや」
「おい、先生」
 バリトンの声に、私は視線を声の主へと向けた。
「はい、火村君。何や質問でもあるのか?」
「何で耳から食べんだよ。その根拠を説明してくれよ」
「アホやなぁ…。そんなん決まっとるやろ」
 出来の悪い生徒に実践で示すため、私はぱくりとピカチュウの耳に囓りついた。あまり甘くないカステラのようなそれをごくりと飲み込み、私は耳の無くなったピカチュウを火村の目の前に差し出した。
「ほら…。耳が無くなってしまえば、これがピカチュウやって気が全然せぇへんようになるやろ。そうすればもう食べるのに、躊躇せんでもええやんか」
 そう言って、残りのピカチュウの人形焼きを、私はポイと口の中に放り込んだ。餡のほんのりとした甘さが、口の中一杯に広がる。味は---、まぁ私の想像通り。その辺で売っている他の人形焼きと、何ら変わりが無かった。不味くもない代わりに、取り立てて美味しいというわけでもない。でもこういう代物は、味よりもフォルムが問題なのだから、まっ、いいか…と納得する。
「---というんが、正しいピカチュウ人形焼きの食べ方なんや。判ったかね、火村君?」
「正しいも何も、結局食べちまうんなら、どうやって食べようが同じことじゃねぇか」
 チッチッチと、私は火村の鼻先で立てた人差し指を左右に振った。ほんまにこのセンセイは、情緒とか詫び錆ってな心が抜け落ちている。
「全然ちゃうわ。同じ食べるんでも、頭から囓りつくのと耳から遠慮がちに食べるんとは、ピカチュウに対する愛の深さってのが違うんや」
「ほぉ、そうかよ。ご説は、よぉく判ったぜ。だがな、アリス?」
 二つ目の人形焼きに手を伸ばした火村は、私が教えてやった正しい食し方のルールを完璧に無視して、再度がぶりとピカチュウの頭に囓りついた。
「火村ッ。君、なんてこと---」
 火村から人形焼きを取り上げようと伸ばした私の手を、火村は反対に握りしめ、そのままぐいと強い力でもって自分の方へと引き寄せた。突然のことに然したる抵抗もできなかった私は、そのまま火村の胸の中に倒れ込むことになる。
 口許に笑みを刻んだ男前の顔がゆっくりと近づいてきて、私は咄嗟に目を瞑った。ふわりと暖かな吐息が耳朶に触れ、ついで柔らかな唇が触れる。ひえっと首を竦めた瞬間、触れたその場所にそっと歯を立てられ、私は腕を突っ張るようにしながら慌てて身を引いた。
「何すんねん、この変態」
 火村の唇が触れた耳を掌で押さえ、噛みつくような勢いで怒鳴りつける。そんな私を見つめ、火村はニヤニヤと楽しそうな笑みを表情に浮かべた。
「なに言ってんだ。俺は、アリスの言った『正しい食べ方』ってのを実践してやっただけだぜ」
「だ、誰がそんな妙なこと言ったちゅうねん」
 必死の体で身を引こうとする私を、火村が強い力でもって引き戻す。
「何だ、忘れっぽい奴だな。たった今、お前が言っただろうが。頭から囓りつくのと耳から食べるんじゃ、愛の深さが違うってな。だから俺は、ちゃーんとお前の言う通りにしてやったんだぜ。何せ愛が深いからな」
 ぬけぬけとそう言ってのける火村に、瞬間、私は言葉を失ってしまった。そしてほんの一瞬だけ脱力したように身体の力が抜けた私を、再度火村が引き寄せる。再び胸の中に抱き込まれそうになり、私は慌てて身を捩った。
「こ、このドアホッ。誰がそんな気色悪いこと言うたっていうんや。勝手に変えて、極論を導くんやないわ」
「随分だな。俺はアリス先生の有り難いご講義を、素直に受け取っただけだぜ」
「アホ言いなや。ええいッ、この手を離さんかい。昼間っから、なに晒すんねん」
 やっとの思いで火村の腕の中から抜け出し、私は肩で息をついた。目の前では、火村が相変わらずニヤニヤと楽しそうな笑みを口許に刻んでいる。
「このド変態。君にはもう二度とピカチュウ人形焼きなんて、買ってきてやらんわッ」
 力任せに怒鳴った私の声は火村の笑い声に掻き消され、青い空に溶けていった。


−5−

 ピカチュウの人形焼きを持って火村の所を訪れてから、約一カ月後の四月の終わり。私は、火村の研究室宛に宅配便を送りつけてやった。
 中身はこの一ヶ月間、私が苦労して集めた『ピカチュウ人形焼きをどこから食べるか』についてのレポートと、ピカチュウ人形焼き二十四個入り二箱---餡とカスタードの二種類を送るのは、礼儀として当然だろう---だ。
 片桐さんに頼んでピカチュウ人形焼きを送ってもらい、それをあちこちに配り歩いた結果をレポートにしたためた。それは私にとっては満足すべき内容で、ピカチュウ人形焼きを食べた十人のうち九人までが、「可愛くて耳から喰った」と報告してくれた、と事細かに記してある。
 それをわざわざワープロで打ち直し、学生時代にも出したことがないような立派なレポートの形態に仕上げてから、火村の研究室に送りつけた。もちろん残りの一人、人形焼きに頭から囓りついた人非人は、英都大学社会学部在籍の某助教授だけだということは、特別に大きなポイントで、ついでに反転までさせて、より目立つようにしてやったことは言うまでもない。
 何せあの日、ピカチュウの代わりに私自身が火村に美味しく食べられてしまったのだから、これくらいの嫌がらせをやっても罰は当たらないだろう。研究室でピカチュウの人形焼きを受け取った火村が、それをその後どうするのか---。その様子を頭に描いただけで、私は勝利の笑いを止めることができなかった。


End/2002.06.02




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