To Be... <おまけ>

鳴海璃生 




「かんぱーい」
 火村が渋々というように手にした缶ビールに威勢良く自分のもつ金色の缶をぶっつけると、ペコンと頼りない音がした。一応クリスマスパーティだからとシャンパンで始まった乾杯だが、既に今の乾杯が何度目のものなのかは定かではない。
 美味しいものを食べて、美味しい酒を飲んで、一人ではしゃいでいる私は、とっくの昔に結構な酔っぱらいと化していた。いや、そういう風に見せていたのだ。多分---。
 どこか気怠げな様子の火村は、何かを持て余すように余り喋ることなく黙々と酒と食物を口に運んでいる。言葉が途切れるのを恐れるように何かと話し掛ける私の声に低い声でぽつりぽつりと応え、曖昧な笑みで誤魔化してはいるが、彼が本当は私の部屋になど寄らず一人になれる自分の部屋へ帰りたかったことは、鈍感と評される私にでも嫌というほど良く判っていた。
 でも、そんことは許さない。
 絶対に一人になんてしない。
 鈍感な振りを装って、はしゃいでる振りを装って、例え何があろうと、今日だけは火村を絶対に一人になんかしない。いや、一人になんかしてやらない。
 昏い空に輝くのは、猫の目のような月。冷えた空気の中でまるで氷のような輝きを放っている。宇宙に空いた穴のような星の光も、今日はまるで氷の矢のような鋭利さだ。こんな冴えた夜じゃなく、雪でも降れば良かったのに---。
「火村ぁ、ちゃんと呑んどる? 今度はこっち呑もうや」
 クスクスと止まらない笑いを零しながら、私は力の抜けたような腕を火村の方へと突き出した。手にしているのは、冬季限定のビール。ここに帰ってくる途中に寄り道したデパートで、「いらない」と言う火村を振りきってケースごと買ってきたものだ。
「冬季限定やて。どんな味やろ」
 プルタブに指を引っかけたところで、火村が私の方へと手を伸ばして来た。おやっと思う間もなく力の入らない私の手からビールを取り上げ、私の手の届かない場所にそれを置く。
「ちょお、何すんねん」
 むっとしたように睨みつけると、火村はうんざりしたように溜め息を吐いた。
「るせぇ、酔っぱらい。いい加減にしやがれ」
 そう言いながら、火村は空になった皿や缶ビールを片づけ始めた。てきぱきとテーブルの上に積み上げられていく食器や缶をむっとした様子で見つめていた私は、火村が手にした赤ワインのボトルを横合いから引ったくった。それを取り戻そうと手を伸ばしてくる火村をくにゃくにゃと力の入らない身体で避けながら、私は瓶の底で揺れる赤ワインを横目に眺めた。
「君、呑みがたりへんねん」
 ボトルを取り上げようとする火村の手をぴしりと叩き、ラッパ飲みでワインを口に含む。空になったボトルを傍らに放り投げ、私は火村の方へと腕を伸ばした。
 抱きしめるように首筋に腕を回し、唇を寄せる。こくりと小さく喉を鳴らし、火村は口移しされたワインを飲み込んだ。らしくない私の行動に呆気にとられた火村の頭をきつく抱き寄せ、舌で薄い唇をなぞる。誘うように緩く開かれた唇にするりと舌を滑り込ませ、私は火村の口腔に残るワインの香りを味わうように舌を絡めた。
 徐々に深くなる口付けにすっかり力の抜けきった躯が、ラグを敷いたフローリングの床にゆっくりと押し倒される。どちらのものとも判らない唾液が喉を伝い落ち、火村の薄い唇がその後を追うように辿っていった。甘くワインの色に染まったような吐息を漏らし、閉じた目蓋をゆっくりと上げると、夜の闇を写し取った眸が私を見つめていた。
 額に垂れる若白髪の混じった前髪をそっと掻き上げ、私の頬に触れる指を握りしめる。少し冷たい指先に唇で触れ、掌に指に、請うように何度も小さな口付けを落とす。
 双眸を眇め、まるで観察するかのように私を見下ろしていた火村の眼差しにうっとりと微笑む。飽きることなく唇を寄せた後、私は火村の右手を解放した。じっと見下ろしてくる鋭利な眼差しと視線を合わせ、若白髪混じりの頭を強く引き寄せると、私は再度火村の唇に自分のそれを合わせた。
 吐息を交わすように、互いの熱を伝え合うように、口付けを交わす。一瞬の永遠を味わい、私達はお互いを眸の中に捕らえた。
「どういう風の吹き回しだ? それとも呑み過ぎでアルコールが頭にきたか?」
 喉の奥で小さく笑い低く問い掛ける火村に、私は淡い笑みを返した。
「今日はクリスマスやからな」
 火村の頭を引き寄せ、私は内緒の話を囁くようにそっと応えを耳元で告げた。
「なるほど…。アリスから誘って貰えるんなら、毎日がクリスマスでもいいな」
 鼓膜を振るわせる低いバリトンに、私は微かに躯を震わせる。
「アホか。クリスマスは1年に1回やから価値があるんや」
 額に触れた火村の唇が、閉じた目蓋を掠め頬を辿り唇に触れる。
 これは、私達の弱さ。
 これが、私達の枷。
 真実を口に出来ない私達は、戯れるように夜の中で違いの熱を交わし合った。


End/2000.11.30




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