鳴海璃生
淡いブルーのカーテンを通して、艶めかしい月の光が射し込んでくる。銀色の月光に照らされた部屋の中は、まるで深い水底を思わせた。
微かな空気の流れに、青いカーテンがユラユラと揺れる。それに合わせて、淡い銀色の光が艶やかなダンスを踊る。
「…あ‥あぁ……」
溜め息にも似た声音が、途切れ途切れに細く月闇の中に消えていった。明るい光の中では、とてもまともに聞くことさえ戸惑われるあえやかな響き。僅かに開いた口唇から漏れる吐息には、ほんのりとした初春の色合いが混じり込んでいるようだ。
「アリス…」
耳元で囁く低いバリトンは、春宵の闇を含んでいる。まるで水底に沈んでいくように、銀の闇に溶け込むように、低い声が快楽を躯の奥から引き出していく。
「いや…や‥。…んっ……」
声を抑えようという意識が働いていたのは、ほんの数瞬。夜の始まりの、僅かな間だけだった。低く、優しく、柔らかく。様々な彩りを含んで、バリトンが私の名を呼ぶ。
それに応えるように、彼の名を呼ぶ。
少し冷たい指先が躯の中の熱を辿り、呼び起こし、互いの中に少しずつ己を溶け込ませていく。
「‥火…村…」
強請るように、誘うように、名を呼ぶと、返事の代わりに雄弁な口唇が触れてくる。細胞の一つ一つを満たす快楽に、うっとりと双眸を閉じる。
躯の隅々から零れ落ちた快楽は、ゆったりとした仕種で睡魔へと手を伸ばす。目蓋の奥に広がる青白い闇は、一直線に眠りの国へと続いている。
「おい、寝るなよ」
笑いを含んだ声が、耳朶を擽る。ついで火村は、己の存在を私の内に刻みつけるように、ゆるく躯を突き上げた。
「あ…っ、あぁ……」
反射的に声が上がる。
眠りにすり替えられた快楽が、躯の奥から再び頭を擡げ始めた。指先から、吐息から、躯の中に溶け込ませることのできなかった快楽が零れ落ちていく。繋がった場所から、触れ合った膚から、互いの快楽が混じり合い、溶け合って一つになっていく。
うっすらと眸を上げると、見慣れた男前の顔がニヤリと笑みを形作った。
魅せられたように腕を伸ばし、笑み刻む口許に口付ける。吐息をかわし、熱を伝え合い、一つに混じり合う。
「まだだぜ、アリス。夜は長いんだ」
春闇に溶ける低い声。
銀色の水底を泳ぐように、二つの影が重なり合う。淫靡なダンスを踊るように、影が闇の中を漂う。
春暁の光に零れ落ちた快楽が消える、その時まで---。End/2001.10.11
こんな処まで、ようこそいらっしゃいました。でもせっかくいらして下さったのに、こんなモノですみません。 おバカな自分を心の底から反省しておりますので、寛大なお心でお許し下さいませ。 |
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