新米社員の社会人生活(2)
会計課で算盤修行の日々 
 平成20年2月02日


 
 担
当者から 君達は 今日から会計課に配属されたK課長の指示に従う事と言われた。それでK課長から何かあるのかと三人突っ立っていたら会計課の女性がここに座りなさいと教えてくれたので指定された机に座った。当時の事務所の床は板貼りで定期的に油拭きが行われていたし机はすべて木製であった。我々三人の新入社員の机は使い古した古色蒼然の机で 引出も引っ張るとガタガタとひどい音を立て先輩からうるせ〜と言う目で睨まれたが引き出す
要領がわかったら その後は騒音も立てなくなったが最初からこんな中古の机に座らせられるとは予想もしていなかったので三人顔見合わせてギョ!

会計課最古参の女性のKさんが一通りの事務用品を机の上に並べてくれた。青、赤のインク壷2−3本のペン先とペン軸、2−3本の鉛筆と消しゴム、そんな程度で肝心の仕事は昔で言えば百戦錬磨の軍曹、今で言えば課長代理に該当するNさんが来て「おい 君は売り上げ帳簿の転記、 あとの二人は この仕事だ、 詳しい事は Kさんから聞く事・・・以上。」である。

8時に勤労部にきて9時過ぎに販売会社事務所に来て全員に紹介され会計課のオンボロ机に座ったのが多分10時過ぎだっただろう、もうそこから実務開始の鐘が鳴った。販売会社の中の各部門の説明や 何処に何があるのかそんな説明は一切無しで肝心のトイレの場所すらわからずウロウロの状態。勿論昼飯なんざあ何処で食べてよいか分からずただ先輩にくっついて行っただけ。自分で探せるようになったのは10日もたってからだ。初日くらいは会社案内と業務説明程度で午後くらいは解放されるかとぐーたら気分でいたのが初日から実社会の厳しさの洗礼を受けた感じだった。

帳簿記入開始
何処から廻って来るのかとにかく手元に渡された売上伝票の金額を取引先別に転記していく作業が始まった。K女史の指導で転記をするのだが、今まであまり使ったことの無いペンで数字を決められた枠内に整然と書くなんて全くの苦手。
昨日まで先輩が記入した実にきれいな数字と 私の書いた数字との差のありよう!自分でも呆れる位下手なんだからK女史から見たらもう何とも御しがたい新人が入ってきたと思われただろう。この転記作業はまだ序の口で この後地獄が始まるんだ

算盤指導

売上伝票の売上合計金額を出さなければならないが 現在と違ってコンピューターとか電子計算機なんざあ一切無い。すべて手作業で「算盤」で計算しなければならない時代。この肝心の算盤なるもの、昭和29年時代は算盤の玉が五ツ玉と 四ツ玉の二種類あって国民学校の時代からは四ツ玉になったがその前は五ツ玉が常識で事務所の先輩たちはみんな五ツ玉の算盤使用中、自然に我々新入生にも当然のごとく 五ツ玉の算盤 (これもまた中古品だった)が
支給された。五つ玉の算盤の画像はこちらのサイトさんにありましたのでLINKしておきます。  

新人3人組
「あの〜〜、すみません。五つ玉は使えないんですが・・・」

Nさん
「なにぃ使えない?あかん奴やなあ・・・。 おい、三人とも駄目か?」

呆れた顔のNさんは何処からか四ツ玉の算盤を調達してくれた。

やれやれと思ったら

 K女史

「さ それでは売上伝票の合計を出しますから算盤入れてください。45600円也、7890円也、12300円也・・・・・」

「ちょっと ちょっと 待って下さい。算盤なんて小学校以来使った事ありませんので 出来ませんが・・・」

 「え?足し算出来ないの?

「会計では割り算や掛け算はそう頻度はないけど足し算が出来ないのは役に立ちませんよ」
と冷酷無情の宣言! おいおい入社した途端に首かよ!あまりにも能無し新入生に呆れ果てたK女史はNさんになにやら相談中の様子。戻ってきたK女史曰く

 K女史

「明日から三人は終業後に算盤の練習をしてもらいます」

当時は8時始まりの4時終業であったので算盤練習は4時からと言う事になる。一体どうするんだろうと三人顔見合わせた。翌日4時になったらK女史が 「私が指導しますから」と宣言、三人算盤を前にK女史の読み上げる。「1銭なり 2銭なり 3銭也・・声に従い算盤玉をはじいていく・・。「ハイ 10銭也。Tさん合計幾らですか ええ? 51銭? 駄目!Yさんは いくら? ええ? 57銭? 駄目です。ハイ もう一度やりなおし。
最初から1銭也 2銭也・・・10銭では?」ひたすらこの繰り返し。まさに地獄の特訓である。

退勤していく先輩からは 「おい頑張れよ」の冷やかしの声。女性社員からは「可愛そうに」と同情の声、こっちは三人とも ふてくされ・・・。俺は大学出たんだぞ!何が1銭なり2銭也だあと威張っても実社会ではまったく通用しない、 しかし これが出来なきゃ首を覚悟しなけりゃなんねえ・・  でも辛かったのは教えてくれるK女史だったといまになればおもうのである。

口だけは達者でも算盤ひとつ出来ない役立たずが会計課に配属されてこれから一体どうなるんだろうと先輩のNさんと共にため息ついたに違いない。そんな親心なぞ全く理解せず30−40分の練習が終わると三人揃って会社の近所の屋台で憂さ晴らしをしたものだ。

じつは時効だから一つだけ白状する事がある。
居残り練習は10日も続いただろうか、 ある日練習が終わって片付けをしてふと、回りを見たら我々三人以外誰も居なかった。机の上に腰掛けてぶつぶつ文句言ってるうちにふっと奥のロッカーに五ツ玉算盤が2丁あるのに目が行った。誰が首謀者かそれは別としてくそ〜!にっくき算盤め、その算盤2丁を尻の下に敷いておい 押せよ!板張りの事務所の中をガラガラと滑りまくった。誠に爽快であるぞ!三人が交代で滑っていたら突然算盤が「パンク」して玉が吹っ飛んだ!えらいこっちゃあ〜。三人が床に這いつくばって机の下や壁際に転がった算盤の玉集めに懸命・・・見える範囲の玉をかき集めてそれを紙袋に入れへしゃげた算盤2丁はもっと細かくぶっ壊して算盤玉と一緒に袋に入れて自宅持ち帰り処分・・・これで証拠隠滅作戦成功・・・・とそ知らぬ顔で翌日出勤した。よく見れば床に算盤玉の瑕jが付いているんだが それは見て見ない振りで終わる筈だったが・・・ 突然

「おい ここにあった 五ツ玉の算盤 だれか知らんか?」の声

別の部門の先輩が自分の算盤の具合が悪くなって交換するつもりでロッカーにきたら無い!
新入社員三人は四ツ玉算盤だから 使うわけは無いと無視されたが、その先輩がどうしたんだろと探しまくっている間中我々三人は知らん顔の半兵衛を決め込んだが冷や汗タラタラ。終業後三人がいつもの屋台で二級酒を飲みながら「助かったあ〜〜。でもこれで止めとこう。そんじゃ乾杯」となった次第。

そんな事で 我々三人は無事済んだと思っていたら かなり後になって女性社員の一人から「算盤壊したのはこの三人でしょ!」と言われて愕然とした。理由を聞いて見たら朝掃除するときに 机の下から算盤玉が出てきたそうだ。不思議に思ったあとに先輩が算盤が無いと探していたのでその事実をを結びつけたら犯人はあなた方しか居ないとの推理、ご明察!
有難い事に我々三人はやる事なす事ヘマばかりで当時の女性社員がみんな同情していてそれでだんまりで通してくれていたらしい。遠い遠い昔の懺悔物語であります。



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