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第5章 藤沢包囲網
「よろしいですか? 大丈夫ですね」 「はい。大丈夫です」 「私もいいわよ」 ルーンと誠と菜々美は牢の入り口のあたりに来ていた。これから誠とファトラの 入れ替えを実行するつもりだ。誠は服装をファトラと同じ格好に合わせてある。ル ーンは念のために、懐に即効性の麻酔薬を仕込んだダーツを潜ませていた。できれ ば使いたくないが、場合によってはやむを得ない。ただ困ったことに誠は手に包帯 を巻いている。これはやむを得なかった。 「では参りましょう」 ルーンは二人を引き連れて牢の区画の中へ入って行く。ルーンたちの姿に気付い た兵士たちはかなり驚いたようだった。 「こ、これはロシュタリアのルーン殿下。このような所へ何用にございますか?」 兵士の一人がルーンの所に駆け寄って来てうやうやしくお辞儀する。ルーンはそ れに対して毅然とした様子で答えた。 「ファトラの偽者がいると聞きました。我がロシュタリアでも、ファトラを装って 大罪を働いた者がおります。その者はまだ逃走中です。それでここに捕まっている 偽者がその者か確かめたいのですが、会わせて頂けないでしょうか? 許可はとっ てあります」 そう言ってルーンは許可証らしき物を見せた。これはさっきこの国の大臣に掛け 合って取ってきた物だ。さすがにこのあたりは大変手際がいい。 「そういうことでございますか。しかし残念ながらその者はすでにここにはおりま せん。申し訳ございません」 「ええっ、何ですって!?」 「はっ、ですからその者は現在ここにはおりません。申し訳ございません」 兵士は申し訳なさそうに頭をさげる。しかしルーンは気が気ではなかった。 「で、ではどこにいるのです? 会わせて頂けませんか?」 「は、宰相のクロノドール様が連れていかれました。申し訳ございませんが、クロ ノドール様にご相談なされて下さい」 「そうですか…分かりました。では私たちはこれで失礼いたします」 「はっ」 「さ、行きましょう」 ルーンたちはそこから去って行った。 「どうするんですか? 宰相の所にいるなんて大丈夫なんですか?」 「はい…何とも言えません…。いちばん心配なのは正体がばれるかもしれないとい うことです」 ルーンたちは作戦失敗ということで、やむなく別館に戻ってきていた。ルーンは 落ちこんでいるようだ。 「じゃあひょっとしたら正体がばれて連れていかれちゃったかもしれない訳ね」 「…………」 一番考えたくないことだ。ルーンはそれを聞いて、どきりとしながら顔を青ざめ させる。 「その可能性は…あります。ああっ、もうどうすればいいのか…。このままではス キャンダルになってしまいますわ…!」 ルーンは頭を抱えてうめくようにしている。 「で、どうやって助け出すんですか?」 「…そうですわね。それは…ああっ、できるだけ穏便に事を進めようと思っていま したのに…。こうなった以上、もはや実力行使に訴えるしか…」 「じ、実力行使ですか!?」 誠はルーンの唐突な発言にすっとんきょうな声をあげる。 「誠ちゃん、ルーン王女様、心配のしすぎでとうとうきれちゃったんじゃない?」 隣では菜々美が誠にそっと耳打ちする。 「あのー、それってちょっとマズイんじゃないですか?」 誠は作り笑いを浮かべながらルーンをたしなめた。 「もちろん、その通りですわ」 ルーンは平然と言う。 「じゃあ…」 「ですから、ばれないようにすればいいんです」 「そりゃそうですけど、だいいち実力行使なんてどうするんですか?」 「今からロシュタリアに使いをやって隠密を呼んでいたのでは間に合いません。実 力はここで調達致します」 「はあ…。それって一体…」 誠は嫌な予感がどんどん高まっていくのを感じる。 「誠様」 「はい!?」 ルーンは唐突に改まる。誠は反射的に返事をした。 「申し訳ないのですが、あなたから藤沢様と大神官の方々にファトラを助け出すよ うに頼んで頂けませんか? 私から頼む訳にはいきませんから」 「ええーっ!!? そんなっ! ムチャですよ!」 「そうよ! だいいち、大神官の人たちにそんなことやらせていい訳!?」 誠と菜々美は怒涛の勢いで反論する。それを見てルーンはばつが悪そうな顔をし た。 「私は王族ですので、そのようなことを頼むことは立場の都合上できません。そこ で誠様は民間人ですので、内々に頼んで欲しいんです。いけませんか?」 どうやらルーンは誠が大神宮たちと親しいことを知っていたらしい。そうでなけ ればこんなことは言いださないだろう。 「そのー、もうちょっと別の方法にしません? もっとまともな方法に…」 誠はルーンを必死にたしなめようとする。するとルーンは悲しそうな顔をした。 「そうですか…。では仕方ありませんわね…。いえ、いいんです。もしスキャンダ ルになろうと、たとえファトラが殺されることになろうと、それは王家に産まれた 者の定め。自分で危機を回避できなかったファトラが悪いのですわ。部外者に助け を請った私が悪いのです。お許し下さい、誠様。ファトラは私たちの方で何とかし ます。どうなるかは分かりませんけど…」 ルーンは悲壮感いっぱいの様子で話す。誠はたじたじになってしまった。 「ぶ、部外者ですか…。いえ、その…。……分かりました。じゃあ頼んでみます…」 「本当ですか!? ありがとうございます、誠様」 ルーンの顔がぱっと明るく輝やき、誠の手をとる。誠は苦笑いを浮かベていた。 「もう! なんで引き受けちゃったのよ!? いくらなんでもこんなのムチャクチ ャよ! 大神官の人たちに犯罪をやってくれるよう頼めっての!? ルーン王女様 心配のしすぎで本当にきれちゃったんじゃないの!?」 誠と菜々美はやむなく、“実力”を調達するべく大神官たちの別館へ向かってい た。おそらく藤沢もそこにいるはずだ。足取りは重い。誠の隣でまくしたてる菜々 美がさらに誠の気を重くしていた。 手には王宮の見取図と少々の小道具を持っている。全てルーンが用意した物だ。 計画も説明を受けていた。菜々美の方は変装用の衣服などを持っている。これだけ 用意できるのならわざわざ大神官に頼まなくてもよいのにとも思うが、ルーンは頭 脳専門なのだから仕方がない。 「まあー、そのー…、仕方ないんやないかなあ…。僕も色々考えたけど、強奪する 以外に方法思いつけへんもん。そのー、あ、あれや、あれ。緊急回避的措置」 「それって違うんじゃない?」 「あ、やっぱし? それにしてもルーン王女様って意外とちゃっかりしてるなあ…。 大神官の人たちも僕なら頼みを聞いてくれるだろうだなんて…」 誠はため息をつく。 「ほんとにもう。ルーン王女様は話しあいのプロなんだから、まともに話しあっち ゃだめよ。言いくるめられちゃうわ!」 「そうやなあ…」 誠はルーンに言われたことを思い出した。 『よいですか、誠様。お願いするときは私やロシュタリアの名前を決して言っては なりませんよ。あくまでも誠様個人でお願いして下さい。この件については私は一 切関与致しません。形式上は…ですが…』 要するに何かあった時は助けてくれるということなのだろう。また、ファトラを 助ける方法については、彼女がロシュタリアで大罪を犯していることにして引き渡 しを要求する手というのがあるにはあるのだが、時間がかかりすぎてだめなのだそ うだ。 そのころのルーン。 「誠様、ごめんなさい。私にはこうする以外に方法が思いつかないんです。許して 下さいね」 ルーンは手を合せながら、しんみりとつぶやいた。 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 「…う、うーん…。いかんな…。昨日はちょっと飲みすぎちまったようだ…。うー、 頭がガンガンする…」 藤沢は頭をかばうようにしながら起きあがる。そうしてから状熊がいつもと違う ことに気がついた。 「あれ。おかしいぞ。なんで俺裸なんだ? それに部屋も昨日と違うような…」 「藤沢様、お目覚めになりましたか」 「へっ?」 突然声がする。その声がミーズのものであると理解するまでにしばらく時間がか かった。ぎこちなく声のした方を向く。そうしてから目を丸くした。 「う、うわああぁぁっっ!! なっ、何なんですか!? その格好は!!」 「まあ。何って、そんな。私の口から言えと仰るんですか? そんな…ミーズは恥 ずかしいですわ…」 ミーズは赤くなった顔をうつむける。藤沢は硬直して動けなかった。 ミーズのその格好…。それはずばり素肌にエプロンだった。もちろん後ろからは 丸見えで、前はというと胸元がハートカットになっている。昨晩街に出向いて調達 して来たのだ。たいした根性である。 「さ、目覚めのお飲み物ですわ」 ミーズは藤沢に向かって飲み物のカップを差し出す。藤沢は震える手でそれを受 け取ろうとするが、手が震えるためうまく掴めない。それがいけなかった。 「まあ、これでは飲めませんわね。では私が飲ませて差し上げますわ」 そう言うとミーズはカップを口につけて煽り、両手で藤沢の顔を捕まえた。目を 閉じて、顔を接近させる。藤沢はすでに呆然自失状態だ。 「あ、ぁ、ああぁ…」 目と鼻の先にミーズの顔がアップで迫っている。運がいいのか悪いのか、この時 藤沢はようやく正気に戻った。 「ミ、ミーズさん! やめて下さい!!」 「きゃああ!!」 藤沢は全力でミーズの体をはねのける。酒は切れていた。ミーズの体は軽々と浮 き上がり、反対側の壁に激突する。 「ぐふうっ!!」 「ああっ、す、すみません!! じゃ、じゃあ俺はこれで…って、ふ、服はどこだ !?」 藤沢は着替えようと服を探すが、服はどこにもない。どうやらミーズが隠したよ うだ。仕方なくシーツで前を隠す。 「む、無駄ですわよ、藤沢様。ここからは逃げられませんことよ」 ダメージを受けながらもミーズはふらふらと立ち上がる。口からはさっき含んだ 飲み物が垂れ流しになっており、エプロンを濡らしている。その結果エプロンが肌 に貼り付いてより刺激的になっていた。 「あー、そ、その、ミーズさん。これは一体どういうことなんですか?」 藤沢は必死に落ち着きながら尋ねる。するとミーズは両手を頬に当てて、赤くな った。 「まあ。憶えてらっしゃらないんですか? 昨日の晩はあんなに激しく愛しあいま したのに…。ああん、女の口からはこれ以上は言えませんわ」 ミーズはいやいやをしてみせる。ちなみにミーズの言は全て狂言だ。 「えっ!?」 藤沢は再び硬直した。まったく記憶にないことだ。当然だが…。 「藤沢様、いいんですのよ。私一生藤沢様に着いて行きますから」 「あ、あのー、そのー…」 「さ、目覚めのキスを…」 ミーズはすでに自分の世界に浸っている。彼女は再び顔を藤沢に近づけ始めた。 「んーー……」 「あ、ちょっと! やめて下さい!」 藤沢はまたミーズを撥ね退けようとする。今度はだいぶ力を弱めた。 「あ、あぁん。藤沢様はそちらの方がよろしいのですか。ではそうしましょう…」 「えっ? あ、ああ!!」 力を弱めすぎてミーズは動かない。しかも藤沢の手はミーズの胸を押していた。 藤沢の顔がみるみる青ざめていく。ミーズはうやうやしくベッドに横になった。 「さ、いらして、藤沢様」 「…………」 藤沢はもはや思考が停止している。もう何がなんだか分からなくなっていた。き ょろきょろとあたりを見回すと、扉がある。藤沢はよろよろとそちらへ向かって行 った。 「藤沢様、やさしくして下さいね。強引なのは嫌ですわよ」 ミーズは目を閉じて体を色っぽく動かしてみせる。 「あぁん、藤沢様、はやく…」 しかし、反応はない。代わりに何か壊れるような音がした。 「えっ!?」 ばっと飛び起きてあたりを見る。扉が壊されており、藤沢の姿はなかった。 「し、しまった! 逃げられた!!」 ミーズはとっさに部屋を飛び出す。 「あっ、ミーズの姉貴!?」 「あ、あんたたち!? 何でこんなとこにいるのよ!?」 「ミ、ミーズの姉はんこそなんて格好していますのや!?」 部屋の外にはシェーラとアフラがいた。どうやらいままで部屋に聞き耳を立てて いたようだ。 「ああ、もう。とにかく藤沢様はどこへ行かれたの?」 「藤沢ならさっきあっちへ走って行ったぜ」 「そう。ありがと」 ミーズはシェーラの指した方向へ走って行った。 「あ、待ってくれよ」 シェーラはミーズを追いかける。 「よくそんな格好していられるな。恥ずかしくないのかよ?」 「何を言うの。そんなこと言っていたらいつまでたっても男なんか捕まりゃしない わよ」 「そんなのはあんさんくらいのもんやろが」 いつの間にかアフラもついて来ている。 「まったく。ほら、みなさい。この姿をもってすれば男は必ず落とせるわよ。あん たたちも目をつけた男は早いとこ確保しとかないと誰かに先を越されちゃうわよ!」 ミーズは素肌にエプロンを誇らしげに見せつける。アフラはそれをあきれた表情 で見ていたが、シェーラは本気な表情である。 「早くしないと…先を越される…」 シェーラは自分で自分に言い聞かせるようにつぶやいた。 「そうよ。手段を選んでいてはだめよ!」 「お、おう!」 ミーズは胸を張ってシェーラに教授する。 「せやからそれはあんさんだけやってば」 アフラのその声は二人には届いてはいないようだ。 「ああ、もう。一体どうなってるんだ!? 全然訳が分からんぞ」 外に出る訳にはいかないので、藤沢は物置の中に隠れていた。必死で昨日のこと を思い出してみるが、酒を飲んだこと以外何も思い出せない。当然だが。 「おかしいなあ。記憶がなくなるほど飲んだのかなあ…。それにしても何か変なん だが…」 その時、物置の扉が突然開け放たれた。 「まあ、藤沢様。こんな所にいらっしゃったんですか。探しましたよ」 「う、うわああぁぁっっ!!」 ミーズは物置の中へ入ってくると、藤沢の首を掴んで揺さぶる。 「もう。藤沢様ったら恥ずかしがりやなんですから」 「ちょ、ちょっと待って下さいよ。俺には全然身に憶えのないことなんですけど…」 「まあそんな。私を傷物にしたくせに…」 ミーズは自分で自分を抱くようにしてみせる。 「へっ!?」 藤沢の顔が硬直した。 「ミーズの姉はんってまだ処女やったんどすか?」 「さあ…」 「あ、あんたたちまだいたの? 子供の見るもんじゃないわよ!」 ミーズはシェーラとアフラを手でしっしっと追い払おうとする。 「うちらいくつやと思っとるんどすかいな?」 その時、玄関の方で声がした。 「すみませーん。ミーズさーん。アフラさーん。シェーラさーん。どこにおるんで すかー?」 大神官の泊っている別館は他にも数人の神官が泊っている。誠と菜々美はミーズ たちの姿が見つからないので、探しているのだ。 「おおっ、誠! ここだ! ここだぞ!」 「ちっ、余計な邪魔が…」 藤沢はミーズの手を振り切ると、歓喜の表情で声がした方へ向かって行く。それ はまさに希望の光へ向かって行くかのようだ。 「うおおっ、誠ーっ、今行くぞーーっ!!」 そして廊下の向こうから希望の光、誠&菜々美が現れた。誠は女装しており、二 人とも荷物を持っている。 「ああ、藤沢先生。おはようございます」 「おお、おはよう。誠」 「ちょっ、ちょっと、藤沢先生。何て格好してんのよ!?」 菜々美は恥ずかしがって、後ろを向いた。 「あっ、いや、これはな、その…」 「藤沢様、お待ち下さい!」 ミーズたちが追いついてきた。彼女もさっきと同じ格好だ。 「うわあっ! な、なんやあっ!?」 「ちょっ、ちょっと、ミーズさん!?」 「あら、おはよう。誠君、菜々美ちゃん」 素肌にエプロンという格好ながらもミーズは余裕で対応する。それに対して、誠 と菜々美は派手に驚愕狼狽している。 「あらやだ。私ったらこんな格好で…。おほほほほほ」 ミーズはいまさらのように恥らってみせた。 「えーと…。あのー、そのー…。……また来ます…」 誠は回れ右すると、そそくさと立ち去ろうとする。 「ま、待て、誠! 行っちゃあいかん。行っちゃあいかんぞ!」 「はあ…」 藤沢は誠の腕を掴みながら、涙目で誠を引き止める。その表情には危機迫る物が あった。誠は仕方なく立ち止まる。 「あ、藤沢先生。僕ぅ、何にも気にしてませんからね」 「な、何を言っているんだ、誠?」 「あ、私も気にしていませんからね」 「な、菜々美まで…」 「さ、誠君、菜々美ちゃん。私たちに用事があるんでしょ? お茶を飲みながら聞 きましょう」 「はあ…」 この中で、シェーラだけは真剣な顔で誠を見ていた。 誠と菜々美の前に茶がさしだされる。二人はそれを受け取った。 「さ、何の用なの? 何でも聞いてあげるわよ」 「はあ…」 ミーズは上機嫌だ。ちなみにさっきの格好は着替えて、今はいつもの格好になっ ている。藤沢もいつもの格好をしていた。 「誠、菜々美。言っておくが俺とミーズさんはお前らが思っているようなことはし てないからな」 「あら、何を仰いますの、藤沢様。別に気になさることはないんですわよ」 「いや、でも俺には全然記憶がないんですけど…」 「そんなことはありませんわよ。私はしっかり憶えていますとも」 「しかし…」 ミーズはあくまでしらをきっている。アフラはシェーラに耳打ちした。 「見事なしらのきりようでおますな。ミーズの姉はんは大神官より詐欺師になった 方がいいんと違うんやおまへんかな…」 「さあ…」 ミーズと藤沢はえんえんと口論を続けている。藤沢の方が押され気味である。 「藤沢先生…」 「ん、何だ?」 「そんな隠さんでもいいんですよ。僕ちゃんと分かってますさかい。別に変に思っ たりしませんから」 「私もよ。藤沢先生とミーズさんの仲なんだし、それくらいのことやったっていい じゃない。人前でやるのはやめた方がいいと思うけど…」 「いや、だから本当にやっとらんのだ」 「とてもいい子たちじゃないですか。さすが藤沢様の教え子ですわ」 藤沢は必死に食い下がる。しかし話は藤沢の意思とは無関係に進んでいく。 「そ、そうだ。君らさっき部屋に聞き耳をたてていただろう。みんなに誤解だって こと説明してくれよ」 「う、うちらにどすか!?」 アフラとシェーラは仰天する。ばっと見ると、ミーズが怖い目をして二人を睨み つけていた。 「そ、そりゃあ…なあ。その…なっ、アフラッ!」 「うっ、うちどすか!?」 アフラは突然ふられて狼狽する。見るとミーズが何やら目でサインを送っていた。 アフラはその意味を的確に解釈する。 (うっ…。そんな殺生な…) アフラは泣きたくなった。 「そっ…その…。将来の参考になりました…」 アフラは赤くなり、うつむきながら消え入りそうな声で言った。 「ぶっ!!」 藤沢が噴き出した音だ。ミーズが背中をさすってやる。 「ほら。この子たちもこう言ってますでしょ。この子たちとっても正直なんですか ら」 心にもないことを言うので、最後の方は歯が浮いている。シェーラとアフラは顔 がひきっつっていた。 「うう…。俺はもう知らん。勝手にしてくれ…」 藤沢はもうやけくそになってそっぽを向いてしまった。 「で、さっきの続きなんですけど、何の用かしら? 何でも聞いてあげるわよ」 既成事実を作ることに成功し、ミーズは上機嫌だ。にこにこしながら誠たちに話 しかける。 「そう言ってこれると助かります。実は……」 誠は事のいきさつと、頼みごとを話し始めた。 「……という訳なんですが、お願いできませんか?」 「なっ、何ですってえ!?」 ミーズは仰天する。当然の反応だ。 「いくらなんでもそれは無茶よ」 「そうだよ。そんなこと頼むんじゃねえよ」 「大神官をなんだと思っとるんどすか?」 シェーラとアフラも口々に反論する。誠はたじたじになってしまった。 「あー、そこを何とか…。さっき何でも聞くって言ったじゃないですか」 「でもねえ…。それって完全にテロ行為よ」 「はあ…。分かってます。あっ、藤沢先生も頼んでくれませんか?」 「俺か? そうだな…。俺が何もやってないって信じてくれるのなら、頼んでやっ てもいいぞ」 「えっ…。そうですね…。それじゃあ…」 「まーあ、藤沢様ったらまだそんなことを仰いますの? 誠君」 「はい。何でしょう?」 「やってあげるから私の言うことが正しいと信じなさい」 「えっ、ちょっと、ミーズの姉貴。いくらなんでもそれは……分かったよ…」 途中まで言いかけたシェーラだが、ミーズに睨まれてやめてしまった。 「うーん…。どないしよう…」 「誠、頼んでやるから俺を信じろ!」 「やってあげるから私を信じなさい!」 「…どうしよう…。なあ、菜々美ちゃん、どうする?」 「どっちに頼んでもたいして変わらなそうだし、どっちに頼んでもいいんじゃない ?」 事実だ。どちらに頼んでも結果はたいして変わりそうにない。藤沢の頼みをミー ズが断ることはないだろう。 「じゃあどっちに頼む?」 「どっちでもいいんじゃないの?」 「そんなこと言ったって…」 「私を信じなさい!」 「俺を信じろ!」 声のトーンがだんだん高くなっていく。 「まあー、藤沢様はまだそんなことを仰るのですか?」 「だいたい俺はミーズさんが言うようなことをした憶えはありません!」 「でも朝起きた時、二人とも裸だったのは事実ですわ!」 「うっ…。それを言われると弱い…」 藤沢はたじろいでしまった。 「さっ、誠君、どうするの?」 「うーん…。どうしようかなあ…。うーん……」 誠は悩んでいる。究極の選択だ。どっちに頼んでも角がたつ。 「どうするの…?」 「じゃ、じゃあミーズさんにお願いします」 誠はなんとか究極の選択を下した。 「ほーほほほほ。さすが誠君。物分かりがいいわぁ!」 「そ、そんなあ…」 ミーズは歓喜の声をあげる。それとは対象的に藤沢はがっかりする。 「僕だって藤沢先生を信用してない訳じゃないんですよ。でも藤沢先生とミーズさ んの関係なんですから」 「嘘だって言ってんのに…」 「じゃ、じゃあファトラ姫を助け出してもらえますね?」 「任せなさい。きっちり助け出してさしあげますわ!」 ミーズはどんと胸を張った。誠に対して恩を売ることで、藤沢と自分との仲を公 認の完璧な物にするつもりだ。 (これで誠君は私の言うなりね。計画は完璧だわ。誠君、感謝するわよ) たった今即興で考えた“藤沢包囲計画”はタナボタ的に成功しようとしていた。 「さ、あなたたち、さっそく準備を始めるわよ!」 「ちょっと待っておくれやす。うちはまだ協力するとは…」 「アフラ、いい子ね。私はあなたを信じているわよ」 「うぅー…」 ミーズはアフラの耳をつまみあげる。アフラは涙目で黙ってしまった。 「気が進まねえなあ…」 「じゃ、じゃあこれ、王宮の見取図です。たぶんファトラ姫は宰相のクロノドール の事務室にいるんじゃないかと思います。じゃあ僕はルーン王女様と会合に出なき ゃいけないんで、これで失礼します。菜々美ちゃん、後は頼むで」 「うん。分かったわ」 誠は見取図を広げて、宰相の事務室の位置を教えると、部屋から出ていった。 「じゃあお願いね。顔が分からないようにこの覆面をつけて、服もこれを着てね。 で、計画は……」 菜々美は持ってきた衣服や小道具を取り出して見せる。覆面は民芸品のような物。 衣服は地味な戦闘服だ。さらに計画を詳しく教える。それを見てアフラとシェーラ は呆れた顔をした。 「ずいぶんと準備のいいことでんなあ。うちらは便利屋じゃないんどすよ」 「あはははは。全部ルーン王女様の考えたことなの。ごめんね」 「ほんじゃま、やるか…」 シェーラは暴れられるということで多少は乗り気だ。 「さあ、善は急げよ。すぐに出撃よ!」 「いったいこれのどこが善なんでおますか?」 アフラの文句は無視して、ミーズはいそいそと準備を始める。 「あのー、ところで俺はどうすればいいんだ?」 「ああ。藤沢先生も頼むわ。じゃあ、これに着替えてね」 「やっぱし…」 菜々美は藤沢に覆面と衣服を渡した。 「しかしミーズさん。本当にこんなことをしていいんですか?」 藤沢はやはり心配なようだ。これが通常の反応である。 「大丈夫ですわ。きちんと分からないように致しますもの。それに…女は恋のため なら魔物にだってなりますのよ」 「あんさん、魔物でのうて、テロリストや」 アフラの文句は再度無視して、ミーズは一人の世界に浸っている。 「はあ…。ま、とにかく絶対にバレないようにして下さいよ」 「お任せ下さい。これが成功した後には誠君を仲人に、二人で式を挙げましょう」 ミーズはすでに誠は自分の仲間にしてしまったつもりだ。 「へ? それは一体…」 「さあさ、着替えますから、藤沢様はあちらのお部屋に。…逃げてはだめですよ」 「はあ…。じゃ、すみません」 (それにしてもよく了承してくれたもんだわ。絶対に断られると思っていたのに…) 菜々美にはなぜこんな無茶な計画をミーズたちが了承してくれたのか、知る由も なかった。