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第6章 謎の刺客
「あのような小娘に王位をかすめ取られるなど、私には許せんことだ。お主もそう は思わんか?」 「しかし…。いくら若いとはいえ、リース様は紛れもなく王女であり、先代の王、 ゼメキス様の娘。黙って受け入れるのが筋という物ではないのか?」 カナンは困った顔をしながら言う。それに対してクロノドールは強気だ。 「しかし母親はあのルルシャだぞ。あんな成り上がり娘の、しかもほとんど事故同 然に産まれた小娘にしてやられるとは…」 「しかしどのような経緯があろうと忠義を尽くすのが我々の務めではないのか?」 「我々の立場はどうなる? せっかく今までかき集めてきた利権は? あの小娘、 官僚を再編成するつもりだぞ。場合によっては我々が放り出されることになる」 「まさか…」 「いや。それで私はそれを阻止するためにいろいろやっている。お主も協力せんか ?」 クロノドールはなおも強気に言う。カナンは難しそうな顔をしている。 「……考えさせてくれ…」 「よい返事を期待しているぞ」 カナンは去っていった。ちょうどそれを待っていたかのようにニーナが現れる。 実際、話が終わるのを待っていたのだろう。彼女は相変わらず事務的な態度と表情 でクロノドールに話しかける。 「クロノドール様、例の偽物はクロノドール様の事務室に入れてあります」 「うむ。そうか。御苦労。ところでさっきカナンと話していたのだが…」 「何ですか?」 「本当に大丈夫なのだろうか…。私自身、不安になることがあるのだが…」 クロノドールは気弱そうに言う。しかしニーナはぴくりとも表情を変えない。 「何を仰います。リース王女を亡きものにし、その後にあなた様が王位を取る。計 画は完璧です」 「しかし現に関係者の暗殺に一人失敗しているではないか」 「その程度のことでは計画に支障は生じません」 「どうだか…。とにかくきっちりやるのだぞ。お前の立てた計画だ」 クロノドールはニーナに向かって人差し指を突き出して言った。 「はい。それでは私は仕事がありますので」 ニーナは一礼すると去っていく。 「まったく…。うまいこといってくれるといいのだが…。それに官僚連中の交渉も 進めなければ…」 クロノドールは廊下から自分の事務室へ入っていった。 部屋はかなりの広さがある。精密な刺しゅうが施された絨毯、びいどろでできた 置物、豪奢な壁飾り、圧倒するような天井、どれもが一級品だ。そして部屋の中央 より少し奥、ステンドグラスから洩れる光に照らされて、見るからに高級な椅子に 座った一人の若い女がいた。品のよい顔つき、長い漆黒の髪は色つきの光に照らさ れて微妙なグラデーションを描いている。服装はというと、品よくまとめられてい るが、この豪奢な部屋にはやや不釣り合いだった。しかしそれ以上に不釣り合いな のは、彼女の手にはめられている手かせだろう。これさえなければまさにそこは絵 に描いたような瀟洒な光景だった。 「ようこそ、ファトラ王女。私はこの国の宰相、クロノドールにございます」 部屋の主、彼。口調は丁寧だが、態度は威圧的だ。お辞儀もせず言った。 「うむ。よきにはからえ」 拘束された女、彼女。それに負けず、ファトラも皮肉たっぷりに言う。 「これはこれはご丁寧に。ではまず名前を聞こうか?」 部屋の中にはクロノドールとファトラだけがおり、他には誰もいない。ファトラ は椅子にくくりつけられており、クロノドールはファトラのまわりをまわって彼女 を観察する。 「はっ! わらわが偽物だということはちゃんと分かっておるのだな」 ファトラはわざと大げさに言う。 「当たり前だ。だから捕まっておったのだろが! 名前を言え!」 「その前にこれを取ってはくれぬか?」 ファトラは両手を差し出しながら言う。彼女の両手には手かせがはめられていた。 「それをつけていた方がお美しいですぞ」 椅子に座りながら、クロノドールは皮肉をこめて言う。 「変態め…」 ファトラは嫌味な目でクロノドールを見る。 「さっさと名前を言え。お前のその体を切り刻んで、堀の魚の餌にすることくらい、 私にとっては造作もないことなのだぞ」 「ふん。わらわの名か…。わらわの名はシャノンじゃ」 ファトラは適当な偽名を即興で作った。 「ふむ。では誰に頼まれた? 何の目的で忍び込んだ?」 「別に。単なる観光じゃな」 ファトラは自信たっぷりに言う。 「何をバカな。本当の目的を言え」 「そうじゃなあ…。変装するのが趣味なのじゃよ…」 ファトラは馬鹿にしたような目でクロノドールを見た。 「スパイか何かか…。では誰に頼まれた?」 「単なる個人的趣味じゃ」 「ゴロツキか? たまに見かけるが、ああいった連中はどうしようもない奴らばか りだぞ」 「わらわをそういった連中と一緒にしないで欲しいな」 「どうだか。ではお前は誰かに頼まれたという訳ではないのだな?」 「そういうことになるかな?」 「そうか…」 クロノドールはファトラを見ながらいろいろ考える。最大の問題はファトラを信 用することができるかだ。 (おそらくはゴロツキの一種だろう。スパイであるならば王族などに変装などはし ないはず…。こういった連中はそれほど珍しくはない。金でどうにでもなる連中だ …) クロノドールは見下したような目でファトラを見た。 「ところでお前、小遣いは欲しくないか?」 「愛人なら御免じゃな」 ファトラは吐き捨てるように言う。 「そうではない。私に仕えないかと聞いておるのだ」 「わらわなんぞを雇ってどうするつもりじゃ?」 「だいたい想像がつくだろう。本物のファトラ王女の偽物となり、戴冠式の際、こ の国のリース王女を暗殺してもらいたい」 クロノドールは威圧感たっぷりに言った。 「これは聞き捨てならんな。そんなことを言って、わらわがどこかの国のスパイだ ったらどうする?」 ファトラは薄く笑いながら、軽く受け流す。 「その心配はない。王族に化けるスパイなど聞いたことがないし、お前が捕まる原 因になったミスはバカそのものだぞ。お前はそこらのゴロツキだろうが。もしスパ イだったとしても、私が手引きしたという証拠がない。いくらでもシラを切れるわ」 「悪かったな」 ファトラは気を悪くしながら言った。 「どうだ。やってみんか? もっとも断ったら死んでもらうことになるが…」 「いくら出す?」 「一万エランディル」 「まあまあじゃな。しかし暗殺を請け負うには安すぎる」 ファトラはバカにした口調で言う。 「一万三千出そう」 「二万出してもらおうか」 「二万!?」 「それ以上は負けられんな」 クロノドールはファトラを睨みつける。しかしファトラは不敵な笑みを浮かべた ままクロノドールを見ていた。 「ぼったくりめ。まあいい。それだけ似ているのだしな。二万出そう」 「気前はなかなかいいな。商談成立じゃ。縄をほどいてくれ」 ファトラは再び手を差し出した。 「よかろう」 クロノドールは立ち上がり、ファトラの縄をほどいてやった。 「これはどうも」 ファトラは椅子から立ち上がり、手首などを確認しながら言う。 (こいつ、とんでもないことを考えておるな。他国のことではあるが、無関心では おれん。早い内に摘み取ってしまうべきか…) ファトラはクロノドールを盗み見ながら考える。クロノドールは危険人物だ。 「ふん。よし。それではさっそく打ち合せを行う。まずは詳しいことをこいつから 聞き出すのだ」 クロノドールは立ち上がると、隣の部屋の扉へ歩いて行く。そうして懐から鍵を 取り出すと、扉の鍵穴に突っ込み、回す。かちりと音がし、扉が開かれた。 「さ、出て来い。新しい仲間だ」 「はぁい…」 (んっ、この声は…) 隣の部屋から聞こえてきたその声はファトラには聞き覚えのある物だった。その 人物はそろそろと部屋から出てくる。そして彼女はファトラの存在に気がつくと歓 声をあげた。 「ファトラ様ぁ!」 「ア、アレー…。い、いや、わらわはそなたなんぞ知らんぞ」 部屋から出てきたのはアレーレだ。ファトラは一瞬目を疑ったが、間違いなく彼 女だ。アレーレはだっと駆け出してファトラに抱きついてくる。 「何言ってるんですか。アレーレじゃないですか」 「わらわはファトラではない。人違いじゃ」 ファトラはアレーレを離し、動揺を押さえながら言う。 「そんな。嘘ですよ」 アレーレは自分の言に絶対の確信を持っている。 「嘘ではない。そいつは偽物だ」 クロノドールはアレーレの反応に満足しながら言う。 「えっ、嘘ですよ。この人はファトラ様です!」 「違う。わらわはシャノンじゃ」 「シャノン?」 その名前を聞いてアレーレは怪訝な顔をした。 「それってファトラ様の愛人の名前じゃあ…うっ、むぎゅう!」 ファトラは慌ててアレーレの口を手で塞さぎ、そっと耳元でささやいた。 「正体を隠しておるのだ。わらわにあわせろ」 「すっ、すみません…」 ファトラはアレーレの反応を確認すると、アレーレを離してやった。 「で、こいつでどうしろというのじゃ?」 「こいつは昨日私の部屋のあたりをうろうろしておってな。こともあろうに計画を 聞かれてしまった。それでやむなく捕まえたのだ。すぐに殺そうかとも思ったのだ が、リース王女の暗殺をやらせようと思ってな。そうしてそこへお前が捕まって来 た。どうせやるなら王女がやった方がスキャンダルになる。アレーレは本物のファ トラ王女の愛人だそうだ。お前にはアレーレと協力してリース王女の暗殺を行って 欲しい」 「スキャンダルにしてどうするつもりじゃ?」 「知れたこと。これを口実にロシュタリアに攻め込むのだ」 クロノドールは自信たっぷりに言った。 「えーっ、それはまずいですよぉ!」 「ほほう。戦争をやる気か?」 ファトラはアレーレを撫でてやりながら、面白そうに言う。 「リース王女が死に、あと何人かが死ねば私に王位継承権が廻ってくる。その暁に はロシュタリアに侵攻し、我がエランディアが首長国となる」 「たいした計画じゃな」 「さっきも言った通り、お前にはリース王女を暗殺して欲しい。アレーレはロシュ タリアの関係者だし、暗殺に使うことは難しいからな。その点、お前は大丈夫だ」 「わらわなら、金でどうにでもなるという訳か…」 「その通り。ファトラ王女に関する情報についてはアレーレから聞き出すように。 なかなか口を割らんようなら薬も用意してある」 そう言ってクロノドールは机の上に載せてあった小箱を開ける。中には黄褐色の 粉末が入っていた。 「よく効くぞ…」 「それは必要ない。聞き出す程度のこと、どうにでもなるわ」 「それは頼もしい…」 「ファトラ様ぁ…」 アレーレは悲しそうな目でファトラを見る。ファトラはアレーレをそっと抱いて やった。 (これはもうほおっておく訳にはいかんな。即刻計画を暴いて失脚させるなり、殺 すなりしなければ…) ファトラはクロノドールを破滅させる方法を色々考え始めた。 刹那……。 突然部屋の外が騒がしくなってきた。それはだんだんこちらの方へ近づいて来る。 「んっ、なんじゃ?」 「どうした。騒がしいぞ」 クロノドールは部屋の扉の方へ歩いていく。彼が扉を開けようとするよりも早く 扉は蹴破られた。豪音と共に破片が散らばり、クロノドールはそれと一緒に撥ね飛 ばされる。 「うわああぁぁっ!!」 「な、なんじゃあ!?」 瓦礫を蹴散らしていくつかの人影が入ってくる。彼らは戦闘服に身を包み、顔に は覆面をしていた。 「なっ、こいつら、テロか!?」 「きゃあああぁぁっ!!」 アレーレが悲鳴をあげる。その悲鳴が目印となったのか、覆面たちはファトラと アレーレの姿を見つけると、二人の方へ近寄ってきた。 「なっ、何をするか!?」 「やっ、やめて下さぁい!」 彼らの内一人がファトラの腕を掴み、さらにもう一人がアレーレの腕を掴む。そ うして強引に連れ去ろうとした。 「ええい、曲者だ! であえ! であえ!」 ようやく起き上がったクロノドールが絶叫じみた声をあげる。しかしなかなか警 備の兵は来ない。どうやらすでに覆面たちによって倒されてしまった後のようだ。 「ええい、離せ!」 ファトラは自分の腕を掴んでいる腕を強引に外すと、その相手に背負い投げをか けた。相手の体は宙を舞い、床に叩きつけられる。 (いったいこれはどうしたことじゃ? 何者かがクロノドールを暗殺しに来たのか !? いや、しかしわらわを連れ去ろうとした…。これはいったい…。…ひょっと して姉上の差し金か!?) アレーレはすでに部屋の外へ連れ去られている。残りの覆面たちはファトラを取 り囲むようにして集った。ファトラは彼らに睨みを利かせながら、仁王立ちになっ ている。 (まずいな。今連れ出されたらクロノドールの計画を暴くための証拠がなくなって しまう。説明するにもクロノドールがいるし、ここは抵抗するしかないか…) ファトラは覆面たちに向かって身構えた。とっさに覆面たちも身構える。 「おお、シャノン、お前武術の心得があるのか!?」 「多少はな…」 ファトラは唇を唾液で濡らした。覆面たちは業を煮やした様子でファトラに躙り 寄る。 「とわあっ!」 ファトラは彼らの中から一人選んで飛びかかった。揉み合う形になり、勢い余っ て二人とも転倒する。さらに床の上で数回転した。ファトラは相手の頭を引っ掴ん で自分の方に引き寄せると、耳元でささやいた。 「今は戻ることはできん。連れ出さんでくれ」 それだけささやくと再び相手を撥ねのける。 その瞬間…。 いきなり何かが破裂するような音がしたかと思うと、クロノドールの胸から鮮血 がほとばしった。 「うっ、ぐああぁぁ…」 クロノドールは手で傷口を押さえるが、絞り出すような呻き声をあげながらがっ くりと床に膝をつくと、前に倒れ込む。 「クロノドール!! …暗殺か!? するとこいつらは一体…」 クロノドールの周りの絨毯が血に染っていく。おそらくは助からないだろう。フ ァトラは覆面たちを睨みつけた。覆面たちはかなり動揺した様子でお互いに何やら 少しばかり話し合うと、逃げていった。 後にはファトラと仰向けに倒れたクロノドールだけが残る。 「あいつら何だったんじゃ…。姉上がわらわを連れ出すために差し向けた連中だと 思ったんじゃが…。アレーレが心配じゃなあ…」 ファトラは床の上に倒れたクロノドールの方へ歩いていく。そのあたりはすでに 血の海になっていた。 「これはもう助からんな。即死状態じゃ」 ファトラはクロノドールの死体を足で小突いた。 「ま、クロノドールも死んだことだし、わらわも帰るか…」 ファトラはクロノドールの死体を一瞥すると、それをまたいで部屋の出口の方へ 歩いていく。 「待て…。どこへ行く?」 「!?」 ファトラの後方で声がした。とっさに振り返ると、クロノドールが床に手をつい て起き上がろうとしている。 「なっ、クロノドール…。生きておったのか…」 「この程度で死ぬものか…。さすがに気分は良くないが…」 クロノドールは完全に立ち上がると、自分の身なりを確認し始める。服は血でベ トベトでひどい有様だ。さすがのファトラも立て続けに起こる突発的出来事に狼狽 する。 「怪我はどうしたのじゃ? かなりの重傷だと思うのじゃが…」 「普通ならな…。しかし私は特別だ…」 クロノドールは意味ありげに言った。 「特別? 何が特別なのじゃ? 怪我がすぐに直るとでも言うのか?」 「その通り」 「まさか。冗談を言うでない」 「お前は知らなくていいことだ」 「…………」 ファトラは気を悪くしてクロノドールを睨みつける。クロノドールはそれを見て してやったりというふうに笑った。 「クロノドール様! 無事でございましたか!」 ちょうどその時ニーナが入ってきた。彼女は大袈裟に取り乱している。それに続 いて何人かの兵士が慌ただしく入ってきた。 「おお、ニーナ。運のいいやつめ。一諸におったら撃たれていたところだぞ。私は 無事だ」 「そうですか…。それはようございました」 ニーナはすでにいつものような事務的な態度に戻っていた。クロノドールの服に ついている血のことはあまり気にしていないようだ。返り血を浴びたと思っている のだろう。 「それにしてもあいつらは一体何だったのだろうか…」 「クロノドール様のお命を狙うテロリストではありませんか?」 「いや、あいつら、アレーレを連れ去ったし、シャノンも連れ去ろうとした。それ だけが腑に落ちん」 「理由が分かりませんね」 「うむ。しかし一体どういう警備をしておるのだ。戴冠式へ向けて警備を強化して いるのではなかったのか?」 「それについては警備担当の者へよく言っておきましょう」 「うむ。それと部屋がメチャメチャになってしまった。新しい部屋を用意しろ」 「分かりました」 クロノドールの事務室は扉が破られたり、ファトラが乱闘したり、クロノドール が流した血などで散々な有様となっていた。 「ところでわらわなのじゃが…」 それまで二人の話を聞いているだけで、何もしていなかったファトラだが、無視 されているような気になったので自分から話しかけた。 「おお、シャノン。お前も無事だったか」 クロノドールは思い出したように話す。 「まあな」 「そういえばお前、今の連中に心当たりはないのか?」 「何も。心当たりはないな」 ファトラ自身、自分を連れ戻しに来た連中だということに自信がなかった。クロ ノドールを暗殺しようとした理由が分からない。それともすでにルーンがクロノド ールの悪事のことをつかんでいたのかファトラには見当がつかなかった。 「そうか。まあいい。しかしアレーレがいなくなってしまって、本物のファトラ王 女に関する情報が得られなくなってしまったな」 「大丈夫じゃ。何とかなる」 「だといいのだが…」 「では本物のファトラ王女とのすり替えをしよう」 おかしなことが続けて起きるので、ファトラはできるだけ早くクロノドールの悪 事を暴きたかった。これ以上妙なことが起きてはたまったものではない。 (誠を本物のわらわということにしておいて、王族誘拐の罪で破滅させてやるわ) 「何をせっかちな。すり替えはリース王女を暗殺する直前に行う。そうしなければ 正体がバレる可能性が高くなるだろうが」 クロノドールはファトラを諭すように言った。 「大丈夫じゃ。心配するな」 「常識的に考えろ。暗殺以外に余計なリスクを負ってどうする」 「それはそうじゃが…」 さすがに反論できずにファトラは肩をすくめてしまった。 「いいじゃないですか。やらせたらどうですか?」 「!?」 ニーナの申し出にファトラは驚いた。普通なら考えられないようなことだ。 「お前まで何を言うか。やめておけ」 「しかしあらかじめすり替えておけば計画に変更があった時にスムーズにいきます よ」 「それはそうだが…」 「私はあらかじめすり替えておくことをお勧めしますが…」 ニーナはあくまであらかじめすり替えることを勧める。ファトラはやや不審に思 った。 「……よし。ニーナがそう言うのならそうしよう」 クロノドールはしばらく考え込んだ後、ニーナの案を受け入れることにした。 「分かりました」 ニーナは相変わらず無表情に答えた。 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 「まったく冗談じゃねえよ」 「ほんにどすな」 シェーラたち及び藤沢は結局ファトラを強奪できず、偶然見つけたアレーレを連 れて逃げていた。今ちょうど建物から出て、王宮内にある林へ走っている所だ。後 方からは大勢の兵士が追い掛けてきている。 「ああん、お姉様あ。無理失理強奪するなんて、アレーレクラクラきちゃいますぅ。 まるでお姫様を助け出す王子様のようですね(ハァト) これって運命の出会いなのかも …」 「気色の悪いこと言わんでおくれやす。それにうちは女どす」 アレーレを連れ出してきたのはアフラだった。おかげでアフラはすっかり気に入 られてしまっている。 「さっ、あそこに逃げ込むわよ!」 「おうっ!」 シェーラたちは林の中へ逃げ込んだ。中では菜々美が待機している。 「さっ、速く!」 林の中でシェーラたちは素早く変装を解く。アフラはアレーレを木の陰に隠した。 「待てえっ!」 その直後、兵士が林の中にまで入ってきた。 「賊はあちらへ逃げましたわ。私たちも追いかけます!」 「おお、これは大神官の方々! これはかたじけない!」 ミーズたちは兵士と一諸に走り始めた。もっともどんなに追いかけたところで賊 は捕まる訳がないのだが。 そうして彼らはどこかへ行ってしまった。 「どうやらうまくいったようね。後は問題ないわ」 「あのー、一体どうなってるんですか…?」 菜々美とアレーレ、藤沢は大神官たちと兵士たちの後を見送りながら林から出て きた。 「あら、アレーレじゃない。あなたいたの」 「アフラお姉さまに連れてこられたんです」 「じゃああなたも宰相の所にいたの?」 「はい」 「あー、もう。俺は知らんぞ」 「大丈夫よ。バレっこないわ」 「そうか…?」 「じゃあ私たちも帰りましょ」 「ねえ、ちょっと、ファトラ様は?」 「えっ、ファトラ姫は…いっ、いない! ちょっと、ファトラ姫、いないの!?」 菜々美はあたりを見回してみるが、ファトラの姿は見当たらない。 「ああ、ファトラ姫なら本人が助けて欲しくないとかで、助けなかったんだ」 「えーっ! それじゃあ意味がないじゃない!」 「いや、実は他にもいろいろあってな。後でみんなと一諸に話すよ」 「そう…? じゃあとりあえず帰りましょうか」 どうも腑に落ちない菜々美であったが、とりあえずみんなで帰っていった。 「ところで、宰相が銃かなにかで撃たれたでしょ。あれ誰が撃ったの? 計画には なかったはずよ」 「うちは知りまへんな。シェーラがやったんと違いますか?」 「何でだよ。あたいだって知らねえよ」 大神官たちはあれからさんざん賊を探し回り、結局見つからずに戻ってきたのだ。 もっとも探したといっても、見つかるはずがない。くたびれただけだった。 今ちょうど菜々美に事情を説明し終わった所だ。 「それよりも、ファトラ姫は今はだめだとか言っていたけれど、一体何なんでだろ うな?」 「そんなことうちが知る訳ありまへんがな」 「ああ、それ何ですけど」 「おう、アレーレ。お前なんであんな所にいたんだよ?」 「そのー、昨日ファトラ様を探してあっちこっち歩き回ってたんですけど、そうし たらあの人たちが何か話している所に出くわしちゃったんです。それであの人たち 私のこと見つけたら凄く怒って、私のこと捕まえちゃったんです」 アレーレはしんみりと言った。 「むやみにあっちこっち歩き回るからよ。それであなたは他に何か知ってるの?」 「はい。宰相はファトラ様をファトラ様と入れ換えるつもりなんです」 「ちょっと待ちなさい。意味が分からないわよ! きちんと話しなさい」 アレーレの説明は訳が分からない。菜々美がアレーレをどやした。 「ええとですね。正体を隠しているファトラ様、シャノンて名乗ってるんですけど、 その人と誠様が化けているファトラ王女とを入れ換えるつもりなんです。それで戴 冠式の時にリース王女をシャノンに暗殺させるつもりなんです」 「な、なんですと!? それは一大事やおまへんか!」 「ええ。そうですね」 アフラが取り乱すのた対して、アレーレは平然としている。意外と大物なのかも しれない。 「そうですねって…大変じゃない」 「大丈夫ですよ。ファトラ様が何かするつもりみたいですから」 「それで連れ戻して欲しくないって言ったのね。あっ、でもそうするともし入れ換 えが行われたら、誠ちゃんが大変じゃない! 誠ちゃん、命狙われてんのよ!」 「そうだ! 入れ換えたら誠の命が危ないかも…」 それまで口をつぐんでいたシェーラだが、突然口を挟んだ。 「あーん、何でこんなことんなっちゃうのよお!」 「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! とりあえずルーン王女様に今までの ことを全部話さないと」 「ルーン王女様は誠ちゃんと一諸に会合に行ってるわ。ああっ、じゃ誠ちゃんが危 ないかも!」 「すぐに知らせるわよ! 菜々美ちゃん、会合が行われている場所は分かる?」 「はい!」