EVANGELION Another World #25A.
第弐拾五話
A part.

「終わる、世界」

[||]

 
 
 シンジは病院が嫌いだった。しかし、第3新東京市に来てからは、以前からは考えられないぐらいに病院の世話になっていた。それはシンジの置かれた過酷な状況を定量的に示すものだった。彼にとって病院の天井は、もう見知らぬ物ではなくなっていた。
 シンジは病室の扉の前に立っていた。扉の横の名札には、「鈴原トウジ」と書かれていた。
 シンジは思い切ってドアをノックした。
「開いとるで」
 その声を聞いたシンジは病室に足を踏み入れた。
「シンジやないか!久しぶりやなあ」
 ベッドの上に起き上がって雑誌を広げていたトウジは、入ってきたシンジを見ると嬉しそうに言った。
「…うん。トウジも、元気そうでよかった」
「なに突っ立っとるんや、はよこっち来て座れや」
「うん」
 入り口に立ったままのシンジに向かって、トウジは椅子をすすめた。シンジは、すこしためらいつつも言われた通りにベッドサイドの丸椅子に腰掛けた。
「あ、これ…お見舞い。食べられる物の方がいいと思って」
 シンジはそう言って小さなケーキの箱を渡す。
「おー、ありがたい! なんか、やたらと検査やら食事制限やらでうんざりしとったんや」
「検査って、どこかまだ悪いの?」
「いや、もうどこも悪いことあらへん。もうリハビリも始めとるしな」
「リハビリ…」その言葉を聞いて、シンジは恐る恐るトウジの左足のあるはずの場所に目をやる。
 そこには、なにも無かった。
「…あんま見栄えのいいことあらへんけどな。ま、これだけで済んでよかったわ」
 シンジの視線に気付いたトウジが言う。
「…僕は、謝らなきゃいけないと思って…」
「謝るって、何や?」
 シンジはうつむいてぽつりぽつりと話し始めた。
 松代の第2実験場の爆発のこと、参号機が第十三使徒とされたこと、三機のエヴァが迎撃に出たこと。アスカのこと、レイのこと、シンジ自身のこと、そしてダミープラグに操作された初号機が、エントリープラグを握り潰したこと。
「…あのとき、初号機には僕が乗っていたんだ。それなのに、トウジをあんな目にあわせちゃって…許してなんかもらえないだろうけど、一言謝っておきたくて…」
 トウジは黙って聞いていた。彼は自分の怪我の原因をシンクロテスト中の暴走事故と説明されただけで、詳細を聞くのは初めてのことだった。
「シンジ、惣流と綾波に謝っといてくれ。三号機でどついて悪かった、ってな」
「…え?」
 シンジはトウジが何を言っているのかわからなかった。
「だから、三号機でどついて悪かった、や」
「…あれは使徒がやったことなんだ。トウジが謝ることないよ」
「ワシの入ったエントリープラグをつぶしたんは、そのダミープラグとかゆう欠陥機械なんやろ。シンジがあやまることあらへん」
 そう言ってトウジは裏拳でシンジの胸を叩く。
「シンジが悪いことあらへん。それは間違いない」
「…ありがとう」
 シンジはやっとの思いで、それだけを口にした。
 トウジは視線を窓に移すと、静かに話しはじめた。
「…わいがエヴァに乗ったのは妹のためや。妹をもっといい病院に移してくれることが、わいからの条件やった。…シンジは、なしてエヴァに乗るんや?」
「…父さんのためじゃない。使徒を倒すのが目的でもないんだと思う。僕にはしなきゃいけないことがあるはずなんだ。でも、今はそれが何かわからない…」
「そか…。わいはリタイアしたけどな、センセの肩には世界の命運がかかっとんのや。自信もちなはれ、シンジにできへんのなら、だれにもできやせんのやから」
「…うん」
 病室に沈黙が流れる。しかし、それは張り詰めたものではなかった。
 ノックの音と共にドアが開き、ヒカリが花束を持って入ってきた。
「鈴原、元気にしてる…碇君?」
「洞木さん…」
 シンジは思いがけない人物の登場にあっけにとられる。
「えと、あの、その…違うんだからね!これは委員長として公務で…」
 ヒカリは耳まで真っ赤になってしどろもどろに答える。
「アスカが、花をありがとう、って。喜んでたよ」
 シンジはヒカリの取り乱しかたを不思議に思ったが、そのことはそれ以上追求しなかった。
「アスカ、まだ悪いの?」
「昨日退院したけど、しばらく自宅療養なんだ。また顔を見にきてやってくれないかな」
「うん、今度お見舞いによらせてもらうわ」
 ヒカリの言葉を受け取るとシンジは椅子から立ち上がった。
「もう行くんか」とトウジ。
「うん、訓練があるから」
「そか。気をつけてな」
「ありがとう」
 シンジはそう答えて病室を後にした。トウジと話をしたことで、心の中でつかえているものが、すこしだけ小さくなったような気がした。

〈世界の命運か…〉
 シンジはエントリープラグの中でトウジに言われたことを思い出した。
 いつものハーモニクステスト。しかしシンジの左側のプラグに、アスカの姿はなかった。
〈結局これに乗ってる…僕は、何をしなければいけないんだろう〉
 シンジの脳裏に、畑に水をまく加持の姿が浮かんだ。
〈後悔しないように、か〉
『テスト終了します。ご苦労様!』
 マヤがテストの終了を告げる。シンジの思考はそこで中断された。
 エントリープラグから出ると、同じくプラグから出てきたレイがいた。うつむいた姿の髪から、LCLが水滴となって落ちる。
 シンジの視線に気付き、レイがシンジの方へと振り向く。その姿にターミナルドグマで見た光景がかぶさる。
 シンジはレイと視線を合わせることができなかった。

「この地下の薄明かりで、よくここまで育てたものね。」
 ミサトは目の前に広がるスイカ畑を前につぶやいた。
 ジオフロントの照明は地上の各所に建てられた巨大な集光タワーから光ファイバーで運ばれる光に頼っていた。伝送時のロスを最小とするためのシステムではあったが、集光タワーの絶対数が十分とはいえず、地上で太陽が南中する時刻でも十分に明るいとはいえない。そしてその時間をはずれると、夕焼けのような薄明しか得ることはできなかった。
 ミサトは傍らに置かれていたブリキのじょうろを手に取ると、スイカに水をまきはじめた。
 スイカの表面を水滴が流れ落ちる。その様子をぼんやり眺めていると、ふとターミナルドグマで見たものを思い出す。
 人類を破局から救うための組織、ネルフ。それはあの地下の凶々しいものに頼って成立している。
〈狂ってるんだわ、みんな〉
 ミサトは襟の階級章を重く感じる。
「私も、その中にいるのね…」そう呟き、足元に視線を落とした。
 ふと、視線の先に白い蕾を見つける。ミサトはじょうろを置くと、その前にかがみ込んだ。
「花…明日には咲くかしら」そう言ってミサトはふと気付く。
〈明日、か…彼が見ていたものは、これなのね〉
 その白をじっと見つめる。その目の端が光る。
「私は、どこに行こうとしているのかしら」
 ミサトの後ろで、木の枝を踏む乾いた音がした。反射的にミサトはショルダーホルスターに右手をやる。
「葛城三佐、こんなところにいらっしゃったんですか」
 現れたのは日向だった。
 ミサトは銃から手をはなすと、外向けの顔を取り繕った。
「日向君か、脅かさないでよ」
「すみません…葛城さんの隠し農場ですか?」
「まさか、加持君のよ」
「加持さんの…ですか」
 その名を聞いた日向は複雑な表情を見せる。
「なっさけない顔ねー。そんな顔じゃあ、勝てる戦も負けるわよ」
「作戦立案中です。猪突猛進だけが戦い方じゃないですし」
「わるかったわね、猪突猛進だけの指揮官で」
「あ、いえ、そういう意味では…失礼しました!」
 日向がしゃちほこばって敬礼する。その姿を見てミサトはつい失笑する。
「いいわ。いい作戦ができたら教えて。…それで?」
「あ、はい、香港経由の最新情報です」
 日向は持ってきたファイルをミサトに手渡す。
「エヴァ伍号機から拾参号機、稼動目前…いくらなんでも早すぎない?」
「ええ、相当な無茶をしているようです。それと、未確認なのですが…」
「何?」
「数日中に伍号機の起動試験が行われるという情報があります」
「まさか、搭乗者がいないわ」
「ダミーを使用するのでは? 赤木博士が行方不明なこともありますし、作戦部には秘密で起動試験を行う気ではないでしょうか」
「ダミーシステム…」
 ミサトの脳裏に水槽の中で崩れ落ちるレイの姿をしたものの光景がよみがえる。
「それは無いと思うけど…」
 そう言ってからミサトは一つの可能性に思い当たる。
〈まさか、フィフスのダミーを!〉
「なにか、思い当たることでも?」
 厳しい顔で黙り込むミサトに日向が尋ねる。
「ヤバイ話ね…四号機の二の舞いじゃあ、済まないかもね」
 ミサトの言葉に、日向は絶句する。
「この件は引き続き調査して。稼動試験の日時を推定して現場を衛星から定点観測。ただし、諜報部には極秘でね」
「わかりました」
 そう答えて、日向は足早に立ち去った。
「始まりの終わり、それとも終わりの始まりかしら…」
 一人残されたミサトは、白い蕾に聞かせるようにつぶやいた。

 リツコは暗い部屋に拘束されていた。壁面に巨大なネルフのエンブレムが輝く。彼女は部屋の中に置かれた椅子に座り、深くうなだれていた。
 リツコの後ろに音もなくゲンドウの姿が現れた。暗い部屋の中に、リツコとゲンドウの姿の周囲にだけが明るく照らされた。
 リツコは、そこにいるのはゲンドウではなく、彼の映像であることを知っていた。
「碇司令…」
 リツコはゲンドウの映像に背を向けたまま彼に語りかけた。
「…猫が死んだんです。おばあちゃんのところに預けていた…ずっとかまっていなかったのに、突然、会えなくなるのね。…もう二度と」
 時計の秒針がゆっくりと一周する。ゲンドウはリツコの言葉に答えなかった。彼女も答えは期待していなかった。ただ、待っていた。
「なぜ、ダミーシステムを破壊した」
 ゲンドウがその重い口を開いた。
「ダミーではありません。私が破壊したのはレイ、あの人形です」
「…今一度問う。なぜだ」
 感情を殺し、あくまでも冷徹なゲンドウの言葉に、リツコは自分のの感情のバランスが崩れてゆくのを感じていた。
「あなたに抱かれても、うれしくなくなったから。…私の体を好きにしたらどうです? あのときみたいに!」
「君には失望した」
「失望? 最初から期待も望みも持たなかったくせに! 私は私です、計画通りに動く駒ではないわ! あなたは…私にはなにもくれなかった! 私には…なにも…」
 リツコはうつむいた姿勢のまま叫んでいた。彼女の目から落ちた涙が、床に光の模様を造る。
 ゲンドウの姿が、なにも答えないままに消える。部屋にはリツコの鳴咽だけが残された。
「…どうしたらいいの…母さん…」
 リツコは、いつも彼女の前を歩いていた母へと問い掛けることしかできなかった。

 発令所は混乱していた。
 緊急事態発生のサイレンが響き渡り、慌ただしく人が動き回る。
「第1支部、通信途絶! すべての回線が繋がりません!」
「ドイツ第3支部にて重大事故発生! 指揮系統が混乱しています」
 扉が開き、ミサトが飛び込んできた。
「状況は?」
「アメリカ第1支部通信途絶、もう二十四分も沈黙したままです。ドイツ第3支部、イギリス第5支部にて重大事故発生の模様。詳細はつかめていません」日向が簡潔に報告する。
〈今度も間に合わなかったか…〉
 ミサトはいつも後手にまわる自分の状況に苛立つ。
「まずいな」冬月がゲンドウに言った。
「ああ、最悪の事態と言っていいだろう。老人達には気の毒なことだ」
「明日は、我が身だがな」
「ロシアとフランスに状況の確認を取れ。おそらく同様の事態だろう」
 ゲンドウが指示を飛ばす。
 端末と格闘していた青葉が顔を上げる。
「ロシア、フランス共に信号の受信確認は帰ってきますが、連絡がとれません。おそらく、なにかのトラブルではないかと…」
「やはりな」と冬月。
「使徒?」ミサトが問う。
「第1支部との通信記録をマギが解析中ですがその徴候はみられません。これが使徒の仕業なら、その存在を探知する前に一撃でやられたことになります。考えられません」とマヤ。
「だめです、北米大陸への回線はすべて途絶。海底ケーブルも、バックアップの衛星回線もすべて繋がりません!」日向がそう報告する。
「国連軍に偵察機の出動要請。目標は北米大陸ネルフ第1支部。現在北米大陸上空に衛星はいるか」
 ゲンドウが指示する。
「現在上空にいるはずの第8サーチは応答無し。あと二分で第16サーチの視界に入ります。第3サーチの軌道修正完了、五分後からフォロー開始」青葉が答えた。
 正面のスクリーンに第16サーチからの映像が写し出される。衛星の移動と共に丸い地平線から北米大陸の姿が現れるはずであった。しかし、そこには一面の雲に覆われて地表の様子はまったく見ることができなかった。
「おかしいな…大陸全体が雲に包まれるなんて…」と日向。
「第3サーチ、フォロー開始。レーダー画像に切り替えます」
 青葉がそう報告し、スクリーンの表示を切り替える。二つの衛星からのレーダーによる地表走査のデータを、マギが三次元映像としてスクリーンに映し出す。
 そこには無数の小さな島が点在しているだけだった。
「そんなことが…」ミサトがスクリーンを見上げて呆然とつぶやく。その映像に発令所は静寂に包まれた。
 北米大陸は、地球上から消えていた。

 作戦室の床にワイヤーフレームで描かれた地図が立体映像で表示されていた。北米大陸のあったはずのその場所は円形に大きくえぐられ、メキシコの南部とカナダの北東部、アラスカの西部を残すだけだった。
「第一支部を中心に半径九〇〇キロは完全に壊滅、水没しています」
「第8サーチの映像、出ます」
 マヤはそう言うと手元のパネルのキーをたたく。床のスクリーンにウインドゥが開き、衛星軌道の第8サーチが移した第1支部が写る。
「通信途絶マイナス十五秒から実時間で再生します」
 画面の右下にマイナス十五と表示され、いきおいよくカウントアップしてゆく。数字がゼロになったとたん、スクリーンはブラックアウトする。
「よくわからんな」
 冬月が言う。
「では次にマイナス〇・五秒から、時間を五〇倍で再生します」
 マヤはそう答え、パネルを操作する。スクリーン右下の数字がさっきよりもゆっくりと動く。数字がゼロになる直前、画面がかすかに揺らいだように見えた。
「ゼロマイナス〇・〇〇二秒の映像です」
 画面に静止画像が映し出される。その画像は第一支部を中心に波紋が広がるように中央部がかすんでいた。
「これは…」
「データ不足のため断言はできませんが、ATフィールドの特徴と酷似しています」
 日向が言う。
「通信途絶からプラス四十二分後にP波を観測、同プラス四十四分にS波を観測しました。震源地はネルフ第1支部。…規模は、テラトン級の核爆発に相当します」
 蒼白な顔をしたマヤが書類挿みに目をおとしたまま、報告した。
 スクリーンのウインドゥが閉じ、画面全体が航空写真に切り替わる。
「国連軍のSCR‐71、高度三万五千からの映像です。中央が第1支部跡…です」と青葉。
 スクリーンに映し出された海面には奇妙な点が円形に並んでいた。その点は第1支部のあった位置を中心に八つが等間隔で並んでいた。
「拡大映像は?」と冬月。
「国連軍太平洋艦隊の強行偵察結果です」
 小さな電子音がして四枚の写真がスクリーンに映し出される。作戦室に驚きと驚愕の声があがる。
 そこに写っていたのは、純白いエヴァンゲリオンだった。
「外見から第1支部で建造が進められていたエヴァ伍号機と思われます」
 そのエヴァの頭部には角が三本立ち、まるで冠をかぶっているようだった。その顔には光を失った五つの小さな目が並んでいた。体の各所にも損傷が目立つその姿はN2爆雷の直撃を受けた使徒と似ていた。
「合計九機…数は会うわね」
 ぽつりと発したミサトの言葉にゲンドウと冬月以外のすべての視線が集まる。
「たしか、複数のATフィールドの相互作用による広域破壊の理論があったな」と冬月。
「ああ、間違いない。複数の使徒による、超振動攻撃だ」
 使徒、ゲンドウが口にしたその単語とスクリーンの映像の意味するものを知り、作戦室に戦慄が走る。
「しかし、さすがに無傷とはいかないようだな。活動再開時間の予測は」
「マギの分析では、七十二時間以内に活動を再開する可能性は四十一パーセント、自己修復は九十一時間以内には完全に完了します」とマヤ。
「ふむ…」冬月がゲンドウに視線を移して話しかけた。「自由を得るために、大陸を一つ消すか。次はここかな」
「ああ、奴等がいつもそうするように、アダムを目指して」
「あと七十二時間か…」
 冬月はそう言うと天を仰いだ。しかし、そこにあるのは無限の空ではなく、人に造られた天井だった。

 緊急の会議、待機していたシンジは、訓練の中止理由をそう伝えられた。
〈なにかあったのかな〉
 今日は帰れないというミサトからのメモを受け取ったシンジは、そこから不穏な空気を感じとった。しかし、今のシンジには、レイと顔をあわさないですむことによる安堵感の方が強かった。
 駅から街に出ると、小雨が降っていた。日はすっかり落ち、暗闇が街を覆う。しかし駅前を濡らす雨は、ネオンサインを映して色とりどりに輝いていた。
 シンジは傘をさし、ショーウィンドウに照らされた歩道を歩く。思いがけずに開いた時間をもてあそびながら、ぼんやりとショーウィンドウを眺める。
 シンジはふと一つのショーウィンドウの前で足を止めた。その西洋アンティークが並ぶウィンドウの中の一角、小さな台に乗せられた指輪に視線が止まる。それは小さなカクテルライトに照らされて銀色に輝いていた。
 その表面に施された戦乙女の彫刻が、初めて会った時のアスカを連想させた。
 シンジは傘を持っているのとは反対側の人差し指を見た。そこには先日ナイフで切った傷が残っていた。シンジは、一人部屋に閉じこもるアスカ、そしてハンカチを破いて手当てをしてくれたアスカのことを、財布の中にある、使ったことのないクレジットカードのことを思い出した。
 ほんの少しためらった後、シンジは小さな勇気と共に、店のドアをくぐった。

 暗い部屋にゼーレの黒石版が並ぶ。しかしいつもと違い、その黒石版はいつもと違い、何枚かが抜けていた。
「北米大陸が消滅か、それも我等のエヴァンゲリオンの力で」
「九機のエヴァにロンギヌスの槍、我々の用意した切り札はすべて失われたわけだな」
「…我等のシナリオの遂行は不可能か」
 その発言に異議が上がる。
「ネルフはどうする。あそこにはまだ戦力と呼べるものが残されている」
「それで実現するものは碇のシナリオだ。認めるわけにはいかん」
 キール議長が異議を退けた。

 黒石版の中央に、ゲンドウが腰掛けていた。彼の周囲を取り巻く黒石版は立体映像であり、また中央のゲンドウもゼーレから見れば立体映像だった。この部屋には実体を持ったものは何一つ存在していなかった。
「ゼーレは人類補完計画の破棄を決定した」
 キール議長が、簡潔に結論だけをゲンドウに伝えた。
「ならば暴走する九体のエヴァ、いえ、使徒をどうなさるおつもりか。サードインパクトが起きるのを黙って見ていろと?」
「サードインパクトはすでに成った。北米大陸と一億五千万もの命を道連れにしてな」
「人類は六大陸のうちの二つを失ったのだ、これ以上の損失は地球そのものをも失うことになる」
「アダムとリリスを放棄するしかあるまい?」
 ゲンドウの周囲から次々に答えが発せられる。
「ネルフには三機のエヴァがあります。打つ手が無いわけではありません」
「戦うというのか!」
「彼我の戦力差は三倍、おまけにパイロットのうちの一人は使い物にならないときている、勝負にならんよ」
「たとえそうだとしても、すでに賭金は目の前に積み上げてしまった後です。今勝負を降りても、なにも得ることはできません。すべて失うだけです」
「…君はこの星をも賭けるというのかね」
「必要とあらば。そのためのネルフです」
 キール議長の問いに、遅延なく発せられたゲンドウの言葉に委員会は絶句する。
「それでは」
 そう一言言い残すと、ゲンドウの姿はかき消すように消えた。
 委員会は彼を止める手段を持たなかった。

 北米大陸の消失が確認されると、世界は記憶の奥へと沈みかけていた十五年前の悪夢を思い出した。未確認の情報が飛び交い、各地の軍組織には緊張に包まれた。しかし、ジュネーブの国連本部が国連軍太平洋、大西洋、インド洋、地中海艦隊を掌握していたことにより、大規模な紛争はかろうじて発生する前に押え込まれた。
 しかし小規模な軍事衝突は世界各地で発生し、各地の政治・経済は混乱を極めていた。日本においても、第2新東京市で急遽招集された閣議は三日に渡ったが、なんの具体的対策を打ち出すことはできなかった。
 地球観測衛星は北米大陸が海になったことによる海流の影響を早くも捕らえていた。北赤道海流の北上が滞ることにより、グリーンランド周辺海域の水温が低下し、氷河の拡大が予想された。気象衛星は北欧に大規模な寒気団の発生の徴候を捕らえていた。その影響は数ヶ月後にはヨーロッパ全体を襲うことが予測された。
 北米大陸の消滅による地球全体のバランスの変動から、地磁気にも乱れが出はじめていた。その磁極変動の兆候が世界にどのような影響を与えるのかは、だれも予測することはっできなかった。
 この北米大陸消失事件は、いつしか「サードインパクト」と呼称されるようになった。
 第3新東京市一帯には暗い鉛色の雲に覆われていた。サードインパクトとの直接の関係は証明されなかったが、住人の中にこの空がそれと無関係だと思う人は一人もいなかった。
 その日、第3新東京市に特別宣言D‐17が発令された。



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Copyright(c)1996-2000 Takahiro Hayashi
Last Updated: Sunday, 09-Sep-2007 18:42:47 JST