EVANGELION Another World #27A.
第弐拾七話・最終回
A part.

「たったひとつの、冴えたやりかた」

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 一発の銃声に、発令所の空気は凍り付いた。
「赤木博士!」「先輩!」
 複数の声がリツコへと発せられる。それは狼狽と驚愕が形になったものだった。
 リツコは周囲からの呼びかけに答えることの無いまま、硝煙のたなびく銃口をゲンドウへ向けていた。
 ミサトは反射的に銃を抜こうとするが、動作に移る前に思いとどまった。銃口は真っ直ぐにゲンドウに向いている。リツコの指はトリガーにかかったままだ。自分が銃を抜くより早く、リツコの銃は再び火を吹くだろう。あまりにもリスクが大きかった。
 ゲンドウは左腕を押さえながら静かに立ち上がった。その目は真っ直ぐにリツコを見ていた。左腕を押さえた指から血が滴る。
「ご自分の妻を愛していらっしゃるのですね…」
 リツコはゲンドウを正面から見つめて言った。その顔には能面のような冷たい微笑が浮かんでいたが、その奥には煮えたぎるような熱い思いが隠されていた。
「私のことを愛してくれていると思っていた…でもそれは幻想だった、ゼーレを裏切り、私の母を裏切り、自分の息子さえも裏切り…妻を、碇ユイを取り戻すためならば、あなたは全世界をも裏切るつもりなんだわ…肉体という殻を捨て、総ての心が一つとなる…あなたの補完計画のもたらす世界、でもその世界では、あなたの中に私の居場所は無いのですね」
 凍り付いたような空気の中で、リツコはゲンドウに向って話し続ける。
「あなたを手に入れるために、私に残された手段はこれしかありません」
 微笑を浮かべた頬に、一筋の涙が流れた。
「碇司令、私と死んでください」

 シンジは呆然と正面のモニタを見ていた。零号機は使徒に向ってゆっくりと歩き続けていた。
〈これが、補完計画…父さんの仕事…こんなもののために僕は戦ったのか〉
 シンジはどうすればよいのか解らなかった。綾波を止めたかった、力ずくでも零号機を止めたかった。しかし父さんは後退しろと言っている。
 インダクションレバーを握る腕が震えていた。シンジはどうすればよいのか解らなかった。
「母さんは死んでしまったって…父さんは僕にそう言ったじゃないか。それなのに、地下にあんなものを造ってまで…」
 リツコに連れられて行ったターミナルドグマ最深部、そこの巨大な水槽に浮かぶ無数の綾波と同じモノ…
『…消えてしまった、碇ユイと、アダムから造られた者…』
 リツコが語った言葉が脳裏に浮かぶ。シンジはその言葉の意味することを初めて理解した。
〈母さんから造られた…僕の…僕の妹じゃないか!!〉
 シンジは力いっぱいインダクションレバーを握り締める。その手は蒼白になるまで力が込められていた。
 シンジはメインモニタにチェックリストを呼び出す。初号機には戦闘に支障のある損害はほとんど無い。
〈誰も、綾波を止めることを望んではいない。誰にも望まれないのに、それでも戦うの?〉
 シンジの心に、もう一人のシンジが囁きかける。
「僕は綾波を助けたい! 僕の妹なんだ! トウジの時のような過ちはもうごめんだ!!」
 シンジは本部からの回線をすべてシャットダウン、初号機を自閉症モードに移行させる。
「神の国、約束の地、そんなものはいらない、僕は僕だ! 今度は誰のためでもない、自分の意志で、闘う!」
MAGIのバックアップが断たれ、すべての負荷がシンジにかかる。頭をわしづかみにされたような強力な圧迫感が彼を襲う。しかし、心は軽かった。
『ま、後悔のないようにな』
 あの日、加持が自分に向けた言葉。今、シンジはその意味を本当に理解できたと思った。
 シンジは奥歯を噛み締め、ひとつうなずくと走り出した。

 零号機の右手が、使徒の左手と重ねられる。絡められた指が光に包まれ、使徒は零号機を取り込み始める。
 使徒の手と重ねた指が光を放ちながら一つになってゆき、レイの右手に熱いものがながれこんでくる。強力なプレッシャーがレイの体を押し包んでゆく。その苦痛、そして心になだれ込んでくる、初めての快感。頬が赤らみ、呼吸が乱れる。その心の中に侵食してくるものに徐々に意識が遠ざかっていった。
 気がつくと、レイは金色の海の上に浮いていた。意識は切れんばかりに集中しているが、体中の感覚が無くなったような奇妙な感覚だった。
〈オカエリなさイ〉
 目の前にもう一人の綾波レイが、一糸まとわぬ姿で金色の海の中に立っていた。その顔はうつむいていて、レイからはその薄笑いを浮かべた口元しかみることは出来なかった。
「…あなた、誰?」
〈フフッ…知っているクセに…さあ、ワタシと一つにならナい?〉
「いいえ、私は私、あなたじゃないわ」
〈ウそ…私はアナタよ、あなたと同じカオを持っているモの、ワタシタちの体はあなたとオナジモノからできテいるモの〉
 もう一人のレイはそう言ってゆっくりと顔を上げる。その紅い瞳に感情は無く、その顔には仮面のような空虚な笑みが張り付いている。
「違うわ…わたしは私。私はこれまでの時間と、他の人達とのつながりによって、私になったの。ヒトとの触れ合いと、時の流れが私の心の形を変えていくの」
〈そウ、でもそれは本当のアナタではナいの。アナタは偽りの魂を与えられた、ヒトの真似をしているモノにすぎなイのよ〉
「私は…私でいたい…」
 レイはうつむいてそっと呟いた。
〈ワタシ達はみんな帰ってきたというのに、あなただけヒトになろうというノ? 私達は自分のシなければいけないことに忠実だったのに、あなただけこの世界で生きようとイうの? あなたも私達と同じモノなのに〉
 金色の海に立つレイの周囲に、同じ姿のレイが何人も水面から浮かびあがる。その総てが口をそろえて空中の綾波へと問い掛ける。
〈ドウシてここへ来ないの〉
〈恐いんデしょ、真実を見るノが〉
〈恐イんでしょ、自分の本当の姿が、ヒトの形をしていないかモしれないから〉
〈恐いノよ、自分が無くなるかもしれないこトが〉
「恐い? 違う…私はこの日を待っていたもの。あの人が必要としたから、私はいたの」
 一人が問う。
〈そレが、絆?〉
「そう。それが私の役目、私のしなければいけないこと」
 別の一人が問う。
〈それが、絆?〉
「そう。それが綾波レイと呼ばれる、いままでの私を造ったもの、これからの私をつくるもの」
〈デも、それも終わり〉
〈ワタシ達と、一つになるの。ワタシの心をあなたにも分けてあげる、この気持ち、分けてあげる〉
〈痛いでしょ、心がイタイでしょ〉
「イタイ? …違うわ…サビシイ? そう、寂しいのね…」
〈サビシイ? わからないワ〉
「一人がいやなんでしょ。私達はたくさんいるのに一人だから…一人でいるのが、いやなんでしょ」
〈…それはアナタのココロよ〉
〈淋しいノね〉
〈寂しいノよ〉
〈悲しみに満ち満ちている、あなた自身の心よ〉
 周囲の自分と同じ顔から発せられるその一言一言が、次々とレイの心に突き刺さる。心が痛かった。初めて感じる痛み、しかしレイにはその痛みの理由が解っていた。彼女の目から一筋の涙が流れ落ち、金色の海に水音が跳ねた。
 その音にレイは意識を取り戻した。零号機のエントリープラグの中、彼女は泣いていた。
「泣いているのは、私。寂しいのも、私…」
 レイは両腕で自分の肩を抱きしめた。

 シンジは零号機との融合を始めた使徒に向って走った。それまで沈黙していたエヴァ六、壱拾、拾参号機が初号機の前に立ちはだかる。
「邪魔をするな! そこをどけよっ!」
 シンジは立ちはだかる壱拾号機にプログソードを振り下ろした。壱拾号は身をかがめて右腕に展開したATフィールドでプログソードを受け止める。しかし初号機はそのATフィールドを中和し、そのまま壱拾号の右腕を切り落とした。壱拾号は射るような初号機の眼光を受けて、気圧されたように身を引く。
 シンジは、さっきはほとんど歯が立たなかった壱拾号機のATフィールドを、やすやすと切り裂いたことに驚いていた。しかし彼にはわかっていた。今の自分がどんな敵にも負けないことを。第十二使徒を相手にしたとき、虚数空間にとりこまれることになったときとは違う、シンジは自分が負けない理由を知っていた。
 三機の敵は初号機にむかって楔型にならんでいた。シンジはその三機に向って躍り掛かった。この壁を突破しないかぎり零号機と使徒にはたどり着けない。しかし、三機の敵は、懐に飛び込んできた初号機をその合計五本の腕で迎え撃った。
 シンジは最初の一撃を弾き返す事はできた。しかし、前後左右の死角を縫って襲い掛かる攻撃を避けきれず、いくつかの直撃を受けて後ろへと弾き飛ばされた。
 瓦礫の山と化した兵装ビルをいくつもなぎ倒して、初号機はようやく停止する。しかし致命的な損傷を受けたわけではない。全身を襲った衝撃から立ち直ったシンジは再び立ち上がり、プログソードをかまえる。正面に三機の敵。その三機の姿が揺らいで見えた。
 次の瞬間、強大な力が初号機に襲いかかった。

 その衝撃は第3新東京市のみならず、ジオフロントをも揺り動かした。
 床が踊ったようなその衝撃に、ゲンドウにまっすぐと固定されていたリツコの銃の射線が外れる。ミサトはその隙を見逃さなかった。
 目にも止まらぬ早さでショルダーホルスターからベレッタを引き抜き、リツコの手の中の拳銃に弾丸を叩き込む。銃声と鋭い金属音がして、リツコの手から拳銃がはじけとんだ。
 リツコは呆然と空になった自分の右手を見つめていた。
「前にも言ったわ…自分だけ先に舞台から降りられるとは思ったら大間違いよ!! あんたのやってきたことでしょう! 最後まで責任もって見届けなさいよ!」
 ミサトは呆然とたたずむリツコにそう吐き捨てた。
「発令所の隔壁を閉鎖、外部からはだれも入れるな」
 それまで沈黙を守っていた冬月が指示を出す。
「…どういうつもりだ、冬月」
 冬月はその問いには答えず、正面のスクリーンをまっすぐに見つめて言った
「まもなくだな。ついにお前の夢が現実となる」
「…私の、ではない。我々人類の夢だ。私の願いなど些末なことにすぎない」
「我々人類の夢か…本当にそうだったのだろうか、たまに考えることがあるよ。私は間違っていたのではないかとね…」
「冬月…なにを考えている」
「…いまさら自分だけいい子になろうなどとは考えていないよ。きっと私の手も血塗れだろうからね。しかし若者達は違う。彼らに挑戦の機会を与えてやるくらいはかまわないだろう? …もっとも、遅きに失した感はあるがね」
 ゲンドウは黙って冬月の述懐を聞いていたが、すぐに正面に向き直る。スクリーンの中では、零号機が徐々に使徒に侵食されていた。
「すでに補完計画は最終段階まで来ている。いまさら何もできんよ」
 ゲンドウはそう呟いた。乾いた声だった。
 ミサトはゲンドウと冬月の会話を唖然と聞いていたが、すぐにベレッタをホルスターに戻して正面に向き直った。
「状況は!?」
「零号機,すでに十五パーセントまで侵食されています」
「敵三機のATフィールドの位相が完全にシンクロしています! これは…超振動攻撃のパターンと一致!」
「初号機によるATフィールドの中和限界まで、あと十二!」
 マヤ、日向、青葉が現状を報告してくる。しかし、ミサトに打つ手はなかった。
「ATフィールド中和限界! 超振動攻撃発動します!!」マヤが悲鳴のような声で告げた。
 三機のエヴァの中心から発生した衝撃波が、白い渦となって初号機を飲み込んだ。
「初号機は!」
「…解りません、アンビリカルケーブル破損、無線信号は届きません! モニタ不能です!」
 マヤは困惑したようにミサトに答える。
「ATフィールドの発生を確認!」
「初号機?」ミサトは青葉に振りかえった。
「確認できませんが、発生位置は初号機の最終確認位置と一致します。これは…依然出力増大中!」
「いや、そんな生易しいもんじゃないぞ! これはっ!!」
 初号機を襲った衝撃波は、その中の一点を避けるように膨らみ始めた。その中心には、真紅に輝くATフィールドを展開した初号機が衝撃波に立ちはだかっている。初号機のATフィールドの威力の増大に従い、衝撃波はそこを頂点として広がってゆく紡錘形のフィールドに分断されていった。周囲に撒き散らされる衝撃波はその周囲をずたずたに破壊してゆく。
 初号機のATフィールドはますますその輝きを増していった。その輝きは、吹き荒れる瓦礫と砂塵の嵐の中でもはっきりと目視できるほどに強大になっていた。初号機は衝撃波を受け止めるかのように、両手を大きく掲げていた。その襲い掛かる強力な力に、初号機の足元の地面が砕け、その両足が地面にめり込んでゆく。
 初号機の目がいっそうその輝きを増し、顎部ジョイントがひきちぎられた。その口から長い雄叫びが発せられると、その背にゆっくりと十二枚の金色の翼が広がってゆく。
 ついに力の均衡が逆転した。三機のエヴァの発した超振動攻撃は、両手を掲げる初号機のATフィールドに、そのままの威力を持って弾き返された。
 三機のエヴァに、跳ね返された衝撃波が襲い掛かる。各機ATフィールドを展開、衝撃波を耐えようとする。しかし弐号機の最後の攻撃を受けていた六号機はその威力に耐え切れず、全身をずたずたに切り刻まれ、そのまま吹き飛ばされていった。
 唐突に静寂が訪れた。砂塵の舞う中、無傷なのは使徒のATフィールドに守られていたわずかな空間にすぎなかった。超振動攻撃の射線にあったものは、山すらもその姿を失っていた。
 初号機の眼光が消え、背に現れた翼も光を失い、消えていった。
 それまで初号機を一顧だにしなかった使徒が、ふいに初号機を見た。瞬時に右腕を変形させ、初号機へと向ける。
「碇君?」
 レイは使徒の興味が初号機へ向いたのに気づいた。
 使徒は右腕を大きく振りかぶり、初号機へと勢いよく伸ばした。シンジは直前でそれをかわす。同時に残り二機の、ぼろぼろになったエヴァが攻撃を仕掛ける。
 シンジは敵の攻撃の変化に気付いた。さきほどまでの初号機の破壊を目的とするような直接攻撃ではなく、まるで罠に追い込むようなその動きに。
「碇君…来ないで! 来ちゃダメ!!」
 レイは思わず声をあげた。しかし、初号機は引こうとはしない。レイの心に、初号機を取り込もうとする使徒の意志がなだれ込んでくる。
〈これは、私の心? 碇君と一つになりたい…寂しがりやの、私の心…〉
 二機のエヴァと使徒は、徐々に初号機を追いつめていった。これまでの肉薄する攻撃ではなく、アウトレンジから牽制するような動きで、初号機の逃げ道を塞いでゆく。
〈駄目!〉

 零号機の背に八角形のATフィールドが輝き、使徒の右腕を封じ込めた。
「零号機、ATフィールド展開!」
「使徒を押え込むつもりです!」
「零号機の回線を開いて!」ミサトは日向に命令した。
「駄目です! こちらからの総ての回線は切り離されています、テレメータシステム以外の信号は通りません!」

 レイはシートから体を起こすと、背後にある緊急用レバーの扉に手を押し当てる。扉は勢いよく開き、中の一本のレバーが現れた。レバーに伸ばした手がためらったように静止する。しかしそれも一瞬のことで、レイは迷うことなくレバーを引き、その手を九十度回転させた。今のレイの心には、自分の大切な人のことしかなかった。
 コクピット後部のディスクが勢いよく回転し、決められたシーケンスを実行し始めた。

「零号機、自爆シーケンスを開始しました!」テレメータを監視していたマヤが絶叫した。
「レイ…死ぬ気…?」ミサトは呆然とスクリーンを見上げていた。
「いかん! やめろ、レイ!!」ゲンドウが立ち上がって叫んだ。「零号機のエントリープラグを射出! 急げ」
「駄目です! 信号が通りません!! …コアがつぶれます! 縮退限界突破!!」

 レイは、ハッと正面を振り向いた。スクリーンに光が満ちる。その中にレイはシンジの笑顔を見たような気がした。見開かれた瞳から、止めなく涙があふれていった。

 その一点から発した閃光は、瞬時に第3新東京市を支配した。爆風はすべてのものをなぎ倒し、灼熱はその一面を焼き尽くした。
 傷だらけの二体のエヴァンゲリオンは、その閃光に気付いたときには消滅していた。しかし消滅したものはそれだけではなかった。兵装ビルの立ち並ぶ要塞都市の面影は完全に失われていた。まるで火星の荒野のように赤黒く焼け爛れた巨大なクレーターの中心に、無傷の使徒と初号機の姿があった。
 それだけだった。零号機の姿はどこにも無かった。
「あ…あ…」
 シンジは呆然とうめき声をあげ、正面にある光の巨人を見つめていた。
 ついさっきまでそこには零号機が、綾波レイがいた。シンジはその姿を求めて闘った。しかしその姿はもうどこにも無い。必死でつかみ取ろうとしたものが、砂塵となって指の間から崩れ落ちていってしまった。レイは、もうどこにもいない。
 ベンチで一人本を読むレイ、教室の窓からずっと外を眺めているレイ、教室で雑巾をしぼるレイ、〈…ありがとう、碇君〉〈私は、二人めだもの〉〈何を言うのよ…〉〈弐号機! フィールド全開!!〉〈あなたは死なないわ…私が護るもの〉〈私には、他に何もないもの〉〈絆だから…〉
 シンジの瞼の裏に、レイの姿がフラッシュバックのように次々とよみがえる。
〈こんなのが..こんなことが..絆なわけ、ないじゃないか!!〉
 シンジの目に涙が浮かんだ。

「兵装ビル、損害九十九・八九パーセント」
「市内配置のカメラは全滅、無人偵察機も全機応答ありません」
 ミサトは砂嵐のモニタをにらみつけていた。すると画面にざらついた、荒い画面が表示された。クレータとなった第3新東京市、そして初号機と光の巨人。その他に外形を止めているものは何も写っていなかった。
「二子山から最大望遠です。サブシステムのカメラですのでこれ以上の補正は効きません。準備完了次第無人機を発進させます」
「初号機とのデータリンク、回復します」
 日向とマヤのそのわざとらしいまでの淡々とした報告に、ミサトは黙ってうなずいた。
 自分達の街が、その廃墟すらのこらずに消滅した。しかしまだ何も終わってはいないのだ。残された者にはしなければならないことがある。悲しむのは後だ、オペレータ達は誰もがそう思っていた。
『綾波は…消えてしまった。僕の妹が…父さん…これが父さんの望んだ結果なのか…』
 初号機からの通信が発令所に響きわたる。
「レイ…なぜだ…」
 ゲンドウは呆然とスクリーンを見つめてつぶやいた。シンジからの通信には気付いた様子もなかった。
『答えてよ! 父さん!』
 突然、初号機の咆哮が響き渡った。
「暴走!?」
「いえ、シンクログラフ正常。初号機は完全にパイロットの制御下にあります」
「そんな…内蔵バッテリー、動作していません! 動けるわけ、動けるわけないのに!!」
 日向は目の前の計器の示すものが信じられなかった。青葉にこっそり目配せして聞く。
「そっち、どうだ?」
「ああ、こっちにも反応が出てる。そっちでも確認できたか」
 二人は同時にマヤへと向き直った。マヤは二人の視線を受け取ると、ゆっくりとうなずいた。
「作戦行動中よ。不明瞭な会話は慎みなさい!」
 ミサトの言葉に日向が振り向く。その顔に一条の汗が流れる。
「初号機の出力、依然上昇を続けています…パターン、青です」
 ミサトは思わず息を飲む。しかし、声は彼女ではなく、司令席からあげられた。
「いかん! シンジ!アダムを目覚めさせてはならん!!」
「アダム!? 初号機が!」
ミサトはゲンドウを振り返って叫ぶ。ゲンドウは右手の拳を机に打ち付け、身を乗り出し、スクリーンを食い入るように睨み付けていた。
 スクリーンの中で咆哮を続ける初号機。その背には、再び金色の翼が輝いていた。
「やめろ! シンジ!!」
『だああああああああああああああああああああ!!!!』
 ゲンドウが叫ぶのと同時に、発令所にシンジの叫びが木霊した。ゲンドウの静止も聞かず、初号機は使徒へと砂塵を巻き上げながら突貫する。咆哮と共に初号機の腕が使徒につかみかかった。
 その指が使徒に触れた時、シンジの視界に光が満ちた。
 光の奔流がエントリープラグの中のシンジを包み込んだ。その暖かい光に、シンジの意識が遠退いてゆく。
〈何を願うの?〉
 シンジは、遠い記憶の中にしか無いはずの、母の声を聞いた気がした。



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Copyright(c)1997-2000 Takahiro Hayashi
Last Updated: Sunday, 09-Sep-2007 18:42:48 JST