As Close as possible 2
  ONE DAY (1)

南果ひとみ 




「あっ、すんません。乗ります」
 あわてて駆け込んだエレベーター。ふと気がつけば、見知らぬカップルが一組。半分はファミリータイプだから結構広いマンションなのだが、それでも1年も住んでいれば見慣れた顔が大半になってくる。
(どっかのうちのお客さんやろか……?)
 30代前半と思われる男と20代後半と思われる女。見るからに大人なカップルにアリスは少し安心する。最近のジャリタレどもは、どこでもかしこでも他人の目というものを気にせずにいちゃつくもので目のやり場に困ることがしばしば。その点、こういうカップルはそういうことはないだろう。
 そろそろ着くかと思った時、パシンっと背後から耳に痛い音が響いた。
「へ?」
 アリスは思わず振り向いた。自分が間抜けな表情をしているだろうことは百も承知だった。黒いボディコンシャスなワンピースの女が、一緒にいた男を平手打ちにした音だった。一瞬、男のほうと視線が合う。男はニヤリと笑った。
(肉食獣の笑いやな……)
 次の瞬間、ドアが開くと、女は男をめがけて手にしていた荷物を全部ぶちまけた。
「何しやがるっ」
「それはこっちのセリフよ。キス一つでごまかされれると思うたら大間違いや。当分、うちの前に顔見せんといてっ」
「待てっ」
 手を伸ばした男の目の前でむなしくドアが閉まる。
(待てと言われて待つバカはおらへんやろ……)
目の前で繰り広げられた一幕笑話を、アリスは呆然と見ていた。と、いうか、衝撃が醒めなかったという方が正しい。くずれかけたお好み焼きが頭の上からべっとりとぶちまけられている。雑誌の取材の為におろしたばかりの一張羅のスーツが台無しだった。
 そう。女の狙いは故意にかそれとも偶然にかやや逸れて、どちらかというと男よりも傍らのアリスの方が被害は甚大だった。
「……悪いな、あんた。巻き込んじまって……プッ……」
 悪いなといいつつ男はアリスの姿を見て吹き出す。
「お前っ、それが悪いと思うている男の態度かーっっっつ」
 ぷちり。
 アリスは己の頭の片隅で神経が一本切れる音を聞いた。

「何だ。お隣さんかよ」
「それはこっちのセリフや」
 どういうわけか床にぶちまけられたお好み焼きやら生卵やらの残骸を片付けるのをアリスは律儀にも手伝っていた。
「有栖川有栖なんて表札がかかってたから、美人のねーちゃんを期待していたんだが……」
 ニヤニヤと口元に笑いを浮べた男は、アリスの頭の先から爪の先までを一瞥する。
「悪かったな、美人のねーちゃんならぬ。30近いしがない独身男で」
 むっとしてアリスは言い返す。
「いやいや。そんな謙遜することないぜ。性別さえのぞけば、なかなか……いや、俺は別に男でもいけるんだけどな」
「冗談は顔だけにしとけや」
「俺の顔のどこが冗談なんだ?」
「顔だけならまあハンサムやとは認めたるわ。だけど、その笑いは嘘もんやし、俺の好みとはちゃうわ」
 ふっと一瞬、その瞳に真剣な色が閃いた。またすぐに元のにやにや笑いにかき消されてしまったけれど。
「へぇ、気が強いところも悪くないな」
「俺の品定めなんてせんでええわ。それより、この匂いどうするんや」
 エレベーター中、ソースの匂いが充満している。
「匂いばかりは仕方ないだろう。これ、クリーニング代、足りなかったら、後で請求してくれ」
 すっと男は自分の財布から五千円札を一枚ぬきとってアリスに渡す。
「こんなん、多すぎるわ」
 アリスは困惑の表情を浮かべる。
「掃除代だと思ってとっといてくれればいい」
「バカにしなや。手伝ってやったんは、単に居合わせた人間としての同情と好意や。見返りなんて考えとらん。このどアホっ」
 ぷちり。
 二本目の神経が切れる。
 初対面の人間にこの態度はどうかと自分でも思うが、どうも仕方がない。
「……あんた、沸点低いな」
 感心したように男がつぶやく。
「おまえが悪いんやっっ」
「……そうだな、俺だな」
 くっくっと男は喉の奥で愉しげな笑いをもらした。


 男は、小鳥遊湊と名乗った。


to be continued



お待たせしましたッ!! 南果ひとみさんの『As Close as possible』第2段です♪
今回も、めちゃめちゃアリスが男前ッ。余りにカッコよすぎて、私はアリスに引っ掛かったお好み焼きにさえ嫉妬の炎を
メラメラと…(笑) あぁ、みどりば、お好み焼きの紅生姜になりたい…。
そしてそして、みどりばお待ちかねの小鳥遊(たかなし)氏が、遂に登場ですv(^_^)V
こっから火村の不幸が始まって行くのであった。フッフッフ…(ΦwΦ)Ψ ---だよね、南果さん!?

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