南果ひとみ
カランカランカラン……。
金属音が高らかに鳴り響く。
「おめでとうございま〜す。特賞 クリスマスにオフィシャルホテルに泊まるディズニーランド一泊二日の旅にペアでご招待で〜す」
アルバイトらしい女の子がにっこりとアリスに向かって微笑みかける。ぼんやりとしていたアリスもつられて笑った。
それからもう一度、トレーの黄金の玉を見る。
(うわぁ……特賞やん)
別に特にくじ運が悪いというわけではないが、今までアリスが当たったものといえば、第一希望が外れた人の中から抽選で100名にあたるテレカだとか、ピンバッジだとかそんなものばっかりで特賞なんて初めてだった。
思わずそれまでドツボにハマっていた憂鬱なあれやこれやが頭の中からきれいさっぱりに吹っ飛んだ。
「こちらにお名前とご住所をお願いします」
「あ、はい。どうも」
特賞ご当選者様連絡先という文字が燦然と輝く紙に、自分の名前と住所を書き込みながら、改めて当たったことを実感する。
(ディズニーランドかぁ……)
そういえば、10年位前に一度だけ行ったことがあるなと思い起こす。
「アリスガワアリスさまでよろしいんですか?」
アルバイトの女の子が小さくクビを傾げる。思いっきり不審そうである。
「はい。……本名なんで」
(恨むで、おかん……)
冗談のような名前をつけたのは、母。しかし、それを承認して役所に届け出たのは父。つまるところ、彼の両親は似たもの夫婦だった。(さらに火村に言わせるならば似たもの親子でもある)
「そうですか」
にっこりとバイトの女の子が平然と微笑んだ。なかなかの強者だった。
「では、こちらが引換券と案内書になります。旅行代理店と打ち合わせていただくことがございますので、案内書をよくお読み下さい」
「どうも」
アリスはいそいそと封筒を受け取った。
「さて、どうやって火村を連れ出すかやな……」
テーブルの上に置いた封筒を前にしてアリスはうーむとクビをひねる。
ペア旅行。もちろんアリスが誘うのは火村だけ。だが、場所が場所だった。
(火村のことやから、正面きって言えば絶対に断るやろうな……。火村、どう考えてもああいうトコ苦手そうやし……もしかしたら足踏み入れたこともないかもしれんわ)
逆にアリスはけっこう遊園地&テーマパークフリークだった。正確に言うならば、アリスというよりアリスの母が。だから、小さいときは休みのたびに天保山の観覧車に乗りにいったし、近場の遊園地はすべてクリア。もし、ディズニーランドが大阪にあったならば、彼女は絶対に年間パスポートを買っていただろう。
(しかも余裕で元を取るだろう)
現在、その母はと言えば、夫が定年を迎えた去年から、その夫をお供に日本国内のテーマパーク縦断……北のグリュッグ王国から南のハウステンボスまで……の旅を敢行中。それが済んだら、今度は世界中のテーマパークをめぐるつもりらしい。
(おとんも災難やけど、自分で選んだ嫁さんやからな)
自業自得というものである。
「火村とディズニーランドかぁ……」
似合わない。
(だけど、絶対に一緒に行くんや)
アリスはぐっと拳を握り締める。
案内書はすでに熟読した。タイトル違わず、クリスマス期間もOK。だとするならば、やっぱり、クリスマスに行きたいというのが人情というものだった。元々混んでいる場所がさらに混雑を極めていようとディズニーランドでクリスマスなんて考えただけでもワクワクする。ツリーだってイルミネーションだって綺麗だろうし、何といってもクリスマスパレードやショーが楽しみである。
(そういや、新しいアトラクションだってできたはずや)
確かプーがモチーフのアトラクション。くまのプーさんが幼少時の愛読書に入っていたアリスにとっては絶対に外せないものの一つである。
(まあ、見所はおかんに聞けばええやろうし……)
パレードを見る場所からアトラクションの説明まで、下手な雑誌よりもあの母親の方が絶対に詳しい。
(問題は、火村だけや……)
下手な嘘は火村相手には逆効果である。
「……うーっ」
(どうしようか……)
「おい、何唸ってるんだよ」
耳元で声がした。それも驚くほどの至近距離で。
「うぎゃっっ」
不意打ちの衝撃に、アリスは思わず奇声を発して椅子の上で飛び上がった。
ごきっと痛そうな音。
「……おい」
「ひ、ひ、ひ、火村……」
「……幽霊でも見たような顔してるんじゃねえよ」
図らずもアリスが頭突きをくらわす形となってしまったせいで、火村は顎のあたりをしきりに撫でている。
「大丈夫か?」
「ああ。ちゃんと玄関で声かけたんだけどな。そんなに真剣に何考えていたんだ?」
「……ちょっとな……」
アリスは小さく溜息をつく。本人に向かっておまえのことやとは言いにくい。
「何だ?これ?」
火村は封筒を指先でつまみあげる。
「……商店街の福引で旅行が当たったや」
「旅行?」
「ペア旅行や、おまえと行きたいんやけど……」
おそるおそる言ってみた。
「いつだ?」
「クリスマスがええなあなんて……」
「クリスマス?24日?25日?」
ペラペラと火村は手帳をめくった。
「理想としては、24日から1泊やけど……」
「別にかまわないが……」
あっさりと快諾を得る。
「えっ、ホンマに?」
思わずアリスの頬が緩む。
「ああ。別に予定があるわけじゃなし……」
「なら、約束な。24日からは俺と旅行やからな」
まっすぐと火村に向けられるその笑み。
なぜ、アリスはこれほどまでにまっすぐな笑顔を自分に向けるのだろうと火村は思う。
(俺は何一つ返すことができないのに……)
それは、常に火村の心の内に澱む問い。それを口にしたことはなかったけれど……。
「ああ」
「男の約束やで。二言はないな」
アリスはしっかりと念を押した。
嘘はついてない、嘘は。言っていないことはあるが。
「ああ。約束する」
火村は、目を細めて笑った。
アリスはにっこりと満面の笑みを浮かべる。
「ありがとな、火村っ」
アリスに抱きつかれて、一瞬、火村の鼓動がはねあがった。
「わお。早速、おかんに電話せんと……」
火村から離れると、アリスはいそいそと電話をかけにゆく。
なぜ母親に電話するのかという疑問が一瞬頭の隅をかすめたものの、アリスのそのあまりの喜びように追求するのを忘れた。
(まったく、心臓に悪いぜ……)
自分と旅行に行くというだけでこんなにも喜んでくれるアリスが愛しかった。その反面、自分は一緒に旅行に行くことすら渋るのだと思われているのかという事実に苦笑を禁じえない。
(アリス……)
心の中で小さくつぶやく、その名。
その響きが、火村を満たす。
昨夜あれだけ貪りながらも、それでも自分にはアリスが足りなかったのだと今更のように思う。
(アリス……)
もう一度、その名をつぶやく。
それは、火村だけの魔法の呪文だった。
End/2000.12.20
Next issue 『この聖なる夜に』
アンハッピー火村スペシャルが、少しずつ姿を現し始めた『ONE
DAY』のラストです。 ここから徐々に南果さんの火村への愛が暴発(?)して---。あぁ、21世紀早々かわいそうな火村…(i_i) でも、日頃の行いが悪いから自業自得よね。ケケケケケッ(`▽´) しっかし、アリスって勇気あるわ。クリスマスイブのTDLへ、30男二人で行く気になるなんて…。火村にTDLが似合うとか似合わんとか、ぜーーーったいそういう問題じゃないと思う。 |
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