Joyeux

Noel


 As Close as possible 3
  この聖なる夜に(2)

南果ひとみ 




「なあ……」
「ん……」
「いったい、どっからこんなに人が沸いて来るんだよ」
 やっとのことでキャメルに火を点けた火村は、溜息まじりに漏らす。
「さあ……仕方ないやろ、クリスマスやし……」
 アリスはクリスマスケーキと紅茶。とりあえず、限定品とか今だけという言葉に弱いのでクリスマス商品は外せない。
「それにしたって、限度があるだろうが……」
「別に入場制限はしとらんかったから、大丈夫なんやろ」
「入場制限?」
「うん。おかんに聞いたんやけど、混んでいる時は入場制限していることもあるんやって……いくら広いったって、パーク内にあんまり人が多いとミッキーよりも人の後ろ頭ばっか見ることになるからやろな」
 火村は小さく溜息をつく。
「疲れたか?」
「少しな」
 こきこきと首を回す火村を、アリスはやや上目遣いに見た。
「ばーか、そんな顔するな。別にたいしたことない。人ごみに驚いただけだよ」
「……どっかで茶でも飲んで一休みするか?」
「それだったらもう少ししてから遅めの昼飯にした方がいいだろ。おまえ、そんなに茶ばっかり飲んでも仕方ないだろうが」
「そうやけど……」
(無理につれてきたんは俺やし……)
 火村の指の間から立ち上る白い煙をぼんやりと見ながら、少しだけアリスは躊躇った。自分は楽しんでいるが、果たして火村はどうなのだろう。
「ばーか、俺に気を遣うんじゃねえ。ほら、次は何するんだ?」
 伸ばされた左手が、アリスの髪をくしゃっと掻き乱した。
「……火村……」
(何で俺の考えてることがわかったのやろ……)
 アリスは目を丸くして火村を見る。
「おまえの考えてることなんてお見通しだ。余計なこと考えるんじゃねえよ」
「だって俺ばっかりが楽しんでて……何か悪いような気がして……」
「いいんだよ。俺はおまえのガキみたいな表情を堪能させてもらうから」
「ガキって何や、ガキって」
「文字通りの意味だろ」
「むーっ」
 アリスは口を尖らせる。
「そういうトコがガキだって言ってるんだよ」
 くっくっと火村は喉の奥で笑った。その屈託のない表情に、アリスは一瞬不覚にも目を奪われた。

 パレードを見る為の場所とりはパレードの始まる2時間以上前から始まる。アリスの母からの情報によると、パレードコース内には直前まで通路として使われていてパレードの時だけ閉ざす場所があって、そこであれば特に場所取りをしなくとも前の方で見ることが出来るのだという。
 もちろん、アリスの地図にはその場所が幾つかチェック済み。パレードの始まる15分くらい前に近くに行き、閉ざされた時を狙ってその場を占める。しっかり敷物の準備までしてきているアリスである。
「情報通りや。おかんに感謝やな」
「……流石だな」
「フリークやからな」
 アリスは苦笑した。
 火村の手が無意識に煙草を探るのが目の端に留まる。視線が合った。
「わかってはいるんだけどな」
 肩をすくめる。
「パイポでも買ってくりゃあよかったな」
 小さく溜息。
「後でミッキーのキャンディでも買ったるわ。プーさんでもええで。さっき見たんやけど、チュッパチャップスみたいなヤツでな。ちゃんとケースがついているから全部なめなくても途中でもやめても大丈夫なんや」
「……アリス、もしや、そのキャンディってのはあれか?」
 火村の視線の先には、3歳くらいの幼児。その首から下げているのはまさしくアリスの言う『それ』のように思えた。
「そうそう、あれや」
 アリスはあっさりとうなづいた。
「おい……俺にあれを首から下げろと?」
「冗談に決まっているやないか、そんな表情しなや。男前がだいなしやろ」
「アリス、そういう冗談は時と場合を選んでくれ」
 パスポートケースの一件があるから、冗談に聞こえない。
「俺は別ええんやけど、君には似合わんもんな」
「そういう問題じゃないんだ、アリス」
 それは火村の切実なつっこみだったのだが、ちょうど見えてきたパレードの先頭であるクリスマスツリーのフロートにアリスの意識は奪われる。
 軽快なクリスマスソングにあわせてやってきたサンタ服のグーフィー達。
「あっ、火村、ミニーやミニー」
 ポップなデザインのフロートは鮮やかな色彩でもって人々の目を楽しませる。
 トナカイダンスを踊ろうと誘われて、周囲の人間がそれに合わせて踊るのに火村は驚いた。おとぎ話の主人公や、ディズニーのキャラクター達がお手本を見せる。単純な繰り返しだから覚えるのはそう難しくはなかったが、子供ばかりではなくいい年した大人も一緒になってやっているのだ。
 ふと横を見れば、アリスの手も動いている。
「…………」
 火村は無言で視線を前に戻した。

 色とりどりのフロートが目の前を過ぎて行くのを眺めながら、意識はゆっくりと自分の中の記憶に降りて行く。
 さんざんこきおろしたものの、実を言えば火村にとってクリスマスは特別な日だった。より正確に言うならば、アリスと過ごすようになった20歳の時からその日は特別なものになった。
(……クリスマスがなんだ〜。俺は来年から、世間の商業主義に乗せられないクリスマスを二人で過ごすんや……だったけかな)
 火村は、酔ったアリスのセリフを思いす。その年のクリスマスの三日前、その時つきあっていた彼女にフラれたアリスは、当日、ぐてんぐてんに酔っ払って火村の下宿に転がり込み、正体不明のまま20時間以上眠りつづけた。
 その後、アリスがそれを覚えていたかは知らない。しかし、その年から互いに彼女のいるいないにかかわらず、クリスマスは二人で過ごすのが慣例となった。それが慣例なのだとは互いに一度も口にだしたことはなく、毎年、毎年、アリスは律儀に火村に予定を確認していたが……。
(……俺にとっては、確かに聖なる夜だったな)
 目の前に最後のフロートがさしかかる。サンタクロースの乗ったそのフロートに、子供たちはしきりに手を振った。今時の子供はサンタクロースなど信じていないと言うが、これを見る限り人気は相変わらずのようである。
 いかにもサンタクロースな老人は、かたわらの袋に手をつっこむと空に紙ふぶきを散らした。 
「うわあぁ」
 歓声がわきおこる。
 ひらひらと舞う紙ふぶきはネズミ形。白髭のサンタは高笑いをしながら、もう一掴撒く。
 見上げた青い空に、白い紙ふぶきが鮮やかに映えた。

to be continued



TDLのクリスマス☆
何だかその辺の恋人達も真っ青って感じですが、いいねぇ幸せで---(笑) でもそれだけにこれから先が---。
これを読んでいたら、私もTDLに行きたくなっちゃいました。楽しそうなんだもん。
そしてそして、アミューズメントパークフリークなアリス母。羨ましい…。穴場とか色々、私にもご教授願いたいです。

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