Frohliche

Weihnachten


 As Close as possible 3
  この聖なる夜に(3)

南果ひとみ 




「何だか、変に寂しい気持ちがするわ」
 パレードの後、アリスが小さく笑って言った。
「……寂しい?」
「うん。ミッキーの紙ふぶき見てたら、何となくな」
 しっかり2枚ほど拾ったアリスはそれを手帳に挟んでいる。
「青い空に白い紙ふぶきがすごく綺麗で、ああ、終わってしまうんやなって思ったら何やら寂しいような……泣きたいような気分になったんや……こんなに人がたくさんおって、めちゃくちゃにぎやかな場所におるのに、おかしいやろ」
「そんなことはないさ……」
 火村も同様の感覚を味わっていた。きっと、感受性の豊かなアリスほどに明確なものではないのだろうけれど。それでもそれはこれまで火村の知らなかった新鮮な感覚だった。
 それは、全部アリスが彼に教えてくれたことだった。時々思うことがある。もし、アリスと出会っていなかったら……、もし、あの階段教室で声をかけていなかったら……、もし、あの時手を離してしまっていたら……、今頃、アリスという存在のない火村は、己の抱える闇に食い尽くされていただろう。
 しかし、そんな感傷も束の間、拳を握り締めたアリスが力いっぱい火村に宣言した。
「次は、ポップコーンや」
「ポップコーン?」
「うん。プーさんのはちみつ味のポップコーンが新しく売り出されているのや。俺はキャラメル味が好きやけど、やっぱ新製品は試してみたいし……。ポットとかも他のとは違うっていうから、おかんに御土産にしよう思うてな」
「…………」
 火村は無言のまま苦笑する。
 くるくるとめまぐるしく変わる表情、その率直な感情の発露、そのどれもが火村には持ち合わせのないものだった。それこそが火村の求めてやまないアリスの一面だった。
「ほら、あれやあれ」
 アリスは目線で黄色っぽいポットを持っている子供を指ししめす。
 土産用も買うということは、おそらく火村も一つ持たされるのだろう。いろいろ言いたいことは有ったが、結局口に出したのは全然別のことだった。
「ポップコーン屋ならさっきあっちにあったぞ」
 そんな火村に、アリスはチッチと舌をならす。
「甘いな、火村。はちみつ味は二ヶ所しか売ってるところがないんや」
「…………」
 アリスのその下調べの入念さには、思わず脱帽するしかない火村だった。

 無事にはちみつのポップコーンをゲットしたアリスが選んだアトラクションはホーンテッドマンション。どういう選択基準かは知らないが、どうせ火村にはよくわからない。
「ホーンテッドマンション?」
「そう。まあ、いわばディズニーランド風お化け屋敷やな。でも、恐ろしいことは全然あらへんのや。どっちかっていうと綺麗でな」
「生憎、お化けを恐いと思ったことはないね」
「……一度もか?」
 アリスが驚いたような目を火村に向ける。
「ああ」
「子供の時もいれてやで?」
「ない」
 火村はきっぱりと言い切る。
「……げー、かわいくない子供やなあ」
「俺がかわいげのある子供だったと思うか?アリス」
「……思わん……」
 と、いうか、今とそう変わらない子供だったのではないかとアリスは想像している。三つ子の魂百までと言う通り、人間は年齢を重ねたからといって、そうそうに変わるものではない。だいたいアリス自身がいい例だ。
「にしたってなあ……。俺かて今でこそB級ホラー映画ファンやけど、中学生の頃は犬神家の一族にさえ怯えたんやで」
「あれは別にホラーじゃないだろう?」
「でも恐い映画やったろ」
「ゴムマスク人間のどこが恐いんだ?」
「全部や」
「そうだな。確かに幽霊やお化けなんかよりも、生きている人間の方がよほど恐い……」
 口元に浮かべたその火村の笑みに、アリスはひやりとしたものを感じた。
 
「これ、えらく食べにくいわ」
 結局、アリスがかなり遅い昼食代わりにかぶりついているのは、薫製のターキー。
 いかにもクリスマスらしい食べ物だったが、アリスの様子を見ているとひどく食べにくそうだった。
 火村の手には、チェロス。苺味でないのがアリスには残念で仕方がないらしいが、その苺味とやらもさっきのポップコーン同様、売っている売り場が限られているらしい。別に火村が食べるわけではなく、単にアリスの食べる分を持っているだけだった。
「彼氏とデート中の女の子は、こんなん食べれへんやろな」
「そうだな」
 歯で肉を食いちぎっている様子はかなりワイルド。なるほど恋人には見せられまい。
「これ食べたら、ビックサンダーマウンテンやで。そろそろファストパスの時間がくるからな」
 待たずに乗れるというチケットシステムを利用しているとかで、時間の指定されたチケットを二人は持っていた。火村にしてみれば、この寒空の下、5分足らずのアトラクションに乗るのに1時間以上も並ぶことは絶対にできない。少なくともそんな忍耐力はない。
「んでもって、ミッキーのレビューを見たら、夜のパレードと花火や」
「わかった。これ食べるんだろ?ほら」
 食べ終わったアリスに、パウダーをまぶした細長いドーナッツもどきの菓子を差し出す。
「ありがとな。後で苺味買ったら、火村にもやるからな」
「……まだ、食うのか?」
 火村はやや恐れをもってたずねる。
「うん。3時のおやつならぬ5時のおやつにな」
 あっさりと答えるアリスに、火村はひきつった笑いで応えた。
(おやつっておまえの胃袋は底無しか……)
「おやつは別腹なんや」
 ありすはにっこりと笑った。


to be continued



TDLってイイなぁ…と思いながらも、火村には惚れた弱みっていうか、彼氏(?)の悲哀を感じますね(笑)
いや、だってどう見ても火村とTDLって不似合いだし、おまけに禁煙だし、何だか忍耐を試されているような気が…。その点アリスはお気楽っちゅーか、幸せでイイよなぁ。蜂蜜味のポップコーン、私も食べたいよぉ!!
ホーンテッドマンションは、私も好きです♪ でもあの椅子(?)に二人で座ったのね…と思うと、何というか---。
くっそぉ、これをデートと言わずして何と言うんだッ!?

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