As Close as possible 4
  NIGHT & DAY (1)

南果ひとみ 





 俗に十二月を師走という。師走……師も走るほど忙しいと誰かから聴いた覚えがあるが、事実なのかどうなのか。確かに某助教授を実家まで走らせたりしたものの、アリス自身はと言えば、走る暇もないほどに忙しかったというのが事実だった。おとぎの国のクリスマスの甘い夢から醒めてみれば、そこにまっていたのは、『締切』の二文字。最初から覚悟の上とはいえ、それは想像を越えたキツいものだったのだ。何せ元々が突発的な依頼。締切までは当然過酷な日程にならざるをえない。さらに、量産がきくとはいえぬ我が身。とりあえず、3月締切で書きかけていたものを枚数調整して出すことにはしたものの、クライマックスにさしかかったところで一行も進まなくなってしまったアリスである。
「……あ〜、世間様はお正月やいうのに……」
 帰ってきた翌日からマンションにこもりっきり。実家の母親への土産は火村を宅配便代わりに使い、大晦日も元日も知らないうちに時間だけが過ぎていった。当然、レコード大賞を誰がとったのかも紅白ではどっちが勝ったのか知らないし、元日恒例のサッカーも翌日からの箱根駅伝も見ていない。
(除夜の鐘もつきに行ってないやろ、それから、初詣も行ってないし……うぎゃー、年賀状なんか一枚も書いてないわ……)
「って、言うか、俺、この部屋から一歩も外出てないんとちゃうか?」
 そう。まさにその通り。
 冬休み中の火村が大晦日から泊り込んでいるせいで、籠城するにあたって最大の難関である食料補給問題は、やすやすクリア。年越しソバは大きなエビ天入りで火村が作ってくれたし、おせちは火村の下宿のばあちゃんからのお裾分け。餅は土産を届けに行った火村がアリスの実家から持って帰ってきて、磯部巻だの、揚げ餅だの、鍋だのにいれて飽きないように食べさせてくれている。
(火村、料理うまいからな〜……)
 考えただけで思わず笑みがこぼれてしまうアリスである。
(そういえば、大掃除も火村がしてくれたんやな)
 掃除だけではない。洗濯だって自分でやっていない。よくよく考えれば、原稿だけに専念する上げ膳据え膳の毎日をおくっているアリスである。
「火村、あとで必ず埋め合わせするからな……」
 それに気がついて思わず手を合わせた。
「あん?呼んだか?」
 声がして、トレイ片手にくわえたばこの助教授が姿を現す。
 ジーンズに白いシャツ。頭はぼさぼさ。生徒には見せられないような格好だが、基本的にこういうラフな格好の方が似合うとアリスは思う。少なくともあの夏の白のスーツはいただけない。
「いや、君に甘えっぱなしや思うてな……かんべんな」
「別に。これはこれで結構愉しんでいるからな……」
 火村にとってアリスの世話を焼くというのは至上の愉しみの一つだった。この、さほど広いとは言えぬ2LDKの空間にアリスを閉じ込めて、独占しているというやや屈折した愉しみ方ではあるものの……。
「あとでかならず埋め合わせするから、かんべんな」
 上目遣いのアリスの表情のかわいらしさに火村はにやりと笑う。
「ああ、期待してるよ」
「ホンマ、感謝してるで」
「いいさ。感謝の気持ちは後でゆっくりと聴かせて貰うから」
 その笑みの底に潜むものにアリスは気がつかずに、こくこくとうなづく。
「うん。後で何べんでも言うたるわ」
火村の目が細くすがめられる。
「後でな。それより、ほら、昼メシだ」
 手にしたトレイには、マグカップになみなみと注がれたカフェオレとホットサンド。
「ひむらぁ〜」
 喜色もあらわなその表情に火村はごく自然と笑みをもらす。
「感謝の気持ちは後で貰うから。それより先に喰え。冷めるとまずいぞ」
「そんなことない。火村の作ったもんは冷めててもおいしいで。でも、せっかくやからチーズが溶けてるうちにいただくことにするわ」
 ホットサンドの具はチーズとハムのトマトソース味のものとチーズのツナのホワイトソース味のものの二種類。どちらもあつあつの絶品。
「君は食べんの?」
 ふと見れば、床に座った火村はバドワイザーの缶を灰皿代わりにいつものキャメルをふかしているだけ。
「ん、俺は作りながら喰った」
 そう言って、火村は半分くらいに短くなったキャメルを缶の口でもみけす。
「君、本当はあんまりヘビースモーカーってほどやないよな」
 ふっと口をついて出る。
 ここのところ同じ屋根の下にいながら、火村と話をするのはアリスが食事中の時くらい。まるで家庭内すれ違いの夫婦のようである。
「そうか?」
「うん。喫ってるってよりフカしてるだけやもん。君の場合、身体に煙草が必要なんやなくて、頭に必要なんやろうな」
「なんだそりゃ?」
「ん……ようは、脳内の活性化を促進する為の潤滑油みたいなもんやないかなって話」
「なら、おまえも一本吸うか?いいアイデアが浮かぶかも知れないぞ」
「……火村のイケズ」
 からかうようなその眼差しを見返して、アリスは口を尖らせた。
 それが30男のセリフと態度かとは思ったものの火村は口に出さなかった。
 ここでアリスを刺激すると、さらに原稿が遅れかねない。アリスの世話を焼いているのは愉しかったが、それだけで冬休みが終わってしまうのは願い下げだった。別に初詣など何だのというアリスの行事に付き合ってやるつもりはなかったが、火村の新年の行事にはつきあってもらわなければならない。
「文句だったら、原稿が上がったらたっぷりと聞いてやるよ」
「ごちそうさん。続きやるわ」
 目が据わっている。どうやら、その気になったらしい。変なところで負けず嫌いのアリスに内心苦笑する。
「がんばれよ。3時になったらおやつ差し入れてやるよ」
 ドアのところで声をかける。
「あんな、俺、ホットケーキが食べたいわ」
 おやつの三文字にアリスの表情がぱあっと明るくほどける。
「はいはい。わかったよ」
「ちびくろさんぼのバターと、メープルシロップもつけてな」
「わかったよ」
 パタンとドアを閉めたところで火村は首を傾げた。
「ちびくろさんぼのバター?」


to be continued



お待たせしました☆ 南果さんの新作ですッ♪
100年紀にこいつらは…ってなぐらい甘々の二人で、いやぁ〜んシ・ア・ワ・セ。---なので、思わずピンクな画面(笑)
読んでいるとどっからどう見ても新婚さんな夫婦の会話なのに、二人の幸せのモトがずれてるあたりが何とも---。でも、おかしい。21世紀はアンハッピー火村スペシャルのはずなのに…。何なんだ、この幸せ振りは!?
ちなみにこのお話は、昼から夜に移動して行くとのこと。南果さんが「夜もしっかり書くつもり」と言いながらも「逃げそうだな」の追伸付きだったので、逃げられないようにしっかり書いておこうっと(笑)

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