南果ひとみ
「・・・・・・いつまでたっても慣れないな、もう少し力抜けよ」
囁かれる声だけで、びくりと身体が震える。
「・・・・・・慣れるか、アホ……」
あがっている息の下から、それだけをやっとのことで声にする。デリカシーのない恋人のいいぐさに本当はもっと言いたいことがたくさんあるのだが、かき乱された思考はそれ以上の言葉を紡ぐことが出来ない。
指先が、あるいは唇が、肌に触れるたびにいつもは感じることのない何かが目覚めて行く。 それは自身の感覚でありながら決してアリス一人では、見つけることのできないものだ。
唇に触れた柔らかな感触に、薄目を開けて火村を見る。
思わず溜め息をこぼしたくなるようなキスだった。
ただ、唇を重ねるだけのバードキス。いたるところに容赦のない愛撫を与え、嫌になるくらいアリスを追いつめている男がするとは思えぬほどの優しい優しいキス。
アリスの視線に火村が柔らかく笑む。
全身が甘苦しく締め付けられるような気がして、呼吸が乱れた。
こんな時の火村の表情はどこか苦しげで、ひどく優しくて・・・・・・だから本当は本意ではないことまで許してしまう。
「…………っ」
声にならずに、喉の奥でひきつれた悲鳴があがった。
圧迫感、己の身体の奥深くにまで異物が突き入れられる。
どんなに優しく愛撫され、どんなに神経が蕩かされていても、衝撃を受けずにはいられない瞬間だった。
火村の熱が入り込み、アリスの内をかき乱す。
既に自分の身体は自分のものでありながら、思うままにはならない。
自分の喉から出ているとは思えぬほど艶めいた嬌声。
異なる熱が入り交じり、溶けてゆく。
手を伸ばして、その身体をひきよせた。
もっと火村の熱を感じたかった。
一番奥深くで繋がっていてもまだ足りない気がしていた。
かすかな柑橘系の香りが鼻腔をくすぐる。
(……何の匂いやろか……)
意識は覚醒をはじめているのに、目を開くことが出来ない。
でも、いつもと何か違う感じがしていた。
馴染むことの出来ない違和感……半覚醒の頭では何がどう違っているのかよくわからないけれど。
毛布、火村の腕、自分……手触りで確かめた構成要素はいつもと同じ。
やっとのことで薄目を開く。
(……ああ、体勢が違うんやな)
自分を抱きしめる腕の位置が違う。
違和感の正体がわかって安心したアリスは、安心して再度眠りの海へと身を委ねようとした。
「……ん?」
そのことに気がついて思わず飛び起き、それからあわてて横に退いた。
「ぐげっ」
火村の喉から奇声が発せられる。
「ご、ごめん、火村」
「……いや」
目覚めた火村が目をこすりながら、起き上がる。
「頼むから、もう少し静かに起きてくれ。少なくとも俺の上にいる時はな」
にやりと人を喰ったような笑み。
「重かったやろ。ホンマ、ごめん」
「別に。たいして重くないし、おまえに上にのっかられるってのも悪くない」
笑みがさらに深く刻まれる。
「ひ〜む〜ら〜っ、そういう言い方はやめや」
上目遣いに睨めつけるその表情は、アリスに嫌いな所などないと言い切る男をして好きな表情のベスト3に入ると思うほど魅力的だったから、もちろん、脅すことも反省を促すこともできるはずがない。ほんのわずかだけ怒りを帯びたその声も耳に心地よい。
「嘘は一言も言っていないぜ、事実だろ」
器用に片眉だけをあげた表情で火村が言う。確かにその通りだ。しかし、何やらいろいろ意味深なセリフが非常に恥かしいし、その揶揄するような口調が余裕しゃくしゃくなのも口惜しかった。
「う〜っ」
しかし、返す言葉がない。
「それにしてもいい眺めだな、アリス。やっと新年が来たって感じだぜ」
はっと我にかえれば、素肌にパジャマの上着だけという姿。しかもボタンがほとんどかけていないから丸見え状態。
「何が新年や。もう七草粥過ぎたのやで」
「俺にしてみれば、年末からずっとおあずけ喰わされてたんだ。姫初めを済ませるまで年なんか明けるわけないだろ。俺にはやっと新年だ」
「どスケベっ」
「ま、否定はしない」
「否定しろやっ、君っ」
「身を以ってそれを理解しているおまえに言われることだから、否定はできないだろう?」
その笑みはいっそ愉しげなほど。
「したくてしてるわけやない。昨夜ももうやめ言うてるのに好き勝手しやがって」
「……あんなところで止められるか」
「あんなに頼んだのに」
もう許してと涙まじりにつぶやくアリスの声を思い出して、背筋がぞくりとする。
追いつめられていたのはアリスではなく火村の方だ。止められるはずがない。
「あそこで止められたら男じゃねえよ」
目を眇めて抜けるような笑いを漏らす。
「……とにかく、今日はナシや」
火村を責めるようなことを言ってはいるものの、途中までは確かに自分も積極的にねだっていたという自覚があるのであまり強くは言えない。何よりもほんのちょっと記憶を溯っただけで顔から火がでるかと思うくらい恥かしくてならないあれやこれやを思い出してしまう。
「何でだよ、後で埋め合わせしてくれるんじゃなかったのか?」
からかうような口振り。
「誰が身体で払う言うたんや。それとこれとは別やっっ」
「俺は一緒がいいんだが……」
「却下や、却下っっ」
ムキになるアリスの表情に火村が目を細める。
「アリス」
「何や」
拗ねたような表情をしてみせるものの、実際にはテレているだけ。
「とりあえず朝メシにしようぜ。このままベッドの上ってのも悪くはないんだが、手出しを 禁止されている身としては身体にあんまりよくねえからな」
かすかな笑み。きっと火村自身は己が笑んでいることに気がついていないだろう。
「食べ物で誤魔化そうったって無駄やで」
じとっと睨みつける。
「わかってる。何が食いたい?」
「……えーとな、ふわふわのチーズオムレツがええな」
にっこり笑ってリクエスト。
(……どこが誤魔化されてないんだよ)
心の中の声は都合のいいことにアリスには聞こえていない。
「OK、シャワー浴びてこい。一応、風呂には入れたが、おまえがオレに抱き付いて離れないせいでうまくいれられなかった」
「風呂?」
「ああ」
柑橘系の匂いは自分の身体から。今アリスが気に入っているボディシャンプーの匂いだった。
「ありがとな、火村。大変やったろ」
意識のない人間の身体は運ぶだけでも大変である。
「いいさ。いろいろいたずらさせてもらったからな」
さっとアリスの顔が青くなり、次の瞬間、真っ赤になった。
「ひむらーっ、いたずらって何や、いたずらってっ」
笑いながら寝室を出る火村の背をアリスの声が追いかける。
「さあな。風呂で確かめてみろよ」
バダバタッと風呂場に駆け込む足音。
(……まったく……)
ノセやすいというか、単純というか……だからこそアリスなのだが。
「ひむらーっ」
怒声が聞こえる。
どんな顔で怒鳴っているのか眼に見えるようで火村はくっと喉の奥で笑った。
そんな一瞬こそが、火村が己の内がアリスで満たされていることを実感できるかけがえのない、しかし何の変哲もない日常だった。End/2001.02.11
お疲れ様でしたm(_ _)m 何と申しましょうか…。発情期じゃないのに、私達のリクエストに応えてくれてありがとうです<(_ _)> 最初の部分を読んで、みどりばちょっとテレてしまいましたr(∧∧;)" あ〜でも、蒼天初のあぶり出し済みヒムアリ☆ 何だかこれで私らも大人の仲間入りをしたような気がします(爆) それにしても、火村ってば新世紀になっても頭の中タダレちゃってるんですねぇ…。 ---と思いつつも、おあずけを喰わされながら健気(?)にハウスキーパーしている姿を脳裏に描くと、思わず「良かったね」と肩の一つも叩いてあげたいしみじみ気分。これで火村の気もすんだ(←本当にそうか?)ことでしょうし、漸く明るい新年が迎えられるわけだ。うん、良かった良かったvvv そしてヒムラーな南果さんも、きっと安心してアンハッピー火村スペシャルに突入できることでしょう(笑) 次は、いよいよ南果さんとみどりばプーッシュ!!---の小鳥遊氏v.s火村の初対面とか---。フッフッフ、今から楽しみですねぇ…(`▽´)v |
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