§プロローグ 肉体労働者、誠
ロシュタリア王宮の裏面の近く。そこには警備の都合で何もない、やや広めの土 地があった。“やや広い”といっても、エルハザードにおける感覚だから、かなり 広い。そういった土地が何の使い道もなく放置されているのであった。 が、今はありとあらゆるものがごっちゃと置かれている。そしてその近くで作業 している人影すらもあった。 「あー、しんど。でも、もう少しやな」 人影である所の彼。すなわち誠は背伸びをした。 彼の目の前にはなにやら巨大で仰々しいものが鎮座している。 何をしているのかといえば、時空転移の実験のための装置を組み立てているので ある。巨大なそれは無骨なシルエットをあたりにさらしていた。なにしろ、装置の 大きさは建物一つ分くらいあるのだ。 建造には大変な時間がかかった。まず、道具や工具がない。それを作るのに6週 間。材料を調達するのに3週間。次に作業のための足場を組むのに2週間。電気な どないこの世界で、装置を手作業だけで組み立てるのに10週間かかった。ちなみ に、装置の移築なども行っているので、実際の作業期間はもっと長い。人に手伝っ てもらえばいいのだろうが、作業の内容が特殊なだけに、そういうわけにもいかな かった。これだけの作業をこなすなど、大した肉体労働である。 ちなみになんでこんな場所で作業しているのかというと、もともとは王宮内でや っていたのだが、あまりにも繰り返し起こる危険な事故のため、追い出されてしま ったのだ。 「さて、続きやろ」 誠は再び作業に取り掛かった。 「うーん、ま、こんなもんやろ。完成じゃないけど、とりあえずこれで動くはずや」 誠は満足げに最後のケーブルを接続完了した。 「あ、誠様、ついに完成したんですか?」 「ああ、アレーレ。まだ未完成やけど、とりあえず動く所までできたで」 「わー、おめでとうございますぅ!」 「うん。ありがと。ところでアレーレは何しに来たの?」 「あ、そうでした。菜々美お姉様から差し入れです。なんでも、お店の方が忙しく て来れないそうです」 アレーレは弁当の入った包みを誠に差し出した。 「あ、おおきに。そういや、これから実験開始する所なんやけど、アレーレも見て くか?」 「じゃあ、そうさせてもらいますね」 こうして、アレーレが実験を見学することになった。 「えーと、これでよし。後は実際に時空転移をさせる物体をセットするだけやな。 なにかよさそうなものは…」 誠はあたりをきょろきょろと見回す。 「それって、異世界へ行く物体ってことですか?」 アレーレが目を輝かす。 「ん、まあそんなようなもんやな…」 「だったら、私がなりまーす!」 アレーレは元気よく手を挙げた。 「えっ!? アレーレが?」 誠は露骨に困った顔をした。 「いけませんか?」 アレーレが悲しそうな顔をする。 「ん、ええーと…。いきなり人間で実験するのは…。じゃ、じゃあまず他の物で試 して、うまくいったら、アレーレを使ってあげるよ」 「はい!」 そういうわけで、とりあえず壺で実験してみることになった。 壺は装置の中央の台の上にセットされている。 「よし、いくで!」 「はい!」 誠の指がコンソールの上をせわしなく這う。それに伴って、装置はうなりをあげ てきた。 「凄いです! 誠様!」 「よし、転移開始や!」 誠の指がコンソールの一際大きなボタンを押す。そしてそれが起こったのはそれ と同時だった。 ドォーーン……!! 「きゃああああぁぁぁぁ!!」 「うわあっ!」 壺は木っ端微塵に砕け散り、破片があたりに飛散した。 「あっつつつつつ……。どうやら失敗みたいやな。人間で試さんでよかったわ。や っぱり未完成の装置で試すのはよくないわ」 誠は失敗を笑ってごまかす。 「あ、危なかった……」 アレーレはほっと胸をなで下ろす。 壺の姿はもうない。それどころか、壺の載っていた頑丈そうな台もひしゃげてい る。 一歩間違えば自分があの状態になっていたかと思うと、アレーレはほっとせずに はいられなかった。 「うーん、こんなになってまったけど、アレーレ、実験する?」 「結構です」 「それがいいわな」 仕方なく、二人は壺などの後片付けを始めた。 「なんじゃぁー? なんじゃ今の爆発はぁ?」 「誠様、何が起きたのですか?」 爆発音を聞きつけて、ルーンとファトラが走ってきた。 「あ、いえ。大したことじゃないんですよ」 それに対して、誠は笑顔で答える。 「大したことないとは、どんなふうに大したことないんじゃ?」 「ええ。死者も怪我人も出ていませんよ」 「ほほお。それはよかった……って、そんなわけないじゃろ」 ファトラが誠に向かって指を突きつける。 「誠様。その…大変言いにくいのですが…」 ルーンはかなり困ったような顔をしている。それをファトラが制した。 「姉上、わらわが言いましょう。 誠」 「はい?」 「そなたがあんまり爆発事故を起こすもんで、他国からロシュタリアは兵器開発を やっておるんではないかという疑惑が持ち上がっておる」 「ええっ!?」 仰天する誠。 「まあ、そういうわけで、ここから言いたいことは分かるな?」 「はあ…。すみません」 「ま、そなたの熱心ぶりにはわらわも感心するがな」 「はあ…」 「誠様、その…できればでいいんですが、もう少し事故を少なくして頂けませんで しょうか?」 「はい。分かりました」 すまなさそうに誠はルーンとファトラに頭を下げた。 それからしばらくした頃。誠はルーンとファトラに研究の内容の説明などを行っ ていた。研究が進展していることを知らせないと、予算が取りにくいからである。 「人為的に特異点を発生させることによって、因果率を切り離し、それによって時 空を越えるんです。ただ、因果率を完全に切り離すわけにはいきませんし、そのへ んが難しいんですよね」 誠は嬉しそうに説明している。 「はあ……」 ルーンはどんな反応をすればいいのか戸惑っていた。 「そんな危険なことをして、また爆発するのではないか?」 「いえ。それでも小規模なものばかりですよ。本当に爆発させたなら、ロシュタリ アが丸ごと吹き飛んでしまいますよ」 誠はその言葉をほんの軽い気持ちで言った。頭の後ろに手をやりながら、軽い気 持ちで言ったのだ。 ルーンとファトラの空気が止まった。表情も凍りつく。ひょっとしたら呼吸も止 まっているのかもしれない。 ゴゴゴゴゴ…… かなり時間がたったのではないかというころ、何やら物音が聞こえてきた。 「ん、なんや?」 誠は音のした方を向く。 ルーンとファトラもぎこちなくそちらを見た。 「あ! あれは!」 ドドドドオォォッ……!! 誠の声と同時に、一発の砲弾が近くに打ち込まれる。 「うわあ! 何やあ!?」 「ふはははははっ! 水原誠! 貴様、兵器を開発しているそうだが、そうはいか んぞ! この陣内様が兵器が完成する前に打ち壊してくれるわ!」 陣内が飛行艇に乗って、高笑いをあげていた。 「陣内! これは兵器なんかやないで!」 「なにをー! 私が放った密偵によれば、それはロシュタリアが丸ごと吹き飛ぶほ どの威力を備えた超強力な兵器とのことだったぞ!」 「違うで! 兵器やない! それに大体、おまえどこから現れたんや!?」 「そんなことを言うと、作者が泣くぞ! とにかく私はそれを破壊するのだ! そ らっ、くらえい!」 飛行艇から再び砲弾が発射される。 「うわあぁっ!」 「はっ、誠!」 砲弾の音で、ルーンとファトラがようやく正気に戻った。 ファトラが誠の胸元を掴みあげる。 「そなたそんな危険なものを造っておったのか!? ロシュタリアが丸ごと吹っ飛 ぶじゃとお!? 許可もなくそんなものを造っていいと思っておるのか!?」 「ええと…。じゃあ、許可ください」 「そなたというやつはあ……」 ファトラが誠を喰い殺しそうな勢いで睨みつける。 「誠様。そういうことをなさる時は、一言私に言ってからなさるようにして欲しい のですが…」 「はあ…」 「やいやいやいっ! てめえ、バグロムの親玉! 何しにきやがった!?」 そこへ大神官たちが現れた。どうやら、陣内の後を追ってきたらしい。 「もちろん、水原誠を滅ぼすために決まっているであろうが! そんなことも分か らないのかぁ? うっひゃはははははっ! そおれ、攻撃、攻撃ぃ!」 陣内の放った砲弾のいくつかが、実験装置に命中した。 「ああっ! 実験装置が!」 装置は当たり所が悪かったらしく、異常な動作を始めていた。 「げっ! 爆発するんじゃないのか!?」 ファトラが露骨に嫌な顔をする。 「早く止めんと!」 誠がコンソールを操作し始める。誠の額からは脂汗が吹き出していた。 「ちょっと、お兄ちゃん! 何やってんの!?」 「誠殿。いかがなされた?」 そこへ菜々美とストレルバウがやってきた。 「だめやあ! 間にあわへん!」 「そおれ、壊れろ、壊れろぉ! うひゃはははははははっっ!!」 誠が絶望的な声をあげる。陣内が勝利の高笑いをあげる。 「誠殿! 一体どうなるんじゃ?」 「分かりません。ひょっとしたら、みんな異世界に飛ばされてまうかも!」 「なんですとぉっ!? 異世界へ飛ばされる!?」 ストレルバウの絶叫が響き渡る。 次の瞬間、あたりは激烈な光量の閃光に包まれた。