§1  焼肉、東雲屋


「さあー、いらっしゃい、いらっしゃい。本日開店した、『焼肉、東雲屋』。開店
記念サービス実地中でーす!」
 元気のいいアレーレの声が響き渡る。
 すなわち、アレーレのいる所は焼肉屋で、アレーレはそこの店員で、客引きをや
っているのであった。
「アレーレ、もっと大きな声じゃなきゃだめじゃない!」
 厨房から菜々美がアレーレを叱咤する。
「ぶ〜〜。もうこれ以上声なんて出ませんよ」
「だめよ。とにかくがんばんなさい」
「菜々美ちゃん、そんなにきついこと言わんでもええやんか」
 菜々美と一緒に厨房で働いている誠が菜々美をたしなめる。
「んー、誠ちゃんがそういうなら…」
「あいかわらず仲のいいことじゃのう…」
「あ、あんた。何やってんのよ。さっさと働きなさい。給料下げるわよ!」
「はいはい。分かった」
 そういうと、ファトラはいそいそと注文を取りに行った。
「ねー。誠ちゃーん」
「なんや、菜々美ちゃん?」
「もうすぐ私の誕生なの。知ってる?」
「ああ、そうやったな。プレゼントは何がええかな」
「……んー、私ねー。誠ちゃんの子供が欲しいー」
 赤くなった菜々美が甘えた声を出す。
「えっ、それって、菜々美ちゃん…」
「ふふふ…」
 菜々美は誠にしな垂れかかった。

「ちわーす」
 新しい客が4人来た。若い女性が二人と、30歳前後の男女が一人ずつである。
「あ、いらっしゃーい! さ、あんた案内して!」
「…こちらへどうぞ」
 ファトラが客の案内をする。
「どうもおおきに」
「では、注文をどうぞ」
「じゃあ、野菜盛り4皿にモツ2皿に手羽先を2皿ちょうだい」
「ちょっと姉貴! そんなんじゃやだよ! あたいは肉が食いたいんだ、肉が! 
んーと、じゃあさっきのはなしにして、カルビ6皿にモツ4皿に牛タン2皿にイカ
2皿にロース3皿くれ。あと、酒だな。酒。酒をありったけだ」
「んもう。ちょっとは野菜も食べなさい! あ、ちょっと。それに野菜盛りを3皿
追加してちょうだい」
「かしこまりました」
 そう言うと、ファトラは厨房へ戻っていった。
「ほんにいやしいやつどすなあ」
「なんだと、アフラ! てめえだって肉食いたいだろが!」
「そりゃそうどすけど…」
「まあまあ。楽しく食べればいいじゃないですか」
「まあ、そーね。ダーリン」
 ミーズが藤沢の腕に抱きついた。

 ジュー……
 うまそうな音を立てて、肉が焼ける。
「んー、んまい!」
 シェーラが幸せそうに肉をぱくついている。
「あ、おいしいどすな」
「あんたたち、肉ばかり食べてないで、野菜も食べなさい」
「なんだよ。いいじゃねえか」
「年取ると、食べ物の好みが変わって、いけまへんな」
「なんですって!? 美容のためにはビタミンが大切なのよ!」
「まあまあ。ミーズさん。いいじゃないですか」
「そーですわね、ダーリン」
 ミーズは藤沢の胸にしな垂れかかった。

 シェーラは鉄板の上の肉を箸で摘まむと、たれに浸けて食べた。
「あ! その肉、うちが焼いてた肉どすがな!」
 アフラが抗議の声をあげる。
「ああそうかい。ごめんよ」
「ああそうかいですみますかな! あんさんがそういうつもりなら、うちだって!」
 アフラはシェーラが焼いていた肉をとって食べた。
「ああーーーっ! てめえなんてことするんだよ!」
「お互い様どす」
「あんだとーーー!!」
「ちょっとちょっと。あんたたち、やめなさい!」
「姉貴は黙っててくれ! あたいはうっかりやったってのに、てめえはわざとじゃ
ねえか! お互い様とは言えねえぞ!」
「でも、人が焼いている肉を盗ったことに変わりはありまへんやろ!」
「なにをー! あたいは謝っただろうが!」
「あんなセコイ謝り方で、済みますかいな!」
「ちょっとあんたたち、肉のひとつやふたつでなに喧嘩してんのよ。やめなさい」
「あたいは許せねえんだよ!」
「うちだって許せまへん!」
 普段なら、この程度のことでここまで険悪になることはないのだが、二人とも酒
が入ったせいで、歯止めが効かなくなっていた。
「あーもう! これが大神官のやることかと思うと、涙が出てくるわ!」
「大神官だろうがなんだろうが、物事にはけじめをつけるってのがスジだろうが!」
「おー、よう言った、シェーラ。そんだったら、納得しいや」
「けじめをつけようってんなら、てめえが謝れってんだよ!」
「なんどすぅ!? うちに謝れ言うんどすか!?」
「そうだよ!」
「ぜっっっっっったいに謝らないどす!!」
「てめえ! 泣かされたいのか!?」
「そんなら決着つけようか!?」
「望む所だ!」
 シェーラは椅子を蹴って立ち上がると、その勢いでもってアフラに炎を打ち付け
た。
「はっ!」
 が、アフラは炎に巻かれる前にそこから飛びのく。結果、アフラの後ろにいた人
間が炎に焼かれた。ちなみにその人間とは……。
「うおおおおおおのれ! わらわにこのような無礼を働くとは、不届き千万! わ
らわがじきじきに制裁を下してやるわ!」
 ぷすぷすと煙をあげているファトラはシェーラに飛び掛かった。
「シェーラ、なんてことをするんどすか! こうなればうちだって容赦はしまへん
からな!」
「望む所だ! 肉の恨みをとことん思い知らせてやるぜ!」
「ああもう! あんたたちやめなさい!!」
 アフラがシェーラに向かってカマイタチを叩き込む。
 シェーラがそれを避ける。
 ファトラがナタを使ってシェーラに切り込む。
 全ての攻撃は外れ、店の建物が被害を受けた。
「ひえええええっ! やめて! やめてちょうだい! お店の中で暴れないでぇ!!」
 顔面蒼白になって、金切り声をあげるのは菜々美である。が、菜々美の絶叫むな
しく、彼女の願いは却下された。
「たあありゃああぁぁ!!」
「せやあっ!」
「とわあっ!」
 こうして、店内での壮絶な乱闘は続けられるのだった。
 吹き飛ぶテーブル。破られる屋根。破壊される柱。逃げ惑う客。そこはすでに地
獄と化していた。

「うっ……。ひっく…ひっく…。うぐっ…えぐっ…。うええええん!」
 乱闘から2時間ほどが経過した。乱闘の首謀者であるシェーラとアフラはダブル
ノックアウトして、倒れていた。ファトラは頭にたんこぶをこさえて昏倒している。
菜々美が焼肉用の鉄板で殴ったのである。
 菜々美は店のあった場所にぺたんと座り込んで、泣いていた。
 店のあった場所……。
 そこにはすでに店はなかった。その代わりに、もとは店であったものがある。
 菜々美は瓦礫の山と化した店に一人涙していた。
「開店初日にこんなことになっちゃうなんて……。あの大神官たちはもう来店禁止
よ! でも私のお店……なくなっちゃったあ…! うええええん!」
「菜々美ちゃん」
「あっ、誠ちゃん! 無事だったの!」
「うん。無事やよ。店が壊れても、また立て直せばいいやないか。元気出すんや、
菜々美ちゃん」
 誠は菜々美の手をぎゅっと握り締めた。
「誠ちゃん…。そうだね。また二人でお店やろうね」
「そうや。またやろう」
「うん!」
 菜々美は誠の胸に体を預けた。


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