§4  帝王、陣内


「ふ、ふ。ふふふふふ。ふっふふふふふふふ。……ふふふ…。うっひゃははははは
ははっ!! ひゃぁーーーははははははっっ!! うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひ
ゃひゃっ!! いーーーひひひひひひっっ!!」
 辺り一面に陣内の高笑いが響き渡る。陣内は部屋の中央の玉座に座り、顎が外れ
んばかりに高笑いを繰り返していた。
「ふふふ……。ついに…ついにエルハザードを征服したぞ! やはり私に不可能は
なかったのだ! うわーーーーっはっはっはっはっはっ!!」
 陣内はロシュタリアを陥落させることに成功し、世界覇者となっていた。もはや
彼に対抗できる力など存在しない。彼はこの世の絶対権力者だった。
「いやー、楽しいなあ、水原誠よ」
 陣内は傍らにいる、女の姿をした奴隷に向かって声をかけた。
「…………」
「おい! 何とか言ったらどうなんだ!? 貴様それでも昔私を苦しませた奴なの
か!?」
「僕は…信じてる」
「信じてる? あいつらをか? あの、貴様を置いて逃げていった奴らをか? ふ
ひゃはははははははっっ!! これは傑作だな!
 いいか、あいつらは貴様を助けになど来ん! あいつらは逃げたのだ! そして
お前は見捨てられたのだ! いい加減に分かったらどうなんだ!?」
「…………」
「強情な奴だ」
 やれやれといった様子で、陣内。と、彼はあることを思いついた。
「そうだ。認めたら、妾にしてやろう。きちんと人並みの生活をさせてやるぞ。貴
様はなかなかに美しいからな」
 誠は女装しているだけでなく、無理矢理性転換させられていた。
「……認めへん」
「ふははっ! そうやっていつまでも強情でいる貴様はたまらなくいいぞ!」
 陣内は高笑いを続ける。
 なんで誠が無理矢理性転換させられたかというと、ロシュタリアが陥落し誠が捕
まった時、陣内が誠を裸にしてさらし者にしようとした所、誠の男の部分が陣内の
ものよりも大きいことが分かり、それを気に入らなかった陣内が性転換させたのだ
った。
 今では誠は陣内の奴隷として、鉄の首輪をつけられ、彼の身の回りの世話をさせ
られていた。誠にとっては屈辱的なことではあったが、みんなを信じて、耐えてい
るのだった。
 ちなみに、誠以外の者は逃げきって、レジスタンス活動を行っている。

「陣内殿」
「おお。ディーバ。どうした?」
「陣内殿。私はそろそろ陣内殿の子供が欲しい。子供を作ろうではないか」
「そうだな。ではそうするか。
 誠。床の用意だ!」
 陣内は誠の首輪の鎖を引っ張る。
「…………」
 誠は無言で床から立ち上がると、鉄の重りを引きずり、陣内の命に従った。
 ジャラジャラという鎖の音が、彼が行動していることを知らせている。

 寝室。
「さあ、陣内殿。私の方は準備完了だ。次は陣内殿の番だぞ」
「よし」
 そこまできて、陣内は何かおかしいことに気づいた。
「む? ディーバよ。これは一体どうするのだ?」
「どうするって、ここにするのだ。さあ、遠慮なくするがよい」
「はあ?」
 陣内の目の前には、透明な卵のようなものが無数にあった。
「だから、これにかけるのだ! そうすれば、私と陣内殿の子供が産まれる」
 そこまで聞いて、陣内の顔が引きつる。
「わ、私は急用を思い出した。また今度にしよう」
「あ、これ! 陣内殿、待たれい!」
 陣内はそそくさと退散してしまった。

 ある日。
「陣内殿、レジスタンスの連中が現れたぞ! 相手は大神官のようだ。どうする!?」
「なぁーに。あんな連中に何ができると言うのだ。我がバグロム軍団の手にかかれ
ば、一捻りよ」
「そ、そうだな、陣内殿」
 陣内は傍らの誠へと視線を移した。
「誠よ。愚かにも、貴様の友人たちが私に歯向かおうとしておるぞ。
 まあ、貴様はそこで指を咥えて見ておるがいいわ。すぐに連中と会わせてやるか
ら、楽しみにしておれ! ただし牢の中でだがな! ふひゃはははははははぁっ!!」
 陣内は行動を開始した。

「陣内殿! レジスタンスの連中はバグロム軍団の陣営を次々と突破しておるぞ!
 もうここまでくるのは時間の問題だ! どうする!?」
「む、むむ…。むむむむむむむぅーーー……。そ、そうだ! こいつを人質にしよ
う!」
 そう言って、陣内は誠の首輪の鎖を引っ張った。
 鎖に引っ張られて、誠が陣内の方へ寄ってくる。
「ふふ。誠よ。貴様には人質になってもらうぞ」
 陣内は誠の顎を指で支えると、彼の顔を自分の方へ向かせた。
 誠の顔には生気がない。身も心も疲れ果てているのだった。
 その時、玉座の間の扉が荒々しく開け放たれた。
「やいっ! 陣内! 誠を返してもらいに来たぜ!」
「むむうっ! もうここまで来たのか!?」
 さすがの陣内も額に汗を滴らせる。
 シェーラは誠の姿を認めると、表情をほころばせた。
「誠、無事か!? よかったぜ…」
「ふん! そんなことよりも、自分の身を心配したらどうなんだ!?」
「はん! その言葉、そっくりてめえにお返しするぜ!」
 シェーラがそう言うが早いか、アフラやミーズたちも現れた。ルーンたちもいる。
「ふふん。これが目に入らんのか?」
「ああっ!」
 シェーラたちが驚愕する。
 陣内は誠の首筋に半月刀を突きつけて見せていた。
「なんて卑怯な!」
「卑怯? それは私に対する最上の誉め言葉だな。
 さあ、こいつの命が惜しければ、降伏しろ!」
「く…。ちっくしょう……」
「シェ、シェーラさん! 僕のことはいいから、陣内をやっつけるんや!」
 誠がシェーラに向かって叫ぶ。
「貴様は黙っていろ!」
「駄目だよ。それは駄目だ、誠。そんなことはできねえ」
 やむなくシェーラはファイティングポーズを崩した。アフラやミーズたちも同じ
ようにする。
「そうだ。それでいいのだ」
「シェーラさん……」
「陣内殿」
「なんだ、ディーバ?」
「それは何と言う卑怯なのだ?」
 目を輝かせながら訊くディーバ。
「これか? これはな、人質というものだ。相手にとって、大切な人間を殺すと脅
迫することによって、相手を言うなりにするというものだな」
「おおっ! それは凄い! 私もぜひやってみたいぞ!」
「そうか。ではそこのお前。お前も人質になれ」
「うちどすか?」
 きょとんとしながら、アフラは自分の鼻を指でさす。
「そうだ」
 陣内は重々しく頷いた。
「…仕方ありまへん……」
 アフラは仕方なく、ディーバの方に歩み寄っていくと、ディーバの人質になって
やった。
 ディーバはアフラの首筋にいそいそと半月刀を当てる。
「おおっ! これが人質というものか! うーむ、なかなかいいものだのう」
「ふははははっ! これでこちらの人質は二人だ! どぉーだ、ざまあみろ!」
「シェーラ、うちのことは気にせんでやったりいあ」
 その気になれば、ディーバくらい何とかなるので、アフラは気軽にそう言った。
「当然だ!」
 断言しつつ、シェーラは陣内ににじり寄る。
「…もう少し言い方ちゅうもんがあるでっしゃろに…」
 所詮女の友情などこんなものかと、アフラは落胆した。
「さあ、陣内! てめえの負けはもう決まってるんでい! さっさと降伏しろ!」
「降伏? 降伏だと? それは貴様たちがすることだな。もはや貴様らは----」
 ごぎん!
「ふぎゃん!」
 鈍い音と、陣内の悲鳴が重なり、陣内は床にぶっ倒れた。
「誠ちゃん! 助けにきたわよ!」
 手に金槌を持った菜々美が誠を介抱する。
「な、菜々美ちゃん!」
「誠ちゃん、大丈夫?」
「あ、ああ。僕は無事や。で、でも…」
 言いよどむ誠。
 菜々美は首を優しく横に振った。
「聞いてるわ。お兄ちゃんに無理矢理性転換させられたんですって…」
「そ、そうなんか…」
「大丈夫よ、誠ちゃん。女になったって、私はあなたを愛すわ! 女の子の体だか
らって、心配しなくてもいいのよ! 現にファトラ姫がそうじゃない!」
「な、菜々美ちゃん…」
 口元をひきつらせつつ、誠。
「お、おのれい、水原誠。またしても私を侮辱するか…」
 よろよろと立ち上がる陣内。
 と、その刹那----
「そこのあなたたち! どこの誰かは知らないけれど、弱いものいぢめは許しませ
ん! 魔法少女、キューティーアーレレ! 問答無用で参上です!
 作者に代わって----粛清します!」
 突如として天窓に、クリスタルガラスを背景にポーズなど取りつつ、コケティッ
シュな衣装を纏った蒼い髪の魔法少女が現れた。
「な、なんだあっ!?」
 仰天して、目を白黒させているシェーラたちをよそに、アーレレは口上を続ける。
「いきなり必殺技! みなさん、仲良く愛しあいましょう! 親愛光線発射!」
 アーレレが額のタトゥーに指を当てると、タトゥーから光線が発射された。
「うわあああぁっ!」
 光線はシェーラたちを包み込む。
 しばらくすると、光線が晴れた。

「あ、ああ…なんだか変な気分だぜ…」
「う、うちもどす…」
 そこでふと、二人の視線が合った。
「ああ、アフラ。なんだか急にてめえのことが愛しくなってきたぜ」
「う、うちもどす…」
「ああ、アフラ…」
「シェーラ…」
 二人は抱き合った。

「ぼ、僕ぅ…。なんか変な感じやで」
「ま、誠ぉ」
「あ、藤沢先生!」
「お、俺は…。俺は……なぜだか分からんがお前のことが好きになってしまったぁ
っ! ああ…。俺は教師として失格だぁ!」
 藤沢は体で苦悶を示す。誠はそれを優しく制した。
「藤沢先生。僕も生徒として失格です。僕も…先生のこと…」
 それを聞いて、藤沢の顔に歓喜が宿る。
「誠ぉ!」
「藤沢先生!」
 二人はがっしと抱き合った。

「ああ、姉上…。わらわはなんだか姉上のことが前にも増して愛しくなりました…」
「まあ、ファトラったら…。私もですよ」
 しな垂れかかってきたファトラをルーンは抱きしめた。
「わらわは姉上の愛が欲しゅうございます…」
「私は悪い姉になってしまいそうですわね…。でも、私もどこかでそれを望んでい
る…」
「姉上が望まれるのでしたら、わらわは喜んでこの身をさし上げましょう」
「まあ、可愛い子」
「さ、姉上。どこからでも為すがままに…」
 ファトラは着衣を緩めると、そばにあったソファに横たわり、目を閉じた。

「おう、うおおう。な、なんだこの感じは? 今までに感じたことのないこの感覚
は一体…」
「ぬうううう…。この感覚…。これは若い頃感じ、それ以来感じたことのない感覚
じゃ…」
 ストレルバウと陣内の視線が合う。
「う、ううあああ…。な、なんだか貴様のことが愛しくなってきたぞぉ!」
「なぜだか知らんが、わしもじゃあ!」
 ストレルバウと陣内は熱い抱擁を交わした。

「な、なにっ!? なにこの感覚!?」
「おおう…。この甘美な感覚…。これは一体…」
 ミーズとディーバの顔が合った。
「うっ…。な、なんでバグロムなんかに愛を感じるの…?」
「おおう…。なぜかは知らんが、そなたが急に愛しくなってきたぞ。愛しい…。陣
内殿より愛しいぞぉ!」
 ディーバがミーズに駆け寄る。
「くっ! うあああぁ! だ、駄目よミーズ! 私には藤沢様という、心に決めた
御方が…。ああっ…でも…」
 ミーズは葛藤に顔を歪めた。

「ああっ…。なにこの感覚…。でも……私だけ余っちゃったじゃないのよ!」
 相手がおらず、菜々美は独り困っていた。

「さぁーて、みんなしっかり愛しあってるわね。これで世界も平和だわ」
 アーレレはご満悦な様子で、あたりの光景に見入っている。
 もはやその場は狂気と背徳が交錯する、魔界と化していた。その場にいる全員が
同性同士で愛しあっているのだ。
「とても、そうには、見えない」
 その隣で、ウーラはあきれていた。
「さぁーて、一人女の人が余っているみたいだし、私も混ぜてもらいましょっと」
 アーレレはいそいそと服を脱ぎ始める。
 と、その時----
「これ、アーレレ」
 アーレレの脳に直接声が響く。
「あ、魔法の国の女王様。任務はちゃんと遂行しましたですよ」
「アーレレ、誰がこのようなことをしろと言いました?」
 声はあきれた様子で続ける。
「えっ、でも、ちょっとだけご相伴にあずかろうとしてるだけですよ。これくらい
いいでしょ?」
「そういうことではありません。私は、誰も同性愛を広めろとは言っていないとい
いたいのです」
「ええーっ! でもー…」
「アーレレ。罰として、あなたは魔法少女免許取り消しです」
「ええーーっ!! そんなーっ!!」
「だめです。あなたは今からただの人間です」
 声は一方的にそういうと、アーレレから魔法の力を抜き取ってしまった。
「ああーっ! 魔法がなくなっちゃったーっ!」
「自業自得」
 アーレレから魔法の力がなくなったことによって、シェーラたちにかけた魔法も
無効化されてきた。

「はっ! あ、あたいは一体…」
「な、なんどすかこれはぁ!?」
「ああっ! アフラ! てめえなにしやがんだよ! てめえにそんな趣味があった
なんて、あたいは知らなかったぞ!」
「そ、それはうちが言いたいどす! さっさとどきなされ!」

「ふふふ藤沢先生! なにしてんですか!?」
「どわあああっ! ま、誠ぉ!? お前こそなにやってんだぁ!?」

「げっ! 貴様、私に何をするか!? あ、あいたたたっ!」
「む、むむうっ!? わ、わしとしたことが、なんということを!」
 ストレルバウは陣内から飛びすさった。二人とも半裸である。
「く、貴様ぁ、私に何をしたあ? くっ…。し、尻が痛ぁぁいっ!」
「わしとしたことが、このような男とこのようなことをしてしまうとは…。いった
い何が…」
 ストレルバウは怪訝な顔をしている。

「はっ! はあ! やっと元に戻ったわ」
「おおう、なぜか急にあの感覚がなくなってしまったぞ!」

 ファトラは目を潤ませ、内部と外部、それぞれの感覚に酔いしれていたが、やが
て正気に戻った。
「はっ! あ、姉上!」
「まあ、ファトラ。なんて格好をしているのですか。はしたない」
「いいい一体これは…?」
 ファトラは真っ赤になって、服を元に戻した。

「ああーん! 魔法がなくなっちゃったよう!」
 アーレレはべそをかいている。
「あ、アレーレじゃない。姿が見えないと思ってたら、そんな所にいたの」
「ああん、菜々美お姉様ぁ! 私、魔法少女になってたのに、魔法少女免許を取り
消されちゃいましたぁ」
 アレーレは菜々美の懐に飛び込んだ。
「えっ? じゃあ、あの魔法少女、アレーレだったの!?」
「はい。そうですよ」
 アレーレはしらっと言ってのけた。が、
「なにい!?」
「なんですと?」
「なんやてぇ?」
「そうだったのですか」
 アーレレに魔法をかけられた全員がその言葉に反応する。
「てめえの仕業か! このヤロウ!」
「許しまへんでえ!」
「いたずらはいけませんよ」
「えへへ。許して下さぁい。(ハアト)」
「許せるかぁー!」
 シェーラたちはアレーレに飛び掛かった。
「ひええええっ! 許してぇーっ!」
 アレーレはシェーラたちにたこ殴りにされている。
「あの魔法はアレーレの仕業だったんですか。でも----」
 ルーンはまだ赤いファトラをそっと見る。
「----ちょっと楽しかったですわね」
 それを聞いて、ファトラは感極まってしまった。
「うっ、うわああぁーーーん! わらわの純情を踏みにじりおってぇー! あとで
お仕置きじゃぞ、アレーレぇ!」
 ファトラは泣きながら逃げてしまった。


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