§5  お約束にバグ


「シンデレラ、食事はまだなの?」
「すみません。もうすぐです」
「シンデレラ、掃除が不十分でっせ」
「すみません。やり直します」
 ルーンは義理妹と継母にこき使われていた。ちなみにシンデレラというのは彼女
の愛称である。
 ルーンの両親が不慮の事故で死に、身寄りのない彼女はこの家へと引き取られた。
が、この家の人間はたいそう意地悪で、ルーンはいつもいじめられているのだった。
「それにしても、あんたたち」
 彼女は継母であるミーズ。
「なんどすか?」
「なんだよ?」
 そして彼女たちは義理妹のアフラとシェーラ。
「あんたたち、一体いつになったら結婚するの?」
「んなことあたいの勝手だろ!」
「うちだって、指図されるいわれはありまへん」
「んまぁー。それでも私の娘かしら。いいこと? 私なんか、10歳で結婚したの
よ。それに比べて、あんたたちなんか、18歳と19歳だってのに、いまだに結婚
してないじゃない。これは立派な行き遅れよ!」
 ミーズは腰に手を当てて断言する。その言葉は勝利に満ちていた。
「だいたい、10歳であたいを産んだってのが信じられねえんだよ!」
「そのあとすぐにうちを産んでるのも信じられまへん」
「それにあたいはこいつと姉妹だってのも信じられねえ!」
 シェーラはアフラを指差しながら抗議する。
「うちだってこないながざつな女と姉妹だなんて、考えただけで鳥肌が立ちます!」
「んまぁー。あなたたちは私と藤沢様の愛の結晶だというのに、そんなことを言う
の!? いいこと? あれは私が9歳の時だったわ。当時、藤沢様は小学校の私が
いたクラスの先生だったの。そして私たちは結ばれたわ。そう、教師と生徒の禁断
の愛。そしてその愛の結晶があなたたちなのよ!」
「そんな話、信じられっかよ!」
 愛の結晶その1はぎゃんぎゃん抗議する。
「だいたい、その愛の結晶っていうの、やめてくれまへんか?」
 愛の結晶その2はきゃんきゃん抗議する。
「いいのよ! 分かりなさい! 分かったら、あんたたちもさっさといい相手を見
つけてくるのよ!
 ああ、行き送れで思い出したわ。今度お城で舞踏会が開かれるそうで、私たちに
も招待状が届いているわ。誠王子はお后を探しておられるそうだし、しっかり取り
入るようがんばるのよ!」
 誠王子という言葉を聞いて、愛の結晶その1とその2はぴくりと反応した。
「誠王子が? よ、よし。そんなら舞踏会、行こう」
「んなら、うちも行きまっせ」
「じゃあ、決まりね。舞踏会に行くわよ。行って、誠王子のハートをゲットし、行
き送れから脱却しなさぁーーい!」
 というわけで、ミーズたちは舞踏会に行くことになった。
「あ、あのう…。私は…」
 ルーンはミーズたちの前におずおずと進み出た。
「あら、どうしたの、シンデレラ? あんたなんかその年になっても結婚してない
なんて、もう絶望的ね」
「その…舞踏会なんですが…」
「ああ、当然あんたはお留守番よ。当たり前じゃない。お約束なんだから」
「はあ…すみません…」
 ルーンはおずおずと引き下がった。

「じゃあ、行ってくるわね。しっかりお留守番するんですわよ」
「おし。じゃあ行ってくるぞ」
「行ってきます」
「行ってらっしゃいませ…」
 ミーズたちはおめかしによって完全武装すると、舞踏会へと出発した。あとには
ルーンだけが取り残される。
「ああ…。私も舞踏会に行きたい…。でも、私には着ていく服もないし、それにだ
いいち誠王子とは年が釣り合わないわ…」
 ルーンは机に突っ伏して、悲しみに暮れていた。
「でも、分かってるわ。お約束ですもの。耐えてみせるわ」
 と、突然ルーンの目の前に、まばゆいばかりの光が発生した。
「きゃあっ!」
 膨大な光量は網膜を焼き、視界は一時的に機能しなくなる。
 しばらくたって、視界が機能しだしてくると、目の前には若い女性が一人いた。
「あ、あなたは…」
「はぁーい、私は鬼神イフリーナでぇっす! あなたを舞踏会に行かせてあげるた
めにやって参りましたあ!」
 イフリーナは元気よくお辞儀した。
「まあ、それは嬉しいですわ。でも……」
 ルーンはいったんは歓喜の表情を催したものの、すぐに悲嘆の表情をした。
「でも?」
「私の年齢では、誠王子と年が釣り合いませんわ…。ああ、どうしましょう…」
「大丈夫でぇす! 鬼神の術を信じて下さい!」
 そう言うと、イフリーナは問答無用でルーンに術をかけた。
「きゃああっ!」
「大丈夫、大丈夫」
 イフリーナは余裕の表情でいる。
 しばらくすると、術の動作が止まった。
「こ、これは…」
「どうです? これなら誠王子の年とぴったり釣り合いますよ」
「まあ、そうですわね。それに、とても奇麗な衣装…」
「ふふ。お気に召しましたかぁ?」
「はい」
 ルーンは笑顔で答える。
 ルーンの容姿は何歳か若返ったものとなっていた。年齢で言うなら、だいたい1
7歳くらいまで若返っている。(OVA版ルーンからTV版ルーンになっている)
「次は馬車と御者を用意しますね」
 イフリーナは外に出ると、リヤカーを馬車に変化させ、バグロムを馬と御者にし
た。
「さあ、これで舞踏会へ行けますよ!」
「はい。ありがとうございます」
「ああ、そうそう。鬼神の術は夜中の12時になると、解けてしまいます。夜中の
12時には必ず帰るようにしてくださいね」
「はい。知ってますわ」
 そういうわけで、TV版ルーンとなったOVA版ルーンは舞踏会へと向かった。

 舞踏会場。ため息の出るような豪奢な調度品に囲まれ、紳士と淑女が踊りを交わ
している。中でも若い女の姿が特に目立っていた。
 そんな中、誠王子は一人退屈そうにしていた。
「王子。ご退屈ですか?」
 パーティードレスに躰を包んだ若い女性が颯爽と現れる。その若さに似合わず、
この国の筆頭侍女だ。
「いや、退屈というわけやないんやけど、いまいち気が乗らないんや」
「それはまた…。今宵は美しい女の方たちがたくさんおいでです。皆、あなたがち
ょっと手を伸ばしさえすれば、手に入れることができるのですよ。
 さあ、手を伸ばし、手に入れてごらんなさい」
「要するに、みんな僕と結婚したいんやろ?」
「…平たく言えば、そうなります。
 王子。あなたほどの年齢であれば、そろそろ結婚なされてもようございます。国
の安泰のためにも、結婚なされてはいかがでしょうか?」
「結婚ねえ…。興味ないなあ…」
 それを聞いて彼女は片眉を歪めたが、すぐに気を取り直した。
「それでは困ります。
 今宵の舞踏会、せめて踊りだけでも踊って下さい。そしてできることならお相手
を…」
「……分かった。踊ろう」
 そう言うと誠王子は立ち上がり、皆が踊りを踊っている場所へと降りてきた。
 それを見た女たちはわらわらと誠王子に群がる。
「誠王子、あたいと踊ってくれ!」
「誠王子はん、うちと踊ってくれまへんか?」
「誠ちゃん、あたしと踊らない?」
 次から次へと女たちが誘いをかける。
 誠王子は投げやりに、手当たりしだいに踊り始めた。

「やれやれ。早いとこ結婚してくれないと、わらわたちの方が困ってしまうわ」
「そうですね、ファトラ様。誠王子は何で結婚なさらないんでしょうか?」
「さあな。分からん。別に遊び好きにも見えんし、早いとこ所帯を持てばいいのに
な。あんなにたくさんの娘をいいようにできるとは、実に羨ましい…」
「ですねえ…」

「ここが舞踏会場なんですか。なんだか緊張してしまいますわ」
 ルーンは偽の招待状を使って、舞踏会場へ潜り込んでいた。
「ああ、誠王子様…。一度でいいから一緒に踊ってみたい…」
 ルーンは会場の奥へと進んでいく。奥では誠王子ととある娘が踊っていた。
「あっ!」
 そこでふと、誠王子とルーンの目が合う。その一瞬、双方の躰にはまるで電流が
流れたかのような衝撃が走った。
「お、おお…」
「ん、どしたの誠ちゃん?」
「い、いや…」
 誠王子は再び娘との踊りに専念する。が、目の端では常にルーンを見ていた。

「アレーレ。どうやら誠王子はお気に入りの相手が見つかったようじゃな」
 ファトラは誠王子の目線の動きから、状況を察知する。
「そのようですね」
「わらわは誠王子があの娘と踊れるように仕向けよう」
「はい」
「それにしてもあの娘、わらわの姉上の昔の頃によく似ておるなあ…」
 この国の筆頭侍女。影の実力者であるファトラは行動を開始した。

「申し訳ございません、誠王子。ちょっと来ていただけますか?」
「え? ああ。
 それじゃあ、すみません」
「申し訳ございません。公務ですので」
 ファトラは誠王子と踊っていた娘に向かって会釈した。
「え、ええ。いいのよ、誠ちゃん。仕方ないわ」
「はい。では」
 誠王子とファトラは会場から消え去った。
「ちぇー。もっと踊りたかったな」

 しばらくした頃。
 誠王子は会場に戻ってきた。
「わあー、誠ちゃん。踊り直しましょ(ハァト)」
「…うん……」
 誠王子と娘は再び踊り始めた。
 しばらくすると、誠王子は娘たち数人と姿を消した。

「ああ、誠王子様…。一度でいいから踊りたい…」
 ルーンは誠王子と踊りたいものの、なかなか言い出すことができないでいた。
「そこの方、踊りませんか?」
 不意に、背後から声がかけられた。
「ま、誠王子様…」
「踊りましょう」
「はい!」
 こうして、ルーンは誠王子と踊ることに見事成功した。
(ああ…。幸せ…)
 ダンスのステップは軽く、しなやかで、優雅。
 足はステップを踏む。何度も何度も何度も、輪廻をめぐるが如く。
 躰はくるくる回る。かろやかに、しなやかに、花びらが舞うが如く。

「誠王子…。あたし、幸せ…。(でも…)」
(なんで3人も一緒におるんでっか?)
(なんでこいつらと一緒なんだよ!?)
 誠王子は3人の娘と一緒に、バルコニーで酒を飲んでいた。
「誠王子はん…。夜風は冷えますな…」
「…うん……」
(なんでさっきから「うん」としか言わねえんだ…?)
 それぞれの娘たちは誠王子が相槌しか打たないことに不審を感じていた。が、不
審を感じていても、それを口に出すわけにはいかない。
「さ、どうぞ」
 アレーレが誠王子と娘たちのグラスにそれぞれ酒を注ぐ。
 誠王子はアレーレに何か言付けた。

 ルーンは時の経つのも忘れ、誠王子と踊っていた。
 と、その刹那。
 コーン、コーン……
(あ! あれは12時の鐘!!)
 ルーンは仰天した。うっかりしていて、もう時間がないことに気づいてなかった
のだ。
「す、すみません! もう私は帰らなければならないので、帰らせて頂きます!」
 ルーンは誠王子の手を振りほどくと、一目散に出口へと走っていった。
「あ! ちょ、ちょっと!」
 誠王子も驚いてルーンの後を追う。
 ルーンは会場出口の階段を駆け降りていた。12時の鐘が鳴り終わるまで後僅か。
鐘が鳴り止めば術は解けてしまう。
「あっ!」
 慌てていたため、履いていたガラスの靴が片方脱げてしまった。が、もはや拾っ
ている時間も無い。
 ルーンは靴をそのままに、馬車に飛び乗った。それと同時に馬車は一目散に会場
を抜け出してゆく。
「あ、あなた!」
 誠王子が階段まで来た頃には、馬車の姿は小さくなっていた。
「ああ、なんということや…。まだ名前すら聞いていなかったのに…。
 ん、これは…」
 誠王子の足元にはガラスの靴が片方落ちていた。誠王子はそれを拾ってみる。
「これはきっとあの人の物に違いない…」
 誠王子は靴を胸に抱き、あの娘を探し出す決意を固めるのだった。

 舞踏会場から脱出した後すぐに、鬼神の術は解けてしまっていた。
 TV版の姿だったルーンはOVA版の容姿に戻り、馬車はリヤカーに戻り、馬や
御者もバグロムに戻ってしまっていた。
「ああ、元に戻ってしまったのね…。でもとっても楽しかった。鬼神さん、ありが
とう」
 この思い出はそっと胸に秘めておこうと思いつつ、ルーンはバグロムの引くリヤ
カーに乗って、屋敷へと帰っていった。

 誠王子は目隠しをされ、縄で縛られた挙げ句、床に転がされていた。両手は後ろ
手に縛られ、両足は立てないように右足と左足を逆にして、足首とふくらはぎを縛
ってある。
 ただちょっと変なのは、帽子が外れて、漆黒のロングヘアが露になっていること
だ。髪は月の光を反射して、鮮やかに濡れ光っている。
「だから、悪気はなかったと言っておるじゃろうが!」
「私たちを騙して、誠王子から遠ざけたことのどこが悪気がないって言えるの!?」
「わらわはこの国の筆頭侍女であるからして、その程度のことで悪気を持っていた
ら、勤まらんのじゃよ!」
 目隠しをされているため、娘たちの姿は見えないが、ファトラは大体の見当をつ
けて喋っていた。
 アレーレは殴り倒されて、失神している。
「じゃあ、うちらを3人まとめて抱こうとしたのはなんなんどすか?」
「別にそのくらいいいじゃろうが! そなたたちはどうせ誠王子とは結ばれんのじ
ゃから、いい思い出でも作ってやろうと思ったんじゃ!」
「そんなん嫌な思い出にしかならねえよ!」
「では、それについては謝ろう。しかし、こちらの立場も分かってくれ!」
「どんな立場だよ!?」
「求婚を断わるにも、穏便に断らなければならんのじゃ! だから、わらわがこう
して動いておる!」
「そないなこと聞く耳もちまへん。誠王子がどこにおるんかさっさと言いなはれ」
「だめじゃ! 言うわけにはいかん! それがわらわの仕事じゃ!」
「ほほー。そんなら、裸にしてバルコニーから釣り下げてやりまひょか?」
「いやじゃ!」
「ほんならさっさと言いなはれ」
「いやじゃあ!」
「じゃあ、脱がす」
「やめろと言っておろうが!」
 こうして夜は更けていった。

 次の日。
「あなたたち、誠王子のハートはゲットできた?」
「だめだった」
「うちもどす」
「んまぁー。だめな子たちねえ。それじゃあいつまで経っても結婚できないわよ!」
「へん! てめえに心配される覚えはねえやい!」
「まったくもう…。
 シンデレラ、朝ご飯の用意はまだ?」
「はい。もうすぐできます」
 昨日誠王子と踊れたことで、ルーンはうきうきしながら作業していた。

 ファトラとアレーレは誠王子に命ぜられ、残されたガラスの靴にぴったり合う足
をした娘を探していた。
 今二人は馬車の中で雑談に耽っている。馬車は昨日舞踏会に来た人間の屋敷を順
に巡っているのだ。
「まったく…。女などいくらでもおるのに、なんで誠王子はあの娘がいいのじゃろ
うな…」
「さあ。まったく分かりません」
「それにだいいち、こんな靴、ぴったり合う足をした娘などいくらでもおると思う
のじゃが…」
「そうですよねえ…。あ、そうだ。試しに私が履いてみよっと」
 アレーレは試しにガラスの靴を履いてみた。
「うーん、サイズが大きすぎますね」
「では、わらわが履いてみよう」
 ファトラはガラスの靴を履いてみた。
「おお、ぴったりじゃ」
 ファトラの足に、ガラスの靴は寸分違わずぴったりと合わさった。
「じゃあ、ファトラ様が昨日のあの娘なんですか?」
「ばか。そんなわけあるわけないじゃろ。偶然じゃ、偶然」
「じゃあ、名乗り出ないんですか?」
「あんなもの、名乗り出たくもないわ」
 ファトラは靴を脱ぎながら答えた。

 ファトラたちの馬車はミーズの屋敷に到着した。
「んまあ! そうすると、その靴にぴったり合う足をした娘が誠王子の后になれる
のですか?」
「そうじゃ」
「では、私の誇る二人の娘たちをご覧に入れますわ!
 さあ、シェーラ、アフラ、出てらっしゃい!」
 そういうわけで、シェーラとアフラはガラスの靴を履いてみた。
「んー、くそ、だめだ! あたいには小さすぎる!」
「うちも小さすぎます」
「それではこの屋敷におる娘は全部違うようじゃの」
「はあ…。そのようですわね…」
 ミーズは落胆した声を出す。
 その時、アレーレはもう一人娘が居るのをみつけた。
「あ、まだ一人いるじゃありませんか。あの人にも履いてみてもらないと」
「まあ、シンデレラですか。あの子は舞踏会には出席していませんわよ」
「いや、物は試しじゃ。履かせてみよう。
 姉上、ちょっとこっちに来て、履いてみたらいかがです?」
 ファトラはルーンに向かって手招きした。
「私ですか?」
「そうですとも」
「じゃあ、失礼します」
 ルーンはガラスの靴を履いてみようとする。
(私にはきっとぴったりだわ…。だって私が履いていたんだもの。でもなんで魔法
が解けたのに、残っているのかしら…)
 が----
「あ、あら…。小さい…」
 靴はどうやっても、ルーンの足には小さすぎた。
「どうやら姉上も違うようですな。では、わらわたちはこれで帰る」
 ルーンはわけが分からず、しばらく考えていたが、やがて理由が分かった。
「は! そ、そうだわ! 靴を履いていた時、私は若返っていたから、サイズが合
わなくなっているんだわ!」
「それでは、さらばじゃ」
「はい。またのお越しをお待ちしておりますわ」
 こうして、ファトラとアレーレは帰っていった。
「ああ…。なんてことでしょう…。こんな盲点があったなんて…」


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