§7 二人旅
「誠。疲れてねえか?」 「ああ、大丈夫や、シェーラさん」 「そうか? なんならもうそろそろ休もうか?」 「いえ。大丈夫ですよ。まだいけます」 「そうか。ならそうしようか」 シェーラと誠は道を歩いていた。街と街とを繋ぐ、人気のない道だ。 二人はこうして二人だけで旅を続けているのだった。又の名を“駆け落ち”とも 言う。とにもかくにも、シェーラは幸せであった。 今二人はできるだけ遠くの街にいこうとしている。もう日は暮れ、夜になってい た。しかしあたりには人気はなく、民家などもないので、今夜は野宿することにな りそうだった。 「そういや、なんでもこのあたりは人喰い人種が出るそうですね」 「あん? んなもんがいるのか?」 「はい。一つ前の街でそう聞きました」 「んなもんデマカセだよ。エルハザードにはそんなもんはいねえ」 「そうですね。それじゃあそろそろ休みましょうか」 「じゃあそうしよう」 シェーラと誠は野宿を始めた。 「そろそろ寝ましょうか」 「そうだな。それにしても、冷えるな」 「そうですね。寝るの辛そうですね」 「そうさなあ…。あたい、寒いのは苦手だな…」 「じゃ、じゃあ一緒に寝ますか?」 「えっ、い、いいのか?」 「はい」 「そ、そうか…。それじゃあ…」 はにかむシェーラ。 「はい」 誠は優しく答えた。 焚き火を消して、二人は寝ている。と、なにやら物音が聞こえてきた。 「な、なんだ!?」 「なんだか太鼓の音のようですよ」 「ああ。なんでこんな夜中に…」 シェーラは起き上がると、油断なく身構える。 あたりは真っ暗で、視界は良くない。が、太鼓の音は確かに近づいてきていた。 「来る! 何か来るぞ!」 見えない敵に戦慄するシェーラ。と、背後で急激に物音がする。 「なっ!? ぎゃあっ!」 シェーラが物音に振り向くのと、後頭部に一撃を喰らうのは同時だった。 ドンドンドン…… 規則的で鈍い音が頭の芯をずきずきさせる。シェーラは痛みと苛立ちに眉をしか めた。 「う…。ううん……。あぁ…。頭が痛え……」 「気がつきましたか、シェーラさん?」 「ああ、誠。あたいたちどうなったんだ?」 「それがどうやら誰かに捕まったみたいですね」 誠は自分の腕に巻かれた縄をシェーラに見せる。シェーラも縛られていた。 「捕まった? 相手はなんだ?」 シェーラは身を起こす。確かに、自分たちは檻とおぼしきものの中に入っていた。 あたりはどうやら森の中らしい。 「さあ。分かりません。ただ、さっきから気になることがありまして…」 「あん?」 誠はある方向を指差す。 シェーラはそれを見て、露骨に眉をしかめた。 「なんだ、あの連中とあのでけえ鍋は?」 それは人が入れるほど巨大な鍋を火にかけ、その周りでなにやらしている人間た ちだった。人間は数人で、ある者は踊り、ある者は太鼓を叩き、ある者は野菜を切 っている。 「ひょっとしてあの人達は僕が一つ前の街で聞いた、人喰い人種なんじゃないでし ょうか…?」 「な、なんだと!? そんな奴らが本当にいたってのか!?」 「でも現実に、あの大鍋は普通の大きさじゃないですよ」 「ま、まさかな…。そんなことあるわけねえじゃねえかよ…」 ひきつった笑いを浮かべるシェーラ。 と、二人が入っている檻に一人の男が近づいてきた。 「ふっ、ふっ、ふっ…。水原誠。ついに年貢を納める時が来たようだな」 「な! じ、陣内!」 「げっ! てめえはバグロムの親玉!」 「ふひゃはははははははっ!! 貴様らは釜茹でだあ! 地獄の熱さに身をよじる がいい! うひゃはははははははあっ!!」 「お、おい! ちょっと待て!」 「おい、お前ら! こいつらを釜に放り込むんだ!」 「はい! わっかりましたあ!」 アレーレは踊りをやめて、準備に取り掛かる。 「おお、陣内殿。こやつらをどうするつもりなのじゃ?」 「ふふふ。こいつらは釜茹でにして、バグロム共のエサにしてくれるわ!」 「おお、こいつらはうまいのか?」 「ん? まあ、食えんことはないだろう。(私は食わんが…)」 「ほほう。楽しみだのう」 そこへアレーレとストレルバウがやってきた。 「陣内様。釜の準備ができました」 「よし。ではこいつらを釜茹でにしろ!」 「わっかりましたあ!」 「アレーレ、なんで君が陣内の仲間なんや?」 「そうだぞ! いつから寝返ったんだ!?」 「あー、それを言われると辛いですぅ…」 アレーレは苦悶の感情を躰で表現する。 「ふぉっ、ふぉっ、誠君…」 「ストレルバウ博士もなんで!?」 「ふぉっ、ふぉっ。世の中とは因果よのう…」 「はあ?」 「あっ! てめえ自分のハーレムが失敗したのを根に持ってやがんな!」 「何をぐだぐだ言っておる? さっさとやらんか!」 「あ、はい! じゃあ、失礼しますね」 アレーレとストレルバウは誠とシェーラを檻から出しにかかる。 「やめろ! おい、やめろ!」 「ちょ、ちょっとぉ!」 「誠殿、抵抗しても無駄ですぞ!」 「畜生! やめねえか!」 必死に抵抗しようとするシェーラと誠だが、縄で縛られているため、抵抗しきれ ない。 と、その刹那---- 「あーああー!」 「な、なんだ!?」 どこからともなく雄叫びが聞こえてきた。女のものだ。 それから数瞬おいて、森の中から何者かが飛び出してきた。 「むう、何奴!?」 「わあっ! ターザンですね!」 「せいっ!」 「ぎゃんっ!」 その何者かは陣内を殴り倒した。 「ああっ! アフラさん!」 「アフラ、助けに来たのか!?」 「たぁーりゃぁー!」 誠たちには答えず、アフラは続けてアレーレたちを殴り倒す。 「ぐえ!」 「きゃいん!」 「ごえ!」 こうして、アフラはアレーレたちを倒してしまった。 「アフラ、てめえがあたいたちを助けてくれるなんて、あたいは感激だぜ!」 シェーラは感激している。 が---- 「たああっ!」 「え?」 アフラはシェーラにも飛び掛かってきた。 ごがん! 「ぎゃんっ!」 訳が分からないままのシェーラをアフラは殴り倒す。 「ふうー。ようやく全部片付いたようでんな」 アフラは重々しく息をつくと、額の汗を拭った。 「ア、アフラさん…。これは一体…」 「ア、アフラ…。てめえ助けに来たんじゃねえのかよ…?」 シェーラは辛うじて声を絞り出す。 「誠はん」 それは無視して、アフラは誠に声をかけた。 「あ、はい」 「実はシェーラも人喰い人種の仲間なんどす。危ない所でしたな」 「ええっ!? そうだったんですか!?」 「そうどす。こいつは何も知らない誠はんを連れ出し、こないな目に遭わせたんど す」 「はあ…」 アフラは誠の手をとった。 「さあ、誠はん。うちと一緒に逃げまひょう!」 「え?」 「おい! てめえ誠を騙す気だな! 大体何であたいが人喰い人種なんだよ!?」 「アフラさん、本当なんですか…?」 「さあ! こいつらが動けるようになる前に逃げまひょう!」 「あ、ちょっと!」 アフラは誠の手を引いて、すたこらさっさと逃げ出した。 「くそぉー! アフラ、待ちやがれぇ! くそぉっ! こんな世界納得できねえぞ! やり直しだぁ!」§7.5 『二人旅 part.2 <北斗の拳(笑)>』
「ふう…。ミーズの姉貴、安らかに眠ってくんな」 「藤沢先生、たまにはお酒持ってきてあげますね」 シェーラと誠は藤沢とミーズの墓に向かって手を合わせる。 陣内によって神の目が暴走し、エルハザードは一面焦土と化していた。人類とバ グロムはその大半が死滅し、わずかに残った生き残りは今日を生きていくことすら ままならなかった。 「さあ、めそめそしていても始まらねえや。行こうぜ、誠」 「はい。そうですね」 シェーラと誠は明日に向かって歩き始めた。二人以外には誰もいない。みんなは ぐれてしまった。しかし、シェーラにとっては誠と一緒にいられるというだけで無 上の喜びであった。 「なんだか僕たち、アダムとイブみたいですね」 「ん? なんだそりゃ?」 「地球にそういう話があるんですよ。アダムとイブは初めての人類で、子供を作る んです」 「へえー」 と---- 「ん、なんだ?」 何やら地平線の向こうの方から砂煙があがってきた。それはどんどんこちらの方 へ近づいてくる。 「あ、あれは!」 「飛行艇だ!」 それは飛行艇だった。何隻もある。 それらの飛行艇はシェーラと誠の前に来ると、止まった。 「な、なんだ?」 シェーラは油断なく身構える。 飛行艇からは一人の女が出てきた。 「シェーラぁー、そうは問屋が卸しまへんで」 「なっ!? アフラ! てめえまた邪魔しに来たのか!?」 「ここは力が支配する世界どす! 弱き者は強き者によって搾取されるんどすよ!」 アフラはシェーラに向かって一歩を踏み出す。 「なんだとぉー! あたいが弱き者だってのか!?」 シェーラは誠を庇いつつ、アフラに向かって身構える。 「ア、アフラさん。何してるんですか?」 「誠はん。シェーラなんかの所より、うちの所に来まへんか?」 「え? 何を言っているんですか?」 「てめえ! あたいから誠を奪おうってのか!?」 「はん。弱肉強食、焼肉定食。焼肉屋での恨みは忘れまへんで」 「はあ? あっ、てめえ、本当は誠を奪いたいんだな!」 「とにかく、弱肉強食を今から証明してやります! とわあっ!」 アフラはシェーラに向かって飛び掛かった。 「うおう!」 対するシェーラも応戦する。 二人は天高く跳躍すると、交わった。 二人は同時に着地する。 まず、シェーラが立ち上がった。 「はん。でかい口叩いてた割にはたいしたことねえな」 続いて、アフラが立ち上がった。 「シェーラ。自分の体をようく見てみい」 「なに?」 シェーラは自分の体を眺めまわしてみる。その刹那---- 「な! うわあ!」 手足の皮膚が裂け、鮮血がほとばしる。シェーラは地面にへたりこんでしまった。 「シェ、シェーラさん!」 「来るな、誠ぉ!」 「はーん。いい気味どすな、シェーラ」 アフラはシェーラの頭を足で小突く。 こうして、アフラはシェーラを倒し、誠を奪ってしまった。 「うおおぉぉっ!! どちくしょおおぉっっ!! アフラ、覚えてやがれえ!」