§13  不思議の国のファトラ


「……ん…うぅん……。…ん……?」
 頭の後ろが痛い。何か硬い物に当たっているようだ。手はどうやら地面について
いるらしい。土と草の感触が伝わってくる。手足を少し動かして体の自由を確認す
ると、ファトラはゆっくりと目を開けた。
「…これはまたおかしな場所に出たものじゃ…」
 そこは見たこともないような草木があたりに点々と生えている、ゆるやかに傾斜
した平地だった。ファトラはその中の木の一本に背中をあずけて眠っていたのだっ
た。
「やれやれ。次は何が出てくるのかな?」
 ファトラは立ち上がると、あたりを見回す。
 と----
「大変だ! 大変だ! 遅れちゃうよーー!」
 向こうに見える道をアレーレが大急ぎで走っているのが見えた。
「おい! アレーレではないか! どこへ行く!?」
 ファトラは大急ぎでアレーレの後を追う。しかし、アレーレはこちらにはまった
く気づいていないようで、どんどん走っていく。
「おい! わらわじゃ! ファトラじゃ! アレーレ、そなた待たんか!」
 が、アレーレはやはり気づかない。
 それどころか、アレーレの方がファトラより身が軽いため、どんどん引き離され
ていた。
「…う…。このままでは見失ってしまう……」

「はあっ、はあっ……。み、見失ってしまった…。うかつ…」
 結局、ファトラはアレーレを見失ってしまった。
 すっかり息があがってしまい、額から汗を流しながらファトラは舌打ちした。
「あー、なんということ…。アレーレのやつ何をあんなに急いでおったんじゃろう
か…」
 仕方なしにファトラは適当に歩き始めた。

 しばらく歩くと、遠くから何か聞こえてきた。
「……ふふふ…。……ははは………」
「うん? 何か聞こえるな」
 そちらへと足を運ぶファトラ。どこかの屋敷の庭だ。
 そこには菜々美やシェーラたちがいた。どうやら誠に粉をかけているらしい。左
右にそれぞれ座られて、誠はたじたじになっている。
「さ、誠ちゃん。あーんして」
 菜々美は誠に一口大に切った果実を食べさせようとする。
「な、菜々美ちゃん。僕そんなことしてまわんでも、自分で食べれるで」
「おい菜々美。誠のやつ嫌がっているじゃねえか。やめてやれよ」
「なによ。あんただって本当はやりたいんでしょ」
「そ、それは……」
「おい、そなたたち、今度は何をやっておるのじゃ?」
 ファトラは誠たちに向かって唐突に声をかけた。
「あ、ファトラ姫じゃありませんか」
「ここは誰の世界なのかのう…」
「んー、どうやらそう特には決まってないみたいね。というわけで、さあさあ、行
った行った」
 菜々美はファトラの背中を押して、庭の外に出そうとする。
「あっ、ちょっと待たんか!」
 菜々美はファトラを追い出してしまった。
「まったくもう…。どうやら変な深みにはまってしまったようじゃのう…」
 ちょっと困った顔をすると、ファトラは再び歩き出した。
 と----
「そこのお嬢さん。道に迷っておいでですかな?」
 見るからに怪しげな老人が木の陰からさっそうと現れた。ウーラも連れている。
「あん? ストレルバウではないか」
「ふぉっ、ふぉっ。ファトラ姫。困っておられるようですな」
「困っておるもなにも、困ってはおるが別にこの世界だけじゃからのう…」
「よいことを教えてさしあげましょう」
「別に教えてもらわんでも構わんが…」
 半眼で、ファトラ。
「ファトラ姫、ここは実はファトラ姫の世界なのですよ。ですから----」
「だったら美少女の一人も出てきたらいいのに…」
 ファトラはすねたような顔をする。
「よい場所を知っております」
「ほほう」
「そのかわり、この老い先短い年寄りめに----」
「だめじゃ」
 すかさず言うファトラ。
「…まだ何も言っておりませぬ」
「何を言いたいかくらい、だいたい予想がつく。ベリーダンスでも踊れとか言うん
じゃろう」
「……ふぉっ、ふぉっ。ファトラ姫には敵いませぬなあ…」
 ストレルバウは冷や汗をだくだくと流しながらも何とか言う。
 結局、ファトラはストレルバウからその場所を聞き出した。(テンションヒクイナア...)

「ほほう。ここはエランディアではないか」
 ファトラの目の前にはエランディアの王宮があった。(エランディアというのは
私が以前の作品でオリジナルで作った国です)
「ここにこれがあるということは、入れということなんじゃな」
 そういうわけで、ファトラはだいたいの感で王宮に入っていった。

「よっと」
 カチン☆
 中庭ではファトラよりやや年下の少女がビー玉遊びをしていた。
「よう、リース。久しぶり」
「ああ。こんにちは」
「ここにはこんな世界もあるのじゃなあ…」
「作者の都合だと思います…」
「それはさておいて、仕方ないから遊ぶか」
「はあ…」
 ビー玉遊びというのは地面に敷いた的の中にうまくビー玉を転がすというものだ
った。相手の玉をうまく利用するのがコツである。
「よっと」
 カチン☆
 ファトラのビー玉はリースのビー玉をまとからはじき出した。
「それっ!」
 カチン☆
 対するリースもファトラのビー玉に自分のビー玉を当て、見事的の中にビー玉を
入れる。
「むう…。やるなあ…」
 かくして、しばらくやっている内にファトラは本気になってしまった。
 ファトラは的を精確に狙うと、下投げに思い切り振りかぶる。
「いくぞお! それっ!
 ----ああっ!」
 力を入れすぎたせいで、ビー玉が手からすっぽ抜けてしまった。
 ガチャァン!!
「あー! しまった!」
「窓ガラスが割れちゃいましたね。あれ母様の部屋ですよ」
「……ルルシャの部屋か…。嫌な予感が……。帰ろうかのう…」
「別にいいじゃないですか。ガラスくらい」
「いや。そういう意味じゃないんじゃよ」
「まだ帰らないで下さいよ」
 リースはファトラの手を引っ張る。
 ファトラがあれこれと迷っている内に、どやどやと人が集まってきてしまった。
「……ぁ…。べ、別にわらわは悪気があってやったわけでは…」

 結局、ファトラは木に逆さ吊りにされてしまった。
「ああ…。頭に血が昇る…。苦しい…。気分が悪い…。足がしびれる…」
 ファトラは顔を青くし、今にも吐きそうな状態になっている。
「木に逆さ吊りにされるのって、どんな気分なんですか?」
 逆さまになったリースの顔がファトラの視界一杯に映った。
「だから、苦しくて気分が悪いと言っておるじゃろうが!」
 激昂したものの、そのせいで余計気分が悪くなり、ファトラは後悔した。
「はぁ〜」
 リースは感心するような、しないような顔をしながらファトラの髪を弄ぶだけだ。
「あー、このままではどうかなってしまいそうじゃ…。リース、助けてくれんか?」
「私に何をしろと?」
「縄を外してくれ」
 ファトラは足に結んである縄を指差す。
「…背が届きません」
「なんとかしろ」
「はあ…」
 リースはぱたぱたとどこかへ走っていくと、園芸用の植木バサミを持って戻って
きた。
「いきますよ」
「いくって、どうするつもりじゃ?」
 ファトラの問いに、リースは行動で答えてみせた。
「たああっ!」
 リースはファトラに向かって助走し、ジャンプすると植木バサミでファトラの足
の縄を切ろうとする。
「んぎゃああっ!!」
 悲鳴をあげたのはファトラだった。
 リースは縄を切るのに失敗して、そのまま着地する。
「あああああ危ないじゃないか! ハサミが刺さったらどうするのじゃ!?」
 ファトラは青くなった顔をますます青くしながら抗議する。
「刺さらないようにやりますから大丈夫ですよ。
 もう一度いきます」
「やめんかぁっ!」
「たああっ!!」
 植木バサミを高く掲げながら、リースはファトラに向かってダッシュし、ジャン
プする。が、それでも飛距離が足りないと知るや、彼女はファトラの顎に足をかけ
てもっと高く飛ぼうとする。
 ファトラの首が大きくのけぞった。
「うぎゃああぁぁっっ!!」
 またまたファトラの悲鳴。
 リースはまたもや失敗。
「ななな何ということをするのじゃあ!!」
 鞭打ち症になりかけた首をさすりながら俄然抗議するファトラ。目には涙が浮か
んでいる。
「私の背じゃ届かないもんですから…」
「あー、もういい。助けんでいい」
「はあ…」
 何だかリースにこの状態を理解させるのは物凄く難しいような気がして、ファト
ラはリースに助けさせるのは諦めた。
 手持ちぶさたになったリースはファトラの髪を三つ編みにして遊ぶ。
 結局、小一時間ほど逆さ吊りにされた所でファトラは気絶してしまった。

 ロシュタリア王宮。
 ルーンの元に大きな荷物が届けられた。
「まあ、いったいなんでしょう」
 ルーンは大きな木箱を開けてみる。
「まあ。かわいらしいお人形」
 木箱の中には少女の人形が入っていた。本物の人間と同じくらいの大きさがある。
 ルーンは木箱の中からやっとの思いでそれを取り出した。
「よくできたお人形だこと。それになんだかファトラにそっくり…」
 椅子に座り、人形を抱きかかえるルーン。人形は長い黒髪を三つ編みにしており、
道化の衣装を纏っていた。爪先の反り返った靴に、へそだしルックといった様相で
ある。布には所々にラメが入っていた。
 刹那----
「…ぅ…ううん…。はっ! 姉上!」
「ま、まあ!」
 突然目を覚ました人形にルーンは仰天した。
「姉上! 姉上ですね!」
「こ、このお人形生きていますわ!」
 ぞっとした様子で人形を見るルーン。
「おのれ、何という面妖な!」
 そばにいたロンズが抜刀し、人形と向き合う。
 人形は顔を引きつらせた。
「わらわは人形じゃなくて、ファトラじゃあ!」
 ファトラが自分の姿を見て、最初に感じたことはめまいだった。


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