§14  ファトラの恥ずかしい秘密


「ああ…。なんでわらわの頭にはこんなものがついておるのじゃろう…」
 ファトラには誰にも言えない恥ずかしい秘密があった。(コンカイノミノ セッテイ デス) フ
ァトラは毎日鏡でそれを見ては、ためいきをつくのである。
 ファトラの頭には人にはあらざる異形のものがくっついていた。ずばり、猫の耳
----すなわち猫耳である。人間の耳もついているのだが、それとは別にもう一対、
猫耳が頭にくっついているのである。
 猫耳のついたファトラの様というのはそれはもう、驚異的にすばらしく破滅的に
とてつもなく破壊的に全然まるっきし似合っておらず、ファトラはいつも帽子を被
ってこれを隠していた。
 この事実を知っているものは、姉であるルーンはおろか、アレーレでさえも知ら
ないのである。
「いっそのこと一思いにばっさり切り落としてやろうかのう…。しかしなあ…」
 いくら似合っていないとはいえ、自分の体を切るというのはファトラにしてみれ
ば絶対に嫌だった。

 普段は帽子で隠しておけばよい猫耳であったが、困る時というのは往々にしてあ
る。たとえば、美容師を呼ぶ時である。
「ちわーす。美容師、菜々美です」
「これからわらわはそなたにあることを打ち明けるが、これから言うことを絶対に
他人に言うでないぞ」
「ひょ、ひょっとして愛の告白ですか!?」
「違う! いいか、絶対に口外してはならんぞ!」
「は、はあ…」
 ファトラはゆっくりと帽子を脱ぐ。
 次の瞬間、菜々美は思いっきり吹き出してしまった。
「ぷっ! ぷははははっ! な、なにそれ〜!?」
 菜々美はファトラの猫耳を指差して大笑いする。
「笑うな!! いいか! もしこのことを口外したら、覚悟しておれよ!」
 ファトラは顔を真っ赤にしてまくしたてる。
「はあ…。わ、分かりました」
「よし。ではかかれ」

 かくして、菜々美は必要な作業を終えた。
「よいか。猫耳のことは何がなんでも絶対に口外してはならんぞ」
「大丈夫ですよ」
「ふむ。よろしい」
「はい。では、ありがとうございました」
 こうして菜々美は帰っていった。

             ◇  ◆  ◇  ◆  ◇

 ある日。
(あ〜〜、ファトラ姫のあの猫耳を思い出しただけで、大笑いしそうになっちゃう。
もう私、誰かに言いたくてしょうがないわ!)
 菜々美はファトラの猫耳のことを誰かに喋りたくてうずうずしていた。
「あぁ〜。喋りたい、喋りたい! 喋りたくてうずうずする…。ああ、このまま誰
かに喋らないでいたら、精神衛生上よくないわ! そうよ! 誰にも聞かれなけれ
ば喋ってもいいんだわ!」
 かくして菜々美はとある丘に大きな穴を掘った。
「さてと。この穴の中に喋ればOKね。誰にも聞かれないはずよ。
 じゃ……」
 菜々美は大きく息を吸い込むと、穴の中に顔を突っ込んだ。
「ファトラ姫の耳は猫耳よ〜〜〜っっ!! ファトラ姫の耳は猫耳よ〜〜〜っっ!
! ファトラ姫の耳は猫耳よ〜〜〜っっ!! ファトラ姫の耳は猫耳よ〜〜〜っっ
!! ファトラ姫の耳は----」
 菜々美は大声で何度も何度もまくしたてる。

<ファトラ姫の耳は猫耳よ〜〜〜っっ!! ファトラ姫の耳は猫耳よ〜〜〜っっ!
! ファトラ姫の耳は---->
「ななな、菜々美のやつ、わらわの恥ずかしい秘密をばらしおったなあ!!」
 穴の密閉が不完全だったため、菜々美の声はそこらじゅうに轟いていた。
 ファトラは顔を真っ赤にし、がちがちと震えながら激怒している。
 と、部屋にアレーレが駆け込んできた。
「ファトラ様! ファトラ様の耳って猫耳なんですか!?」
「ええい! それを言うな!」
 続けて、ルーンが飛び込んできた。
「ファトラ! あなたの耳が猫耳だというのは本当なのですか!?」
「あ、姉上!」
 ルーンはすばやくファトラの帽子をとる。
「ま、まあ! この猫耳本当に頭にくっついていますわ!」
 ルーンはファトラの猫耳を引っ張りながら叫んだ。
「あああ姉上! 痛いです!!」
 ファトラ半べそをかきながら叫ぶ。
「あ、あら。ごめんなさいファトラ。ついはしゃいでしまって…。でもその猫耳、
とっても似合っていると思いますわよ」
「い、いえ…」
 なまじ相手がルーンなだけに、怒ることのできないファトラ。
「へえー。本当に猫耳だぁ…」
 アレーレは椅子の上に乗り、ファトラの猫耳を弄ぶ。
「アレーレ! 耳に舌を入れるな!」
「きゃん!」
 ファトラはアレーレをはたき落とした。
「おのれー。こうなったら、復讐じゃ! 復讐してやる!」
「あ、ファトラ! どこへ行くのですか!?」
 半泣きになりながら、ファトラは展望台へと走っていった。

 展望台へと到着したファトラは大きく息を吸い込む。
「菜々美の尻には狐の尻尾が生えている〜〜っ!! 菜々美の尻には狐の尻尾が生
えている〜〜っ!! 菜々美の尻には狐の尻尾が生えている〜〜っ!! 菜々美の
尻には狐の尻尾が生えている〜〜っ!! 菜々美の尻には----」
 ファトラの声は街中に轟いた。

「ひゃあああぁぁっ! 誰ぇ!? なんで私の秘密をー!?」
 菜々美はびっくり仰天して、頭を抱える。
「菜々美ちゃん。菜々美ちゃんは尻尾が生えておるんか」
「ままま誠ちゃん!? う、嘘よ嘘! そんなことは断じてありえないわ!!」
 突然現れた誠に、菜々美は尻を隠しながら後ずさる。
「嘘をつけい!」
「きゃああぁぁっ!!」
 いきなりわいて現れたファトラは菜々美のスカートをめくると、尻尾を掴みだす。
「そらみろ! 尻尾が生えておる!!」
「ここここれはその…」
 菜々美は尻尾を庇うようにしながらしどろもどろになっている。
「ほ、本当に尻尾が生えている!」
 誠は額に冷や汗を垂らしながら驚愕する。
「ま、誠ちゃん! これは事故よ! 事故なのよ!!」
「わぁー。菜々美お姉様の尻尾って、ふさふさだあ。(ハァト)」
 いつのまにかアレーレが菜々美の尻尾を首に巻いて頬ずりしていた。
「ア、アレーレ! やめてちょうだい!」
「きゃん!」
 菜々美はアレーレから自分の尻尾をひったくった。
「誠ちゃん…。誠ちゃんはこんな私…嫌い?」
 尻尾を抱かえ、菜々美は半べそをかきながら誠を見る。
「な、菜々美ちゃん…。実は…実は僕もな…。僕も菜々美ちゃんやファトラ姫と同
じなんやよ」
「ええっ! 誠ちゃんも!?」
「うん。そうなんや…。実は…実はな……。僕のあれは馬のあれなんやあ!」
「ななななななあんですってええ〜〜〜っ!? そ、そんな…そんなものでしたら
……。ああん、菜々美困っちゃう!(ハァト)」
 菜々美は頬を染めながらいやいやをしてみせた。
「はあ〜〜。なんだか論点がずれてますねえ」
「ま、こんなもんじゃろうて」


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