§17  赤ずきん


「では、行ってくるのじゃぞ」
「ほなら、行ってきます」
「うむ」
 赤ずきん(誠)はストレルバウに見送られて家を出た。今日の用事はお婆さんに
パンとワインを届けることである。

 赤ずきん(誠)は森の中をお婆さんの家へと歩いていく。
 が、その姿を見つめているいくつかの影があった。
「どうやら誠ちゃんはお婆さんの家へ行くみたいね」
「そのようだな」
「よし。先回りよ!」
「おう!」
 かくして、狼たちは誠の先回りをすることにした。

 森を抜けた場所にある、とある一軒家の前。
「ここが誠はんのお婆さんのうちどすな」
「そうね。さてと。じゃあ、お約束どおりに…」
「そうするか」
 かくして、狼たちはお婆さんの家へ押し入ることとなった。
「ええーーい!」
 ドバーーン!!
 菜々美が家の扉を蹴破り、アフラたちが家に押し入る。
「ななな何だ貴様らは!? 強盗か!? それとも私を暗殺しに来たのか!?」
 家の中にいた“お婆さん”なる人物は仰天して叫ぶ。
「あっちゃ〜〜。お婆さんなんていうから誰かと思えば、お兄ちゃんじゃない」
「まあ、こいつなら何したって気にならねえし、いいじゃねえか」
「そうどすな」
「お兄ちゃん。お兄ちゃんに恨みはあるけど、邪魔だからちょ〜〜〜っと消えてて
もらうわよ」
 狼(菜々美)はお婆さん(陣内)に近寄る。
「な、なにをするのだ貴様ぁーーっ!?
 う、うぎゃあああぁぁぁっ!!」
 陣内のぞうきんを破くような悲鳴があたりに響き、そして途絶えた。
「さてと。お兄ちゃんをどこかに隠しておかなきゃね」
「そうどすな。特に途中で目が覚めて邪魔しにきたりせんようにしないとあきまへ
んな」
 かくして陣内は縄でぐるぐるまきにされた後、重りをつけて池に放り込まれた。
「さてと。それじゃあ、誠ちゃんを待つわよ」
「おう」
 狼たちは家の中でスタンバイした。

             ◇  ◆  ◇  ◆  ◇

「ふぅー。やっとお婆さんの家に到着したで」
 赤ずきん(誠)はお婆さんの家の前に到着した。
「なんだか知らんけど、扉が壊れて素通りできるようになっとるな」
 というわけで、赤ずきんは壊れた扉をまたいで通ると、家の中へ入った。
 ベッドのある寝室らしき部屋で誰かが寝ている。
 赤ずきんはベッドに近づいた。しかしベッドの中の人物は頭まで布団を被ってお
り、それが誰なのかは分からない。
「お婆さん。僕や。誠や。パンとワインを届けに来たで」
「おや。ありがとうございます」
 ベッドの中から声がする。
「あれっ。お婆さん、なんか声が高くなったな」
「こ、これは風をひいているからですわ。ごほっ、ごほっ」
 ベッドの中からはわざとらしい咳が聞こえてくる。
「ふうん。ところでお婆さん。なんで布団を頭まで被っているんや?」
「そ、そうですわね。それでは…」
 ベッドの中の人物は布団の中から顔を出すも、赤ずきんには顔が見えないように
反対側を向く。
「お婆さん。お婆さんの髪はなんで金髪なんや? なんだか僕と血縁があるように
見えんで」
「そ、それは苦労が多くて白髪になる所を、ちょっとひねって金髪にしてみたので
すわ」
「ふーん。じゃあ、お婆さんの肌はなんでそんなに若々しいんや?」
「それは私が若いからですわ」
「ほんなら、ワインでも飲むか?」
「そ、そうですわね。その前にちょっとお願いがあるのですが…」
「なんや?」
「あなたの顔をよく見たいので、もっと近づいてはくれませんか?」
「ええで」
 赤ずきんはベッドの中の人物に顔を近づける。
「もっと近づいて」
「ほんなら、顔をこちらへ向ければいいやないか」
「そ、そうですわね。でももっと近づいて下さいな」
「はあ…」
 赤ずきんはさらに近づく。
 と----
 突如としてベッドの中から手が伸ばされ、赤ずきんの手をはっしと掴んだ。
「ほほほほほ。捕まえましたわ、誠様」
 ベッドの中の人物は布団をのけると、笑いながら起き上がった。
「あ、あんたお婆さんじゃないやないか!」
 赤ずきんは驚愕する。
 そして----
「たああっ!!」
「うおおしっ!」
「やりましたな!」
 ベッドの下と、クローゼットの中と、天井裏からも狼が出てきて赤ずきんを取り
押さえる。
「げげえっ! み、みんな何のつもりや!?」
「誠様。赤ずきんは狼に食べられてしまうのがお約束なのですわ」
 誠の手を掴んでいる狼が言う。
「そ、そんなの聞いてないでえっ! それに何であんたがこないなことするんやぁ
ー!?」
「私だって、たまには昔を思い出して戯れてみたいですわ。こういうことするのも
たまにはよろしいですのよ」
 微笑みながら言う。
「そ、そんなあー!」
「さぁ〜誠ちゃん。いい子にしなさいね〜。いい子にしていれば痛くないわよ」
「ひっ、ひえええぇぇぇ〜〜〜っ!!」
 かくして、赤ずきんは狼たちによって襲われてしまうのだった。

             ◇  ◆  ◇  ◆  ◇

「ファトラ様。今日の狩りはどうしますか?」
「そうじゃなあ。今日は狼狩りといこうか」
 狩人である所のファトラとアレーレは狩りに出かけた。

「むー。どんな狼が獲れるかなあ…。美味なのがいいのう」
「たくさん獲れるといいですね。肌が白いのなんか素敵だと思います」
 二人は森の中を歩き、やがてとある一軒家が見える場所へと来た。
「うーん…、あれっ? あの家、入り口の扉が破られていますね」
「ふむ。怪しいな。入ってみよう」
 かくして、ファトラとアレーレはその家へと入っていった。

             ◇  ◆  ◇  ◆  ◇

「ほほほ。誠様。ここにリボンなどつけてさし上げましょう」
「ひえええぇぇっ!!」
 赤ずきんの“ここ”なる場所にリボンをつけてやる。
 赤ずきんは全力で抵抗するものの、もうすでに全身をロープでベッドにくくりつ
けられていた。
「わぁー。誠ちゃん。お似合いよ。(ハァト)」
「むっ! 家の中に誰か入って来ましたえ!」
 狼の中の一匹が何者かの足音を敏感に察知した。
「誰が入って来やがったんだ!?」
「まあ。どなたか見てきて下さいませんこと?」
「ここはじゃんけんで決めるべきね」
「じゃあ、じゃんけんだ」
「「「「じゃんけんぽん!」」」」
 じゃんけんをする狼たち。
「あー、うちの負けどすか…」
「じゃあ、見てきて下さいね」
「仕方ないどすなあ…」
 かくして、一匹が様子を見に行った。

「一体誰が入って来たんどすかぁ? 訪問販売ならいらないどすえ」
 家の入り口の方へ歩いていく。
「あっ、狼!」
 そこには背の低い娘がいた。
「えっ? ----うっ!」
 一瞬、首筋に痛みが走る。
 それが何かを塗った針だということに気づいた時には、すでに体に力が入らなく
なっていた。
 ゆるゆると床にへたばる。
「やりましたよファトラ様! 捕まえました!」
「うむ。アレーレの腕はなかなかのものじゃな」
 体を動かすことができず、床に座り込んで壁によりかかっているものの、かろう
じて頭を動かすと、背の低い娘の他に長い黒髪の娘がいた。
「じゃあ、逃げないうちに頂いちゃいましょう」
「そうじゃな。どうせ逃げられてしまうじゃろうし、それならさっさとすることを
してしまおう。
 アレーレが捕まえたのだから、アレーレが優先じゃ」
「はい。それでは頂きますね」
 背の低い娘は膝をつくと、こちらの顔を引き寄せ、口吸しようとする。
「や、ぃ…。ぃや…」
「ふふ…。だめですよ。おとなしくして下さいね。悪い狼にお仕置きしちゃいます」
 娘の顔が近づきすぎて、目の焦点が合わせられなかった。

             ◇  ◆  ◇  ◆  ◇

「ひええぇぇっ! やめてやぁー! やめてんかぁー!」
 一方、寝室では赤ずきんの悲鳴が響いていた。
「ふふ。シェーラ様。シェーラ様もおひとついかがですか?」
「そ…その……。----アフラのやつ、なかなか戻って来ねえな」
「そうねえ。仕方ないから、もう一人見にいったら?」
「じゃあ、じゃんけんしましょう」
「「「じゃんけんぽん!」」」
「あー、負けちゃったぁ!」
「それでは菜々美様。見てきて下さいね」
「仕方ないわねえ…」
 狼の中の一匹はベッドのある部屋から出ていった。

「アフラさん。ちょっと、どこにいるの?」
 家の中を適当に歩いていく。
 玄関の近くまで歩いてきた。
「ああっ! アフラさん! なにやってんの!?」
 驚愕する。
 そこでは仲間の一人が床に転がって放心状態になっていた。服がやや肌蹴ている。
 駆け寄って上半身を起こす。
「…あっ、いけまへん! 危ないどすえ!」
「なに言ってんのよ。一体何が起きたの?」
「ここは危ないどす!」
「危ないってなにが?」
「ああぁっ!」
 何かを見つけ、彼女の顔に恐怖の色が宿る。
「へっ? ----きゃ!?」
 何を見つけたのか確認しようと顔を後ろへ向けると、そこで意識は途絶えた。

「あー、ファトラ様。薬を塗りすぎですよ」
「うーん…。これ結構難しいなあ…。
 まあよい。さっさと頂こう」
「そうですね」

             ◇  ◆  ◇  ◆  ◇

「ひぃ〜〜ん。いややわぁ〜〜。いややぁ〜〜」
 赤ずきんはべそをかいていた。
「菜々美とアフラのやつ、なかなか戻って来ねえな…」
「それでは、じゃんけんで負けた方が見に行ってくるというのはいかがですか?」
「じゃあそうするか」
「「じゃんけんぽん!」」
「あっ! あたいの負けだ!」
「それでは見に行って来て下さいね」
「しょうがねえな」
 かくして、一匹が様子を見に行った。

「アフラー。菜々美ー。いねえのかぁ?」
 彼女の影は家の中をいくらか歩いた後、こてんと倒れた。
「やりましたね、ファトラ様!」
「むー。こうもうまくいくと最後に何かありそうで怖いな」
 ファトラは思案顔で気が進まない様子である。
「今回は狼狩りなんですから、狩った狼は頂いちゃったっていいじゃないですか」
 アレーレはそんなファトラの手を引く。
「うーむ…そうじゃなあ…。では、悪い狼にお仕置きしてしまおう」
「はい!」

「あ〜、お姉様たちとこんなに仲良くなれたのって久しぶりぃ」
 アレーレはご満悦の様子でにこにこしている。
「なかなかよい味わいであった」
「さて。続きを行きましょう」
 アレーレはファトラの手を引きながら家の奥へと入っていった。

             ◇  ◆  ◇  ◆  ◇

「そこはあかん! そこはやめてや!」
「ふふ。ここですか?」
「ああ〜〜!」
 一方、寝室では赤ずきんの切ない鳴き声がいまだに響いていた。
 と----がちゃりと音がして、入り口の扉が開かれる。
「ああーーっ!! 姉上ーーーっ!!??」
 部屋の中の光景に絶叫するファトラ。
「おや。ファトラではありませんか」
「あああ姉上…。何をなされているのですか?」
「なにって、昔を思い出して戯れているのですわ」
「……うーん…。姉上の昔ってそうでしたっけ……?」
 頭を抱えるファトラ。
「えい! 悪い狼! お仕置きしちゃいます!」
 アレーレが狼へ向かって塗り針を投げつけようとする。
「あっ! やめんか!」
 狼をかばおうとするファトラ。
 結果----針はファトラに当たった。
「あっ! ファトラ様、飛び込んできちゃだめですよ」
「ふにゃああぁ……」
 ファトラはゆるゆると床に倒れ込む。
「おや。しっかりなさいな」
「あねうえ…」
 狼は笑顔でファトラを助け起こしてやると、ベッドに寝かせた。
「ほほほ。かわいらしい妹」
「ね、ルーン様。ルーン様」
 アレーレが目を輝かせながら狼に歩み寄る。
「なんですの?」
「ファトラ様頂いていいですか?」
「よろしいですわよ」
「わぁーい(ハァト)」
 アレーレはさっそくベットに登ると、ファトラの顔を両手で挟み、瞳を覗き込む。
「なんのつもりじゃ…?」
「ふふ。だってファトラ様。私はファトラ様のものになりますけど、ファトラ様は
私のものになりませんもの。だから、こういう時だけでも私だけのものになって下
さいな…」
「…………」
 アレーレはファトラの唇を存分に吸い、そして胸に顔をうずめた。

「あぁーーっ! 結局僕は助けてくれへんのかぁーーっ!?」
 こうして狼は狩人まで倒してしまい、赤ずきんの悲鳴はいつまでも響くのだった。


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