§19 ロシュタリア華撃団
「みなさん! 我が陣内商会の販売員となれば、金は儲け放題、生活は贅沢のし放 題です! 今すぐ入会しましょう!」 大勢の聴衆の前で、陣内は本領発揮とばかりに演説を行っていた。そのまわりで はバグロムたちが「陣内商会」と書かれた幕を張っている。 演説している内容は言うまでもなくネズミ講の勧誘である。 「みなさんにして頂くことは、このランプを売って頂くことだけ! たったそれだ けのことで大金が手に入るのです!」 普及品の発光植物ランプを手にしながら、大声で叫ぶ陣内。 「ちなみに今入会して頂くと、ロシュタリア歌劇団の公演チケットが貰えます。こ のチケットがあれば演劇をただで見られますよ」 冷静に考えれば儲かるはずがないのは分かることであるが、陣内の口車により、 一人、また一人と騙されていった。 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 「アスマーゼ。体の具合は大丈夫かい?」 「ああ、トーマ。今日はいいみたい」 「そうかい?」 トーマと名乗る男はベッドの傍らに立っている。黒髪で、やや紫がかった瞳をし ており、その体の線はどことなく女性のようである。今、彼はベッドの上の女を憂 いを込めた瞳で見つめていた。 ベッドではアスマーゼと呼ばれた女が半身を起こしていた。長い黒髪と、ブラウ ンの瞳を持つ彼女だったが、その顔はどことなく血色が悪い。 トーマはアスマーゼの体をそっと抱きしめてやった。アスマーゼは軽く目を閉じ てそれに応じる。 「外が見たい…」 アスマーゼは独り言のように言った。 「じゃあ、立てるかい?」 「うん…」 アスマーゼはベッドの上で体をずらす。 トーマはアスマーゼの体をしっかりと支え、立ち上がらせてやった。そのまま窓 まで歩く。 窓は床から天井までのガラス張りで、十分な採光と美しい眺めを誇っていた。 「もう春だな。奇麗な景色だね」 トーマは美しい景色に素直に感じ入っている。 「うん…。そうだね…。…春ね…」 アスマーゼは物悲しげに景色を見ていた。 「どうしたんだい?」 「……悲しい。花も樹も、みんな命の喜びに満ちているのに、私はやっとで生きて いるばかり…」 それを聞いて、トーマはアスマーゼの手を力強く握った。 「そんなことない。立派に生きているよ、君は。きっと元気になるよ」 柔らかく微笑むアスマーゼ。 「ありがとうトーマ」 「さ、もういいだろう。あまり長く立っていると気分が悪くなる。ベッドに戻ろう」 アスマーゼをベッドに送ろうとするトーマ。が、アスマーゼはそれを制した。 「アスマーゼ?」 「トーマ。ね、どこかに連れてってくれない? 二人でどこかに行こうよ。誰の手 も届かない所へ…」 「だめだよアスマーゼ。そんなことしたらみんなが悲しむ。僕はそんなことはした くない」 「私が大切じゃないの…? 私は他の人達ほど長くは生きられない。思い出作りた いの…。私の体なら大丈夫」 アスマーゼはトーマの服をぎゅっと握る。 「……アスマーゼ。君が良くなって、僕たちの仲がみんなに認められれば、そんな ことしなくても一緒にいられるようになる。無茶を言わないでくれ…」 トーマは半ば強引にアスマーゼをベッドに運んでいく。 「私は良くはならない…。私が産まれた時から病弱なの、知ってるでしょ? あと 何回冬を越せるか分からないのに…」 悲しい顔をするアスマーゼ。 アスマーゼをベッドに寝かせたトーマは彼女の頬をそっと撫でた。 「だめだよアスマーゼ。自分は治ると信じていなくちゃ、治るものも治らない。気 をしっかり持つんだ」 「うん…。そうだね…。 もうそろそろ父様が来る。もう行って、トーマ。また騒動になる」 「じゃあもう行くよ。また来るからね」 「うん」 部屋を出ていくトーマ。 それと同時に、幕は下りていった。 「ふぅー。今日の公演も無事終了ねー」 ロシュタリア歌劇団の支配人である菜々美は冷たい飲み物など片手に汗を拭って いた。 「ふぃー。さすがに一日5回は堪える。もうちょっと公演回数を減らしてはくれん か? 今の回数は多すぎる」 ファトラは長椅子に寝転がってアレーレにうちわを扇がせている。 「だめよ。そんなことしたら、儲からなくなっちゃうじゃない」 「せやったら、うちらの給料もっと上げておくれやす」 アフラは椅子に座ってすっかりくつろいでいる。 「あんたたちの人気がもっと高くなったらね」 「ええい! そなたそんなことばかり言って、ちっとも待遇を改善してくれないで はないか! こうなりゃストライキじゃぞ!」 「まあまあファトラ姫。気を落ち着けて」 「なんじゃ誠。そなたは不満ではないのか?」 「いえ、とにかくこの話題からは離れましょう」 「あーあ。あたいたちの本当の仕事ってなんだったっけ……」 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 「----というわけで、私たちの本当の仕事である、華撃団のお仕事よ。このところ、 フリスタリカにネズミ講を行っている不逞の輩がいるらしいわ。今回の仕事は実態 の調査を行い、ネズミ講が事実であれば、証拠を掴んで犯人を捕まえることよ」 「ふーーん」 「あーもう! もっとやる気を出しなさい! ネズミ講なんて、許せないじゃない! この私を差し置いてそんなことしてるなんて、許せないわ!」 菜々美は拳を力強く握り、叫ぶ。 「本音が出たな」 「うるさいわね。では、ロシュタリア華激団、出動!」 「ラジャー!」 普段はロシュタリア歌劇団として歌劇を行っている誠たちであったが、その真の 姿は悪からロシュタリアの平和を守るべく戦う、ロシュタリア華撃団であった。( 演劇中に敵が現れたらどーするかとかいったことは聞かないよーに) 誠たちは着替えると、秘密車両に乗り込んだ。ちなみに運転手は藤沢である。 「わらわは嫌じゃ! なんでこんな恥ずかしい物に乗らねばならんのじゃ!?」 ファトラは秘密車両に乗ろうともせず、騒いでいる。 「まあまあファトラ姫。華撃団の費用は全て歌劇団から出ているから、仕方ないん ですよ。お金がないんです」 「しかし、なんで華撃団の秘密車両がリヤカーなのじゃ!? 情けなさすぎるぞ!」 「確かに掛け値なし、正真正銘のリヤカーですが、これでもいいこととかあるんで すよ」 「例えば?」 「ええと…。例えばですね…。…ええと……その……例えばですね…。その……」 そのまま誠はもごもごと黙りこくってしまった。 「ああーーっ! やっぱりいいことなどないではないかーっ!!」 再び騒ぎ始めるファトラ。 「うるさいわね! つべこべ言わずにさっさと乗りなさい!」 「あいたっ!」 菜々美がファトラの頭をはたく。 「何をするのじゃ菜々美!」 「いいからさっさと乗んなさい!」 「いやじゃあっ!」 「どーしてそんなこと言うのよ! アフラたちだって黙って乗ってるじゃない!」 「うちらだって嫌々乗っているんどす」 アフラの言葉にシェーラや藤沢はうんうんと首を振る。 「そらみろ! いくら金がないからって限度があるぞ! 予算管理はそなたの仕事 じゃろうが! 何とかしろ!」 「い・い・か・ら・黙っ・て・乗・ん・な・さ・い・!!」 「い・や・じゃ・あ・あ・あっ・!!」 二人の大声に誠たちは耳を塞いだ。 しばらくの間、アフラたちはくつろいでいたが、ようやくファトラと菜々美の言 い合いが終わった。 「ロシュタリア華撃団、出動!」 かくして、誠たち隊員を乗せたリヤカーは藤沢に引かれ、華撃団本部を出発した。 リヤカーは猛スピードで一般道を爆走していく。途中、大勢の一般人による好奇 の視線にさらされるが、これに耐えてこそ真のロシュタリア華撃団団員である…… らしい。 「ここが陣内商会の総本部みたいどすな」 「そうみたいですね」 誠たちの前には「陣内商会」と銘打たれた看板がでかでかと掲げられている建物 があった。 「着いたのか?」 ファトラが誠に訊く。 「ファトラ姫。いいかげんにそれ取ったらどうです?」 「……そうしよう…」 ファトラはそそくさとリヤカーを降りると、物陰に隠れた。ちなみに彼女の顔を 見ることはできない。なぜかというと彼女は顔が見えないよう、頭にバケツをすっ ぽりと被っていたのだった。 物陰から出てきた時、ファトラはバケツを被っておらず、手に持っていた。 「まったく。何でわらわがこんな恥ずかしい目をしなければならんのじゃ…」 誠たちの方はというと、ぞろぞろとリヤカーから降りている。 「あー、とっても窮屈で、体が痛くなっちゃいましたぁ」 ぼやくアレーレ。 が、アフラだけはなぜか降りようとしなかった。 「おいアフラ。なんで降りねえんだよ。てめえさらし者になるのが快感にでもなっ たのか?」 「……うぅぅうち……」 アフラは目に涙を溜めながら答える。 「うん?」 「うち…気分悪いどす……。うっ! うううぅぅ……!!」 「あっ! 何をするんじゃっ!?」 アフラはファトラの手からバケツをひったくった。 「うげええぇぇっ!!」 いきなりバケツに嘔吐するアフラ。 「うぎゃああぁぁっ!!」 「うわあっ!!」 シェーラとファトラは大声をあげて飛びのいた。 「て、てめえ何しやがるんだよ!」 「リヤカーの揺れが激しくて、酔ってしまったんどす……」 吐いて、幾分顔色が良くなったアフラが答える。 「まったく。ちゃんと後始末しておくのじゃぞ」 「言われなくてもしておきます」 「で、どうやってネズミ講の調査をするんですか?」 「それはね、私たちがネズミ講の会員になりすまし、スパイとして調査するのよ」 「そんなにうまくいくのかねえ…」 かくして、一行は陣内商会の門を叩いた。 「なるほど。皆さん、我が陣内商会の会員になりたいというわけですな?」 陣内商会の会長、陣内は豪華な玉座に座り、ふんぞり返っている。 「ええ。それはもう、ぜひ入会させて下さい」 菜々美はにこやかに答えた。 「ふふ…。よろしいでしょう。入会を許可しましょう。存分に儲けて下さい」 「あっりがとうございまぁーすっ!」 こうして誠たちはまんまと陣内商会に潜入成功した。 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 数日が過ぎた。 「さぁーーっ!! いらはいいらはい! あなたはちょっと働くだけ! それであ なたは大儲け! 絶対にそんすることはないよぉー! これはもう、サイン一筆す るのに躊躇する必要はなぁーーーしっ!!」 菜々美は大声でネズミ講の説明を行っていた。他の団員たちも同じようにネズミ 講の勧誘にはげんでいる。何のためかというと、少しでも上級の会員になり、より 多くの情報を引き出すためである。 「ふふ。この分なら、ゴールド会員も夢じゃないわね。(ハァト)」 「なんかこんなことしてていいんでしょうか…」 表情を引きつらせているアレーレ。 かくして、ネズミ講の被害は順調に拡大していくのであった。 さらに1週間あまり経過。菜々美たちの活躍の結果、ネズミ講の被害はかなり拡 大していた。 「ふう……。潜入には成功したものの、なかなか決定的な証拠は掴めないわね。困 ったわ」 菜々美は困った顔をしている。 「潜入じゃなくて強襲にしようぜ。そっちの方が絶対に手っ取り早いぜ」 「だめよ。そんなわけにはいかないわ」 「じゃあ、もっと本格的に潜り込んでみますか?」 「そうねえ…」 「こういう場合はやっぱり変装して潜り込むんどすかな」 「そうね。じゃあ、そうしましょ」 「了解!」 「ところで、変装するって何に変装するんじゃ?」 「あ…。……い、いいのよ。各自の判断に任せるわ」 「ふーん…」 次の日。 陣内商会の廊下を見慣れぬ女性が歩いていた。変装したシェーラである。 「他の連中もそれぞれ変装して潜り込んでいるらしいけど…。ほんとに居るのかね え…。そういえば、司令を吹き込んだカセットがあったっけ…」 シェーラはヘッドホンを耳に付けると、再生スイッチ押した。 『おはようシェーラさん。では、今回の任務を教えるで。今回の任務は変装して陣 内商会に潜入し、ネズミ講の証拠を入手することや。あんじょうよろしくな。なお、 このテープは自動的に消滅するさかい、注意したってや。消滅5秒前。4…3…』 「うわああっ!!」 シェーラは大急ぎで懐からカセットを取り出すと、放った。それとほとんど同時 に爆音が発生し、明らかな爆発が起こる。 カセットが落ちた場所は焼けこげていた。 「……まったく。誠の奴、もうちょっと考えてやれよ…」 冷や汗を拭うシェーラ。 と、爆音を聞きつけたのか、大勢のバグロムがやって来た。 「あ、いや…その……」 シェーラは顔を引きつらせながらあとずさるしかなかった。 その頃。 「今何か爆音が鳴らなかったどすか?」 「そうか?」 「気のせいどすかなあ…」 アフラとファトラも潜入していた。 「それにしても、変装するための衣装の費用が出ないからって、舞台衣装を着るこ とないのになあ…」 「ほんに、何でこんなに金がないんどすかなあ…」 「それなんじゃが、わらわはちょっとおもしろい話を聞いたぞ」 「なんどすか?」 「どうも金がないのは菜々美が予算の大半を誠の研究に当てているかららしいのじ ゃよ」 「…やっぱりそうどしたか…。そうじゃないかとは思っていましたが…」 「そのうち天誅を下してやろうな」 「そうしましょ」 二人は廊下を奥の方へ歩いていく。 ある部屋の前で立ち止まった。 「ここが資料室のようどすな。ここを調べれば何か分かるかもしれませんな」 「そうじゃな」 アフラはドアを開こうとする。 「…ん……うーん……。あきまへんな。開きまへん。鍵がかかってます」 「ギャグやってないで、何とかせねば」 ファトラは髪に手をやると、ヘアピンを一本外した。 ピンを開き鍵穴に突っ込むと、具合を確認し、抜いて少し形を変えてからもう一 度突っ込む。 かちゃりと音がすると、ドアは音もなく開いた。 「ざっとこんなもんじゃ」 ファトラは意気揚々と部屋へ入っていく。 「あんさん、この道でも十分食べていけそうどすな…」 「王宮を抜け出すためには、このくらい朝飯前でなければいかん」 「そうどすか…」 アフラはドアを閉めると、鍵を元どおりかけておいた。 「さて。ではさっそく資料を調べるぞ」 「そうしますか」 かくして、アフラとファトラは資料をあさくり始めた。 「侵入者はどこだぁーーーっ!!??」 陣内の声が響く。 「ちっ! こりゃもうこのまま逃げるしかねえな」 一目散に逃げるシェーラをバグロムたちはずっと追いかけていた。 「追えい! 追うのだ! 絶対に逃がすなぁーーっ!!」 「くそお。一体どこからこんなにバグロムが出てくるんだ!?」 「ふははははっ!! 我が陣内商会に潜り込んだのが運の尽きだと思えいっ!」 シェーラを高笑いしながら追いかけまわす陣内。 が、結局シェーラはどこかに逃げてしまい、バグロムたちは疲れただけだった。 「ばかもん! 逃げられてしまったではないか!」 「グギェギェ……」 カツオは申し訳なさそうに頭を下げる。 「もういい! 他に侵入者がいないか調べるぞ」 陣内たちは建物の中を回り始めた。 「うーむ…。困った…」 「困りましたなあ…」 ファトラとアフラは床に資料を散乱させ、困っていた。 アフラは資料の束を一つ手に取る。 「どの資料も読めませんな。うちの知ってる文字じゃありません」 「これはおそらく誠の言っていた、“チキュウ”とかいう世界の文字なんじゃろう。 これではわらわたちには読めんな…」 「盲点どしたなあ…。うっかりしていました」 アフラは資料を放る。 それらの資料は汚い文字の日本語で記述されていた。日本語の知識が無いアフラ たちには読めない。 「うむ。誠か菜々美か藤沢に読んでもらうしかないな。確か、誠はここに潜入して るはずじゃろ?」 「そのはずどす。そうするしかありませんな。じゃあ、誠はんを探さないと…」 「ではそうしよう」 アフラはドアへ向かって歩きだす。 と、外から急に足音が響いてきた。どんどん大きくなる。 身を固くする二人。鍵を鍵穴に差し込む音が響いた。 「隠れろ!」 「か、隠れるって、どこへ?」 「とにかく隠れるんじゃ!」 二人はあたふたと隠れる場所を探すが、なかなか見つからない。 一方、鍵を開けようとしている何者かは、鍵がなかなか合わないらしく、鍵をい ろいろ抜き差ししているらしい。 「ああーーん! 隠れれそうな場所が見つかりまへぇーんっ!」 「おい! ここに隠れれそうじゃぞ!」 ファトラは大きな木箱を見つけた。蓋を開けて、中に飛び込む。 アフラもそれに続き、木箱に飛び込んだ。 「ぎゃあっ! わらわの上に乗るな!」 「無茶言わんでおくれやす!」 木箱は二人が入るには小さすぎるうえ、がらくたがたくさん入っていた。 「蓋が閉まってないぞ!」 「あっ! しまった!」 アフラは木箱から飛び出し、蓋を引っ掴むと再び木箱に飛び込んだ。 「ぎゃあっ!」 下敷きになったファトラの悲鳴を無視し、適当に蓋を閉じる。 部屋のドアが開いたのはそれと同時だった。足音が響くが、木箱の中にいるアフ ラたちには姿は見えない。 「ぬおおおぉぉっ、重い! アフラ、尻をどけんか!」 「箱が狭くて無理どす! あっ! 変なとこ触らんといておくれやす!」 「そなたがどけてくれれば、触らなくてもすむ」 「せやから無理どす!」 「ぁぁぁ…、関節が痛い…」 一方、木箱の外。 部屋の中に入って来た陣内はあたりの様子を眺めていた。アフラたちには気づい ていない。 「むう…。ひどい散らかりようだ。カツオ! 掃除しろ!」 「グギャゲ」 アフラたちが資料をあさくったせいで、部屋はかなり散らかっていた。 バグロムたちはいそいそと資料を整理し始める。 「部屋に入って来た誰かさんは、どうやらうちらには気づいていないみたいどすな」 「それはいいとして…、尻をどけてくれ。どけないと触るぞ」 「無茶言わんでおくれやす」 と、バグロムの中の一匹が木箱を開けた。 「「あっ」」 息を飲むアフラとファトラ。 が、バゴルムは中の二人には気づかず、資料の束を中に放り込んだ。それを見た 他のバグロムたちもうまい整理方法が見つかったと、次から次へと資料を放り込ん でいく。 「あああぁぁ…。どんどん狭くなっていく…」 「のおおぉぉっ! わらわは圧し潰されてしまうっ!」 アフラの下敷きになっている上、さらに紙束を次々と放り込まれるため、その苦 しさからファトラは暴れ始めた。 「あっ! せやから触らんといてって言ったでっしゃろが!」 「苦しいっ! 息ができん! どいてくれっ!」 「今は我慢しいや! 見つかってしまいます!」 「我慢していたら死んでしまうわ!」 そうして、バグロムたちの整理が終わった。 「よし。まあこんなもんだろう。ではいくぞ」 踵を返し、部屋から出て行こうとする陣内。 が---- 「うん? なんだか変な音がするな…」 妙な音がするのに陣内は立ち止まった。 音がする方を向くと、大きな木箱があり、それが揺れている。 「なんだこれは?」 木箱へ向かって歩いていく陣内。 木箱の方はというと、揺れがいっそう激しくなっている。 「おかしな木箱だ…」 バキイッ!! 「うわあっ!」 結局、陣内が木箱に到着するよりも早く、木箱は崩壊した。 「ぶはあっ!」 「はあっ! 苦しい苦しい」 がらくたや資料と共に木箱の中から転がり出てきたのは、言うまでもなくアフラ とファトラである。 アフラは目を回しており、ファトラは息ができるようになって安堵していた。 「な、何だ貴様らはっ!?」 陣内は仰天して叫ぶ。 ようやく楽な状態になり、アフラとファトラは立ち上がった。 「そ、そのお〜。実はうちら、迷子になってもうて、困っていたんどす」 アフラはしなを作りながら答える。 「そ、そうなのじゃよ。それでここに迷いこんでしまったのじゃ」 ファトラは作り笑いを浮かべながら答える。 「むう…。迷子…。迷子なら仕方ない。最近、会員が増えて、迷う奴が多くなった からな」 「「ほっ」」 アフラとファトラは胸をなで下ろした。 「そういえば、お前たちは見たことあるぞ」 「えっ!? そ、そんなことないどす。初対面どすえ」 表面は平静を装っているが、変装がばれたのではないかと、アフラはひやひやし ていた。 「あっ! 思い出したぞ!」 「「えっ!?」」 アフラの表情が凍る。 「お前たちはロシュタリア歌劇団の団員だな! その衣装は見たことがある!」 「えっ!? そ、そのお〜…。----そ、そうなんどす! 実はうちら、ロシュタリ ア歌劇団の団員なんどす!」 「ふむ。やはりそうか。お前たちも我が商会の会員だったのだな」 「そ、そうなんどすよ」 「ふふん。なるほどなるほど」 陣内はにまにまと二人を見つめる。 「……あ、ああそうどす! よかったら、うちらの芸でも見ますか?」 アフラは思い出したように言った。 「なんでただで見せなければならんのじゃ? ----うぐっ!」 ファトラに肘鉄を入れるアフラ。ファトラが数歩あとずさった所で、芸を見せて その隙に証拠を探すと耳打ちしてやる。 「ふうむ。よし。では見てやろう」 「じゃ、じゃあ、他にも団員がおるはずどすから…」 「うむ。では探せ」 かくして、芸(劇)をやることとなった。 前説:恋仲の二人はトーマとアスマーゼ。二人は有為曲折の後、駆け落ちした。 ちなみにここは陣内商会のステージ。だが今は劇の世界… 「アスマーゼ。立てるかい?」 「なんとか…」 アスマーゼは何とか立ち上がった。長い黒髪がさらさらとこぼれる。動作が心許 ない割に顔色がいいのは、顔色を悪くする化粧をしていないからである。 「さ、いこう。列車に遅れてしまう」 「うん」 トーマに手を引かれ、一緒に歩いていく。が、アスマーゼはすぐに膝をついてし まった。 「う…」 気だるげに額を押さえるアスマーゼ。 「アスマーゼ。おんぶするよ」 「…ごめん」 トーマはアスマーゼをおぶると、再び歩きだした。ただしその足元はふらふらし ており、頼りない。トーマの筋力ではアスマーゼは重すぎるのである。 「く…。くくぅ……」 「トーマ、大丈夫?」 「な、なんのこれしき……」 よたよたと歩いていくトーマ。舞台セットがないため、トーマはアスマーゼを四 六時中おぶっていなければならない。 「あ、トーマ!」 「な、なんだい、アスマーゼ」 「追っ手が!」 「なんだって!?」 思わず転倒しそうになりながらも、後ろを振り向くトーマ。 「トーマ様。アスマーゼお嬢様。お迎えにあがりました。 トーマ様。日が暮れるまでに戻って来て下さいと言ったじゃありませんか」 後ろにはメイドが二人いた。アスマーゼの家のメイドである。実はトーマとアス マーゼはまだそれほどの距離を移動していないのであった。 メイドは一人は背が低くて、青紫の長い髪と赤い瞳をしており、もう一人はアス マーゼに似た黒髪の長髪である。 「トーマ…」 アスマーゼはトーマの肩をしっかりと掴む。 「アスマーゼ。じっとしてて」 「あ……」 トーマはアスマーゼを地面に下ろすと、メイドの二人に向き直った。 「僕たちはもう君達の世界の人間じゃない。悪いが、帰るわけにはいかない」 ようやく軽くなった肩を動かしながらトーマ。 「それはどういうことでございますか?」 「悪いな。ピカードさんには僕たちはもう帰らないと伝えておいてくれ」 「……駆け落ちなさるおつもりですか?」 「そうだ」 メイドたちを睨みつけながら、トーマは短く答えた。 「おやめ下さい。そんな無茶なこと。だいたい、アスマーゼお嬢様は旅ができるよ うなお体ではございませんよ」 「分かってるさ」 「ではなぜ…?」 「答える義務はない。二度と会うことはないだろう」 トーマはアスマーゼを再び抱き上げると、メイドたちの前から姿を消した。 メイドたちは二人を追わない。二人のことを考えると、追うことができなかった のである。 ここで劇は次の幕へ。 陣内は一応劇をきちんと見ていた。 一方、陣内商会内部の廊下。 「さあて、出番も終わったし、さっさと証拠を探さんと」 「いったいその証拠ってどこにあるんでしょうかねえ…」 廊下を歩いているのはメイド姿のアレーレと誠だった。 「あっ、ここにならあるかも」 アレーレが指差したのは会長室と書かれた札のかかったドアである。 「よし。んじゃ探してみるか」 「鍵はかかってないみたいですね」 二人は会長室に忍び込んだ。 「うーん…。なんて悪趣味な部屋……」 開口一番、アレーレは言う。誠はげんなりした様子であたりを見回す。 「ま、とにかく探そうや」 「そうしますか…」 「ああ、アスマーゼ。しっかりするんだ」 トーマはアスマーゼを抱き起こし、声をかける。 「トーマ…。私、嬉しい…」 「ああ、アスマーゼ。アスマーゼ…」 トーマはアスマーゼの頬に頬を重ねる。 トーマとアスマーゼは駆け落ちには成功したものの、アスマーゼは無理がたたっ て熱病にかかってしまった。 アスマーゼはベッド----実際にはソファー----に寝て、だるそうにしている。 「アスマーゼ。君を医者にみせようにも、すでに金がない。僕は君の家に行って、 ピカードさんに謝ってくるよ」 トーマはアスマーゼから離れようとする。が、アスマーゼは辛うじてトーマを引 き留めた。 「アスマーゼ…?」 「行かないで」 「今の君の体では一緒に行くのは無理だよ」 「ううん。そうじゃなくて、帰りたくない」 アスマーゼは軽く小首を振りながら言う。 トーマはアスマーゼをそっと抱きしめてやった。 「…アスマーゼ。君を外に連れ出したこと自体がやっぱり誤りだったんだ。君は元 いた世界でないことには生きられないんだよ」 「元いた世界でないと死ぬと?」 「……少なくとも、この世界では生きられない…」 「生きられなくても、今のこの時間は命より大切だもの」 「……アスマーゼ。君を帰さないことには、僕は君を失ってしまうかもしれない。 僕はそんなことは耐えられない」 「死なないかもしれないじゃない?」 「死んだらどうするんだ?」 「どちらにせよ、私はあなたほどには生きられない…」 「……アスマーゼ。無理を言わないでくれ。二日で戻ってくるから、それまでおと なしくしているんだ」 「そんな!」 トーマはアスマーゼの手を外すと、部屋を出ていってしまった。 アスマーゼはベッドに突っ伏して、泣きじゃくり始めた。 ここで劇は次の幕へ。 ファトラは廊下に出ていった。 「さて、誠たちと合流するか…」 トーマは歩いている。 「ああ、アスマーゼ。許してくれ。僕にはこうすることしかできない。子供の頃こ んなことがあった。 僕は両親から鳥籠に入った小鳥を貰った。両親は絶対に小鳥を鳥籠から出しては いけないと言った。しかし、僕は小鳥に触れてみたい一心から小鳥を鳥籠から出し てしまった。…………鳥籠から出したことで小鳥に触れることはできた。しかし、 小鳥は野良猫にやられて死んでしまった。 ----アスマーゼ…。君を君の世界から連れ出すなんて、馬鹿なことだったんだ。 君は籠の中でなければ生きられないんだよ…」 アフラはステージの上で演技している。 と、突然ファトラとアレーレと誠が現れた。 「ア、アスマーゼ!? 君たちがなぜここにいるんだ!? アスマーゼはホテルで 寝ているはず…」 アフラはびっくりしてアドリブする。 誠は陣内の方を向いた。 「陣内! お前の悪事の証拠を掴んだで!」 「な、なぬう!? 何を言っているのだ貴様!?」 「これが悪事の証拠や! 巨大ロボットの設計図や! お前はネズミ講で儲けた金 で巨大ロボットを作り、このエルハザードを征服するつもりだったんや!」 誠は大きな紙を陣内に見せつける。 「な、なんと!? どこでそれを見つけたのだ!?」 「そのような質問に答える義務はない! 潔く降伏するのじゃ!」 「む、むむむぅ〜〜……。お前たち、一体何者だ!?」 「よくぞ訊いてくれました! ある時はロシュタリア歌劇団。そしてまたある時は 陣内商会の販売員。しかしてその実体は……」 アレーレが口上を述べ、そして---- 「「「「ロシュタリア華激団!!」」」」 みんなで声を合わせ、見事に決まった。 「やった! 見事に決まりましたね!」 「むっ! むっ! むっ! むううぅぅ〜〜〜……。こうなっては仕方が無い! 皆殺しにしてくれるわ! ええい、であえであえ! 曲者だ!」 陣内の号令一下、バグロムたちが大挙して押し寄せて来た。 「はん。やりますか?」 アフラが一歩踏み出す。 「ええい! こいつらを八つ裂きにしろ!」 「グギェギェ!」 かくして、バグロムたちとアフラたちの間で大立回りが始まった。 「とわああぁぁっ!」 「グギェエエエッ!!」 しばし間。 「ぬううぅぅ……。不甲斐ないやつらだ…」 「あらかた倒したようどすな」 「アフラお姉様、すごぉーい!」 あたりには目を回したバグロムがたくさん転がっていた。 「陣内! おとなしく降参するんや!」 「ふっ、降参? この私が降参するだと。はん。笑わせるな。降参するのはそっち の方だ!」 「この期に及んでまだそんなこと言いますか」 「ふははははっ! こちらにはまだ奥の手があるのだ! いでよ! バグロムロボ!」 陣内は大きく手を振りかざし、声を張り上げた。 と、次の瞬間、床が振動し始める。 「な、何が起こるんや!?」 「この建物、動いていますえ!」 「おい! 外を見ろ!」 ファトラが窓の外を指差す。 「ああっ! あれは!?」 一同、息を飲む。 窓の外には巨大な出立ちをしたものが現れていた。 「ふははははははっ!! 実は巨大ロボはすでに完成していたのだ! 君達が会員 を増やしまくってくれたおかげだよ! 感謝するぞ! うひゃははははははっ!!」 「な、なんやってえ!」 と、巨大ロボが腕を振りかざすのが見え、次の瞬間、壁を貫通して部屋の中に手 が差し込まれてきた。 「うわああああっ!!」 「ひええええっ!!」 「では諸君、さらばだ。せいぜい逃げ惑うがいい! バグロムロボで人間ミンチに してくれるわ! 悪は滅びるのだあ!」 「だったら、そなたが滅びた方がいいのではないか?」 「ええい、うるさい!」 陣内がその手に飛び乗ると、手は部屋から出ていった。陣内は巨大ロボに乗り込 む。 「大変どす! 早く逃げんとミンチにされてしまいますえ!」 「大丈夫ですアフラさん!」 「一体何が大丈夫なのじゃ!?」 「あ、ミンチにされても死なない方法があるんですね!」 「わらわは嫌じゃわい!」 「誠はん、何か作戦でもあるんどすか!?」 「こんなこともあろうかと、準備しておいたんや!」 誠は懐から信号弾を取り出すと、打ち上げた。 「何をする気なのじゃ?」 「はい。こんなこともあろうかと、極秘に開発していた秘密兵器があります!」 「ああっ! バグロムロボが攻撃してきます!」 「ええっ!」 バグロムロボは腕を振り上げると、鉄拳を打ち込んできた。 「ひえええええっ!!」 建物があっさりと崩壊し、轟音が鳴り響く。 間一髪、誠たちはアフラに掴まって方術で飛んで逃げていた。 「な、なんとか当たらずに済んだようじゃな…」 上空からバグロムロボを見下ろしながら、ファトラが安堵の息をつく。 「おおお重ーーーいっ! 3人も持ち上げるなんて、無茶どすう!」 「アフラさんがんばるんや! もうちょっとの辛抱や!」 「誰か降りいや! 2人が限界どすう!」 「無茶言わないで下さぁい!」 「うちはもっと無茶どすぅ!」 バグロムロボはアフラを捕まえようと腕を振り回す。アフラは辛うじてそれをか わした。 「う、うちもう限界どすぅ!」 「ああ、アフラさんしっかり!」 アフラはついに力尽きてふらふらと地面に着地した。そのままずるずるとへたば る。 「アフラお姉様! 大丈夫ですか!?」 アレーレがアフラを介抱する。 「だ、大丈夫やあらへんけど、触らんといてくれますか」 「ああん、服を緩めてさし上げてるんですよぉ。(ハァト)」 「こんな非常事態によくこんなことしてられるなあ…」 「ところで誠。そなたの言う秘密兵器というのはどうなったのじゃ?」 「もうそろそろ来るころです。あっ! 来ました!」 「おお!」 誠の指差した方向から、砂煙をあげながら何かが爆走してきた。 「あれこそは僕がこれまで極秘に開発していた秘密兵器です!」 誠は自慢げに説明する。 「…なるほど……。わらわたちの稼ぎはあれに消えていたのじゃな…」 「そのようどすな……」 ファトラと、いつの間にか復活しているアフラが秘密兵器とやらを冷めた視線で 見つめる。 秘密兵器はあっという間に誠たちの前に到着した。それはかなり大きく、まるで 建物が動いているかのようである。 「誠ちゃん、お待たせ!」 「誠、待たせたな!」 ハッチが開いて、菜々美とシェーラが顔を出す。 「よし! みんな乗るんや!」 全員が乗ると、誠はコンソールに着席した。 「いくでえ! 火星大王起動や!」 「はあ?」 誠がレバーを前に倒すと、兵器全体が振動し始め、それは形を変化させていく。 「む、むむむーーー。あ、あれはっ! ロボットではないか!! 誠のやつ、私と 同じことを考えていたとは…」 誠の秘密兵器は陣内のバグロムロボの如き巨大ロボットとなった。 「攻撃や! 大王砲!」 火星大王から砲弾が発射される。 「おおっ! こしゃくな! ロケットパンチ!」 バグロムロボの腕がバネで飛び出す。 こうして巨大ロボット同士の肉弾戦が始まった。 「“アレ”と“変態”の一大対決じゃな…」 「そうどすな…」 このような巨大なロボットを動かすためには大きなエネルギーがいる。双方はそ れぞれベタベタな方法でエネルギーを調達していた。 「ええい! もっとリキ入れんか!」 陣内はバグロムたちに向かって叫ぶ。 「グギャギャ!」 ロボットの動力として、バグロムたちは必死でロボットの手足を動かしていた。 「ようし。その調子だ!」 一方、誠の側。 「先生、もっと頑張ったってや!」 「お、おらあもう限界だあっ!」 藤沢は自転車のようなものに跨り、必死でこいでいた。 「頑張るんや先生!」 「ぬあああぁぁっ!」 こうしてロボットの肉弾戦が続き、日が暮れるころには双方ともへろへろの状態 になっていた。 「ううーー気持ち悪い…。吐きそうだ…。死にそうだ…」 ロボットの激しい揺れで、陣内は顔を真っ青にしていた。 「バグロム共! おいこら! 働かんか!」 「ギャギェギェ……」 「なに? もう限界」 「ギャギャ」 「ええーーい! 何を戯けたことをぬかしておるか! さっさと働かんかい! う ー、気持ち割るぅ!」 誠たちの方では… 「先生! しっかりして下さい!」 「うぅぅ…。お、おらあもう駄目だあ……」 「せんせ! しっかりしなきゃだめじゃない!」 「ふにゃあああ……」 藤沢はしなびたみたいになってサドルに突っ伏した。 「誠ちゃん。藤沢先生はもうだめだわ! うう…。わ、私も気分が悪くて吐きそう よ…」 「うーん…。困ったなあ…。ぼ、僕も気分悪いで…。死にそうや…」 誠たちもロボットの揺れで顔を真っ青にしていた。 「しかし、バグロムロボももう動けないみたいじゃぞ。わらわも吐きそうじゃ…」 「う、うちぃ…。もう我慢できません! うげえええぇぇっ!!」 気分が悪いのが我慢の限界に達したアフラがついに嘔吐した。 「ひやああぁぁっ!!」 「てめえ何しやがんだよ! あ、あたいだってもう吐きそうだってのに…。ううぅ ……。ほ、本当に吐きそうだ…」 「わらわはもう降りるぞ!」 ファトラは口を押さえながら出口へ向かって行く。 「あ、外に出ると危険ですよ!」 「もうそんなこと言ってる場合じゃねえよ! あたいも降りるぜ!」 シェーラも出口へ向かう。 「私も降りるわ!」 「私も降りますぅ!」 菜々美とアレーレもロボットを降りた。 「うう…。ぼ、僕も降りるでえ!」 誠もロボットを降りる。 外ではそれぞれがそれぞれの思い思いの場所で嘔吐していた。見ると、陣内たち もロボットから降りて嘔吐している。 夕日をバックにして、みんなで仲良く嘔吐する光景がしばらく続けられた。 「うう……。うう〜〜ん…。どうやらロボット戦は引き分けのようやな…」 吐いて、幾分顔色の良くなった誠が言う。 「まったく! 誠! 一体これの開発にいくらかけたのじゃ!?」 「ええーーと…、100万ロシュタルくらいかな…」 「な、なにいいぃっ!? そんなにかけただとぉ!?」 ファトラは仰天した。 「誠! てめえその金あたいたちが稼いだって知ってんのかよ!?」 シェーラが誠の胸倉を掴み上げる。 「で、でも菜々美ちゃんがいくらでも出してくれるもんだから…」 「あんだとぉ! 菜々美、本当か!?」 「え、ええ…。まあその…。誠ちゃんが泣き付いてくるもんだから…」 「く、くううぅぅーー……」 わなわなと肩を震わすシェーラ。 「誠様、女性の母性本能をくすぐるのがうまいですからねえ…」 さして気にもしていない様子でアレーレが言う。 「誠ぉ! てめえはやっぱり最低のスケコマシ野郎だぁ!!」 「ぎえええぇぇっ!!」 シェーラが誠に鉄拳を打ち込んだ。それを皮切りに、ファトラやアフラも参戦し、 菜々美も巻込まれていく。 「きゃあああぁぁっ! なんであたしまで巻込まれるのよぉ!」 「やかましい! そなたも同罪じゃあ!」 「うちらが稼いだ金、勝手にそんなことに使わんでおくれやす!」 「ひえええぇぇっ!」 陣内はようやく楽になり、瓦礫の陰から出てきた。 「ふぅー。巨大ロボットは揺れが激しくて、乗りづらいな…。もっと別のものにす るべきだったな…。誠の方はどうしてるだろうか…」 と、陣内の目に、大喧嘩の真っ最中の誠たちが写った。誠はタコ殴り状態になっ ている。 「むう…。何がなんだか知らんが、誠がやられているということは私の勝ちだな。 ふ、ふっふっふっふっふ……。ふはははははははは。ふひゃはははははははっ! 私の勝利だな水原誠! やはり正義が勝ち、悪は滅びるのだ! 恐れ入ったか水原 誠! ふははははははははっ!! ひやぁーーーっはっはっはっはっはっはっは! ! ふひゃはははははははっ!! ひいーーーっひっひっひっひっひ!!!」 こうして陣内の高笑いはいつまでも続き、誠はボコボコにされ、日は暮れるのだ った。