§20  光源氏物語

 昔むかし、平安の時代。京には光源氏誠と光源氏ファトラという姉弟がいた。こ
の姉弟は年頃の娘を片っ端からかどわかすため、娘を持っている親たちの間では「
京にこの姉弟あり」と恐れられていた。
 ある日の夕方。
「誠君。今日は一つ飲みにいかないかね?」
「いやーだめですよ、ストレルバウ博士。今日はシェーラさんの所に行かないかん
のです」
「ほほお。ひょっとして泊まりかね?」
「はい」
「いやー、なるほどなるほど。それではだめだな。では、がんばってくれたまえ」
 ストレルバウはにやにやしながら去っていった。
 入れ代わりに、光源氏ファトラとその小姓アレーレがやって来る。
「誠。そなた自分の屋敷を引き払ったそうだな」
「ああ、はい。必要ないんで、引き払いました」
 その言葉に、光源氏ファトラは虚を突かれたような顔をした。
「必要ないって、どうしてじゃ? わらわの所にでも転がり込むつもりか?」
「いえ。みんなの所に毎日通って、泊まらせてもらってるんです。だから自分の屋
敷には全々帰らなくて、必要なくなったんですよ」
 にこにこしながら言う光源氏誠。
「ほほう。みんなって、誰と誰じゃ?」
「はい。今日はシェーラさんの所に泊まって、あしたはアフラさんの所に泊まりま
す。んで、菜々美ちゃん、イフリータ、ルーンちゃんというふうになってます」
「ほほー。それはそれは。
 ところで誠」
「何ですか?」
「ヒモというものを知っているか?」
「いややなあファトラさん。ヒモっていったら荷物とかを縛っておくためのもんで
しょう? それくらい知ってますよ」
 光源氏誠は笑いながら話す。
「うむ、そうか。それなら別にいいんじゃが…」
「じゃあ、僕はこれで失礼します。シェーラさんが待ってますんで」
「ああ。また会おう」
「誠様、さよなら」
「はい。じゃあさよなら」
 そう言うと、光源氏誠は去っていった。
「はぁー、誠様、立派なヒモになられてますねぇ。しかも一体何又かけておられる
んでしょう…」
 アレーレはため息をつきながら話す。
「ああ。しかも本人が全く無自覚なのが恐ろしい」
 軽く肩をすくめる光源氏ファトラ。
「この先どうなちゃうんでしょうかね」
「さあな。きっと天罰が下るぞ」
「そうですね。じゃあ、私たちもいきますか」
「ああ。そうするか。今宵は月がきれいじゃ」
 光源氏ファトラとアレーレも去っていった。行き先はといえば、若い娘たちの待
っている料亭である…。

             ◇  ◆  ◇  ◆  ◇

 京の都の花の御天。そこに都を治めるルーン王女がいた。
「ルーン様。このところの光源氏誠様と光源氏ファトラ様の若い娘たちへのお手付
きには目に余るものがございます。このままこれを野放しにすれば、特に誠様の場
合、人口が急激に増加して食糧不足に陥ってしまいかねません。何とかしなければ
なりません」
 ロンズは心苦しげに申し出た。
「そうですわねえ…」
 ルーンはあまり気が進まない様子である。
「何とぞご決断を…!」
「…うーん……分かりました。それでは、光源氏誠様をお呼びしなさい」
「はっ!」
 こうして誠が呼び出された。
 今、ルーンの私室である。
「光源氏誠様。誠様はたくさんの女性と関係なさっているそうですわね」
「えーと、仲のいい人はたくさんいますよ。みんないい人ばかりです」
「…そうですか。では、事故が起きたりといったことはありませんか?」
「別にないですよ」
 誠の返答に、ルーンは質問の内容を正しく理解しているのかいささか不安になる。
「…そうですか。では、何人くらいの女性と仲がよろしいのですか?」
「えーとですね…」
 ルーンの質問に、誠は指を折って数を数え始めた。そのうち両手では足りなくな
り、足も使って数える。
「……だいたい30人くらいですね」
「まあ、そうですか」
 ルーンはさして表情を変えようともしない。
 と、ちょうどその時、侍女が茶を持って来た。
「誠様、お茶をどうぞ」
 ルーンは誠に茶を勧める。
「ああ、すみません」
 誠はルーンに言われるままに茶を飲んだ。
 彼はルーンが茶に何か入れたことには気づかなかった。

 誠が御所を後にした時、すでに日が暮れかけていた。
「んーと、今日はアフラさん所やな」
 こうして誠はアフラの屋敷へと向かった。
 一方、誠がいなくなったルーンの私室。
「誠様、悪く思わないで下さいね。効果は一時的ですから…」
 ルーンは両手を組み合わせて、そっと囁く。
 彼女の言葉が誠に届くことは永遠になかった。

 その夜。
 アフラの屋敷。
「誠はん。うち、失望しましたわ」
 半裸のまま、アフラは冷たく言い放った。
「そ、そんな。そんなはずは…」
 誠はうろたえるばかりである。
「うちと誠はんとの関係もここまでどすな」
「な、なんでやアフラさん!」
「そんな。その年で不能やなんて、うちそんな男いりまへん」
「そんなあ…」
 半べそをかく誠。
「分かったらさっさと出てきいや」
「ええーっ!?」
 こうして誠はアフラの屋敷から追い出されてしまった。
「ううー…。なんでや。なんでなんや…。今までこんなことなかったのに…」
 仕方なく誠はその夜は野宿したのだった。

 次の日。
 誠は大通りを浮かない顔で歩いていた。
「あー、腹へったなあ…。でも金は持ち歩いておらへんもんなあ…」
 誠はいつも女性たちに食べさせてもらっているため、金は持ち歩いていないのだ
った。
 と、誰かに声をかけられる。
「よう誠。浮かない顔してどうした?」
「ああ。ファトラさんにアレーレ。おはようございます」
「おはようございます、誠様」
 アレーレは誠にぺこりとお辞儀する。
「どうした? 元気がないぞ」
「はあ…。実は…」
 誠はファトラたちに昨日の夜のことを話した。
「なに! ……そうか誠。そなたその年で不能になってしまったか…。なるほどな
るほど」
 ファトラはうんうんと頷き、何やら考えている。その様子に誠はそこはかとない
不安を覚えた。
「おおそうじゃ! それならストレルバウの所で性転換するのはどうじゃ?」
 彼女のその言葉に誠は仰天した。
「なっ! なんで性転換しなくちゃならんのですか!?」
 絶叫する誠。
 口許で笑いながら、ファトラは誠の手を取る。
「いやなに。どうせ役に立たないものなら付けていても仕方ないじゃろう。いっそ
のこと取ってしまって、女になれ」
「うふふふふ。役に立たない、立たないモノですね。誠様、女の子になったら、女
の子のこといっぱい教えてあげますね(ハァト)」
 アレーレが人の悪い笑みを浮かべる。
「そ、そんな! 嫌ですよ!」
「いいから来い!」
「ひえええぇぇ!!」
 こうして誠はファトラとアレーレによって連れ去られてしまった。

 所変わって、ストレルバウの研究室。
「なにっ!? 誠君が性転換したいとな!」
「うむ。そうじゃ。誠を性転換させてやってくれ」
「おおー。そうか誠君。ついに決竟してくれたか。わしゃ嬉しいぞ」
 ストレルバウは目頭に指を当てて喜ぶ。
「僕は別に性転換なんかしたくありません!」
 逃げないように縄で縛られている誠は力の限り叫んだ。
「性転換したいんじゃないのかね?」
「ストレルバウ。実はな…」
 ファトラはストレルバウに事情を話した。
「なるほど! 誠君は不能になってしまったのかね。それではもう、手術しかない
のう」
「なんで手術なんですか! 博士はどうなんですか博士は!?」
「何を言うのだね誠君! わしのはバリバリ現役じゃ! 失礼なことを言わんでく
れ!」
 誠のその言葉に、ストレルバウは憤った。
「ストレルバウ。さっさと手術するのじゃ」
「分かりましたぞファトラ姫! ただちに手術にとりかかりましょうぞ!」
 ストレルバウはガッツポーズをとる。
「ひえええぇっ!」
 かくして誠は問答無用で手術台にくくりつけられた。

「ふーん。これで切るのか。ちょっと痛そうじゃな…」
 ファトラの手には銀色に輝く大きなナタが握られており、彼女はそれをしげしげ
と眺めている。
「ひえええぇ…。やっ、やめて下さいよ…」
「誠様、手術が終わったらいっぱいしましょうね」
 アレーレが誠の頬にキスしてやる。
「誠君。ちゃんと痛くないように麻酔してあげるから安心したまえ。ちなみに手術
の内容じゃが、ナニを取って、股間の皮膚を体の内側にひっぱりこみ、喉仏を切り、
骨格を削って整形し、豊胸し、ホルモンを投与するのじゃ」
「凄い大手術じゃないですか!」
「なぁーに大丈夫! 心配いらん! では、手術開始じゃ!」
 ストレルバウはファトラからナタを受けとると、それを構える。
「いやああぁっ!!」
 力の限り絶叫し、暴れる誠。が、体の拘束は解けない。
「いくぞ! でええぇーーいっ!!」
 ナタを振り上げるストレルバウ。
「うわあああぁっ!!」
 あわや、今まさに誠絶体絶命の危機!!
 が、その刹那----
 研究室の扉が豪快に開け放たれ、いくつかの人影が飛び込んできた。
「むむうっ!? 何奴!」
 ストレルバウが人影に誰何の声を浴びせる。
「誠ちゃんを返しなさぁい!」
 人影の中の一つが叫んだ。
「ああっ! 菜々美ちゃん! シェーラさん! ルーンちゃん!」
 歓喜の声をあげる誠。
「そなたたち、誠の愛人じゃな」
「愛人じゃないわ! 恋人よ!」
「じゃあ何で恋人が3人もおるのじゃ」
「うるっさいわね! 誠ちゃんを返しなさい!」
「…ふっ、ほぉっ、ほぉっ、ほぉっ。残念だが誠君は不能になってしまったのだよ。
であるからして、君達との愛人関係は解消じゃな。さあ、お引き取り願おうか」
「なによ! そんなもん愛の力の前には無力だわ!」
「むむーん、かくなる上は実力を行使するしかないようですな。
 であえであえ! くせ者じゃ!!」
 ストレルバウが叫ぶと、どこからともなく衛兵がわらわらと現れた。
「わぁーっ! まるで時代劇みたいですね!」
「てんめえーっ! やるかあっ!」
 身構えるシェーラ。

 数分後、研究室は廃墟と化していた。
「あぁ…。わしの…、わしの研究室が…」
 呆然とするストレルバウ。
「さ、誠ちゃん。帰りましょ」
 菜々美たちは誠を手術台から解放してやる。
「ああ。おおきに菜々美ちゃん、シェーラさん、ルーンちゃん」
「そなたたち、どうしてここが分かったのじゃ?」
「誠ちゃんがさらわれたと聞いて、捜し出したのよ」
「ふーん。しかし誠はもうそなたたちの相手はできんぞ」
「そんなことやってみなくちゃ分かんないじゃない。ね、誠ちゃん」
 菜々美は誠に愛想の良い笑みを送る。
「ああ、菜々美ちゃん! 僕を見捨てんでくれるんやね!」
「当然じゃない! さ、誠ちゃん、帰りましょ」
「おいちょっと待てよ。帰るって、どこに帰るんだよ。誠は屋敷は引き払っちまっ
たんだぜ」
「私のうち」
 しれっと言ってのける菜々美。
「なんでてめえのうちなんだよ!」
「いいじゃない。別に」
「よくねえ!」
「じゃあどこに帰るのよ」
「あたいのうちにしよう」
「だめよ! 私が許さないわ!」
「あのー、私の屋敷というのはどうで………あ、ごめんなさい」
 ルーンちゃんは菜々美とシェーラの視線に刺されて、自分で謝まってしまった。
「じゃあ、誰のうちに泊まるか誠ちゃんに決めてもらいましょう。
 誠ちゃん、誰のうちに泊まりたい?」
 にっこりと誠にほほえみかける菜々美。が、その口許がちっとも笑っていないの
を見て、誠は身震いした。これでは誰の所に泊まっても血の雨が降るだろう。
「う、うーんと…。その…。あの…。じゃ、じゃあファトラさんの所に…」
「なあんですってえっ! どうしてファトラさんの所なのよ! 誠ちゃんとファト
ラさんてそういう関係だったの!?」
「ちっ、違うで菜々美ちゃん!」
「わらわは男なんぞ抱く趣味はないぞ」
「この世界ではファトラさんは姉ということになってるから、お姉さんの所に泊め
てもらうだけや」
「十分アブナイわよ!」
「そんなぁー!」

 結局ファトラの屋敷に泊まることになった。宿屋に泊まるという手もあったが、
誠は金を持っていないため、誰かに借りねばならず、そうするとまたややこしいこ
とになるからである。
「はい。誠ちゃん。ご飯ができたわよー」
 菜々美が笑顔で食事を運ぶ。
「ああ、おおきに菜々美ちゃん。
 ……菜々美ちゃん。これは何なんや?」
 誠は菜々美が作った食事を見て、疑問を禁じ得なかった。
「なにって、晩ご飯に決まってるじゃない」
「わぁー。こんなの食べたら、鼻血が出そうですね」
 アレーレの言う通り、食事はスッポンやマムシなどだった。
「さあ! 食べるのよ、誠ちゃん! これならきっと回復するわ!」
「ううー…。しゃあないなあ…」
 誠は仕方なく食べ始める。
「ところで、何で菜々美たちまでわらわの屋敷にいるのじゃ?」
 ファトラの屋敷には誠だけでなく、菜々美,シェーラ,ルーンちゃんが勝手に押
し掛けてきていた。
「誠ちゃん生活力ゼロだから、世話してあげないといけないのよ」
「…別に世話くらい自分でできると思うが…」
「そう思うのが甘いのよ! 誠ちゃんが一人で生活したら、あっという間に餓死し
ちゃうわ!」
「ふーん…」
 ファトラは別に興味ないので、この話題からは離れることにした。興味はもっと
別の所にある。
「ところで…そなたらは今夜ここに泊まるのか?」
「誠ちゃんの貞操を守るためにも、危険を覚悟でここに泊まるわ!」
「……誰から誠の貞操を守るのじゃ?」
「あんた」
「何でわらわが誠を襲わないといかんのじゃ!」
「可能性は十分にあるわ!」
「そんなことないですよ。ファトラ様は美少女にしか興味ないんですから」
 アレーレが誠の食事を摘まみながら言う。
「アレーレ、それは誠ちゃんのご飯!」
「だっておいしいんですもん。……う、鼻血が出てきた…」
 ぼたぼた滴れてくる鼻血を畳に落とさないよう、アレーレは必死に手に受ける。
 ファトラはそれを懐紙で受けてやった。
「泊めさせてやるから、そなたたちは玄関か土間で寝るんじゃな」
「なんで玄関なのよ!」
「勝手に押し掛けてきてあつかましいわ! 布団は貸してやるからそこで十分じゃ。
さもなきゃわらわと寝るか?」
「い、いーえ。玄関で寝るわ」
「あぁん、菜々美お姉様、一緒に寝ましょうよぉ」
 アレーレが菜々美に擦り寄る。
「アレーレ、鼻血をつけないで!」

 かくして、誠と菜々美とシェーラは玄関に布団を敷いて寝ることとなった。
「さ、誠ちゃん。一緒に寝よ」
「いやー、みんなで寝るなんて久しぶりやなあ」
「しっかし玄関で寝るなんて、あたいは初めてだぜ」
「いいじゃない。別に。それよりもファトラさんやアレーレが襲ってこないように
することが大切よ」
「そうだな…」
 一方、ルーンちゃんはというと----
「ああ…。なんで私だけ土間で寝ないといけないのかしら…」
 ルーンちゃんは一人寂しく土間に布団を敷いていた。玄関は3人分のスペースし
かなかったのである…。
 他方、ファトラとアレーレは自分たちの寝室で酒を飲んでいた。
「むーん、年若い娘が3人…。どうしたものか…」
「はい! わたし! 私、お姉様たちの所に行って、一緒に寝ます!」
 手を挙げて、アレーレが元気よく答える。
「さっき精のつくものを食べ過ぎたな」
「えへへ…。早く行きたいですぅ」
 はにかむアレーレ。
「ようし。では顔を出してこよう。菜々美とシェーラはどうやって誠を誘惑してる
かな?」
 ファトラは立ち上がると、アレーレと一緒に玄関に向かった。

「さぁー、誠ちゃん。何か感じない?」
「…うぅ…ん、何か来るで」
「そう。よかったわ」
 菜々美とシェーラは誠を囲んで何やら妖しげなことをやっている。
「心配したけど、大丈夫みたいで、ほっとしたぜ」
「ありがとう、菜々美ちゃん、シェーラさん。これも二人のおかげや!」
 誠は菜々美とシェーラに心底感謝していた。
 と、
「よう。調子はどうじゃ?」
 そこへ唐突にファトラが声をかける。
「きっ、きゃああぁぁっ! ひ、人の部屋に入る時はノックぐらいしなさいよ!」
「てめえ、そうだぞ! 何しに来やがった!」
 菜々美とシェーラは顔を真っ赤にする。
「部屋って、ここは玄関じゃぞ」
「菜々美お姉様、シェーラお姉様、一緒に寝ましょ! ほら、私、枕持ってきまし
た」
「一緒になんか寝ねえよ!」
「シェーラ。酒でも飲まんか?」
 ファトラがシェーラに酒の容器と杯を見せる。
「なにぃ、酒?」
「うむ」
 意味ありげに微笑むファトラ。が、酒の誘惑はシェーラには大変魅惑的なものだ
った。ファトラの持ってきた酒は上物だったのだ。
「よ、よし。じゃあちょっとだけ飲もう。へへ、ありがてえ」
 かくして、ファトラとシェーラは誠たちの隣で酒を飲み始めた。アレーレもちゃ
っかりご相伴に預かる。
「あ、ちょっと。お酒臭いわね。あっちでやってよ」
「いいじゃねえか別に。誠も飲まねえか?」
「いえ。いいです」
「そうか?」
 誠や菜々美はそっちのけにして、がぶがぶ飲みまくるファトラとシェーラ。
 あっという間に酒瓶をいくつも空けてしまった。
(ファトラ〜、てめえがあたいを酔わせようって魂胆は見え見えだぜ)
(こやつ…、底無し…)
「誠ちゃん。大酒飲みはほっといて、私たちは寝ましょ」
「え、でも…」
「菜々美お姉様、アレーレの火照った体を静めて下さいましぃ」
 アレーレが菜々美に擦り寄る。
「そんなの自分で処理しなさい!」
「つれないですねえ」
 一方、ルーンちゃんのいる土間。
 ルーンちゃんは一人寂しく布団の中で縮こまっていた。
「ああ…。私、さびしい…」
 のろのろと布団から出るルーンちゃん。
 彼女は屋敷の裏口から外へ出た。

 ファトラとシェーラは酒の飲みすぎで前後不覚になって眠っていた。
 菜々美は誠と一緒に布団の中に入っている。
「ファトラ様。ファトラ様。寝てしまわれたんですか?」
 アレーレはファトラの肩を揺する。
「うぅ〜〜ん……」
 ファトラはくぐもった声をあげるだけだ。
「寝てしまわれたんですね」
 アレーレはシェーラも眠っていることを確認すると、ファトラと一緒にシェーラ
の布団に寝かせた。朝になったらどうなるかなんて、考えていない。
 菜々美は誠に擦り寄る。
「ねえ誠ちゃん。私、幸せ」
 囁くと、誠も擦り寄ってくる。
「あは、誠ちゃん、誠ちゃんも幸せ?」
 菜々美は誠に腕をまわす。
「……あれ? 誠ちゃん、こんなに髪長かったっけ…?」
 菜々美の手には長い髪が絡んでくる。
 誠はさらに擦り寄ってきた。
「……なんか体も小さいし、柔らかい…」
 誠は菜々美の胸に顔を埋める。
「あ! ま、誠ちゃん!」
 菜々美は誠を押し戻そうとする。と、それが男の体ではないことが分かった。
「あんた誠ちゃんじゃないわね!」
 布団をめくりあげる菜々美。と、そこには----
「ああん、菜々美お姉様!」
 アレーレは間髪おかず菜々美に抱きつく。
「アレーレっ! 何やってんの!」
「一緒に寝ましょうよお!」
「いつ、どうやって布団に潜り込んだの!?」
「さっき、隙間からですぅ」
 アレーレは菜々美の胸に顔を埋める。
「んもう! 離れてよ!」
 アレーレを引き剥がそうとする菜々美。
 が、アレーレは素早く菜々美の上着を剥いだ。
「あっ! ちょっと! 返しなさい!」
 菜々美はアレーレに掴み掛ろうとする。
「きゃあーーーっ! 犯されるぅ!」
 アレーレは黄色い悲鳴をあげて逃げ始めた。
「ばかなこと言ってないで、返しなさい!」
「きゃあーーーっ!」
 菜々美はアレーレを追ってどこかへ行ってしまった。
 後には誠と熟睡中のファトラとシェーラだけが残る。

 ……トントン。……トントン。
 不意に、玄関の扉がノックされた。
 トントン。
「うん、誰や?」
「はい。私は通りすがりの生理用品訪問販売員です」
 扉の向こうから声がする。
「あ、ちょっと待って下さいね」
 誠は布団からはい出ると、玄関の扉を開けた。
 瞬間----
「誠様!」
 扉の向こうにいた販売員は誠に抱きつく。
「る、ルーンちゃんじゃないか!」
「誠様、会いたかったですわ!」
「ああ、ルーンちゃん!」
 誠はパブロフの犬のごとき条件反射でルーンちゃんを抱きしめる。
 こうして二人は仲良く眠るのだった。
 ちゃんちゃん。



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