§21  羽衣的ぜんまい

 ある日、誠がとある湖のほとりを歩いていると、一本のぜんまいを見つけた。
 彼はそれを見た瞬間、まるで雷にでも撃たれたかのような衝撃を受け、そのぜん
まいが無性に欲しくなった。
 一瞬の出来心と言うべきか、彼はそのぜんまいを手に取ると、持っていたずた袋
の中へしまいこんだ。念入りに封をする。
 と、その刹那----
「おい、そこのお前。ここにたてかけてあったぜんまいを知らないか?」
 彼の目の前にはこの世のものとは思えないような絶世の美女が立っていた。
「君は誰なんや?」
「私は鬼神、イフリータ。あのぜんまいがないことには私は私の世界へ帰ることが
できない。お前は知らないか?」
 言わずもがな、ぜんまいは誠の手の内にある。が、誠はその事実を打ち明ける気
にはならなかったし、代わりにより大きな欲求を覚えることとなった。
「あのぜんまいか…。ああ。知ってるで」
「どこにある?」
「教えてもいいけど…そのかわり……」
「そのかわり、何だ? 条件があるならば聞いてやるぞ」
 誠はほくそえんだ。
「僕と夫婦(メオト)になってや」

 かくして、誠はイフリータと名乗る鬼神と夫婦となった。

 結婚した二人は住居を構え、ついには女の赤ん坊が産まれるまでになった。
「ねーねー、この子、あなたにそっくりよ!」
 イフリータは赤ん坊を誠に見せる。
「ああ。なんだか僕にそっくりやな。それにしても、異様に大きな赤ん坊やな」
「ええい! なんでわらわがそなたたちの赤ん坊なのじゃ!? わらわは認めんぞ!」
「まあまあ。元気のいいこと。この子はファトラと名付けましょうね」
 イフリータはファトラの抗議など無視し、力の限り浮かれまくる。
「ああー! それになんじゃこの格好は! こんな格好では恥ずかしくて外も歩け
んではないか!」
「赤ちゃんなんだもの当然でしょ」
 ファトラはおむつを着用させられたうえ、ロンパースを着せられていた。
「さてと。赤ちゃんにおっぱいをあげましょう」
 イフリータは服をはだけ始める。
「え?」
 ファトラの顔に一瞬疑問符が浮かぶが、その表情ははにかんだ笑いへとすぐに変
わった。
「はい。あーんして」
 イフリータはファトラを抱きよせると、むき出しの乳房に吸い付かせようとする。
「ま、まあいいか…」
 ファトラはおずおずとイフリータに従った。

「じゃあ、赤ちゃんをゆりかごに入れてあげましょう」
「ゆ、ゆりかご?」
 イフリータはファトラを抱き上げ、隣の寝室へと向かう。そこにはゆりかごがあ
った。
「げっ! 本当のゆりかごではないか!」
「当然でしょ」
 イフリータはファトラをゆりかごへ入れようとする。
「ええい、やめんか! こんな中へ入れられたら、わらわが本当に赤ん坊みたいで
はないか!」
 ファトラは力の限りこれに抵抗した。
「本当も何も、あなたは赤ちゃんでしょうに」
 イフリータはファトラの抵抗をやすやすとはねのける。鬼神であるイフリータに
してみれば、人間など赤子同然であった。
「いやじゃいやじゃ! いやじゃああぁぁっ!!」
 ただひたすらいやいやをするファトラ。イフリータにはこれが愛情表現に見えた。
「まあ、かわいい!(ハァト)」
 イフリータはファトラを抱きしめる。彼女の筋力は人間の比ではなかった。
「んぎゃあああぁぁっ!!」
 声にならない声で絶叫するファトラ。骨格がミシミシと破滅的な音を立てる。
 ほどなくして、ファトラは失神し、失禁した。
「まあまあ。おむつを替えてあげないと」
 かくして、ファトラはおむつを替えられ、失神したままゆりかごの中に詰め込ま
れた。ゆりかごはファトラの体格にはかなり小さすぎた。

 ある日。
「今日はみんなでお散歩に出かけましょうね」
「みんな一緒だと何をしても楽しいなあ」
「ちょっと待て! わらわはこの格好でいくのか!?」
 ファトラの格好は相変わらずおむつにロンパースである。
「赤ちゃんなんだから、当然でしょ」
「い、いやじゃああぁぁっ!!」
 が、結局ファトラの抗議は却下された。
「いやあ、天気がいいと気持ちいいなあ」
「そうね。あなた」
 3人は遊歩道をてくてくと歩いていく。ただし、ファトラだけはイフリータに抱
きかかえられており、彼女は顔を見られないように隠している。
「ああ、幸せやなあ…。こうしていられるだけで、なんて幸せなんやろう…」
 誠はイフリータと一緒にいられることの幸せを噛み締めていた。
「私も誠と一緒にいられて幸せだ」
 口付けをする二人。
 と----
「あら。誠様とイフリータさんではありませんか」
「ああ。こんにちは、ルーン王女様」
「こんにちは」
「いやぁー、お二人とも、お熱いことですねえ」
 道の向こうからルーンとアレーレがやってきた。ファトラは絶対に自分だと悟ら
れないように顔をイフリータの胸にうずめる。
「おや、ひょっとして、お二人にお子様が産まれたのですか?」
 ルーンがさっそく赤ん坊のことを話題にする。ファトラは身を固くした。
「はい。ついに産まれましたよ」
 誠は満面の笑顔で答える。
「へえー。なるほどぉ。お盛んなことで」
 アレーレは人の悪い笑みを浮かべる。
「ほら。誠そっくりでしょ」
 イフリータは抱きかかえているファトラをルーンたちに見せようとする。が、フ
ァトラは全力でイフリータの体にしがみつき、離れようとしない。
「まあ、この子ったら恥ずかしがり屋なんだから。(ハァト)」
「ぎゃあ!」
 イフリータはファトラを無理矢理引き剥がし、彼女の顔をルーンたちの方へ向け
た。ファトラは知らないふりをして目をそらす。
「…………」
「ね。誠そっくりでしょ」
「わあ! 本当に誠様みたい。でもこの子女の子ですね」
「ええ。女の子です」
 とりあえずアレーレは赤ん坊の正体に気づいていないようで、ファトラはほっと
した。
「あら、そう言えばよくよく見ると……」
 ルーンがファトラの顔を覗き込む。ファトラは必死に顔を背ける。
「まあ、ファトラじゃありませんか!」
「ええ。この子はファトラと名付けました」
「ええっ、ファトラ様!?」
 ルーンとアレーレがファトラを凝視する。ファトラはなんとか疑いを晴らそうと、
無駄な努力に出た。
「ちちち違いまちゅよ。わたちはファトラなんかじゃありまちぇん」
 ファトラは赤ちゃん言葉で弁明する。
「でもファトラですわ」
 断言するルーン。
「違いまちゅってば!」
「でもファトラですわ」
 またしても断言するルーン。
「…………」
 表情を引きつらせるファトラ。ふと見ると、アレーレが顔面を蒼白にしていた。
「ファ、ファ…。ファァートラさま……。と、とうとう禁断の幼児プレイに走られ
たんですか…。アレーレは悲しゅうございます…」
 地面に座り込み、えぐえぐとべそをかきはじめるアレーレ。
「だああっ! 違うと言うとろうに! こんな格好でははずかしいじゃろうが!」
「まあ、そんなことはありませんわよ。だってとってもかわいらしいですもの。ね、
イフリータ様。私にも抱かせて頂けませんか」
「はい。どうぞ」
 イフリータはファトラをルーンに抱かせる。
「まあ、かわいらしい」
 ルーンはファトラに向かってにっこりと微笑んだ。対して、ファトラはこの世の
終わりのような表情を顔に張り付かさせている。

「うわああぁぁ〜〜〜ん! このような姿を姉上に見られたのでは、わらわはもう
生きていけん〜〜〜っ!!」
 家に帰り、イフリータによってゆりかごに詰め込まれたファトラはぎゃんぎゃん
泣いていた。
「まあ。この子ったらこんなに泣いちゃって、お腹がすいているのかしら」
「おむつを替えて欲しいんとちゃうかな?」
「そうね。じゃあ、おむつを替えて、おっぱいをあげましょう」
 こうして平和な時間が過ぎていった。

             ◇  ◆  ◇  ◆  ◇

 が、平和はいつまでも続かなかった。誠はイフリータが去ってしまわないように、
彼女のぜんまいを納屋に隠していたのだが、ここから悲劇は始まった。
「うおおのれええぇぇ!! 誠のやつ、あんな奇麗な嫁さんを手に入れおってから
に! 許せん! こうなれば嫌がらせをしてくれるわ!!」
 陣内は誠の家に嫌がらせをするべく、立ち上がった。
「ふふ。納屋か。さて、火でもつけてやるかな…」
 誠の家の納屋に潜入した陣内は、めぼしいものはないかとそこらを家捜しした。
「ん? なんだこれは」
 陣内は錫杖のようなものを見つけた。
「金目のものだろうか…。念入りに隠されていたことから考えても、高価なものに
違いない。これは頂いておこう」
 陣内は錫杖を抱える。
 と----
「あっ! 陣内! なにやっとるんや!?」
 振り向くと、そこにはいつの間にか誠がいた。
「むむうっ! 見つかってしまったか!」
 誠は陣内が錫杖を持っているのを見つける。
「そ、それはイフリータのぜんまいやないか! それを返すんや!」
「ふふん。やはり大切なものであったか。残念ながらこれを返すことはできんな」
「じゃ、じゃあそれやるから、絶対にイフリータに見せたらあかんで」
 誠の言葉に、陣内の顔に疑問符が浮かんだ。
「うん? 貴様これはイフリータのぜんまいだと言ったな。なんでイフリータに見
せてはいかんのだ?」
「そ、そんなことええやんか…」
 誠は目をそらしながら答える。
「ははぁ〜ん。さてはこのゼンマイがイフリータに見つかるとやばいのだな」
 皮肉げに笑う陣内。
「うっ……」
 誠は反論できずに、口をつぐんだ。
「さぁーてと。どうするかな。これをイフリータに見せてしまおうかなあ…」
「や、やめてや…」
「ふっ、ふっ、ふっ…。ふふふ…。うは、うひゃはははははははははははっっ!!」
 納屋に陣内の高笑いが響いた。

             ◇  ◆  ◇  ◆  ◇

「赤ちゃんにご飯をあげましょう」
 イフリータはファトラが詰め込まれているゆりかごの前に茶碗を置いた。
「ウーラにもあげますからね」
 飼い猫のウーラの前にも茶碗を置く。
「ああ…。こんな生活がいつまで続くのじゃろうか…」
 ファトラはのたくたとゆりかごから脱出すると、茶碗を見た。そして目をむく。
「おい! これは一体なんなんじゃ!?」
 ファトラは茶碗の中身に大声をあげた。
「なにって、おかゆ」
 イフリータはそっけなく答える。
「何でウーラと同じものを食わされにゃならんのだ!?」
 ファトラの茶碗とウーラの茶碗には同じものが入っていた。
「作る手間が省けていいでしょうが」
「わらわは猫と一緒になどされとうないわ!」
「おかゆは消化にいいのに…」

「ただいまー」
「おかえりなさいー。(ハァト)」
 誠が家に帰ってきた。彼はとても暗い顔をして、精気がない。しかも女装してい
た。が、イフリータは気にしない。
 彼女は素肌にエプロンの姿で誠を出迎えた。
「今日はサカナドリの焼き鳥よん」
「そうか…。赤ちゃんは…?」
「赤ちゃんは寝てるわ」
 素肌にエプロンのイフリータはゆりかごを指す。
 ファトラはおかゆを無理矢理食べさせられた挙げ句、ゆりかごに詰め込まれて、
ふてくされて寝ていた。
 誠(女装)はファトラを一瞥すると、沈痛な面持ちで卓袱台の方へ歩いていく。
「イフリータ」
「なに?」
「イフリータは僕が女装しているのを見て、何とも思わへんのか?」
「だって誠は変態なんだろう。変態ならそのくらい当然だ。誠から変態を取ったら、
何が残ると言うんだ」
 イフリータはにこやかに断言した。
「……そうか…」
 誠は卓袱台の前に座る。
「さ、どうぞ」
 卓袱台の上には食事が並べられていた。
 それを見た誠は意を決して、次の行動に出た。
「……こんなものが食えるかあぁっ!!」
 ドガシャーーンッ!!☆
 誠は卓袱台をひっくり返す。食事が辺りに散乱した。
「おいしい?」
 そんな事は気にせず、イフリータは笑顔で訊く。
「…………」
 誠(女装)はイフリータの質問には答えず、ファトラが詰め込まれているゆりか
ごに無言で近づいた。
「……ていっ!☆」
「ぎゃん!」
 誠はゆりかごを蹴飛ばした。床に強かに鼻を打ち付けるファトラ。
「ななな何をするのじゃ貴様は!?」
「…………」
 が、誠はファトラの言葉には答えず、席に戻る。
「酒や! 酒を出すんやっ!」
「おいこら誠! わらわの質問に答えんか!」
 誠に詰め寄るファトラ。
「まあ、あなた! 赤ちゃんが遊んで欲しいって言ってるわ!」
 イフリータはファトラの首根っこを掴んで振り回す。
「ぐええぇぇっ!!」
 ほどなくしてファトラの口から泡が出てきた。
「酒や! 酒を持ってこんかい!」
「はぁい。(ハァト)」
 ごがん☆
 イフリータはファトラを床に落とすと、とたとたと酒を持ってきた。誠(女装)
はそれをがぶ飲みする。
(すまん…。すまんなイフリータ。こうせんと、陣内がイフリータにぜんまいを見
せるって言うんや。堪忍な…)
 誠は真実をイフリータに告げることはできず、独り思い悩んでいた。
「うぅんんん……。ぁあ……」
 床の上でファトラは熱病に冒されたかのようにうぐうぐとのたくっていたが、や
がて目を覚ました。
「ぬおおぉぉっ!! もう許せん! 今まで散々我慢してきたが、もう許せんぞお
おぉぉっ!! 我慢の限界じゃ! 堪忍袋の尾が切れた!」
「ぎゃああぁぁっ!!」
 ファトラは飛び起きると、焚き付けの薪で誠をめったうちにする。
「まあまあ」
「まあまあじゃない! わらわにこんな格好はさせるし、赤ん坊扱いはするし、夜
になれば二人で楽しんでわらわを仲間はずれにするし、それにいつまでもこんなこ
とをされていては、わらわは妖しい世界に目覚めてしまうわ!!」
 誠(女装)はほったらかしにし、素肌にエプロンのイフリータとおむつにロンパ
ースのファトラは向かい合う。
「わらわはもうこんな家からは出ていってやるからなっ!」
 ファトラはロンパースを脱ぐと、寝具のシーツを体に巻き付けて、家の出入り口
の方へ向かう。
「今日はもう遅いから、明日にしなさいな」
「うるさい!」
 かくして、ファトラは出ていった。

             ◇  ◆  ◇  ◆  ◇

 誠とイフリータの家庭は、誠が荒れまくり、ファトラが出ていったことにより、
崩壊寸前になっていた。
「あー、ようやくイフリータから解放された…。こんなことならもっと早く出てく
ればよかったな」
 ファトラは家を出ていった後、ルーンの所に転がり込んでいた。
 今はルーンの趣味である少女趣味の服を着、バルコニーで茶など飲んでいる。何
分服は持ってないので、嫌でもルーンのコレクションを着ざるをえなかった。
「ファトラ、あなたに着て見せて欲しい服があるんですけれど、着てくれませんか?」
「またですか?」
「ほら。かわいいでしょう?」
 ルーンは衣装箱から服を出し、ファトラに見せる。
「はあ…」
 ファトラはちょっと困ったような顔をするが、こうやって姉に構ってもらえると
いうことは嬉しかった。

「陣内。僕はもうこれ以上ひどいことするのは嫌や。もう許してくれへんか?」
「なにをなにを。まだまだこれからよ。うひゃはははははははっ!!」」
 陣内の屋敷。玉座に座ってふんぞり返っている陣内の前で、誠は床に正座してい
た。
「しかしやな!」
「ええい、だめだ! この程度のことで私の気が晴れるとでも思っているのか! 
さあ、誠よ! 私の靴を舐めろ!」
 陣内は誠に向かって足を差し出す。
「な、なんやってえ!?」
 誠(女装)は仰天する。
「できんと言うのか!?」
「く、くうう…」
 誠(女装)はおずおずと陣内の靴に手を伸ばした。

             ◇  ◆  ◇  ◆  ◇

「ファトラ様。ファトラ様はなんで幼児プレイなどなさっていたのですか?」
「思い出したくないから、それを言うな」
「はあ…」
 ファトラとアレーレは散歩していた。
「あっ! 誠ちゃんとイフリータの子供!」
「わらわは誠の子供ではない!」
 突如として現れ、勝手に驚く菜々美にファトラはむきになって答えた。
「ねえ。最近誠ちゃん荒れてるみたいなんだけど、なんでなの?」
「あんなやつのことなど知らん」
「ふーん。ま、私だって知んないけど…」
 菜々美はやや嫉妬の混じった表情で言う。
「でね。私考えたんだけど、あれはきっとイフリータとの仲が悪いのよ! だから
ね、やっぱりここは誠ちゃんの幼馴染である私が傷ついた誠ちゃんの心を癒してあ
げなくちゃって思うんだけど、どうすればいいと思う?」
「そんなら、ベットにでも押し倒してやれ」
「そんなストレートな方法じゃなくて、もっとひねりを加えたいんだけど…」
「わらわに考えさせるな」
「そうねー。誠ちゃん機械が好きだから、先エルハザード文明の何かを掘り出して、
それに『スキ』って書いてプレゼントしようかしら…。----……はっ!」
 菜々美は突然表情を凍りつかせた。
「どうした?」
「そ、そうよ! そうだったんだわ! ついに理解できたわよ!」
 菜々美は握りこぶしをふるふると震わせている。
「なにを理解したのじゃ?」
「誠ちゃんはメカフェチなのよ! だからアンドロイドであるイフリータのことが
好きなんだわ! そうよ! そうに違いないわ!」
 菜々美は力の限り断言する。
「しかし仮にそうだとしても、解決にはならないような…」
「うーん、そうねえ…」
 とぼとぼと3人は歩き出した。

 しばらく歩くと、向こうの方で何者かが歩いているのが見えた。
「むっ、あれは陣内ではないか」
 陣内は至極上機嫌な様子で道を歩いていた。手には何やら錫杖のようなものを持
っている。
「なんか気が狂ったんじゃないかってくらい上機嫌ですね」
「あれはやっぱりアレとか言うやつじゃな。そうに違いない。関り合いにならない
方がよさそうじゃ」
「お兄ちゃん、最近いつもああいう調子なのよ。そろそろ本気でヤキが回ってきた
のかしらね」
「あの手に持っているものは何じゃ?」
「ああ、あれ。どこから持ってきたのか知らないけれど、なんだか最近いつも持ち
歩いてんのよ。なんなのかしらね」
 ファトラはしばらく思案していたが、やがて思い出した。
「……あれはひょっとしてイフリータのぜんまいではないじゃろうか…」
「えっ、あれお兄ちゃんの持ち物じゃないの?」
「あれはたぶんイフリータのぜんまいだと思う。イフリータのやつ、ぜんまいがな
いとぼやいていたからな」
「ふーん。じゃあ、きっとお兄ちゃんが盗ってきちゃったのね。それじゃあ、イフ
リータに返してあげなきゃ」
「そんなこと言って、誠の印象を良くしたいのか?」
「…別にいいじゃない」
 そこまで言うと、菜々美は陣内へ向かって歩き始めた。

 数分後。菜々美は口先三寸で陣内を籠絡し、まんまとイフリータのぜんまいを手
に入れた。
「さてと。さっそくイフリータに返してあげなくちゃ。待っててね、誠ちゃん(ハァト)」
 ファトラたちをそこに残し、菜々美は足取り軽やかに誠の屋敷へと向かっていっ
た。
「ああいった恋に盲目な人間のやることはよく分からんのう…」
 菜々美の後ろ姿を見送りながら、ファトラはため息をした。
「あー、私もご相伴に預かりたいですぅ…」
 菜々美と誠が何をやらかすのか勝手に想像しながら、アレーレが指を咥える。
「わらわたちは帰るか…。----あっ、そういえば、イフリータはぜんまいがないせ
いで鬼神の世界に帰れないとかいう話じゃったな。となると、菜々美がイフリータ
にぜんまいを返してしまうと、イフリータは鬼神の世界に帰ってしまうのかな…?」
 ファトラは人差し指をこめかみに当て、小首を傾げながら推察する。
「じゃあ、イフリータお姉様の後釜に菜々美お姉様が入るわけですね。菜々美お姉
様、やるう!」
「そうじゃなあ…。おもしろそうだから、見に行ってみよう」
「そうしますか」
 ファトラとアレーレも誠の屋敷へ向かった。

「酒や! 酒を持ってこんかい!」
「はい、ただいまぁ。(ハァト)」
 相変わらず誠(女装)は荒れまくっていた。その表情には苦悶の感情がありあり
と見て取れる。
 イフリータの方はというと、そんなことは意に介せずといった様子で、素肌にエ
プロンという格好でせかせかと働いていた。
 と----
 ドンドン!
 屋敷の出入り口の戸を何者かが叩く音がする。
「はぁい」
 イフリータは出入り口へ向かった。
「いやっほぉーっ、イフリータ! あんたが探していたぜんまいを見つけたわよ!」
 玄関を開けると、そこでは笑顔の菜々美が誇らしげにぜんまいを掲げていた。
「ああっ! これは確かに私のぜんまい!」
 イフリータの顔に驚愕の表情が宿る。
「な、なんやってえ!?」
 それを聞いた誠も驚愕した。
「はぁーい、誠ちゃん。元気してたあ?」
 菜々美は誠(女装)に向かって手を振る。
「な、菜々美ちゃん…。そのぜんまいは一体どこで手に入れたんや?」
 おたおたしながらも、誠は菜々美に歩み寄った。
「ああ、それがね。もぅ、聞いてよぉ。なんと、お兄ちゃんが持ってたのよ。ごめ
んね、誠ちゃん。しょーもない兄で。私が謝るから、許してね」
 菜々美はしなを作りながら誠に擦り寄る。
「な…菜々美ちゃん……」
 誠はどうしていいのか分からず、ただただ呆然とする。
「誠。ぜんまいが見つかった以上、私はもうここにはいられない。さようならだ」
 イフリータは菜々美からぜんまいを受け取ると、素肌にエプロンの格好のまま外
へと出て行く。
「ま、待ってやイフリータ!」
 誠(女装)はその後を追う。菜々美もそれに続いた。

 外にはすでにファトラとアレーレが見物に来ていた。
「わぁーっ! イフリータお姉様、なんて素敵な格好!」
 アレーレはイフリータの姿に感激する。
「イフリータのやつ、あんな格好で外に出られるとは、大した根性じゃな」
「イフリータ! 本当に行ってしまうんか!?」
「ああ。本当だ」
「ねえ。どうしてイフリータはぜんまいが見つかると、誠ちゃんの所にいられなく
なっちゃうの?」
 事情を知らない菜々美は誠に尋ねる。
「実は…。実はな菜々美ちゃん…。これには海より高く、山より深い言い訳がある
んやよ…」
「海より深く、山より高いの間違いですね」
 すかさずアレーレが突っ込みを入れる。
「ええっ! そんな理由があったの!?」
 菜々美は仰天した。
「まだ言ってないやんか!」
「漫才にしてごまかそうとしているな」
「とにかく、イフリータはぜんまいが戻ると、鬼神の世界に帰らなければならない
んや! じつはかくかくしかじかこういう訳で…」
「『かくかくしかじか』じゃ分からないわ!」
「あー、もうめんどくさい! とにかくやな! ----」
 誠は菜々美たちに事情を説明した。
「ええっ! 誠ちゃんがぜんまいを隠して、イフリータを足留めしていた!? な
によ! それじゃあ、誠ちゃんが悪いんじゃない!」
 菜々美は誠をはり倒した。
「ああー、せやかてなあ!」
 誠は頭を抱えて絶叫する。
 と----
「ああーーっ!! 心配になって来てみれば、菜々美! 貴様ぜんまいを誠に返し
おったなあっ!!」
 突如として現れた陣内はイフリータがぜんまいを持っているのを見て絶叫した。
「陣内! お前僕がお前の言うなりになってれば、ぜんまいは隠しておくって言っ
てたやんか! これはどういうことや!?」
「ぎゃあああぁぁっ!!」
 誠(女装)は陣内の首を締め上げる。
「誠。今まで楽しかった。機会があればまた会おう」
 素肌にエプロンのイフリータはその姿のままぜんまいに乗り、空へと飛び立とう
としている。
「ああっ! イフリータぁぁっ!!」
 誠(女装)は白目を剥いて失神している陣内をてきとうにそこらに放り捨て、イ
フリータへ向かって手を延ばす。が、手は届かない。
「さようなら誠。もし私に会いたかったら、神の目を解析し、自らの手で鬼神の世
界へ来るがいい。私は待ってるぞ。いつまでも…」
「イフリータあぁぁっ!!」
 こうしてイフリータは去っていってしまった。
「イフリータ…。必ず…。必ず会いにいくで!」
 そして誠(女装)はイフリータに会いにいくという決意を固めるのであった。



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