§エピローグ でも、変わらない
「うぅ……ん…」
意識が戻った。どうやら身体は横になっているらしい。頬には芝の感触が感じら
れた。
「ここは……」
ゆっくりと身体を起こして、あたりを見渡す。あたりにはファトラや菜々美たち
が倒れていた。そして、異世界へ飛ばされる前に見た、誠の巨大な実験装置があっ
た。
「まあ…どうやらエルハザードに戻ってきたようですわね。よかったですわ」
装置はエネルギーが切れて、すでに停止しているようだ。どうやらエネルギーが
切れたせいで、エルハザードに戻ってきたらしい。
ルーンは立ち上がると、全員いることを確認した。
「まだ誰も目が覚めていないようですわね」
そこでルーンはあることを思いつく。
「ファトラ。ファトラ」
声がする。
「うぅーーん…。はっ、姉上!」
目を覚ますと、目の前にルーンの顔があった。ファトラはルーンに膝枕されてい
たのである。
「うん。きれいですよ、ファトラ」
ルーンは間髪を入れず、ファトラの頬に軽くキスしてやる。
「あっ」
軽い声をあげ、跳び起きるファトラ。
彼女はキスされた頬に手を当て、顔を赤らめた。
「さあ、これを着てみせて下さいな」
ルーンはファトラに衣装箱を差し出す。
「----?」
「着てみせて下さいな」
「ここは一体…」
ファトラは怪訝な顔をしてあたりを見渡す。ロシュタリア王宮のルーンの部屋の
ようだ。
「ほほほ。愉しいですわね」
ルーンは笑っているだけだ。
「……姉上の世界なのかな…?」
釈然としない思いはあったものの、あたりにはルーン以外誰もいないようだし、
ファトラは衣装箱を受け取った。
「さ、着てみせて」
「はあ…」
中身がどんな服なのかは、ルーンの表情を見れば分かる。ファトラが絶対に好ま
ないような、少女趣味の服だ。
ファトラは衣装箱を開けると、のたくたと着替えてみせた。ここがもしルーンの
世界ならば、断ってもあまり意味がない。
「まあ、かわいらしい!」
着替えたファトラを見て、ルーンは破顔した。かわいらしいフリルやリボンのた
くさんついた服である。ファトラの雰囲気とは合わないが、黙って椅子に座ってい
る分には似合っている。
「そ、そうですか…?」
対するファトラは口元が引きつっている。しかし、その割にはきっちりと着こな
してしまうあたりがルーンのお気に入りらしい。
「素敵ですわ。ああ、きれい」
感極まってファトラを抱きしめるルーン。こうされると、ファトラもあまり悪い
気はしない。
「…姉上、ここには姉上以外の人はいないのですか?」
「……ええ…たぶん……」
ルーンの言葉にはいまいち自信が感じられない。
「はあ…そうですか…」
どきどきしながら答えるファトラ。こんな姿を他人に見られたくはない。
と----
「もしもし、ルーン王女様? いませんか?」
突然部屋の扉が叩かれた。菜々美だ。
ファトラの背筋が凍る。
「ああ、いますよ。どうぞ」
「えっ! ちょ、ちょっと待って下さい!!」
が、すでに時遅し。部屋の扉は今まさに開かれようとしている。
「あわわわわっ!」
ひたすら慌てるファトラ。
「ルーン王女様も無事だったんですね。他のみんなも無事戻ってこれたみたいで…
…その人誰です?」
菜々美は布団に頭だけ隠している女性がいるのに気付いた。ルーンの方はという
と、くすくす笑っている。
「ああ、これはですね、この子はとても恥ずかしがり屋なんですよ」
「誰なんですか?」
布団の少女に近寄る菜々美。
布団の少女は手で菜々美を追っ払う仕草をする。
それが菜々美の癪に触った。
「なによ。恥ずかしがり屋だからって、それはちょっと失礼じゃない?」
菜々美は布団の少女の布団を引っぱがそうとする。対する布団の少女は全力で抵
抗し、布団を放さない。
ルーンはそんな二人の様子を見て、必死に笑いをこらえている。
「ちょっと! そんなに私がイヤなの!?」
力の限り布団を引っ張る菜々美。
「…………っ!」
「ぎゃっ!」
突然、布団の少女は菜々美に当て身をくらわすと、布団を被ったまま部屋の外に
逃げていった。
「もうっ! あれはいったいなんなのよ!」
菜々美は腹を押さえながら歯噛みする。
「菜々美様。お気になさらないで下さいね」
ルーンは菜々美ににっこりと微笑む。
「はあ…」
布団の少女が逃げていった扉を見ながら、菜々美は生返事を返した。
すると、向こうの方で派手に転ぶ音が響く。
「あ、転んだみたい」
菜々美は音がした方へ走る。ルーンもついてきた。
そこには布団の少女の他に、誠がいた。
「あいたたたた……」
床の上で、布団の少女はしたたかに打ちつけた膝をさすっている。転んだ拍子に
布団は外れていた。長い黒髪にブラウンの瞳のその少女…。目には涙が浮かんでい
る。
「ファ、ファトラ姫ですか?」
格好が格好だけに、誠は相手を断定できないでいる。
「うん? ち、違うぞ」
少女は必死で否定する。
「あっははっ! ファトラ姫じゃない! どうしたの、その格好?」
菜々美は腹を抱えて笑う。
「うう…。じ、じつはわらわはファトラの双子の妹で…」
「何言ってんの。その格好、似合ってるわよ」
菜々美はファトラの頭を撫でてやる。
「や、やめんか!」
ファトラは顔を真っ赤にする。
「んもう。恥ずかしがっちゃって」
「そうですよ。その格好、似合ってますよ」
「ああ! そんなことは言わんでいい!」
「ふふ…。さ、ファトラ。立てますか?」
ルーンはファトラを助け起こしてやる。
「うーー……」
ファトラは半べそをかいていた。
「姉上。ここは誰の世界なのですか?」
「ああ、もうエルハザードに戻ってきたんですよ」
「えっ? 戻ってきた?」
「ええ」
「あ、姉上ぇ〜!」
今にも泣き出しそうになるファトラ。
「あら。私が着て欲しいといったら、着てくれたんじゃありませんか」
ルーンはころころと笑う。
「そんなあっ!」
「そんな顔しないの。さ、よしよし」
ファトラを抱いて、あやしてやるルーン。
ファトラもルーンを抱きかえした。
こうしてエルハザードの平和な日々が戻り、やっていることは異世界の時とあま
り変わらない生活が戻ったのだった。
終わり
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