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               (2014年10月21日)






   

  女の人から学んだこと

 田中 純一

 男の子の相手の仕方について書いてみました。子どもの相手をしていくのは学ぶことが多いものです。また女と男では子どもの相手の仕方が違ってくるのかもしれません。女の方で指導が上手いなあと学んだことを書いてみたいと思います。

どうぶつしょうぎの北尾まどかさん
 子どもの活動にどんなものがあるかと考えながら、おもちゃ売り場を回って歩くのが私は好きです。アピタでどうぶつしょうぎを見つけました。ワンセット買ってやってみたら楽しそうです。前の職場(有明児童センター)は放課後児童クラブだけで100人以上いましたので、買うなら40セットくらいは必要です。大量購入だから安くならないかと製造元のクロノスにお願いをしました。そしたら北尾まどかさんが教えに来てくれることになりました。
 北尾まどかさんと星野さんと藤田さんが我が家のマンションに前泊することになりました。北尾まどかさんは飛んでる女性との感じでした。早朝に、海へ泳ぎに行きたいというので、連れて行ったら、パジャマのままで海に飛び込んでいました。お昼は何が良いか?と聞いたら、枝豆が食べたいとのこと。枝豆だけの昼食となりました。
 そんな北尾まどかさんでしたが、どうぶつしょうぎを教える場面になったら、豹変して、厳しく、鋭く、愛情深い指導になりました。まどかさんのいうには将棋は、お願いしますに始まって、参りました、ありがとうございましたのなど、礼に始まって礼で終わるというのです。また時計係や立会人はいるけれど審判員はいないとのことでした。あくまでも勝ち負けは負けた人が『参りました』ということで決着がつくのだそうです。また、相手の王様をとることもないのだそうです。私は素晴らしいルールだと思いました。
 まどかさんは将棋もどうぶつしょうぎも駒の動かし方は教えるけれど、勝ち方を教えないと言っておられました。勝ち方は自分で考えていくものだとことでした。安易に結果だけを追い求めるのではなくて、思考プロセスを大切にするとの考えにとても共感しました。
 プロフェッショナルになるというのは、自分の仕事に入ったら、誇りと毅然たる態度になるようです。私もプロの気持ちを持ちたいと思いました。
     

  吉村温子さんのこと
 吉村温子さんはこどもの城の合唱団を指導されています。愛子さまの音楽の家庭教師もされていると聞いています。新潟県の児童厚生員の研修会にも何度も来ていただいて、音楽表現遊びの指導をしてくださっています。素晴らしい歌声で参加者を魅了させてくれます。私はいつも仕掛け役なのでじっくりと温子さんの歌声を聴いたことがありませんでした。そんな話を自宅のマンションで話したら、『たまに田中さんのためだけに唄ってあげようか』とのことになり、独占して聴いたことがあります。すごく貴重な経験でした。
 子どもに対する愛情が満ち溢れた『ハッピーバスディ 生まれてきてよかったね』との声は忘れることの出来ないものでした。
 女の人であれ、男の人であれ、子どもたちは愛情深さを本能的に理解できるものだと思います。子どものために良かれと自分が思って指導していても、愛情が相手に伝わっていなかったり、そもそも職員が愛情があると勘違いしているだけで、自分の都合で指導しているときには、子どもには伝わらないものです。
 きっと歌声もそうなのだと思います。いくらうまく歌っても、愛情深い歌声にはかなわないのではないかと思います。お母さんの子守歌が子どもに良い影響を与えるのと一緒と思います。温子さんの歌声は技と愛情が両方あるのだから素晴らしいと思います。
         

玉川まや子さんと小野眞理子さんのこと
 玉川大学の名誉教授の故岡田陽先生には素晴らしい指導を受けさせていただきました。玉川まやこさんや小野眞理子さんたちは吉村温子さん同様に岡田陽先生のお弟子さんたちです。
 岡田先生はグループDIL(ドラマ イン ライフ)を組織されています。玉川まやこさんや小野眞理子さんには新潟県立女子短期大学などで研修会をしていただきました。玉川まや子さんの読み聞かせは吉村温子さんの歌と一緒で、愛情深く素敵です。
 玉川まやこさんと小野眞理子さんに有明児童センターでサルとスカーフ売りの話を子どもたちと寸劇でやってもらったことがありました。6年生男子で、6年間笑った顔をみたことのない子どもがいました。数人の上級生を中心に、意地悪く騒ぎ立てる感じになっていきました。どうなるかと心配してみていたら、小野眞理子さんが『キーキーキキ・キーキー』と制止しました。そのことでとてもいい雰囲気となり、初めての笑い顔を見せてくれました。 どんな言葉よりも、適切なことばではない言語が伝わることがあることを教えてもらいました。

     中谷千代さんのこと
 中谷スポーツの会長であった故中谷千代さんには、本当にいろいろと愚痴を聞いたいただきました。二葉町のご自宅までお邪魔させていただきました。またドイツ料理をご馳走になったりしました。
 中谷千代さんはとても聞き上手でした。私のようなものを相手によく話を聴いてくださいました。子どもを大切にするとの信念をお持ちだったので、そのために私が職場でやりやすいように考えてくれました。
 中谷千代さんそして同僚で一緒に児童健全育成指導士を取得した故小川彩子さんもとても聞き上手でした。聞き上手であることはとても大切なことなのだと今になって思います。私はしゃべることが好きで、聞き上手ではありません。これから聞き上手になりたいと思います。子ども相手の場合でも聞き上手は大切だと思います。本当の受容共感とは聞き上手になって、相手の話を出しやすくし、相手に自分自身の気持ちを自覚させて、その人自身に解決方法を見つけさせることなのかもしれないと最近感じています。

    私の母のこと
 私の母は怒ることを見たことがない人でした。私は身体がとても弱く生まれ、小さい時から病気だらけだったので、とくに可愛がられていました。私は、いわゆる馬鹿な子どもほど可愛いの典型でした。
 母はずっと助産婦をしていて、昔は出産で夜にいないことがよくありました。三条市下田郷から新潟市に出てきてからは、大学病院の助産師やお湯使わせなどをしていました。
 そんな母が怒ったのを見たのを覚えているのは私が新潟大学の学生の頃です。友達の彼女が妊娠してしまい、相談に来たことがあります。この時に『女性は母体を大事にしなければならない』と強く叱ったことです。
 優しい母でしたが、いざ仕事のことになると一変して厳しい人でした。ある時、忘れ物を大学病院に届けていったのですが、助産師の格好をした母を母だと一瞬わからなかったことを覚えています。

     室根茂子さんのこと
 室根茂子さんは新潟大学法学部を卒業して、現役で弁護士試験に合格した弁護士さんです。コラルジル裁判や新潟水俣病の裁判の弁護士をやっておられました。このシリーズはここだけにして、基本的にはあまり公開しないので、ちょっと普通に書けないことも書きたいと思っています。私の高校生時代にベトナム戦争がありました。反戦活動から学生運動へと発展しました。逮捕が私は学生時代に6回経験しましたので、たぶん新潟大学の記録かなと思っています。逮捕されると嫌なことが多いのですが、食事と睡眠が十分とれることと、室根茂子弁護士に会えるのはとても楽しみでした。室根茂子弁護士はとてもチャーミングな人でした。
 新潟水俣病の判決が出た時に、他の人たちは十分ではないけれど、基本的には勝利と言っていました。けれど室根茂子さんは悔しくて泣いていました。室根茂子さんは上目線で人を助けるために仕事をしていたのではなくて、被害者と同じ目線で活動していました。これは私には教えられることの多いことでした。理解するがunderstand(=下側に立つ)との指摘をすんなりと受け入れることが出来たのは室根茂子さんに学ぶことが多かったように思います。

    皇后陛下のこと
 子どもの目線いかになって話しかけられる姿を目撃したのは有明児童センターに天皇皇后両陛下の行幸啓のときでした。子どもたちの工作やけん玉、転がしドッジ、サッカーゲームなどを静かにそっと観て声をかけられていました。そんな姿勢でしたので、子どもたちも活動に熱中していました。
 サッカーゲームをしている子どもに『楽しいですか?』と声をかけられました。子どもは『今、忙しいのでちょっと待って』と答えていました。サッカーゲームのゴールキーパーが蹴ってゴールすると『すごい。すごい』と褒めてくださいました。子どもの目線の下に立って違和感がない方でした。やはり素晴らしい方だなあと思いました。
            

     最後に
 考えてみると、女の人だけではなく、男の人からもたくさん学んだ。今もカプラ研究会やAANの人たちや研修会や学校で出会った人や地域の仲間から教えられて自分がいる。35年くらい付き合ってくれている連れ合いも含めて、深く感謝してこれからも活動を続けたい。

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