放課後児童クラブでどんな遊びと手法を使ったら、支援員が無理なく無駄なく仕事が出来るかを考えてみました。
                     (平成29年1月31日)

 1、部屋の活用方法
 狭い場所でたくさんの異年齢の子どもを相手にしなくてはならない現状があります。事故なく安全に暮らし、有意義な時間を子どもも支援員も過ごせるようにと思います。
 アグレッシブな男の子は出来るだけ暇な時間を与えないようにするのが良いと思います。暇な時間がたくさんあることは、広い所を走り回るか、高い所に上るか、狭い空間に潜り込むものです。これはホモサピエンスが弱い存在だったので、自分の身を守るための本能的なものだと私は子ども達から学びました。広い場所は危険がいっぱいだから足が自動的に走り回ります。高い所(縁石やロッカーの上)などには上り、全体を見回して安全確認をします。襲われないように狭い場所に身を隠したがります。放課後児童クラブはニーズが高く定員オーバーの状況のところが多いので走り回ったり、高い所に上らせるのは危険です。後の残りは狭い空間を確保することです。段ボールの家や段ボールの屏風や仕切りで狭い空間を作り、子どもたちの身を守る本能を満足させてあげることが必要です。
 
 部屋の名称も遊戯室・クラブ室との考えから、遊戯室を二つに分けて、おやつコーナー・学習コーナー・基地コーナー(段ボールの家など)に3分割します。クラブ室は談話室とかとし、畳の部屋で安心してマンガを読んだり、トランプなどのゲームをしたり、寝転がっったり出来るようにするのも大切と思います。
 なお放課後児童クラブの運営の手法については下記にまとめてあります。
 ■放課後児童クラブ運営の手法
 @男の子は閑な時間を作らせない。
 Aストレスを減らす
 Bモストティーチング・モアラーニング
 C働く・遊ぶ・学ぶのメリハリ
 D臨機応変のグループ作り
 E障がい児の対応
 などを記述しています。
 放課後児童クラブは留守家庭児童対策事業として始まっています。いわゆるかぎっ子対策事業でした。家に帰っても両親が共働き等で家にいない子どもへの対策事業でした。家庭に代わる機関として安全で安心して暮らせる空間を確保することが一番大切と思います。


 2、問題行動の対処
 他人に迷惑をかける暴行などの危険な行為・侮辱や名誉棄損に値するような言動・器物を破損させる暴行・自分自身を傷つける自傷行為などの問題行動への対処方法を考えてみよう。
 まずバーバリズム(言語主義)で注意しても上手くいかないことが多いものだ。問題行動が発生したら、ノンバーバルコミニュケーションで支援員みんなでしっかり視線をおくり、『危険な行為はダメよ』と感じさせ、やめたら褒めてあげることが大切と思う。問題行動への言語による対応を一切やめて視線と身体的行動で対応してみると効果があることがある。
 子ども同士のトラブルには眼そらし方略が上手くいくこともある。興味を違った方向に持っていくのである。気分一効果との考えがある。悔しい・悲しい・痛いなどの気持ちとうれしい・楽しい・面白い気持ちは同居しないのである。それを前提にして考えると、悔しいとか頭に来るとかの気持ちを楽しい・面白いほうへ誘導することが効果がある。
 クールダウンのための基地の作成も良いと思う。段ボールハウスやカーテンで周囲を囲むなどして、余計な刺激を与えなければずいぶんと安定するものである。
 重篤な事故(後遺症が残るようなこと)を起こさないことが一番大切なことである。重篤な事故につながるようなことには最大限の配慮が必要である。重篤な事故につながらないのなら、宿題をしない・クラブに入らないで外で遊んでいる・カバンを片づけないなどの行為に対して柔軟な対応が必要である。宿題やおやつの食べ方・カバンの片づけなどの注意に苛立って、暴行・傷害・器物破損・自傷行為を起こさせるのは無駄な努力になってしまう。
 みんなと仲良くは難しい。四苦八苦というのは仏教における苦の分類。 苦とは、「苦しみ」のことではなく「思うようにならない」ことを意味する。根本的な苦を生・老・病・死の四苦とし、 根本的な四つの思うがままにならないことに加え、
・愛別離苦(あいべつりく) - 愛する者と別離すること
・怨憎会苦(おんぞうえく) - 怨み憎んでいる者に会うこと
・求不得苦(ぐふとくく) - 求める物が得られないこと
・五蘊盛苦(ごうんじょうく) -五蘊(人間の肉体と精神)が思うがままにならないこと
の4つを加えて八苦という。
 愛するものと別れ、嫌な人と一緒にいることは人にとって「思うようにならない苦しみ」である。放課後児童クラブはゆっくりくつろぐ空間でありたい。嫌がるものを無理矢理一緒にするようなグループ編成はやる必要がないのではと私は思う。


 3、遊びの内容の提案
 異年齢が一緒にいるのでいろいろな問題が起こります。異年齢が一緒に遊べるユニバーサル的な遊びを上手く提供していくことも必要です。
 origamiカプラなどの遊びはユニバーサル的で異年齢が一緒に遊べるものです。私はこれからも放課後児童クラブや児童館などで活用できる動く簡単面白い折り紙やカプラ活動のやり方を開発していきます。
 オリコしゃぼん玉なども楽しい工作です。 参りましたジャンケン遊びなども負けを認めるゲームとして活用できます。
トランプなども足すと10になる神経衰弱などを活用して数字に強くなることも良いと思います。
 


 4、ヴィゴツキーの最近接領域の考え方
 子ども達と支援員の関わり方にはいろいろな考えがあります。子どもの自主性を尊重して自由にさせるとか、子どもをきちんと躾けるとかです。私はヴィゴツキーの最近接領域の考え方が実用的で効果があると思います。
 子どもたちの自主性ばかりに依拠しても発達が助長されないこともあります。また自己中心で強い子どもにより支配が蔓延る(はびこる)ことも多いものです。逆に学校教育のようにきちんとしたやり方が良いしているところもあります。しかし学校で縛られて放課後児童クラブで同じようでは疲れ果ててしまうこともあります。
 ヴィゴツキーはその子どもの発達段階の現在に依拠するのではなくて、その子どもが明日出来るかもしれないことを上手く大人が支援することで成長する時、子どもはとても生き生きしてくると提案しています。たとえばカプラをやる場合にカプラを与えて自由にやれと言ってもただ積むだけになります。カンチレバー方式などの積み方を支援して、子どもが出来るようになると次々と素晴らしい作品を子どもたちは作っていくものです。蒸気機関車の車軸パターンを教えれば面白い作品を作ります。
 
 上の写真のような空中でのつなぎ方を教えると下のような作品を作ることが出来ます。
 

 
 子どもたちの今の能力ではなく、子どもたちの未来(明後日)の能力でもなく、子どもたちの明日出来そうなことを支援し、子ども自身が支援がなくても出来るように提案していくことが大切と思います。ヴィゴツキーの最近接領域の考えを応用すれば、小学校4年生以上になったら、部活動や剣道・そろばん・ダンス・水泳などの習い事などに集中していく時期であると思います。3年生後半からはそうした活動を紹介してあげるのも一つの手法と思います。
 実年齢・実能力年齢・可能性年齢
 私は年齢を生れてから何年たったかの実年齢・その子どもの能力が何歳程度かの実能力年齢そしてその子どもが持っている可能性年齢の三つに分けて考えるのも一つの手法ではないかと思う。
 同じ小学校2年生で実年齢が7歳でも、実能力年齢が8歳で可能性年齢が10歳ということもある。実年齢7歳・実能力年齢6歳・可能性年齢8歳ということもある。
 同じ年齢でも可能性年齢に差異があることは活動をユニバーサルでサイン的なものにする必要性があるということだと思う。(能力は多重であるから、それぞれの能力に応じて実年齢・実能力年齢・可能性年齢が存在し、世の中は面白いのだとも私は考えている。)
 ※平成29年3月3日補筆
 実年齢は誕生からの年齢ですぐにわかる。実能力年齢は体力検査や知能検査でわかる。
 可能性年齢はどのような手法で把握することが出来るであろうか?子どもや人間は自分自身の能力では出来ないけれど、誰かのサポートがあれば出来ることがたくさんある。サポートがあったとしても全く理解できず、出来ないこともある。ヴィゴツキーのいう最近施領域の問題である。私たちは子どもがサポートすれば出来そうなことを提案し、サポートして出来るようになることを見つけることが大切となる。これを見つけるのが支援員や教員や親の仕事であると私は考える。
 優秀なるコーチは選手のこれから伸びる可能性を信じ、その方向性を見つけて、練習の手法を開発していく。同様なことを支援員や教員や保育士・幼稚園教諭・保護者などはする必要性がある。でもとても難しいことでもある。

 
 グループワークが子どもたちに必要なのは、一つの同じことをやる場合でも友達に支援してもらう子どもがいて、友達を支援する子どもがいて、同じことをやるのだが、異質の能力を必要とすることが子どもたちを成長させることだからではないだろうか?同じユニット折り紙を作るのでも、自分が折ることが出来るのと、友達に折り方を教えることが出来るのは異次元の能力であるからだ。また大人が教えてやるよりも子ども同士の教えあいの方が出来ない子どもの成長がはやい方がよくあるものだ。

 5、子ども達との関わり方のいくつかの理論
 子どもの問題行動には悩まされることが多いものです。子どもの活動空間の工夫・遊びの手法の開発などを利用しても上手くいかないことも多いものです。私は鳥の眼・虫の眼・仲間の眼との提案をしています。安全管理の為に鳥の眼になって上からしっかりみておくことも必要です。仲間の眼になって一緒に活動することも大切です。同時に子どもを理解するためには子どもの目線のさらに下になって子ども理解することが必要です。理解は英語でunderstandというように下側に立つことが語源です。いろいろな視点を駆使して子どもの実態や現状を理解し、子どもから学ぶ視点が必要だと思います。
 5W2Hを覚えておくと良いと思います。問題行動が起きた時にいつ・どこで・誰が・何を(when.where.who.what)となぜ・どのように(why.how)起きたかを観察しておくことが必要です。その結果どのような解決方法があり費用がどのくらいかかるか(how much)までを考えることが大切です。友達を殴ってけがをさせる問題行動が発生した。あの子はいつもそうだ。親の愛情不足などの議論は支援員としては失格であると私は思います。5W2Hの分析をしたいものです。そのためにも鳥の眼・虫の眼・仲間の眼の視点は大切です。
 アクションリサーチの理論も活用できます。PDCA(プラン・ドゥ・チェック・アクション)と同じ考え方ですが、とにかく行動してみてその結果から探るというものす。分析ばかりしていては何も始まらないことが現場では多いのです。
 走り回る子どもがいる→机や段ボールを置いて遊戯室を区切る→走り回れなくなったら狭い場所に隠れる→段ボール基地を作ってやる→安定するのようにアクションをやってみてその結果をリサーチしてまたアクションを起こすというものです。
 走る回る子どもがいる→叱ってみるがなおらない。走り回る子どもがいる→受容共感するがなおらない。子どもにADHDの薬を服用させるように親に指導するのようなパターンはあまり上手くいかないことの方が多いものです。 
 私はSPDACを提案しています。1週間か1ケ月のスモールプランを提案してアクションリサーチをするものです。PDACは1年単位で計画されることが多く、結果的に現状にそぐわないことも多いからです。

  働くことの意味
 エリクソンは乳児期(基本的信頼対基本的不信・授乳等) 幼児期(自律対疑惑・排泄等) 幼児後期(自発性対罪悪感・目的) 児童期(勤勉性対劣等感・有能感)    青年期(自我同一性対自我拡散性・忠誠心) 初期成年期(親密性対孤独・愛) 成年期(生殖性対停滞・世話) 成熟期(統合対絶望・受容) と提案しています。
 小学生である児童期は勤勉性対劣等感であり、自己自身の有能感を獲得することが必要と言っています。勤勉性と言えば勉強するか働くかになります。学校では主に学習です。放課後児童クラブでは休養や遊びも大切ですが、働くことを通して子どもたちのアイディンティテーを確立することも必要と思います。みんなの基地作り・子ども喫茶などを計画してお手伝いを通して働くことの楽しさの経験が必要と思います。草取りや清掃活動なども有意義です。
 
 


   日本の子育ての教えとガードナーの多重知能理論
 日本の国は他国から比べてみて良い点もたくさんあります。その中に子どもを大切にして育てることもあります。江戸期にはすでに『三つ心・六つ躾・九つ言葉・十二文・十五理』との言い方がありました。数え年ですから、2歳までは肌を離さずに愛情深く、3・4・5歳は手を離さずにしっかり躾けよう、6・7・8歳は眼を離さないで言葉使いをしっかりさせよう、9・10・11歳はにしっかりした文章を書けるようにしよう、12・13・14歳までに世の中の理が理解できるようにしようとのことです。これはヴィゴツキーの最近接領域であるようにも私は思いました。子どもたちの発達段階を考慮して適切な対処をすることが必要であると私は思います。
 子どもたちの能力にはいろいろなものがあります。ガードナーは人間の知能は一つで判断されるものではなくて概ね8つの知能が有機的関連を持ちながら独立して存在していると提案しています。ガードナーの多重知能理論のと考えです。子ども達と関わっていて、子どもの能力の中にはとても私がかなわないものがたくさんあります。子どもとどうぶつ将棋をしていたら『先生。ありがとうございました』「なぜ?」『3手後に先生の詰みです』と教えてもらいました。放課後児童クラブにおける活動を多様なものにして子ども達それぞれの多重の能力が発揮できるようにと私は思います。
 なお8つの知能とは言語的知能・論理数学的知能・身体運動的知能・空間的知能・音楽的知能・博物的知能・対人的知能・個人内知能である。
 
 +博物的知能

  人間の感覚について
 人間の感覚についての考えも昔と違ってきている。よく5感と言われるが、現代生理学では、人間のすべての感覚は@特殊感覚(視覚・聴覚・臭覚・味覚・平衡感覚)A体性感覚(触覚・圧覚・冷覚・痛覚・運動感覚)B内臓感覚(臓器感覚・内臓痛覚)という三つに分けられている。そしてこの分類は@脳神経連絡の諸感覚A脊髄連絡の諸感覚B内臓連絡の諸感覚という基準によっている。この知見から言えることは、昔からただ<触覚>といわれてきたものは、単に皮膚の接触感覚にとどまらない<体性感覚>に属するものであり、それは同じく体性感覚に属する筋肉感覚や運動感覚と密接に結びついて働く、ということであるとされている。
 五感(視覚・聴覚・触覚・嗅覚・味覚)と言った受容的な感覚だけに依拠しないで体性感覚という能動的な感覚を大切にした活動が大切であると思う。
 ガードナーの多重知能理論と人間の感覚の有り方はある程度リンクしているように思う。音楽的知能の優れている子どもは聴覚が発達している。ラジコンなどを動かすことの上手い子どもは空間的知能が優れ、体性感覚も優れていると思われる。こうした感覚器官や多重知能理論のことをある程度理解して子ども達への支援を図ることも必要であると私は考えている。

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